- 著者: H. Nokihara, S. Lu, T.S.K. Mok, K. Nakagawa, N. Yamamoto, Y.K. Shi, L. Zhang, R.A. Soo, J.C. Yang, S. Sugawara, M. Nishio, T. Takahashi, K. Goto, J. Chang, M. Maemondo, Y. Ichinose, Y. Cheng, W.T. Lim, S. Morita, T. Tamura
- Corresponding author: T.S.K. Mok (Department of Clinical Oncology, The Chinese University of Hong Kong, Hong Kong, China)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2017
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 29045553
背景
進行非小細胞肺癌(NSCLC)の治療は、分子標的療法や免疫療法の進展により大きく変化しているが、ドライバー遺伝子変異陰性例や免疫療法後の患者においては、依然として化学療法が重要な治療選択肢である。特に二次治療以降の標準薬であるドセタキセルは、その有効性がShepherd et alの研究などで確立されているものの、Grade 3/4の好中球減少(54-63%)や発熱性好中球減少(10-20%)といった重篤な血液毒性の発現頻度が高いことが課題であった。これにより、患者のQOL低下や治療継続の困難さが生じるため、より忍容性の高い新たな治療選択肢の開発が強く求められていた。
S-1は、テガフール(5-FUのプロドラッグ)、ギメラシル(ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ阻害薬)、オテラシルカリウム(消化管での5-FUリン酸化阻害薬)を1:0.4:1のモル比で配合した経口フルオロピリミジン系抗癌剤である。この薬剤は、胃癌や大腸癌など他の固形癌において有効性が示されており、NSCLCの二次治療における単剤療法としても期待されていた。先行する第II相試験では、S-1単剤療法がNSCLC二次治療において12.5%の奏効率(ORR)と8.2ヶ月の全生存期間(OS)中央値という有望な成績を示しており、ドセタキセルと同等の有効性を持つ可能性が示唆されていた。しかし、大規模な無作為化比較試験において、S-1のドセタキセルに対する非劣性が確立された報告はこれまでになく、特に東アジア人集団におけるデータは不足していた。
近年、免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブ(Borghaei et al)、ペムブロリズマブ(Herbst et al)、アテゾリズマブ(Rittmeyer et al)が二次治療の標準として確立されつつあるが、これらの薬剤が全ての患者に適用可能であるわけではなく、また高額な治療費も課題となる場合がある。さらに、ドライバー遺伝子変異陽性患者に対するEGFR-TKI治療後の選択肢も多様化しているが、T790M変異陽性例に対するオシメルチニブ(Mok et al)のような特定の治療を除けば、化学療法は依然として重要な位置を占める。このような背景から、ドセタキセルに代わる、有効性と忍容性を兼ね備えた化学療法レジメンの確立は、多くの患者にとって依然として重要な臨床的課題であり、この知識のギャップを埋めることが求められていた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的としている。
目的
プラチナ製剤ベースの化学療法による前治療歴を持つ進行非小細胞肺癌(NSCLC)患者を対象に、S-1のドセタキセルに対する全生存期間(OS)の非劣性を主要評価項目として検証すること。
副次評価項目として、無増悪生存期間(PFS)、治療失敗までの期間(TTF)、奏効率(ORR)、および患者報告アウトカム(PROs: patient-reported outcomes)を評価し、S-1の安全性プロファイルと忍容性をドセタキセルと比較することも目的とした。特に、ドセタキセルで頻繁にみられる血液毒性や脱毛などの有害事象に対し、S-1が異なる毒性プロファイルを示すことで、患者のQOL改善に寄与する可能性を探索することも本研究の重要な目的の一つであった。本試験は、東アジア人集団におけるS-1の有効性と安全性を大規模に評価し、新たな二次治療選択肢としてのS-1の臨床的有用性を確立することを目指した。
結果
試験実施状況と患者背景: 2010年7月から2014年6月にかけて、スクリーニングされた1255例中1154例が登録され、S-1群に577例、ドセタキセル群に577例が無作為に割り付けられた(Figure 1)。FASにはS-1群577例、ドセタキセル群570例が含まれた。治験薬はS-1群569例、ドセタキセル群560例に投与された。ベースラインの患者特性は両群間でバランスが取れていた(Table 1)。EGFR変異陽性患者はS-1群で23.4%(95例)、ドセタキセル群で22.8%(93例)であり、これらの患者の70.9%が試験前にEGFR-TKI治療を受けていた。治療サイクル中央値はS-1群で2.0サイクル(範囲1-27)、ドセタキセル群で3.0サイクル(範囲1-41)であった。データカットオフ日(2015年11月20日)において、S-1群で479例(83.0%)、ドセタキセル群で487例(85.4%)の死亡が確認され、追跡期間中央値は30.75ヶ月であった。
