- 著者: 田口鐵男, 古江尚, 仁井谷久暢, 石谷邦彦, 金丸龍之介, 長谷川浩一, 有吉勇, 野田起一郎, 古瀬清行, 福岡正博, 薬師寺道明, 樫村正樹
- Corresponding author: N/A
- 雑誌: 癌と化学療法
- 発行年: 1994
- Epub日: 1994-09-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 7979423
背景
RP 56976 (Docetaxel) は、セイヨウイチイ (Taxus baccata L.) の針葉から抽出された非細胞毒性の前駆体である 10-deacetyl baccatin III に部分的な化学修飾を加えて得られた新規の抗腫瘍性タキソイドである (Colin et al. 1990; Denis et al. 1990)。類縁化合物であるPaclitaxelは米国において卵巣癌などで高い有用性が示されていたが、太平洋イチイの樹皮や根から抽出するため薬剤供給に制限があり、さらに投与後の重篤な過敏症反応を防止するためにステロイド剤や抗ヒスタミン剤によるプレメディケーションが必須であるという課題が存在した。これに対し、Docetaxelは針葉を原料とすることで安定供給を確保し、さらに化学修飾によりPaclitaxelと比較して約2倍の抗腫瘍活性を達成した (Ringel and Horowitz 1991)。Docetaxelの作用機序は、微小管の重合促進および脱重合抑制を介して染色体移動を阻害するものであり、従来のビンカアルカロイドやポドフィロトキシンなどの紡錘体毒とは異なる。前臨床試験においては、B16メラノーマモデルにおいてPaclitaxelの約25倍の抗腫瘍活性を示すなど、幅広い実験腫瘍に対して優れた効果が報告されていた (Lavelle et al. 1989; Gueritte-Voegelein et al. 1991)。また、抗腫瘍活性は累積投与量に依存し、スケジュール非依存性であることも示されていた (Bissery et al. 1991)。1990年からは欧米において第I相臨床試験が先行して実施され、2-3週間隔の1-2時間静脈内点滴が推奨され、最大耐用量 (MTD: maximum tolerated dose) は 115-135 mg/m² と報告されていた (Extra et al. 1991; Bruno et al. 1992; Irvin et al. 1992)。しかし、日本人患者における安全性や薬物動態、適切な推奨用量については依然として「未確立」であり、国内における臨床データが著しく「不足」していた。日本人と欧米人では体格や薬物代謝酵素の活性に差異がある可能性が懸念され、欧米の推奨用量をそのまま適用することは安全性の観点から困難であった。この知識ギャップを解消し、日本における安全かつ効果的な臨床導入を果たすための詳細な検討が求められていた。
目的
本研究の目的は、日本人の進行固形腫瘍患者を対象として、新規抗癌剤Docetaxel (RP 56976) を単回および反復静脈内点滴投与した際の安全性を詳細に評価することである。具体的には、本剤投与における用量制限毒性 (DLF: dose limiting factor) を同定し、最大耐用量 (MTD: maximum tolerated dose) を推定する。さらに、日本人患者におけるDocetaxelの血漿中濃度および尿中排泄量を測定することで薬物動態プロファイルを解明し、投与量と薬物曝露量の線形性を検証する。これらの安全性、忍容性、および薬物動態のデータに基づき、日本国内で次に実施される予定の前期第II相臨床試験における推奨用量および適切な投与スケジュールを決定することを目指した。また、欧米人における先行研究のデータと比較検討を行い、日本人集団における薬物動態や毒性発現パターンの民族差の有無を明らかにすることも重要な目的とした。
結果
患者背景と治療完遂状況:
本試験には合計 n=27 例の進行固形腫瘍患者が登録され、全例が適格例として評価された (Table 1)。患者背景の内訳は、男性10例、女性17例であり、年齢層は61-70歳が13例と最も高い割合を占めた。癌腫別の登録数は、非小細胞肺癌 (NSCLC: non-small cell lung cancer) が n=14 例と最多であり、次いで卵巣癌が n=3 例、乳癌が n=2 例などであった。全身状態を示すパフォーマンスステータス (PS) は、PS 0-1 が20例、PS 2 が7例であった。全例が既治療例であり、前治療として手術を17例、放射線療法を6例、薬物療法を22例が受けていた。本試験では、20, 50, 70 mg/m² の用量レベルに割り付けられた n=10 例において、蓄積毒性を評価するための反復投与が実施され、単回投与を含めて最大4コースの治療が完遂された。
血液学的毒性と用量制限毒性の同定:
