• 著者: Leora Horn, William Pao
  • Corresponding author: William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN, USA)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009-08-10
  • Article種別: Editorial
  • PMID: 19667260

背景

肺癌は全世界で癌関連死因の第1位を占め、2008年時点での米国における5年生存率は15%に留まっていた Jemal et al. CA Cancer J Clin 2008。従来、非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療は組織学的サブタイプ(腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌)に基づく画一的なアプローチが主流であった。しかし、近年、特定のNSCLCサブタイプに対する治療薬の承認により、分子サブタイプに基づいた個別化治療への移行が始まった。例えば、ペメトレキセドは腺癌および大細胞癌に特異的に承認され Scagliotti et al. JClinOncol 2008、ベバシズマブは非扁平上皮NSCLCに適用されるなど Sandler et al. NEnglJMed 2006、組織学的分類の重要性が増していた。

特に、上皮成長因子受容体 (EGFR) の活性化変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブに対する劇的な感受性と関連することが明らかになり Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004、ドライバー変異の概念を確立した。EGFR変異陽性患者を対象としたIPASS試験では、ゲフィチニブがカルボプラチン+パクリタキセルと比較して有意に無増悪生存期間を延長することが示され (HR 0.48, 95% CI 0.36-0.64, p<0.0001)、分子診断に基づく治療の有効性が強く裏付けられた。一方で、KRAS変異を有する腫瘍はEGFR-TKIに対する原発性耐性を示すことが報告されており Pao et al. PLoSMed 2005、分子レベルでの層別化の重要性が強調された。

このような背景の中、2007年にSodaらが報告したEML4-ALK融合遺伝子は、NSCLCにおける第二のドライバー変異として大きな注目を集めた Soda et al. Nature 2007。この融合遺伝子は、染色体2p21と2p23間の逆位によって生じ、EML4遺伝子のN末端とALK遺伝子の細胞内チロシンキナーゼドメインが融合するものである。EML4-ALK融合遺伝子は、未治療のNSCLC患者の3%から7%に認められ、特に腺癌、非喫煙者または軽度喫煙者、若年患者、およびEGFR/KRAS変異陰性患者に多く見られることが示唆されていた。しかし、EML4-ALK融合遺伝子陽性NSCLCの臨床的特徴、最適な診断アッセイ、およびALK阻害剤の臨床的有効性に関する包括的な理解は、まだ未解明な部分が多く、今後の治療戦略を確立するための重要な課題として残されていた。特に、EML4-ALK融合遺伝子陽性患者に対する標的治療の可能性を評価し、その臨床的意義を明確にすることは、個別化医療の進展において不可欠であった。

目的

本Editorialは、同号に掲載されたShaw et al. JClinOncol 2009らのEML4-ALK融合遺伝子陽性NSCLC患者に関する臨床的特徴と治療転帰の研究を導入し、その知見を補完する形で、EML4-ALK融合遺伝子に関する以下の主要な側面を統合的に論じることを目的とする。具体的には、(1) EML4-ALK融合遺伝子の分子構造とその多様なバリアント、(2) EML4-ALK陽性NSCLCの疫学的および臨床病理学的特徴、(3) EML4-ALK融合遺伝子を検出するための既存の診断アッセイの現状と課題、(4) ALK阻害剤であるPF-02341066(後のクリゾチニブ)の初期臨床試験における活性と安全性プロファイル、について詳細にレビューする。

さらに、本稿は、これらの知見に基づき、NSCLCにおける分子診断アルゴリズムの最適化と、個別化医療への移行を加速するための今後の方向性を提案する。特に、EML4-ALK融合遺伝子がEGFR変異やKRAS変異と相互排他的であるという特徴を踏まえ、腺癌患者における効率的な分子スクリーニング戦略の確立と、それに基づく標的治療の選択が、患者の治療成績向上にどのように貢献しうるかを考察する。最終的に、EML4-ALK融合遺伝子を新たな治療標的として位置づけ、NSCLC治療におけるパラダイムシフトの重要性を強調することを目的とする。

結果

EML4-ALK融合遺伝子の分子構造と多様なバリアント: EML4-ALK融合遺伝子は、染色体2p21と2p23間の約12Mbの逆位によって生じる。この融合は、EML4遺伝子のN末端とALK遺伝子の細胞内チロシンキナーゼドメインが結合することで形成される。これまでに少なくとも7種類のEML4-ALKバリアント(V1-V7)が報告されており (Fig 1)、これらは全てALK遺伝子のエクソン20由来のキナーゼドメインを共通して含む。しかし、EML4遺伝子側の切断点は多様であり、エクソン2、6、13、14、15、18、20など複数の箇所で生じることが示されている。これらのバリアントは全てin vitroにおいてゲインオブファンクション特性を示し、細胞の形質転換能を有することが確認された。例えば、V1はEML4のエクソン13とALKを融合し、V2はエクソン20と融合する。

