• 著者: Alexis Guernet, Sathish Kumar Mungamuri, Dorthe Cartier, Ravi Sachidanandam, Anitha Jayaprakash, Sahil Adriouch, Myriam Vezain, Francoise Charbonnier, Guy Rohkin, Sophie Coutant, Shen Yao, Hassan Ainani, David Alexandre, Isabelle Tournier, Olivier Boyer, Stuart A. Aaronson, Youssef Anouar, Luca Grumolato
  • Corresponding author: Luca Grumolato (Normandie Univ, UNIROUEN, INSERM, DC2N, Rouen, France)
  • 雑誌: Molecular Cell
  • 発行年: 2016
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 27453044

背景

腫瘍内遺伝的不均一性 (intratumor genetic heterogeneity) は、がん細胞が多様な微小環境に適応し、治療抵抗性を獲得して進化するための生物学的基盤である。次世代シーケンシング (NGS) 技術の進歩により、単一の腫瘍組織内に異なる遺伝子変異を有する複数のサブクローンが共存していることが明らかにされてきた ([[NEnglJMed-2012-Gerlinger-Intratumor heterogeneity and branched evolution revealed by multiregion sequencing|Gerlinger et al. NEnglJMed 2012]])。特に、分子標的薬による治療開始前から、極めて低頻度で耐性変異を有するクローンが存在し、薬剤選択圧下でこれらが選択的に拡大することが、非小細胞肺がん (NSCLC) における治療抵抗性の主要な機序として認識されている ([[CancerCell-2010-Turke-Preexistence and clonal selection of MET amplification in EGFR mutant NSCLC|Turke et al. CancerCell 2010]])。しかし、従来のクローン追跡法やシーケンシング技術では、特定の遺伝子変異を内因性ゲノムの正確な位置に導入し、その低頻度クローンが示す動態をリアルタイムかつ定量的に追跡することは困難であった。高複雑度バーコードを用いた先行研究 ([[NatMed-2015-Bhang-Studying clonal dynamics in response to cancer therapy using high-complexity barcoding|Bhang et al. NatMed 2015]]) も存在するが、これらはランダムなウイルス統合に依存しており、特定の遺伝子変異と直接連結した形でのクローン動態解析には至っていなかった。CRISPR/Cas9システムを用いた相同組換え修復である HDR (homology-directed repair; 相同組換え修復) による精密なゲノム編集は可能であるものの、その編集効率の低さや、オフターゲット切断のリスク、さらには編集後に単一クローンを分離・培養する必要性といった技術的限界が存在した。そのため、がん細胞の不均一性と薬剤耐性獲得プロセスの機能的関連性を、クローン分離なしに高感度かつ定量的に解析する手法は未確立であり、技術的な「不足」が大きな課題となっていた。このように、内因性ゲノム上の標的変異とクローン追跡用バーコードを直接連結させ、不均一な集団内での挙動を直接可視化するアプローチは未解明のままであった。

目的

本研究の目的は、CRISPR/Cas9システムによるHDR機構を応用した新規ゲノム編集技術「CRISPR-barcoding」法を開発することである。この手法により、標的となるがん遺伝子やがん抑制遺伝子の内因性配列に、目的の機能的変異とそれに近接するサイレント点変異バーコードを同時に導入し、クローン分離を行うことなく、不均一な細胞集団内における特定変異クローンの動態を高感度かつ定量的に追跡可能にする。具体的には、NSCLC細胞株を用いて、EGFR阻害薬に対する耐性獲得機序(EGFR-T790M変異、KRAS-G12D変異、EML4-ALK融合遺伝子など)をin vitroおよびin vivoでモデル化し、耐性クローンの選択プロセスや薬剤併用療法による耐性抑制効果を機能的に解析する。さらに、がん抑制遺伝子TP53の不活性化や、APC変異およびALK変異の直接修復が細胞増殖やシグナル伝達に与える影響を検証し、本手法の汎用性を実証することを目的とする。