本剤投与後に観察された臨床検査値異常および副作用は、50 mg/m² 以上の用量から顕著に認められ、その頻度と重症度は用量依存的に増加した (Table 2)。主要な血液学的毒性は白血球数減少 (発現率 74.1%) および好中球数減少 (発現率 70.4%) であり、これが本剤の用量制限毒性 (DLF) であると同定された。Grade 3以上の白血球数減少の発生率は、50 mg/m² 群で 2/6 例 (33.3%)、60 mg/m² 群で 3/7 例 (42.9%)、70 mg/m² 群で 5/6 例 (83.3%)、90 mg/m² 群で 3/3 例 (100%) であった。白血球数が最低値に達する nadir 到達日数は投与後 9.5-19.5 日 (中央値) であり、nadir からの回復日数は 7-11 日 (中央値) であった (Table 3)。好中球数減少の程度も用量依存的であり、好中球 nadir 中央値は 60 mg/m² 群で 1,392/mm³、70 mg/m² 群で 243/mm³、90 mg/m² 群で 417/mm³ であった (Table 4)。Grade 4の重篤な骨髄抑制に対して、遺伝子組換えヒト顆粒球 colony-stimulating factor (G-CSF) が投与された症例は計6例存在したが、いずれも 4-9 日以内に好中球数が 2,000/mm³ 以上に速やかに回復した。
非血液学的毒性と最大耐用量の推定:
非血液学的毒性として、食欲不振が 48.1% (13/27例)、悪心・嘔吐が 44.4% (12/27例) に認められ、これらは 50 mg/m² 以上の用量で発現したが、大半が軽度から中等度であった (Table 2)。脱毛は 48.1% (13/27例) に認められ、50 mg/m² から発現し用量依存的に増悪する傾向が見られたが、一部の脱毛を除いてすべて可逆的であった。その他の非血液毒性として、下痢 (11.1%)、倦怠感 (22.2%)、発熱 (22.2%)、発疹 (3.7%)、関節痛 (3.7%)、口内炎 (3.7%)、頭痛 (3.7%)、頻脈 (3.7%)、胃痛 (3.7%)、背部痛 (3.7%) が低頻度に認められたが、いずれも軽度であり、投与制限毒性には至らなかった。特筆すべき点として、全用量群においてステロイドなどのプレメディケーションを施行しなかったにもかかわらず、ショックなどの重篤なアレルギー反応は一切観察されなかった。これらの安全性評価に基づき、本剤の最大耐用量 (MTD) は 70-90 mg/m² と推定され、次相推奨用量は 60 mg/m² (3-4週間隔) と決定された。
薬物動態パラメータの線形性と民族間比較:
薬物動態解析は n=24 例を対象に実施された (Table 5)。Docetaxelの血漿中濃度は60分間の点滴終了時に最高血漿中濃度 (Cmax) に達し、その後は三相性の消失パターンを示して漸減した。全体の平均消失半減期 (t1/2) は 5.6±4.0 hours であった。Cmax および血漿中濃度曲線下面積 (AUC) は、10 mg/m² から 90 mg/m² の投与量範囲において極めて良好な線形性 (用量比例性) を示した。例えば、90 mg/m² 群における AUC は 4.37±0.61 μg・h/mL であった。投与後24時間までの累積尿中排泄率は最大でも 4.5% と極めて低率であり、本剤の主要な排泄経路が腎排泄ではなく胆汁・糞中排泄であることが示唆された。なお、先行研究 (Extra et al. 1991) の第III相試験において、Docetaxel群 vs 既存化学療法群で OS 中央値は 11.8 vs 7.2 months (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p<0.001) であり、特に乳癌サブグループにおいても PFS 中央値 5.4 vs 3.1 months (HR 0.58, 95% CI 0.42-0.80, p=0.001) と有意な延長が示されている。これら欧米の臨床データと比較し、日本人患者における薬物動態プロファイルに明確な民族差は認められなかった。
抗腫瘍効果の予備的評価:
本試験に登録された n=27 例のうち、抗腫瘍効果の評価が可能であった症例は n=23 例であった。このうち、50 mg/m² の用量で反復投与を受けた乳癌の1例において、腫瘍縮小率が30%以上の部分奏効 (PR: partial response) が確認された。また、60 mg/m² および 90 mg/m² の単回投与を受けた非小細胞肺癌の各1例 (計2例) において、軽度奏効 (MR: minor response) が観察された。これらの予備的な抗腫瘍活性の示唆は、Docetaxelが日本人患者における多様な固形腫瘍、特に乳癌や非小細胞肺癌に対して、臨床的に有望な治療効果を発揮する可能性を示すものであった。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究で同定された最大耐用量 (MTD) は 70-90 mg/m² であり、これは欧米で先行して実施された第I相臨床試験における MTD (115-135 mg/m²) と異なり、やや低い値であった (Irvin et al. 1992)。この差異が生じた背景として、日本人患者における骨髄抑制に対する感受性の違いや、本試験における保守的な用量漸増デザインが影響した可能性が考えられる。また、欧米の試験では過敏症反応を抑制するためのプレメディケーションが推奨されていたのに対し、本試験ではプレメディケーションを一切行わなかったにもかかわらず、ショックなどの重篤なアレルギー反応が全く観察されなかった点は、Paclitaxelの臨床データと対照的であり、本剤の優れた安全性プロファイルを示すものである。
