- 著者: Kurzrock R, Kantarjian HM, Kesselheim AS, Sigal EV
- Corresponding author: N/A (Viewpoint形式、4名の専門家コメント)
- 雑誌: Nature Reviews Clinical Oncology
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Viewpoint/Commentary
- PMID: 32020042
背景
がん薬物療法の承認パラダイムは、歴史的に大規模ランダム化比較試験 (RCT) による生存期間延長の証明を要求する構造であった。しかし、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場により、初期相試験で前例のない高奏効率が認められる事例が急増した。これに対応するため、米国食品医薬品局 (FDA) はPriority Review、Accelerated Approval、Fast Track、Breakthrough Therapyといった複数の迅速承認経路を整備した。その結果、2012年から2017年に承認された58の新規抗腫瘍薬のうち、55件 (95%) が何らかの迅速承認経路を利用するに至った。この迅速承認制度は、致死的な疾患に苦しむ患者に早期の薬剤アクセスを提供するという点で大きなメリットがある。例えば、トラスツズマブ エムタンシン (T-DM1) の承認が遅れたことで、推定8,000患者年が失われたという試算も存在する (Kurzrock et al. 2014)。
一方で、迅速承認経路の利用拡大に伴い、いくつかの課題も浮上している。迅速承認後の市販後確認試験の遅延や、RCTなしで承認された薬剤におけるboxed warningや禁忌追加率の高さ (通常承認薬と比較して48%高い) などが指摘されている (Mostaghim et al. 2017)。また、FDA承認チーム間での判断の一貫性欠如も問題視されており、例えば、Quizartinib (FLT3阻害薬) のように、全生存期間 (OS) を主要評価項目とする第III相試験で有効性が示されたにもかかわらず、腫瘍薬諮問委員会 (ODAC) が非推奨とした事例も存在する。さらに、加速経路の適用がfirst-in-class薬だけでなく、「me-too薬」や類似薬にまで拡大していることへの懸念も表明されている (Kesselheim et al. 2015)。これらの問題は、早期アクセスと薬剤の安全性・有効性のバランスをどのように取るべきかという根本的な問いを提起しており、今後の規制・研究の方向性について議論が不足している状況である。特に、未検証のサロゲートエンドポイントや非劣性試験、その他の迅速承認経路で承認された新規抗がん剤に対する市販後確認試験のルーチン化とタイムリーな完了は、いまだ未確立な部分が多く、重要な知識のギャップが残されている。
目的
本Viewpointは、腫瘍領域における新薬承認の現状と課題について、4名の専門家がそれぞれの視点から多角的に議論することを目的とする。具体的には、腫瘍内科医のRazelle Kurzrock、血液腫瘍医のHagop M. Kantarjian、規制科学者のAaron S. Kesselheim、および患者擁護者のEllen V. Sigalが、「過去3年間の抗腫瘍薬承認は、薬剤アクセス、安全性、および有効性のバランスを適切に取れているか」という共通の問いに対し、各自の専門的見地から回答を提示する。これにより、迅速承認経路の有効性と安全性に関する論点、市販後調査の重要性、規制の一貫性、および今後の規制・研究の方向性に関する専門家の見解を明らかにし、議論を深めることを目指す。本Viewpointは、これらの専門家の意見を統合し、腫瘍領域における薬剤承認の主要な論点と、今後の課題および方向性を提示することを目的としている。
結果
迅速承認の長期的な安全性と有効性: Kurzrockは、1976年から2006年にかけてRCTなしでFDA承認された31の抗腫瘍薬のうち、30剤 (97%) が長期的に承認を維持していたことを指摘した (Fig 1)。唯一の承認取消例であるゲフィチニブは、全非小細胞肺がん (NSCLC) 集団でのOS延長を示せなかったためであるが、これはEGFR変異陽性患者への適用限定という概念が確立される前の市販後試験設計の問題であり、現在ではEGFR変異陽性NSCLCで再承認されている。迅速承認の遅延によるコストとして、T-DM1の承認が2年以上遅れたことで、推定8,000患者年が失われたと試算された。また、規制強化によるコストは、生存1年あたり270万ドルと推計され、他の保健医療措置と比較して著しく高いことが示唆された。
FDA承認プロセスにおける一貫性の問題: Kantarjianは、FDA内での承認判断の一貫性欠如を具体例で示した。Quizartinib (FLT3阻害薬) は、OSを主要評価項目とする第III相試験で達成したにもかかわらず、ODACが非推奨とした事例が提示された。また、Gemtuzumab ozogamicinは2000年に迅速承認された後、2010年に安全性懸念から自発的に取消されたが、2017年には低用量で再承認された。Decitabineは欧州医薬品庁 (EMA) で承認されたが、米国FDAでは承認されなかったという不一致事例も指摘された。Kantarjianは、承認後の最適用量・投与法の研究 (post-marketing optimization) は早期承認なくしては実施不能であり、加速承認自体が必要であるという逆説的主張も展開した。
