- 著者: Eldsamira Mascarenhas, Clarissa Baldotto, Ana Caroline Z. Gelatti, Carlos Henrique A. Teixeira, et al.
- Corresponding author: Eldsamira Mascarenhas, MD (Instituto D’Or de Ensino e Pesquisa, Rio de Janeiro, Brazil)
- 雑誌: JCO Global Oncology
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-04
- Article種別: Original Article (Health Services Research)
- PMID: 42241650
背景
肺癌は世界で年間約180万人の死亡をもたらす主要悪性腫瘍であり、ブラジルでは年間平均3万2,560件の新規発症が推計される。非小細胞肺癌 (non-small cell lung cancer, NSCLC) が全肺癌の約85%を占め、中でも未喫煙者ではドライバー変異が高頻度に同定される (ALK複合変異)。未分化リンパ腫キナーゼ (anaplastic lymphoma kinase, ALK) 再配列はNSCLC全体の約5.4%に存在し (GBOT データ)、若年・非喫煙・腺癌の患者に多い。PROFILE 1014試験などでALK阻害薬 (ALK-TKI) の化学療法に対する優位性が確立され、アレクチニブ・ロルラチニブなど第2/3世代ALK-TKIが標準治療となっているが、ブラジルではその恩恵を受けられない患者が多く存在することが懸念されていた (CNS活性TKI配列)。
ブラジルには公的医療制度 (Sistema Unico de Saude, SUS) と民間保険の二層構造があり、先行研究で分子診断・標的治療へのアクセスに地域・経済格差が存在することは指摘されていたが、ALK特異的なアクセス状況の定量的な実態把握が不足していた。また、診断インフラ・組織検体量・コスト・緊急性などの障壁が実際にどの程度影響しているかは未解明であった (KRAS共変異)。このような精密腫瘍学アクセスの格差が重大なギャップとして認識され、本研究が企画された。
目的
ブラジルにおけるALK分子検査および標的治療へのアクセス状況を公的・民間医療セクター別に評価し、アクセス格差の実態と主要障壁を明確にすることを目的とした。
結果
参加者の概要: 最終解析コホートの156名の地域分布は、北部7名 (4.5%)、北東部47名 (30.1%)、中西部5名 (3.2%)、南東部45名 (28.8%)、南部26名 (16.7%) であった (Table 1)。診療設定では49名 (31.4%) が民間のみ、9名 (5.8%) が公的のみ、98名 (62.8%) が両設定での勤務であった。腫瘍内科専門医 (胸部腫瘍に特化) が67名 (42.9%)、一般腫瘍内科医が72名 (46.2%)、非腫瘍内科医が17名 (10.9%) であった。アンケートはブラジル胸部腫瘍学研究グループ (Grupo Brasileiro de Oncologia Toracica, GBOT) 年次総会のQRコード (Quick Response code) および電子メールで配布され、2024年10月から2025年3月の収集期間で197名の回答を得た後、最終156名の解析コホートに絞り込まれた。
ALK検査アクセスの格差: 公的セクターで診療する107名のうち、ALK検査が大多数の患者に利用可能と回答したのは47名 (43.9%) に過ぎず、59名 (55.1%) は「定期的に利用できない」と回答した (Table 1)。一方、民間セクターで診療する147名では138名 (93.9%) がALK検査の定期的な利用可能性を報告し、公民間で約50ポイントの顕著な格差が示された。公的医療でのALK検査が利用困難な主因として、診断インフラの欠如と保険適用不足が挙げられた。ALK陽性NSCLC患者の診断未達により、適切な標的治療選択の機会が失われていることが示唆された。