結果

**EGFR-T790MバーコードのGefitinib選択的濃縮と第三世代TKIによる抑制効果**: PC9細胞(n=3 replicates)にEGFR-T790M(耐性)および EGFR-T790T (EGFR-T790Tサイレント変異コントロール) のバーコードを導入し、Gefitinib処理を行った。Gefitinib(10 nM)の存在下において、EGFR-T790M対EGFR-T790Tのバーコード比率は時間依存的に著しく上昇し、4日間の処理で明確な濃縮が確認された (Fig 1C)。この濃縮効果はGefitinibの濃度依存的であり、100 nM以上の高濃度処理においてより顕著であった (Fig 1D)。一方で、第三世代EGFR阻害薬であるWZ4002(0.5 μM)を単独、またはGefitinibと併用して処理したところ、Gefitinibによって誘導されたT790Mバーコードの濃縮は完全に消失した (Fig 1E)。これは、T790M選択的TKIが耐性クローンを特異的に抑制することを直接的に証明している ([[Nature-2009-Zhou-Novel mutant-selective EGFR kinase inhibitors against EGFR T790M|Zhou et al. Nature 2009]])。また、Boyden chamberを用いた浸潤アッセイでは、Gefitinib存在下でMatrigelを通過した浸潤細胞画分において、EGFR-T790Mバーコードの割合が対照群と比較して有意に増加しており(p<0.001)、EGFR活性抑制が細胞浸潤能の選択圧としても機能することが示された (Fig 1I)。

**KRAS-G12D変異による代替耐性機序のモデル化とMEK阻害薬併用効果**: EGFR阻害薬に対するバイパス耐性経路をモデル化するため、PC9細胞にKRAS-G12D(耐性)および KRAS-G12G (KRAS-G12Gサイレント変異コントロール) のバーコードを導入した。Gefitinib(1 μM)を5日間処理した結果、KRAS-G12Dバーコードの割合は対照群と比較して有意に濃縮された(p<0.01, n=5 replicates) (Fig 1F)。この濃縮は、第三世代阻害薬であるWZ4002(0.5 μM)の処理下でも同様に観察され(p<0.05, n=4 replicates)、受容体上流の阻害を回避するバイパス経路の存在が実証された (Fig 1G)。さらに、EGFR、KRAS、およびEML4-ALKの3種の耐性変異を同時に導入した PC9-EKE (EGFR/KRAS/EML4-ALK多重変異導入細胞株) 混合細胞集団(n=4 replicates)を構築した (Fig 2B)。この集団にGefitinib(0.5 μM)とWZ4002(0.5 μM)およびALK阻害薬TAE684(0.5 μM)を併用投与しても、KRAS変異クローンの増殖は阻止できなかった (Fig 2D)。しかし、下流シグナルを遮断するMEK阻害薬Trametinib(50 nM)を併用したところ、すべての耐性クローンの濃縮が完全に抑制され、下流経路阻害の有用性が示された (Fig 2E)。

**in vivoにおける耐性クローンの選択と腫瘍内不均一性の再現**: in vitroで構築したPC9-EKE(EGFR/KRAS/EML4-ALK多重変異導入細胞株)混合細胞集団を、免疫不全マウス(n=10 mice)の左右の側腹部に皮下移植し、腫瘍形成能および薬剤選択圧の影響を検証した (Fig 3A)。移植後16日目からGefitinib(25 mg/kg/day)を連日経口投与したところ、腫瘍体積は一時的に縮小したものの、数週間後に再増大を示した (Fig 3A)。再増大した腫瘍組織からgDNAを抽出し、各耐性バーコードの頻度をqPCRで定量した。その結果、Gefitinib投与群の腫瘍において、EGFR-T790M、KRAS-G12D、およびEML4-ALKのすべての耐性バーコードの割合が、投与前の細胞集団と比較して著しく上昇していた (Fig 3B)。興味深いことに、同一マウスの左右の腫瘍間、あるいは個体間で濃縮される耐性クローンのプロファイルは異なっており、例えばある個体(mouse 8)の右側腫瘍ではEGFR-T790Mが、左側腫瘍ではKRAS-G12Dが極めて優位に濃縮されていた (Fig 3B)。この結果は、臨床における治療抵抗性獲得時のクローン進化と腫瘍内不均一性の動態を、動物モデルにおいて忠実に再現できることを示している。

