- 著者: Daniel Reinhorn, Jonathan Kuten, Isabel Preeshagul, Juliana Eng, Kenneth Ng, Alexander Drilon, Jamie Chaft, Fernando C. Santini, Mark M. Awad
- Corresponding author: Mark M. Awad, MD, PhD, Chief, Thoracic Oncology, 530 E. 22nd Floor, 74th Street, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York.
- 雑誌: JTOClinResRep
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-05-22
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1016/j.jtocrr.2026.101024
背景
HER2変異非小細胞肺癌 (NSCLC) は、肺腺癌の約2〜4%に発生する分子サブタイプであり、治療選択肢が限られていた。近年、HER2を標的とする抗体薬物複合体 (ADC) であるトラスツズマブデルクステカン (T-DXd) とトラスツズマブエムタンシン (T-DM1) が、この疾患に対する治療薬として注目されている。T-DXdは、強力なトポイソメラーゼI阻害剤と抗HER2抗体を結合させたADCであり、DESTINY-Lung01試験 (Li et al. 2022) において、客観的奏効率 (ORR) 55%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値8.2ヶ月、全生存期間 (OS) 中央値17.8ヶ月という良好な結果を示し、FDAから承認された。DESTINY-Lung02試験 (Goto et al. 2023) では、5.4 mg/kgの用量で同等の効果と低い毒性が確認され、この用量がFDA承認用量として確立された。一方、T-DM1は、トラスツズマブと細胞毒性のある微小管阻害剤MMAEを結合させた別のADCであり、HER2陽性乳癌の治療薬としてFDAに承認されている。HER2変異NSCLCにおいても臨床的活性を示すことが報告されており、あるバスケット試験 (Li et al. 2018) ではORR 51%、PFS中央値5ヶ月、別の第II相試験 (Iwama et al. 2022) ではORR 38.1%が報告されている。
T-DXdとT-DM1は異なる細胞毒性ペイロードを利用するため、一方の薬剤で病勢進行した患者や、T-DXdによる間質性肺疾患 (ILD) などの有害事象により治療中止となった患者において、これら薬剤の逐次使用が臨床的に検討される可能性がある。しかし、これらの薬剤の最適な逐次投与順序や交差耐性の可能性については、これまで十分に確立されていなかった。近年、ダトポタマブデルクステカン (Dato-DXd) やテリソツズマブベドチンといった新たなADCも肺癌治療に導入され、ADCの治療選択肢が増加している。このような状況において、HER2変異NSCLCにおけるADCの最適な逐次投与戦略を確立することは重要な課題である。特に、T-DXdとT-DM1の逐次療法に関する臨床的アウトカムを評価した報告は不足しており、この領域には大きな知識のギャップが残されている。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、T-DXdとT-DM1の逐次療法を受けたHER2変異NSCLC患者の臨床的アウトカムを後向きに評価することを目的とした。
目的
本研究の目的は、HER2変異非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、トラスツズマブデルクステカン (T-DXd) とトラスツズマブエムタンシン (T-DM1) の両方を用いた逐次療法における臨床的アウトカムを評価することである。具体的には、T-DXd投与後にT-DM1を投与した場合と、T-DM1投与後にT-DXdを投与した場合のそれぞれの治療シーケンスにおける奏効率 (ORR)、リアルワールド無増悪生存期間 (rwPFS)、および全生存期間 (OS) を比較検討し、これらの薬剤の最適な逐次投与順序と、各薬剤の有効性および安全性プロファイルを明らかにすることを目指した。また、先行するADC治療からの病勢進行または有害事象による中止が、後続のADC治療の有効性にどのように影響するかを評価することも目的とした。