標的治療アクセスの格差: 一次治療として公的システム (Sistema Unico de Saude, SUS) で診療するn=107のうち、アレクチニブおよびロルラチニブを利用可能と回答したのは各わずか2名 (1.9%) に過ぎず、ブリガチニブは0名であった (Fig 1)。クリゾチニブも11名 (10.3%) のみがアクセス可能とし、化学療法が101名 (94.4%) と圧倒的多数の一次治療となっていた。後続治療においても公的セクターのアクセスは極めて限定的で、クリゾチニブは4名 (3.7%)、ロルラチニブは1名 (0.9%) のみが利用可能であった。対照的に、民間セクター (n=147) では一次治療としてアレクチニブが118名 (80.3%)、ロルラチニブが95名 (64.6%)、クリゾチニブが91名 (61.9%)、ブリガチニブが84名 (57.1%) と複数の治療選択肢へのアクセスが広く報告された (Fig 1)。後続治療でもロルラチニブが107名 (72.8%)、アレクチニブが85名 (57.8%) と良好なアクセスが維持されていた (Fig 2)。
アクセス障壁: ALK検査の主要障壁は公的医療または民間保険によるreimbursement (償還) 不足が91名 (58.3%) と最多であり、組織検体量不足が63名 (40.4%)、治療開始の緊急性が57名 (36.5%)、診断インフラの不足が14名 (9.0%) と続いた (Fig 3)。治療アクセスの主要障壁では、SUSによる治療保険未適用が113名 (72.4%) と圧倒的多数を占め、民間保険の未適用が44名 (28.2%)、患者の臨床状態不良による即時治療開始が41名 (26.3%) であった。経済的制約が診断・治療両方の最大障壁であることが一貫して示された。
考察/結論
本研究はブラジルにおけるALK再配列NSCLCの精密腫瘍学アクセスに関する初の全国的横断調査であり、公民間の深刻な格差を定量的に示した新規な知見を提供する。これまでの研究と異なり、ALKに特化してアクセス状況と障壁を体系的に捉え、診断・治療の両段階における格差のメカニズムを明確にした。ALK陽性NSCLCのアクセス格差に関する先行研究は中所得国においても限られており、ブラジル全国規模での定量的証拠の提示は本研究が初めてである。
PROFILE 1014試験でクリゾチニブの化学療法に対する優位性が示され、第2/3世代ALK-TKIの優越性も確立された現在の国際ガイドラインと対照的に、ブラジルの公的医療ではALK陽性患者の大多数が依然として化学療法を受けているという現実は、臨床的に深刻な問題である。SUSへのクリゾチニブ収載 (2022年12月) やブリガチニブ承認 (2025年5月) にもかかわらず、コスト・インフラ・reimbursement率不足により実装が極めて限定的であることが明らかとなった。
臨床応用・政策的意義として、ブラジルの公的医療における精密腫瘍学整備には持続的な診断インフラ構築、ALK-TKIへの公正な保険適用拡大、医療者教育の強化が必要である。本研究の知見はALKに限らず、EGFR変異・ROS1再配列などほかの actionable 変異を持つ患者にも共通する精密腫瘍学アクセス危機を示す代表的モデルとして機能する。また、南東部・南部への医療資源集中と北部・中西部の地理的障壁という地域格差も複合的な課題として指摘された。残された課題として、アンケートが胸部腫瘍学に高い関心を持つGBOT・LACOG関連医師に偏在する選択バイアス、recall biasの影響、実際の患者記録ではなく医師の主観的報告に依存している点が研究の限界として挙げられる。これらの知見を受け、公的医療における分子検査能力の拡充と標準治療への公平なアクセス確保に向けた具体的な政策立案が求められる。
方法
横断的・記述的・観察研究として、GBOT年次総会 (2024年10月、サンパウロ) 期間中にQRコードと電子メールで構造化アンケートを配布した。その後、Latin American Cooperative Oncology Group (LACOG) およびGBOT所属のブラジル人腫瘍内科医にもメールで配布し、2024年10月18日から2025年3月21日までの収集期間で計197名の回答を得た。欠損データ (n=32) および同意書未取得 (n=9) の41名を除外し、最終解析コホートは156名となった。
アンケートはLACOG・GBOT専門家委員会によって新規作成され、胸部腫瘍学専門家パネルによる妥当性審査を経た。調査項目は参加者属性 (専門性・役職・地域・診療設定)、ALK検査の利用可能性、ALK標的治療 (クリゾチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブ、ロルラチニブ) および化学療法の一次・後次治療別アクセス、アクセス障壁の認識を網羅した。統計解析は記述統計法 (カテゴリ変数は頻度・割合、連続変数は中央値・四分位範囲) を用い、二値アウトカムはClopper-Pearson正確法による95% CI付き割合として表示、二値変数比較には正確二項検定を適用した。