**APCおよびALK遺伝子修復による細胞増殖抑制効果の直接検証**: CRISPR-barcodingの応用として、がん細胞株における変異遺伝子の直接修復効果を検証した。DLD-1大腸がん細胞が有するAPC遺伝子のホモ接合型フレームシフト変異に対し、野生型へ修復するドナー(APC-WT)と、ストップコドンを維持するドナーである APC-STOP (APC遺伝子ノックアウト用ストップコドン導入変異) を導入した。Wntシグナル応答性GFPレポーターを用いた解析(n=3 replicates)では、FACSにより分取したWnt活性低下画分(GFP lo)において、APC-WT対APC-STOPの比率が有意に上昇していた(p<0.01) (Fig 5B)。さらに、長期培養(約4週間)における経時的定量により、APC-WTバーコードの割合は時間依存的に著しく減少した (Fig 5C)。ディープシーケンシング解析により、修復された正常なAPC配列を持つ細胞が選択的に排除されることが確認され、DLD-1細胞の増殖が変異APCに依存していることが示された (Fig 5D)。また、ALK-F1174L変異を有するKelly神経芽腫細胞において、ALK遺伝子を野生型(ALK-F1174F)またはノックアウト(ALK-STOP)へ修復したところ、これらの修復バーコードの割合は経時的に減少した(p<0.05, n=4 replicates) (Fig 6A)。この減少は、ALK阻害薬TAE684(0.2 μM)の存在下では有意に緩和され、ALK変異への依存性が直接的に証明された (Fig 6D)。

**AAVS1領域への高複雑度バーコード挿入によるクローン動態の同時追跡**: ゲノム上の安全領域である AAVS1 (adeno-associated virus integration site 1; アデノ随伴ウイルス統合部位1) 遺伝子座を標的とし、縮重塩基を含む超高複雑度バーコードssODNを導入する手法を開発した (Fig 7A)。BT474乳がん細胞およびPC9細胞において、HDR効率はそれぞれ22%および8%であり、数千個の異なるバーコードを持つ細胞集団を一度に標識することに成功した (Table S1)。BT474細胞を免疫不全マウス(n=4 mice)の乳腺脂肪体に移植し、21日、28日、35日目に腫瘍を採取してディープシーケンシングを行った (Fig 7A)。培養細胞内でのバーコード分布は極めて安定していたが(r2=0.98)(Fig 7B)、腫瘍組織内では特定のバーコードを持つクローンが選択的に濃縮されていた (Fig 7C)。異なる個体間、あるいは同一個体の異なる部位の腫瘍間で、濃縮されたバーコードのプロファイルには高い相関が認められ(Fig 7D)、腫瘍形成能におけるクローンごとの本質的な適合度(fitness)の差が示された。また、PC9細胞にGefitinib(1 μM)を14日間処理した実験では、特定の薬物耐性クローンが50倍以上に濃縮される挙動が捉えられ、治療抵抗性クローンの初期動態を網羅的に追跡可能であることが実証された (Fig 7E, 7F)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の腫瘍内不均一性や薬剤耐性クローンの解析手法は、ランダムなウイルスベクターの統合によるバーコード標識や、遺伝子編集後に単一クローンを分離して個別に解析する手法が主流であった。これらのがん生物学における従来のアプローチと異なり、本研究で開発されたCRISPR-barcoding法は、内因性ゲノムの標的遺伝子座に対して、目的の機能的変異とサイレント変異バーコードを完全に連結した状態で、極めて精密に導入することが可能である。これにより、クローン分離に伴うアーティファクトや培養バイアスを完全に排除し、不均一な細胞集団内における各クローンの動態を、本来の細胞間相互作用が維持された環境下でリアルタイムに追跡できる。

新規性: 本研究は、CRISPR/Cas9によるHDRの低効率性を逆手に取り、低頻度の遺伝子編集クローンをそのまま混合集団として追跡するという逆転の発想に基づいて、CRISPR-barcoding法を本研究で初めて開発・実証した。また、機能的変異を持たないサイレント変異のみのコントロールバーコードを同時に導入することで、Cas9によるオフターゲット切断の影響を厳密に評価・補正するシステムを新規に構築した。さらに、EGFR-T790M、KRAS-G12D、EML4-ALKなどの複数の耐性変異を同一集団内で同時に追跡するマルチプレックス解析や、安全領域であるAAVS1遺伝子座への超高複雑度バーコードの導入により、数千個規模のクローン適合度をin vivoで同時追跡する手法は、これまで報告されていない画期的な成果である。