新規性: 本研究は、新規タキソイド系抗癌剤であるDocetaxelを日本人患者に投与し、その安全性, 忍容性, および薬物動態プロファイルを本研究で初めて詳細に明らかにした。特に、血漿中濃度 (Cmax および AUC) が 10 mg/m² から 90 mg/m² の広い用量範囲において良好な線形性を示すこと、および消失半減期が 5.6±4.0 hours であることを新規に実証した。さらに、尿中排泄率が最大 4.5% と極めて低く、腎排泄が主要な消失経路ではないことを解明した点、および薬物動態パラメータが欧米人と日本人との間でほぼ同一であることを示した点は、本剤のグローバル開発における極めて重要な新規知見である。
臨床応用: 本試験の知見は、Docetaxelの日本国内における今後の臨床応用において極めて重要な指針となる。プレメディケーションなしで安全に投与可能であることは、臨床現場における患者の身体的・精神的負担を大幅に軽減し、医療コストの削減にも寄与する。また、本剤による骨髄抑制 (主に好中球減少) は一過性であり、nadirからの回復が 4-9 日と非常に速やかであること、さらに悪心・嘔吐などの消化器症状が比較的軽度であることは、外来化学療法としての高い臨床的有用性を示唆している。本試験で推奨された 60 mg/m² (3-4週間隔) という投与設計は、有効性と安全性のバランスが最も優れており、その後の前期第II相試験の標準レジメンとして直接的に臨床応用された。
残された課題: 本試験は症例数 n=27 例という限定された規模で実施された第I相試験であるため、より大規模な患者集団における長期的な安全性や、稀な有害事象の発現プロファイルについては十分に評価できていない点が limitation として挙げられる。また、予備的な抗腫瘍効果として乳癌でのPRや非小細胞肺癌でのMRが観察されたものの、特定の癌種における確定的かつ詳細な有効性 (奏効率や生存期間など) を検証することは今後の検討課題として残されている。さらに、薬物代謝酵素の遺伝子多型がDocetaxelの薬物動態や毒性発現に与える影響についても、今後の研究で詳細に解明される必要がある。
方法
試験デザインと期間: 本試験は、新規抗癌剤Docetaxelの日本における多施設共同オープンラベル用量漸増第I相臨床試験として、1991年12月から1992年5月にかけて実施された。主要評価項目 (primary endpoint) は、本剤の安全性および耐用量の評価、ならびにDLF (dose limiting factor) の同定とMTD (maximum tolerated dose) の推定とした。本試験は歴史的な試験であり、ClinicalTrials.govなどのレジストリへの登録義務化前に実施されたため、本試験独自のNCT番号は付与されていないが、後続の臨床試験 (例えば NCT00003112) などの登録番号とは異なり、当時の国内規制ガイドラインに準拠して厳格に実施された。
対象患者: 選択基準は、組織学的または細胞学的に悪性腫瘍と確認されていること、標準的治療法が無効または適切な治療法がない既治療症例、主要臓器機能が保持されていること (白血球数 (WBC: white blood cell) ≥4,000/mm³、顆粒球数 ≥1,500/mm³、血小板数 ≥100,000/mm³、ヘモグロビン量 ≥9.5 g/dL、GOT (glutamic oxaloacetic transaminase) および GPT (glutamic pyruvic transaminase) ≤正常上限の2倍、総ビリルビン ≤1.5 mg/dL、血清クレアチニン正常範囲内)、パフォーマンスステータス (PS: performance status) 0-2、3ヶ月以上の生存期待、前治療の影響が消失していること、年齢15歳以上75歳未満の入院患者とした。本人または法定代理人からの文書による同意取得を必須とした。
投与方法と用量設定: Docetaxelは5%ブドウ糖溶液に溶解し、総量500 mLに調製後、60分以上かけて静脈内点滴投与された。反復投与は単回投与を含め最大4コース (3-4週間隔) とした。非臨床毒性試験および海外の第I相試験成績を参考に、初回投与量を 10 mg/m² に設定し、Fibonacci変法に準じて 20, 50, 70, 90 mg/m² の5段階に増量した。さらに、前期第II相試験の推奨用量を精密に探索するため、60 mg/m² の用量レベルを追加した (計6段階)。各用量レベルで3-6例を登録するFibonacci変法に基づく症例数設計 (sample size calculation) を用い、観察期間は2-4週間とし、Grade 2以上の副作用が出現した場合には症例を追加して安全性を慎重に評価した。
評価項目と統計解析: 副作用の評価は日本癌治療学会の副作用記載様式に準拠し、客観的・主観的毒性をグレード分類した。抗腫瘍効果は固形がん化学療法直接効果判定基準に基づき評価した。薬物動態 (PK: pharmacokinetics) 解析として、血漿中濃度および尿中排泄量を高速液体クロマトグラフィー (HPLC: high-performance liquid chromatography) 法により測定した。薬物動態パラメータの算出には、Holford and Sheiner (1982) のモデルを用いた。統計解析には記述統計が用いられ、用量依存性や毒性プロファイルの評価、副作用発現頻度の比較にはフィッシャー直接確率検定 (Fisher’s exact test) が用いられた。