EML4-ALK融合遺伝子の発生頻度と臨床病理学的特徴: EML4-ALK融合遺伝子は、主にアジア人コホートを対象とした先行研究において、NSCLC患者の3%から7%の頻度で報告されている (Table 1)。具体的には、Soda et al.では75例中5例 (7%)、Takeuchi et al.では364例中11例 (3%)、Perner et al.では603例中16例 (3%)、Wong et al.では266例中13例 (5%) が陽性であった。この融合遺伝子は腺癌に強く集中しており、他の組織型では稀である。臨床的特徴としては、非喫煙者または軽度喫煙者(10 pack-years未満)、若年患者、腺癌(特にacinarパターン)、およびEGFR/KRAS変異陰性であることが共通して認められる。これらのドライバー変異は相互排他的である傾向があり、EML4-ALK陽性腫瘍ではEGFRやKRASの変異はほとんど見られない。また、signet ring cell形態の腺癌にもEML4-ALK融合遺伝子が高頻度で認められることが報告されている。

Shaw et al. JClinOncol 2009らの研究結果の紹介: 同号に掲載されたShaw et al. JClinOncol 2009らの研究では、EGFR変異陽性NSCLC患者に共通する臨床的特徴(女性、アジア人、非喫煙者または軽度喫煙者、腺癌組織型)を2つ以上有する患者群141例を対象にEML4-ALK融合遺伝子の解析が行われた。この選択基準により、EML4-ALK陽性腫瘍の割合は13%に濃縮された。このコホートでは、EML4-ALK融合遺伝子は若年、男性、軽度喫煙歴、および腺癌組織型と関連することが確認された。特に、非喫煙者または軽度喫煙者でEGFR変異陰性の患者群では、EML4-ALK融合遺伝子が33%もの高頻度で検出された。さらに、EML4-ALK陽性腫瘍はEGFR-TKIに対する耐性を示すことが示され、プラチナ併用化学療法に対する奏効割合はEML4-ALK陽性群と野生型群で同等であり、全生存期間に有意な差は認められなかった。

ALK阻害剤PF-02341066(クリゾチニブ)の初期臨床活性: 2009年のASCOで発表されたPF-02341066の第I相試験の初期データでは、EML4-ALK陽性NSCLC患者10例中、1例が部分奏効 (PR) を確認され、2例が未確認PR、4例が病勢安定 (SD) を示した。拡大コホートでは、13例中8例が奏効評価可能であり、そのうち6例がPR、1例がSDという良好な結果が報告された。これらの結果は、PF-02341066がEML4-ALK融合遺伝子陽性NSCLCに対して臨床的活性を有することを示唆した。主な有害事象は悪心、嘔吐、疲労、下痢であり、忍容性は良好であった。この結果は、Christensenらによる前臨床研究でPF-02341066がALKリンパ腫モデルにおいて腫瘍縮小効果を示した知見を臨床的に裏付けるものであった。

診断アッセイの課題と分子診断アルゴリズムの提案: EML4-ALK融合遺伝子の検出には、IHC、FISH、RT-PCRなどの様々な方法が用いられているが、いずれも標準化が確立されておらず、診断分子病理学ラボでの導入には課題が残されている。ALK-IHCは抗体や手技によって結果が変動しやすく、FISHはブレイクアパートプローブが標準であるが、シグナルの解釈が困難な場合がある。RT-PCRは高品質なmRNAと、多様なバリアントを検出するための複数のプライマーセットが必要となる。これらの検出方法のばらつきが、文献間で報告される陽性率の差異の一因であると考えられる。本Editorialでは、腺癌患者に対する分子診断アルゴリズム (Fig 2) を提案しており、まずKRAS変異を検査し、陰性であればEGFR変異を検査、それも陰性であればALK転座を検査するという段階的なアプローチを推奨している。KRAS陽性であれば他の検査は不要であり、EGFR陽性であればEGFR-TKI、ALK陽性であればALK阻害剤を優先的に推奨する。これら全てが陰性の場合(トリプルネガティブNSCLC)は、BRAF、MEK1、AKT1、PIK3CAなどの稀な変異の検索や、新規ドライバー変異の同定に向けた集中的な研究が必要であると提言された。

考察/結論

本Editorialは、Shaw et al. JClinOncol 2009らの研究を契機に、EML4-ALK融合遺伝子がNSCLCの明確な分子サブセットを定義することを強く論じている。これは、肺腺癌の治療が、従来の組織型に基づく経験的化学療法から、分子診断に基づく精密医療へと移行する重要な転換点を象徴するものである。EML4-ALK融合遺伝子がEGFR変異やKRAS変異と相互排他的であり、特に非喫煙者または軽度喫煙者に偏って認められるという特徴は、患者層別化において極めて重要な臨床的意義を持つ。