結果
患者背景: 本後向き解析には、HER2変異NSCLC患者25名が登録された。このうち17名がT-DXd後にT-DM1を投与され(T-DM1後T-DXd群)、8名がT-DM1後にT-DXdを投与された(T-DXd後T-DM1群)。全コホートの第二のHER2標的ADC開始時の中央年齢は67歳(範囲23-92歳)であり、56%が女性であった。人種分布は白人60%、黒人/アフリカ系アメリカ人8%、アジア人32%であった。これらの患者背景は両コホート間で類似していた。第二のADC開始前の全身療法歴の中央値は3ラインであった。患者の多く(T-DM1後T-DXd群で17名中13名、T-DXd後T-DM1群で8名中4名)は、間に他の治療を挟まずにADCを直接逐次投与されていた。第二のADC開始時に、患者の52%にCNS転移の既往が認められた。T-DM1後T-DXd群では11名(65%)がde novoステージIV疾患、6名(35%)が局所治療後の再発疾患であった。一方、T-DXd後T-DM1群では3名(38%)がde novoステージIV疾患、5名(62%)が再発疾患であった(Table 1)。
T-DM1後T-DXd群の治療アウトカム: T-DM1後T-DXd群(n=17)において、T-DXdは10名の患者で病勢進行により中止され、7名の患者で毒性(全てILDまたは肺炎の疑い)により中止された。T-DXdの治療期間中央値は6.5ヶ月(範囲0-24ヶ月)であり、12名の患者(71%)が部分奏効または完全奏効を達成した(確定奏効11名、未確定奏効1名)。T-DM1の治療期間中央値は2.8ヶ月(95% CI, 2.1-4.7;範囲0-13.7)であった。3ヶ月時点での治療継続確率は47%(95% CI, 28-78%)、6ヶ月時点では12%(95% CI, 3.2-43%)に低下した。T-DM1の投与中止理由は、13名で病勢進行または死亡、3名で毒性、1名で患者の希望であった。T-DM1治療後、確定奏効は認められなかったが、2名の患者(12%)で未確定の部分奏効が確認された。9名の患者で安定病変が最良の奏効であり、そのうち1名は13.9ヶ月の長期安定病変を示した。リアルワールド無増悪生存期間 (rwPFS) 中央値は3.3ヶ月(95% CI, 1.9-5.6)であり、6ヶ月rwPFS率は13%(95% CI, 1-44%)であった (Figure 4)。全生存期間 (OS) 中央値は9.2ヶ月(95% CI, 4.9-NE)であり、6ヶ月OS率は64%(95% CI, 45-92%)、12ヶ月OS率は29%(95% CI, 13-65%)であった (Figure 5)。T-DM1開始時に9名の患者(53%)にCNS転移が認められ、そのうち7名(78%)でT-DM1治療中に頭蓋内進行を経験した。T-DXd関連の肺炎またはILDを経験した7名の患者では、T-DM1治療中に肺炎は観察されなかった。
T-DXd後T-DM1群の治療アウトカム: T-DXd後T-DM1群(n=8)において、全ての患者は病勢進行によりT-DM1を中止していた。T-DM1の治療期間中央値は5.7ヶ月(範囲1.0-12.8ヶ月)であり、8名中3名で確定奏効が観察された。T-DXdの治療期間中央値は4.6ヶ月(95% CI, 3.9-NE)であった。3ヶ月時点での治療継続確率は88%(95% CI, 67-100%)、6ヶ月時点では38%(95% CI, 15-92%)であった。T-DXdの投与中止理由は、6名で病勢進行、1名で肺感染症または炎症による死亡、1名が治療継続中であった。3名の患者(37.5%)で確定部分奏効が達成され (Figure 3B)、3名で安定病変が認められた。リアルワールド無増悪生存期間 (rwPFS) 中央値は5.2ヶ月(95% CI, 4.1-NE)であり、6ヶ月rwPFS率は38%(95% CI, 15-92%)であった (Figure 4)。全生存期間 (OS) 中央値は25.0ヶ月(95% CI, 8.0-未到達)であり、6ヶ月OS率は75%(95% CI, 50-100%)、12ヶ月OS率は63%(95% CI, 37-100%)であった (Figure 5)。T-DXd開始時に4名の患者(50%)にCNS転移が認められ、そのうち2名で治療中に頭蓋内進行を経験した。このコホートでは、T-DXdまたはT-DM1治療中に肺炎またはILDは観察されなかった。