臨床応用: 本技術の臨床的意義は極めて大きい。肺がん治療において、EGFR-TKIに対する耐性獲得は避けて通れない課題であり、その耐性機序は多岐にわたる ([[NEnglJMed-2015-Janne-AZD9291 in EGFR inhibitor-resistant non-small-cell lung cancer|Janne et al. NEnglJMed 2015]])。本研究が示したマルチプレックス耐性モデルは、複数の耐性クローンが共存する臨床腫瘍の複雑性を忠実に再現しており、どのような薬剤の組み合わせが耐性クローンの出現を最も効果的に遅延・阻止できるかを、臨床試験に先立ってin vitroおよびin vivoで迅速にスクリーニングすることを可能にする。これは、個別化医療における最適な併用療法の開発や、耐性克服のための治療戦略の策定において、強力なプラットフォーム技術として臨床応用されることが期待される。

残された課題: 一方で、本研究にはいくつかの残された課題limitation)も存在する。第一に、本手法の根幹をなすHDR의 導入効率は細胞株によって大きく異なり、特に初代培養細胞や臨床検体由来のがん細胞、あるいは非分裂細胞においては編集効率が著しく低下するため、適用が困難であるという技術的限界がある。第二に、本研究の実証実験の多くはPC9などの単一の細胞株を中心に行われており、より多様な遺伝学的背景を持つがん細胞モデルにおける検証が今後の検討課題である。また、サイレント変異バーコードがmRNAの二次構造や翻訳効率、安定性に与える潜在的な影響については、本研究でバーコードスワッピング実験により否定されたものの、標的遺伝子ごとに慎重な検証が必要である。今後は、HDR効率を向上させる小分子化合物の併用や、より簡便なデリバリーシステムの開発により、本手法の適用範囲をさらに拡大することが求められる。

方法

CRISPR-barcodingの設計とトランスフェクション: 標的遺伝子を特異的に切断するsgRNAを組み込んだpSpCas9(BB)2A-Puroベクターと、相同組換えのドナーとなる ssODN (single-stranded DNA oligonucleotide; 一本鎖DNAオリゴヌクレオチド) を設計した。ssODNには、目的の機能的変異(例:EGFR-T790M)と、それに隣接する一連 of サイレント点変異バーコードを配置した。対照群として、機能的変異を伴わずサイレント変異バーコードのみを導入するssODNである EGFR-T790T (EGFR-T790Tサイレント変異コントロール) を並行して設計した。ゲノム編集対象の細胞株として、NSCLC細胞株である PC9、乳がん細胞株 MCF7 および BT474、大腸がん細胞株 HCT-116 および DLD-1 (DLD-1大腸がん細胞株)、神経芽腫細胞株 Kelly を使用した。各細胞株への遺伝子導入は、Nucleofector IIデバイスを用いたエレクトロポレーションにより実施した。トランスフェクション直後に、機能的変異バーコード導入細胞とコントロールバーコード導入細胞、および未編集の野生型細胞を混合し、不均一な集団を形成させた。

バーコードの定量と機能解析: 薬剤処理(Gefitinib、WZ4002、TAE684、Trametinib、Nutlin 3、Doxorubicinなど)を施した細胞集団から、経時的に gDNA (genomic DNA; ゲノムDNA) を抽出した。抽出したgDNAをテンプレートとし、各バーコード配列に特異的なプライマーを用いたリアルタイム定量PCR (qPCR) を実施した。プライマーの片方は、ssODNの相同領域外のゲノム配列を標的とすることで、未統合のssODNの非特異的増幅を防止した。また、一部の実験では次世代シーケンサーを用いたディープシーケンシングによりバーコード頻度を定量した。DLD-1細胞におけるAPC遺伝子修復実験では、Wntシグナル応答性GFPレポーターを導入し、FACS (fluorescence-activated cell sorting; 蛍光活性化細胞選別) を用いてGFP高発現(GFP hi)および低発現(GFP lo)画分を分取して解析した。

統計解析: 実験データの統計的有意差の判定には、GraphPad Prismソフトウェアを使用し、2群間の比較には Student's t test または非パラメトリック検定である Mann-Whitney 検定を用いた。すべての統計解析において、p<0.05を統計的に有意と定義した。