迅速承認経路の過剰適用と安全性懸念: Kesselheimは、2012年から2017年に承認された58の腫瘍薬のうち、Priority Reviewが46件 (79%)、Accelerated Approvalが26件 (45%)、Fast Trackが28件 (48%)、Breakthrough Therapyが25件 (43%) と、迅速承認経路の利用が広範であることを示した (Fig 1)。これらの経路を利用した薬剤の承認までの期間は中央値で4.8年 (IQR 3.9-7.3年) と、全サンプルの中央値約7年と比較して短縮された。しかし、1997年から2016年の全承認薬を対象としたmatched retrospective cohort解析では、迅速承認経路利用薬においてboxed warningや禁忌追加率が通常承認薬より48%高いことが示された (Mostaghim et al. 2017)。また、迅速承認経路の適用がfirst-in-class薬を超えて「me-too薬」や類似薬にまで拡大していることへの懸念も強調された。
患者および患者擁護者の視点: Sigalは、患者アドボカシーグループのFDA審査プロセスへの関与が近年大幅に増加していることを示した。Breakthrough Therapy designationの取得において、患者擁護グループのデータや証言が実質的に寄与している事例が提示された。患者側の基本的立場として「リスクを受け入れる準備がある (informed consentの質が前提)」が示され、不確実なエビデンスでの早期承認に対する患者からの積極的な支持が背景にあることが論じられた。一方で、承認後の確認試験における患者の声の反映と試験参加率の向上が課題として提示された。
非劣性試験とサロゲートエンドポイントの適切性: 非劣性試験については、Kurzrockは、新しい化合物がRCTでは定量化しにくい他の利点 (例: 手術と比較して低い罹患率リスク) を提供する場合に適切であると述べた。また、異なる毒性プロファイルを持つ薬剤が追加されることで、患者サブセットにとって好ましい選択肢が増える可能性や、競争による薬価引き下げの可能性も指摘された。サロゲートエンドポイントに関しては、奏効率や無増悪生存期間 (PFS) の使用により、薬剤開発期間が約1〜1.5年短縮されるとされたが、早期アクセスによる生命救済と、誤った早期承認による生命損失のトレードオフを考慮する必要がある (Fig 2)。Kantarjianは、特にニーズの高い領域や希少腫瘍において、複数のサロゲートマーカーの改善が承認を迅速化するために重要であると主張し、OSが唯一のエンドポイントであるべきではないと述べた。Kesselheimは、サロゲートエンドポイントがOSやQOLといった実際の臨床エンドポイントと必ずしもよく相関しないことを指摘し (Kim & Prasad 2016)、非盲検・非ランダム化試験と組み合わせることで、結果の頑健性や臨床的改善の確実性に対する懸念が高まると述べた。
市販後調査の最小要件と今後の課題: Kurzrockは、市販後調査の第一の要件として、承認前試験では予測できない重篤な有害事象のリスクをさらに評価することを挙げた。また、リアルワールドデータやAIを活用したレジストリベースの観察研究が、安全性と有効性のデータを効率的に収集する上で最も効率的な方法である可能性を示唆した。Kantarjianは、市販後調査は患者にとって何らかの利益を示すべきであり、承認後の薬剤の利用拡大を可能にする研究は、元の承認につながった研究と同等かそれ以上に重要であると主張した。また、これらの研究は必ずしも厳格なランダム化大規模試験である必要はなく、評判の良い研究者による大規模な単群試験やその他のデザインの試験で十分であると述べた。Kesselheimは、未検証のサロゲートエンドポイントや非劣性試験、その他の迅速承認経路で承認された全ての新規抗がん剤において、市販後確認試験がルーチン化されるべきであると主張した (Fig 3)。これらの確認試験は、薬剤承認時までに組織され、患者募集が開始されるべきであり、薬剤の継続的な販売は、これらの試験のタイムリーな完了に依存すべきであると提言した。Sigalは、市販後確認試験における患者募集の課題を認識しつつ、リアルワールドデータや過去の臨床試験データといった追加データソースを活用し、RCTを補完することで、利用可能なエビデンスを迅速に拡大し、重要な情報ギャップを埋める機会があると述べた (Sherman et al. 2016)。
今後の規制・研究の方向性: Kurzrockは、(1) ゲノム異常や免疫応答不全ががんの根底にあるため、臓器起源や組織型に依存しないゲノム・免疫バイオマーカーベースの研究を追求すべきであること、(2) 臨床試験の除外基準を制限し、承認後に薬剤を受ける患者の特性をよりよく反映させるべきであること、(3) リアルワールドデータや人工知能 (AI) を活用し、市販後の毒性発現の解明や実験化合物の有効性検証、新たな承認経路の基盤を構築すべきであること (Shah et al. 2019) の3点を提言した。Kantarjianは、(1) 規制負担の簡素化、(2) 研究要件の厳格さの簡素化、(3) 主要な第III相承認試験以外のCRO (医薬品開発業務受託機関) の必要性の排除の3つのステップを提言した。現在の研究における官僚主義はがん研究を麻痺させ、発見のペースを遅らせていると指摘した。Kesselheimは、議会とFDAが、市販後確認試験がタイムリーに完了し、患者と医師にとって最適なデータを収集できるよう、立法および規制の変更を行うべきであると主張した。Sigalは、FDAが最近発表した、試験の適格基準を広げることで、より多くの患者が試験に参加し、結果の一般化可能性を向上させることを推奨する一連のドラフトガイダンス文書 (Kim et al. 2017) に言及し、薬剤のライフサイクル早期に利用可能な情報を最適化し、患者が適切なタイミングで適切な薬剤を受けられるようにするための重要なステップであると述べた。