先行研究との違い: これまでのNSCLC治療はEGFR変異が主要なドライバーとして認識されてきたが、本研究で示されたEML4-ALK融合遺伝子は、EGFR変異陰性患者における新たな治療標的として、これまでとは異なる患者群に焦点を当てている点で対照的である。特に、Shaw et al. JClinOncol 2009らの研究は、北米の患者コホートにおいてEML4-ALK融合遺伝子の臨床的特徴を詳細に確認した点で、アジア人コホート中心の先行研究を補完し、その知見を普遍化するものである。

新規性: 本研究で初めて、PF-02341066(後のクリゾチニブ)の第I相試験の初期データが提示され、EML4-ALK陽性NSCLC患者におけるALK阻害剤の臨床的活性が新規に示された。この早期の臨床データは、後のPROFILE-1001/1005/1007/1014試験へと発展し、EML4-ALK陽性NSCLCに対する標的治療のパラダイムを確立する上で極めて重要な一歩となった。

臨床応用: 本知見は、EML4-ALK融合遺伝子陽性患者に対する特異的なALK阻害剤の臨床応用を可能にする。分子診断に基づいた個別化医療の推進は、患者の治療成績を劇的に改善する可能性を秘めており、臨床現場における診断アルゴリズムの変更を促す。特に、EGFR変異陰性の非喫煙者腺癌患者において、EML4-ALK融合遺伝子のスクリーニングが標準的な検査となるべきであるという臨床的含意は大きい。

残された課題: 今後の検討課題として、EML4-ALK融合遺伝子の検出における単一の標準化された診断アッセイの確立が残されている。現在のところ、IHC、FISH、RT-PCRのいずれも課題を抱えており、信頼性と再現性の高い検査法の開発が急務である。また、多遺伝子同時検査プラットフォームの普及と、KRAS、EGFR、ALKのいずれも陰性である「トリプルネガティブ」NSCLCにおける未知のドライバー変異を検索するための研究強化が今後の方向性として挙げられる。Limitationとして、本Editorialはレビュー論文であるため、新たな実験データを提供するものではなく、既存の知見の統合と解釈に限定される。しかし、本稿は、EML4-ALK陽性NSCLCが独立した治療カテゴリーとして臨床現場に実装される直前の状況を簡潔に整理した歴史的文書として意義深く、分子診断に基づく肺癌精密医療の起点となった。

方法

本稿はEditorial/Commentaryであるため、特定の研究デザインや患者コホートを用いた実験的手法は実施されていない。代わりに、公開された文献、特にEML4-ALK融合遺伝子に関する最新の基礎研究および臨床研究の知見を統合的にレビューし、論評する形式が取られている。

具体的には、以下の情報源が参照された。

  1. EML4-ALK融合遺伝子の発見と分子構造: Soda et al. Nature 2007らによるEML4-ALK融合遺伝子の最初の報告、およびその後の研究で同定された複数のバリアント(V1-V7)に関する分子生物学的データが分析された。これらのバリアントのEML4遺伝子側の切断点(exon 2, 6, 13, 14, 15, 18, 20)の多様性と、ALK遺伝子側のキナーゼドメイン(exon 20由来)の共通性に関する情報が収集された。
  2. 疫学および臨床病理学的特徴: EML4-ALK融合遺伝子の発生頻度、人種差、組織型(特に腺癌への集中)、喫煙歴(非喫煙者または軽度喫煙者)、年齢、および他のドライバー変異(EGFR、KRAS)との相互排他性に関する複数の先行研究のデータがレビューされた。特に、Shaw et al. JClinOncol 2009らの同号掲載論文の知見が詳細に分析された。
  3. 診断アッセイ: EML4-ALK融合遺伝子の検出に用いられる主要な方法、すなわち免疫組織化学 (IHC)、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH)、および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応 (RT-PCR) の原理、利点、および限界が評価された。各アッセイの標準化の課題や、検出感度・特異性のばらつきに関する報告が検討された。
  4. ALK阻害剤の初期臨床データ: ALK阻害剤PF-02341066(クリゾチニブ)の第I相臨床試験(ASCO 2009で発表)における初期の有効性データ(奏効割合、病勢安定率)および安全性プロファイル(主な有害事象)が評価された。前臨床試験におけるPF-02341066のALKリンパ腫モデルでの腫瘍縮小効果に関する知見も参照された。

これらの文献レビューに基づき、NSCLCにおける分子診断の現状と、EML4-ALK融合遺伝子を標的とした個別化医療の将来的な展望について、著者らの専門的見解が提示された。提案された分子診断アルゴリズム(Fig 2)は、既存のドライバー変異(KRAS、EGFR)の検査結果に基づいて、EML4-ALK融合遺伝子の検査をどのように組み込むべきかを示すものであった。統計手法については、個別のデータ解析は行われていないため、特定の統計手法の適用は該当しない。細胞株やマウスモデルに関するIdentifier literalは本稿の性質上該当しないが、臨床試験のNCT IDはPF-02341066の第I相試験に関連する。