主要評価項目(OS):非劣性の確認: OS中央値はS-1群で12.75ヶ月、ドセタキセル群で12.52ヶ月であり、HR 0.945 (95% CI 0.833-1.073, p=0.3818) であった(Figure 2A)。HRの95% CI上限値1.073は、事前に設定された非劣性マージン1.2を下回っており、S-1のドセタキセルに対するOS非劣性が統計学的に確認された。Per-protocol setにおける支持解析でも同様の結果が得られ(HR 0.963, 95% CI 0.847-1.095)、全無作為化患者集団での解析でも一貫した結果が示された(HR 0.940, 95% CI 0.829-1.067)。OSのサブグループ解析では、民族、EGFR変異状態、組織型など、事前に規定されたいずれの因子においても治療効果との有意な交互作用は認められず、S-1の有効性が様々な患者背景で一貫していることが示された(Figure 2B)。
副次評価項目(PFS、TTF、ORR): PFS中央値はS-1群で2.86ヶ月、ドセタキセル群で2.89ヶ月であり、HR 1.033 (95% CI 0.913-1.168, p=0.6080) で両群間に有意差は認められなかった(Figure 3A)。PFSのサブグループ解析では、EGFR変異状態(p=0.002)および性別(p=0.0154)で有意な交互作用が観察された(Figure 3B)。特にEGFR野生型患者および男性患者において、S-1群でPFSが延長する傾向が示唆された。また、組織型(扁平上皮癌/非扁平上皮癌、p=0.024)でも交互作用が認められ、扁平上皮癌患者でS-1がより有利な傾向が示唆された。TTF中央値はS-1群で2.66ヶ月、ドセタキセル群で2.56ヶ月であり、HR 0.886 (95% CI 0.788-0.997, p=0.0436) でS-1群でわずかに長い傾向が認められた。奏効率(ORR)はS-1群で8.3%、ドセタキセル群で9.9%であり(p=0.3761)、両群間で同程度であった。
安全性プロファイル:血液毒性の著明な差異: S-1群で最も多く報告された薬物関連有害事象は、食欲低下(50.4%、Grade 3/4 6.5%)、悪心(36.4%、Grade 3/4 0.9%)、下痢(35.9%、Grade 3/4 6.3%)、皮膚色素沈着(31.3%)であった(Table 2)。一方、ドセタキセル群では好中球減少(54.8%、Grade 3/4 47.7%)、脱毛(46.6%)、白血球減少(43.9%、Grade 3/4 29.1%)、食欲低下(36.4%)が主な有害事象であった。特に、発熱性好中球減少の発生率はS-1群で0.9%であったのに対し、ドセタキセル群では13.4%と著明な差が認められた。これは、ドセタキセル群で血液毒性に起因する入院リスクが大幅に高いことを示唆する。また、末梢神経障害(S-1群4.0% vs ドセタキセル群15.5%)および末梢性浮腫(S-1群2.3% vs ドセタキセル群15.7%)もS-1群で有意に少なかった。有害事象による治療中止率はS-1群で低かった。
QOL:S-1群での有意な改善: EORTC QLQ-C30の全般的健康状態(Global Health Status)スコアは、S-1群で48週間にわたり経時的に有意な改善が観察された(p=0.0065)のに対し、ドセタキセル群では改善は認められなかった(Figure 4)。さらに、身体機能、役割機能、情緒機能、社会機能、疲労の各スケールにおいても、S-1群がドセタキセル群と比較して有意に良好な結果を示した。QLQ-LC13の症状スケールでは、胸部痛、呼吸困難、末梢神経障害、脱毛においてS-1群が有意に良好であった。嚥下障害のみドセタキセル群で良好な結果であった(Figure 5)。これらのQOL結果は、S-1がドセタキセルと比較して患者の生活の質をより良好に維持できる可能性を示唆している。
考察/結論
EAST-LC試験は、プラチナ製剤既治療の進行NSCLC患者における最大規模の多国籍二次治療比較試験の一つであり、S-1のドセタキセルに対するOS非劣性を東アジア人集団において確立した。OS中央値12.75ヶ月 vs 12.52ヶ月という結果は、ドセタキセルの歴史的OS中央値(7-8ヶ月)と比較して両群ともに良好であり、免疫チェックポイント阻害剤が二次治療として使用されていなかった時代における成績として注目される。
先行研究との違い: 本研究は、S-1がドセタキセルと同等の有効性を持つだけでなく、消化器毒性が主体で血液毒性が少ないという異なる安全性プロファイルを持つことを明確に示した点で、これまでのドセタキセル単独の報告とは対照的である。特に、ドセタキセルで頻発する発熱性好中球減少(13.4%)がS-1群では0.9%と著明に低く、骨髄抑制リスクの高い患者に対する有用な選択肢となる可能性を示唆する。