考察/結論
本Viewpointは、腫瘍領域の薬剤承認をめぐる根本的な価値対立、すなわち早期アクセスとエビデンスの質のバランスについて、4名の専門家がそれぞれの視点から体系的に論じた点で重要な文献である。
先行研究との違い: 本研究は、従来の承認パラダイムが大規模RCTに依存していたのに対し、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場により、迅速承認経路が主流となった現状を多角的に分析している点で、これまでの議論を深めている。特に、迅速承認経路の利用拡大が、安全性プロファイルの変化や市販後確認試験の遅延といった新たな課題を生み出している点を明確に示している。
新規性: 本Viewpointは、腫瘍内科医、血液腫瘍医、規制科学者、患者擁護者という異なる専門分野の視点から、加速承認の是非、FDA内の一貫性、市販後調査の課題、および今後の規制・研究の方向性について議論を統合した点で新規性がある。特に、Kantarjianが指摘したFDA承認判断の一貫性欠如の具体例や、Kesselheimが示した迅速承認薬におけるboxed warning/禁忌追加率の増加は、これまで報告されてきた課題を裏付ける重要なデータである。
臨床応用: 本知見は、致死的な疾患に苦しむ患者への早期アクセスと、薬剤の安全性・有効性の厳密な評価という、臨床現場における喫緊の課題に直結する。4名の専門家が概ね同意する点として、(1) 厳密なエビデンスと早期アクセスは二項対立ではなく相補的である、(2) 患者の声のFDAプロセスへの統合が重要である、(3) 市販後確認試験の迅速化が喫緊の課題である、の3点が挙げられる。これらの提言は、今後の薬剤開発および規制政策の改善に臨床的有用性をもたらすと考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、Kurzrockが提言したゲノム・免疫バイオマーカーベースの臓器起源・組織型に依存しない研究の推進、Kantarjianが主張した規制負担と研究要件の簡素化、Kesselheimが指摘した市販後確認試験のタイムリーな完了と結果の透明性の確保が挙げられる。また、Sigalが強調したリアルワールドデータやAIの活用によるエビデンス収集の最適化も重要な方向性である。本Viewpointで提示された問題提起は、その後2021年から2022年にかけて、pembrolizumabやatezolizumabなど一部適応の自発的取消として現実化しており、加速承認の適切な運用と市販後確認の厳格化が引き続き重要な課題として残されている。精密医療バイオマーカーによる患者選択の洗練と、新規試験デザイン (adaptive design、seamless Phase II/III) の活用が、今後の承認の質を高める鍵となるであろう。
方法
本Viewpointは、4名の専門家(腫瘍内科医、血液腫瘍医、規制科学者、患者擁護者)が、腫瘍領域における新薬承認の現状と課題について、それぞれの専門的知見に基づいた意見を提示する形式で構成されている。特定の研究デザインやデータ収集方法は採用されていない。各専門家は、過去の臨床試験データ、規制動向、患者経験、および医療経済的側面に関する自身の分析や見解を提示した。
具体的には、Kurzrockは、1976年から2006年にかけてRCTなしでFDA承認された31の抗腫瘍薬の長期的な承認維持状況を分析した先行研究 (Tsimberidou et al. 2009) の結果を引用し、迅速承認の有効性を支持する論拠を示した。Kantarjianは、Quizartinibの承認に関するODACの決定や、Gemtuzumab ozogamicinおよびDecitabineの承認状況におけるFDA内の一貫性欠如の具体例を提示した。Kesselheimは、2012年から2017年にFDA承認された58の新規抗がん剤に関するデータ (Hwang et al. 2018) を分析し、迅速承認経路の利用状況と、それに伴うboxed warningや禁忌追加率の増加に関するmatched retrospective cohort study (Mostaghim et al. 2017) の結果を提示した。Sigalは、患者アドボカシーグループがFDA審査プロセスに与える影響や、患者が不確実なエビデンスでの早期承認を支持する背景について論じた。
本Viewpointは、これらの専門家の意見を統合し、腫瘍領域における薬剤承認の主要な論点と、今後の課題および方向性を提示することを目的としている。統計解析手法や特定の細胞株、動物モデル、臨床試験登録番号 (NCT) は本Viewpointの性質上、直接的な研究方法としては含まれないが、各専門家の意見の根拠として、既存の臨床試験データや疫学研究、規制科学的分析が参照されている。Kesselheimは、matched retrospective cohort study (Mostaghim et al. 2017) において、迅速承認経路を利用した薬剤と通常承認された薬剤の安全性プロファイルを比較するため、統計的にマッチングされたコホート解析を用いた。この解析では、boxed warningや禁忌追加の発生率が主要評価項目とされた。