- 著者: Yue Zhou, Bo Wang, Jinghan Qu, Fan Yu, Yang Zhao, Shuyan Li, Jianjiao Ni, Zhengfei Zhu
- Corresponding author: Jianjiao Ni; Zhengfei Zhu (Fudan University Shanghai Cancer Center, Shanghai, China)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 33186860
背景
肺がんは世界的に癌関連死の主要な原因であり、非小細胞肺癌 (NSCLC) は肺癌の約85%を占める。EGFR変異陽性NSCLC患者は、アジア人患者の約50%、欧米人患者の10-15%に認められる。一般的なEGFR変異タイプには、エクソン19欠失 (19del) とエクソン21のL858R点変異があり、これらはEGFR感作性変異全体の約85-90%を占める。第一世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブは、EGFR変異陽性進行NSCLCの一次治療として長らく使用されてきた。しかし、最終的には治療抵抗性が発現し、T790M変異が最も一般的な抵抗性メカニズムである。オシメルチニブは第三世代EGFR-TKIであり、EGFR-TKI感受性変異とT790M抵抗性変異を選択的に阻害する。当初はT790M陽性NSCLC患者の治療薬として承認されたが、最近では未治療のEGFR変異陽性進行NSCLCにおいて第一世代EGFR-TKIよりも優れた無増悪生存期間 (PFS) と全生存期間 (OS) を示すことが報告され、一次治療選択肢の一つとして推奨されている (Soria et al. NEnglJMed 2018, Ramalingam et al. NEnglJMed 2020)。
脳転移 (BM) および軟髄膜転移 (LM) を含む中枢神経系 (CNS) 転移は、NSCLCの生命を脅かす合併症であり、予後不良の患者の約20-40%を占める。EGFR変異陽性NSCLCではその発生率がさらに高く、疾患経過中に最大50%の患者がBMを、9%の患者がLMを発症すると報告されている。第一世代EGFR-TKIは血液脳関門 (BBB) 透過性が比較的低いという課題があった。これに対し、オシメルチニブはBBBへの高い透過性を示すことが報告されており、CNS転移に対する治療において優れた有効性を示すことが複数の臨床試験で示されている。オシメルチニブはCNS病変に対して約60%のCNS客観的奏効率 (CNS ORR) と最大15.2ヶ月の中央値CNS無増悪生存期間 (CNS PFS) を達成し、CNS転移を有するEGFR変異陽性NSCLC患者において顕著な治療上の利点をもたらすことが示されている (Yang et al. JClinOncol 2017, Soria et al. NEnglJMed 2018)。
CNS転移のない患者においても、EGFR-TKIはCNS転移の予防または遅延に有効性を示す。例えば、ゲフィチニブはADJUVANT試験において化学療法と比較してBMを遅延させることが示されている。CNS転移の予防または遅延効果は、第一世代と第二世代の間でも異なる。ARCHER1050試験では、ベースラインCNS転移のない未治療のEGFR変異陽性進行NSCLC患者において、ダコミチニブ群でゲフィチニブ群よりもCNS転移を発症した患者の割合が少ないことが判明した。最近の後方視的研究でも、アファチニブで治療された患者ではゲフィチニブまたはエルロチニブで治療された患者よりも新規BMの発生率が低いことが示されている (Park et al. LancetOncol 2016)。しかし、ベースラインでCNS転移のないEGFR変異陽性進行NSCLC患者において、オシメルチニブが第一世代EGFR-TKIと比較してCNS転移の発生をどの程度予防または遅延させるのかを系統的に評価した大規模な後方視的研究はこれまで不足していた。特に、実臨床データに基づいた大規模なコホート研究は未解明な点が多かった。また、EGFR変異サブタイプ(L858R変異とエクソン19欠失 (19del) 変異)とCNS転移発生リスクとの関係性についても、その詳細なメカニズムと臨床的意義は十分に確立されていなかった。これらの知識ギャップを埋めることは、患者個々の特性に応じた最適な治療戦略とサーベイランス計画を策定する上で極めて重要である。本研究は、これらの未解明な点を明らかにし、実臨床における意思決定を支援することを目的とした。
目的
本研究の目的は、ベースラインでCNS転移を有さないEGFR変異陽性 (L858Rまたは19del) 進行NSCLC患者を対象として、第一世代EGFR-TKI (ゲフィチニブまたはエルロチニブ;Group A) とオシメルチニブ (Group B;一次治療または二次治療) の治療効果を後方視的に評価することである。具体的には、症候性CNS転移の累積発生率、そのリスク因子、全生存期間 (OS)、および予後因子を詳細に解析する。これにより、各治療法がCNS転移の発生に与える影響を比較し、特にオシメルチニブがCNS転移の予防または遅延にどの程度寄与するかを明らかにすることを目指す。さらに、EGFR変異サブタイプがCNS転移発生リスクに与える影響を評価し、L858R変異が独立したリスク因子である可能性を検証する。これらの知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者に対する個別化されたサーベイランス戦略と治療選択の最適化に貢献すると考えられる。