新規性: 本研究で初めて、S-1がドセタキセルと比較してQOLの経時的改善を全般的健康状態において有意に達成できることを大規模な無作為化試験で実証した。これは、経口抗癌剤としての利便性だけでなく、患者の生活の質を重視する現代の癌治療において、S-1が新たな治療選択肢として重要な位置を占めることを示す新規な知見である。
臨床応用: S-1の経口投与という利便性は、外来治療における実臨床上の大きな利点であり、患者の通院負担軽減に貢献する。また、ドセタキセルと比較して血液毒性が低く、QOLが良好に維持されることは、特に高齢患者や併存疾患を持つ患者、あるいは骨髄抑制リスクが高い患者において、S-1がより適切な治療選択肢となる臨床的意義を持つ。免疫チェックポイント阻害薬が標準化される前の時代に計画・実施された試験であるため、現在の免疫療法後の治療戦略におけるS-1の位置づけは今後の検討課題であるが、免疫療法が不適格な患者や、免疫療法後に病勢進行した患者に対する化学療法選択肢として、S-1は依然として重要な役割を果たす可能性がある。
残された課題: 両群のPFSが約2.9ヶ月と短く、奏効率も低い(8-10%)ことは、本試験のlimitationとして認識される。これは、三次治療以降に使用された患者も含まれる可能性や、試験デザイン上の制約が影響している可能性がある。PFSのサブグループ解析でEGFR変異状態、性別、組織型による交互作用が観察されたが、OSでは交互作用が認められなかったため、これらのサブグループにおけるS-1の真の有用性の差異については、さらなる詳細な検討が残された課題である。また、本試験は東アジア人集団を対象としており、他の民族集団におけるS-1の有効性と安全性については、別途検証が必要である。
方法
本研究は、プラチナ製剤ベースの化学療法による前治療歴を持つ進行NSCLC患者を対象とした、オープンラベル、無作為化、第III相非劣性試験(EAST-LC)として実施された。本試験は、Japan Pharmaceutical Information CenterにJapicCTI-101155として登録された。試験は中国、日本、香港、シンガポール、台湾の84施設で多国籍共同研究として行われた。
患者選択基準: 対象患者は、年齢20歳以上、局所進行または転移性NSCLC、ECOGパフォーマンスステータス(PS)が0-2、適切な臓器機能を有し、プラチナ製剤ベースのレジメンを少なくとも1つ含む2レジメン以下の前治療歴がある患者であった。ただし、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の投与歴がある患者は、3レジメンまでの前治療が許容された。全ての患者は、参加前に書面によるインフォームドコンセントを提出した。
治療プロトコル: 患者はS-1群(n=577)またはドセタキセル群(n=577)に1:1で無作為に割り付けられた。
- S-1群: 体表面積(BSA)に応じて経口投与量が決定された(BSA <1.25 m²: 80 mg/日、1.25 m²以上<1.5 m²: 100 mg/日、1.5 m²以上: 120 mg/日)。S-1は6週間サイクルのうち28日間、1日2回食後に投与された。
- ドセタキセル群: 75 mg/m²(日本以外の施設)または60 mg/m²(日本の施設)が3週間サイクルのDay 1に静脈内投与された。
評価項目: 主要評価項目は全生存期間(OS)であり、無作為化からあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。S-1のドセタキセルに対する非劣性マージンは、ハザード比(HR)の上限1.2と設定された。これは、TAX317試験におけるドセタキセルのベストサポーティブケアに対するHR 0.61に基づき、ドセタキセルの有効性の少なくとも60%が維持されることを許容範囲としたものである。
副次評価項目には、無増悪生存期間(PFS、無作為化から病勢進行またはあらゆる原因による死亡までの期間)、治療失敗までの期間(TTF、無作為化から病勢進行、あらゆる原因による死亡、または治験薬中止の最も早い時点までの期間)、奏効率(ORR、完全奏効または部分奏効の割合)が含まれた。腫瘍反応はRECIST v1.1に基づき、有害事象(AEs)はCTCAE v4.0に基づき評価された。患者報告アウトカム(PROs)として、EORTC QLQ-C30および肺癌特異的モジュールQLQ-LC13がベースライン時および治療期間中6週間ごとに評価された。
統計解析: 主要有効性解析は、主要なプロトコル逸脱のない全ての無作為化患者を含むFull Analysis Set(FAS)に基づいて実施された。安全性解析は、治験薬を少なくとも1回投与された患者を対象とした。OSの解析にはCox比例ハザードモデルが用いられ、生存曲線はKaplan-Meier法で推定された。奏効率の比較にはχ²検定が用いられ、QOLは線形混合効果モデルを用いて解析された。事前に規定された背景因子によるサブグループ解析も実施された。全ての統計解析はSAS version 9.2を用いて行われた。