結果
全体生存期間 (OS) の概観と予後因子: 全体コホート (n=813) のOS中央値は45.5ヶ月 (95% CI 39.84-51.16) であった。1年、3年、5年OS率はそれぞれ93.0%、60.2%、35.6%であった (Figure 2)。第一世代EGFR-TKI群 (Group A, n=668) のOS中央値は44.5ヶ月 (95% CI 39.33-49.67) であった。一方、オシメルチニブ群 (Group B, n=145) のOS中央値は未到達であり、1年、3年、5年OS率はそれぞれ100.0%、78.1%、78.1%であった。多変量Cox解析の結果、オシメルチニブ治療は第一世代TKIと比較してOSの独立した予後良好因子であることが確認された (HR 0.49, 95% CI 0.29-0.82, p=0.007)。また、転移臓器数が3未満であることもOSの独立した予後良好因子であった (HR 0.60, 95% CI 0.44-0.81, p=0.001)。ベースライン神経画像検査の有無はOSと有意な関連を示さなかった (p=0.225)。
症候性CNS転移の累積発生率と時系列推移: 全体で38例が症候性CNS転移を発症し、内訳は脳転移 (BM) 32例、軟髄膜転移 (LM) 4例、BMとLMの両方2例であった。症候性CNS転移の1年、2年、3年累積発生率はそれぞれ3.5%、7.5%、15.3%であった。EGFR-TKI治療失敗時に症候性CNS転移を発症した患者の割合は、Group Aで8.0% (30/375例)、Group Bで10.4% (8/77例) と類似していた。症候性CNS転移の累積発生曲線は、治療開始後約3年でプラトーに達する傾向が認められ、その後の累積発生率は両群間で類似していた (Group A 11.8% vs Group B 15.6%)。この結果は、オシメルチニブが症候性CNS転移の発症を遅延させる効果を持つものの、最終的な予防効果はないことを示唆している。この傾向は、オシメルチニブの優れたBBB透過性が初期のCNS転移予防に寄与する一方で、長期的な治療継続中にCNS転移が最終的に出現する可能性を示している。
オシメルチニブと第一世代TKIにおけるCNS転移発生の比較: 累積症候性CNS転移発生率は、オシメルチニブ群 (Group B) で第一世代TKI群 (Group A) よりも低い傾向が認められた (ログランク検定 p=0.053) (Figure 3A)。しかし、発生曲線は治療開始後約3年で収束し、それ以降の累積発生率は両群で類似していた。この結果は、オシメルチニブが症候性CNS転移の発症を遅延させる効果を持つものの、最終的な予防効果はないことを示唆している。この傾向は、オシメルチニブの優れたBBB透過性が初期のCNS転移予防に寄与する一方で、長期的な治療継続中にCNS転移が最終的に出現する可能性を示している。
EGFR変異サブタイプとCNS転移リスク:L858R変異が独立リスク因子: 競合リスク多変量解析の結果、L858R変異は19del変異と比較して症候性CNS転移発生リスクが有意に高い独立したリスク因子であることが示された (HR 3.337, 95% CI 1.614-6.900, p=0.001) (Table 3)。L858R変異患者における症候性CNS転移の累積3年発生率は約18-20%に達したのに対し、19del変異患者では約12%に留まった (Figure 3B)。この知見は、L858R変異腫瘍がより高い転移性および侵襲性を持つという他の研究結果と一致する。さらに、オシメルチニブによる症候性CNS転移遅延の利点は、19del変異患者よりもL858R変異患者でより顕著である傾向が示された (Figure 3C, D)。
ベースライン神経画像検査の有用性: ベースライン神経画像検査の有無は、症候性CNS転移発生リスク (p=0.765) およびOS (p=0.225) と有意な関連を示さなかった (Table 2, 3)。この結果は、無症候性患者に対するルーティンのベースライン脳スクリーニングの必要性に疑問を呈するものである。症候性CNS転移を発症した38例のうち、初発症状は頭痛 (25例)、神経局所症状 (14例)、認知機能低下 (6例) などであり、多くが神経症状発現後に速やかに診断され、適切な治療(脳放射線療法やオシメルチニブへの切り替えなど)が可能となった。この観察は、ベースラインでの無症候性スクリーニングよりも、症状出現時の迅速な画像評価の重要性を示唆している。
考察/結論
本研究は、ベースラインCNS転移のないEGFR変異陽性進行NSCLC患者において、オシメルチニブが第一世代EGFR-TKIと比較して症候性CNS転移の累積発生を遅延させる可能性を示したが、最終的には予防し得ないことを大規模な実臨床データに基づいて初めて示した。CNS転移の累積発生率が約3年でプラトーに達するという知見は、EGFR-TKI治療期間中に新規症候性CNS転移のリスクが最初の3年間に集中し、その後は安定することを示唆しており、CNSサーベイランス戦略の策定に有用な情報を提供する。
先行研究との違い: これまでの研究では、オシメルチニブのCNS効果は主に既存のCNS転移に対する治療効果に焦点が当てられていたが、本研究はベースラインCNS転移のない患者における新規症候性CNS転移の発生予防・遅延効果を第一世代TKIと比較した点で、先行研究と異なる。特に、約3年でCNS転移の累積発生曲線が収束するという知見は、EGFR-TKIがCNS転移を遅延させるものの、根本的に予防するものではないという点で、他の研究結果とも一致する。
新規性: 本研究で初めて、L858R変異が19del変異と比較して症候性CNS転移の独立したリスク因子であることを大規模な後方視的コホートで明確に同定した。この知見は、L858R変異を有する患者に対するより積極的なCNSモニタリングや、オシメルチニブの一次治療としての優先的な使用を支持する根拠となりうる新規性がある。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者に対する個別化されたサーベイランス戦略と治療選択の最適化に重要な臨床的意義を持つ。特にL858R変異患者では、CNS転移リスクが高いことから、より厳格な脳画像検査の実施や、CNS浸透性の高いオシメルチニブを一次治療として考慮することが臨床現場で推奨される可能性がある。また、ベースライン神経画像検査がCNS転移発生やOSと関連しなかったという結果は、無症候性患者への一律的なルーティン脳MRIスクリーニングの必要性に疑問を呈するものであり、症状出現時の迅速な画像評価の重要性を強調する。
残された課題: 本研究の限界としては、ベースラインでの脳MRI評価が必須ではなかったこと、後方視的デザインであること、および単一施設からのリアルワールドデータであるため、選択バイアスが存在する可能性があることが挙げられる。また、一次治療としての第一世代TKIとオシメルチニブの直接比較は、オシメルチニブ群の症例数が少なくフォローアップ期間が短いため、十分には行えなかった。今後の検討課題として、より大規模な多施設共同前向き研究により、これらの結果を検証し、異なるEGFR変異サブタイプにおけるオシメルチニブのCNS予防効果をさらに詳細に評価する必要がある。
方法
本研究は、2012年1月から2019年12月までに復旦大学上海癌センターで治療を受けた患者を対象とした後方視的単施設解析である。本研究はヘルシンキ宣言に従って実施され、復旦大学上海癌センターの倫理委員会によって承認された。後方視的研究であるため、インフォームドコンセントは免除された。適格基準は以下の通りである。病理学的にEGFR変異陽性 (L858Rまたは19del) と診断された進行NSCLC患者であること。ベースライン時にCNS転移がないこと(脳MRIまたはCTスキャンで確認)。標準治療として第一世代EGFR-TKI(ゲフィチニブまたはエルロチニブ)またはオシメルチニブ(未治療患者に対する一次治療、またはT790M陽性患者に対する二次治療)のいずれかを受けていること。Karnofsky Performance Status (KPS) が50以上であること。過去に二次悪性腫瘍の既往がないこと。
合計813例の患者が登録された。内訳は、第一世代EGFR-TKI群 (Group A) が668例(ゲフィチニブ562例、エルロチニブ106例)、オシメルチニブ群 (Group B) が145例(一次治療32例、二次治療113例)であった。患者の臨床病理学的特徴は電子カルテから収集され、年齢、性別、喫煙歴、KPS、EGFR変異タイプ、および肺、脾臓、肝臓、副腎、骨、リンパ節などの頭蓋外転移の有無が含まれた。EGFR変異解析は、当センター病理部にて増幅抵抗性変異システム (ARMS) 法を用いて、原発腫瘍または転移病変の組織から実施された。
主要評価項目は、症候性CNS転移の累積発生率、全生存期間 (OS)、およびこれらのリスク因子であった。症候性CNS転移の累積発生率は競合リスク法を用いて推定され、OSはカプラン・マイヤー法を用いて推定された。群間比較にはログランク検定が用いられた。OSおよび症候性CNS転移の発生に関連するリスク因子を特定するため、単変量および多変量解析が実施された。OSの解析にはCox比例ハザード回帰モデルが、症候性CNS転移の解析には競合リスク解析が用いられた。多変量解析には、単変量解析でp値が0.10未満であった変数が組み込まれた。統計解析はSPSS 21.0およびGraphPad Prism 8.0.1を用いて実施され、両側p値が0.05未満を有意と判断した。
フォローアップはEGFR-TKI治療中、2ヶ月ごとに実施された。病歴聴取、身体診察、胸部CTスキャン、腹部超音波またはCTスキャンが定期的に評価された。脳スキャンは必須ではなく、通常は示唆的な症状が出現した場合に主治医の判断で実施された。治療反応性はRECIST 1.1基準に従って評価された。データカットオフ日は2020年1月31日であった。本研究は、retrospective cohort studyとして実施され、実臨床における治療効果を評価することを目的とした。ベースライン神経画像検査の有無は、OSおよびCNS転移のリスクと有意な関連を示さなかったため、無症候性患者に対するルーチン検査の必要性について議論の余地がある。