ゲノム特性: HER2変異は主にチロシンキナーゼドメインのエクソン20挿入変異であり、T-DM1後T-DXd群では17名中12名、T-DXd後T-DM1群では8名中6名に認められた。その他の変異として、キナーゼドメインのエクソン19の点変異(n=3)、HER2細胞外ドメイン変異(n=3)、膜貫通ドメイン変異(n=1)があった。TP53変異はT-DXd後T-DM1群の全患者、T-DM1後T-DXd群の71%の患者で同定された(Table 2)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、HER2変異NSCLC患者におけるT-DXdとT-DM1の逐次療法の臨床的アウトカムを評価した初の報告であり、特に両薬剤の投与順序が治療効果に与える影響を詳細に比較した点で、これまでの研究とは異なる。先行研究では、各ADC単剤の有効性は示されていたものの、逐次投与戦略における効果の比較は未確立であった。本研究の結果は、T-DXd後のT-DM1が限定的な効果である一方、T-DM1後のT-DXdは臨床的有用性を維持することを示しており、これはHER2変異NSCLCにおけるADCの最適な逐次投与戦略を検討する上で重要な知見である。
新規性: 本研究で初めて、T-DXd後のT-DM1の有効性がT-DXdと比較して著しく低いことを明らかにした。T-DXd後のT-DM1群では奏効率0%、rwPFS中央値3.3ヶ月(95% CI, 1.9-5.6)、OS中央値9.2ヶ月(95% CI, 4.9-NE)と限定的な効果であった。一方、T-DM1後のT-DXd群では奏効率37.5%、rwPFS中央値5.2ヶ月(95% CI, 4.1-NE)、OS中央値25.0ヶ月(95% CI, 8.0-未到達)と良好な結果を示し、T-DXdがT-DM1後の治療選択肢として有効であることを新規に示した。この結果は、T-DXdがT-DM1後の治療選択肢として有効である可能性を示唆しており、T-DXdのDESTINY-Lung試験 (Li et al. 2022) で報告された結果と同等のアウトカムであった。
臨床応用: 本知見は、HER2変異NSCLC患者の治療戦略を策定する上で重要な臨床的含意を持つ。T-DXd後のT-DM1の有効性が限定的であることから、T-DXdで病勢進行した患者に対してT-DM1を逐次投与する際には、その効果を慎重に評価する必要がある。一方で、T-DM1後にT-DXdを投与する戦略は、T-DXdがT-DM1後の治療選択肢として有効であることを示唆しており、T-DXdへのアクセスが限られている地域や、T-DM1が先行して使用された場合に、T-DXdが有効な後続治療となり得ることを示している。また、T-DXdによる肺炎/ILDを経験した患者において、T-DM1が肺炎を誘発しなかったことは、両薬剤の肺毒性プロファイルが重複しない可能性を示唆しており、臨床現場での治療選択に役立つ情報である。
残された課題: 本研究は後向き研究であり、サンプルサイズが小さいこと、先行治療の異質性、画像評価の標準化がされていないことなどがlimitationとして挙げられる。特に、CNS転移に関するデータは、系統的な頭蓋内画像評価が均一に行われていないため、完全ではない。また、両コホート間でベースラインの疾患特性(CNSおよび肝転移の有無など)が完全にバランスしているわけではなく、これがPFSやOSに影響を与えた可能性も否定できない。今後の検討課題として、これらの薬剤に対する耐性メカニズムの解明が挙げられる。T-DXdとT-DM1は異なるペイロードを持つため、耐性メカニズムも異なる可能性がある。この理解は、最適な逐次投与戦略をさらに洗練させる上で不可欠である。また、HER2標的ADC後のHER2チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) の有効性も報告されており (Heymach et al. 2025; Le et al. 2025)、ADCとTKIの最適な逐次投与順序や併用療法の可能性についても、今後の研究で検討する必要がある。
方法
研究デザインと患者選択: 本研究は、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで2018年1月から2024年12月にかけて実施された単施設後向きコホート研究である。対象は、HER2変異NSCLCを有し、T-DXdとT-DM1の両方をいずれかの順序で投与された成人患者であった。機関の臨床データベースを検索し、HER2変異NSCLCを有し、T-DXdとT-DM1のいずれかの順序で両方の薬剤を投与された18歳以上の患者を特定した。各薬剤を1回以上投与された患者が対象に含まれた。両方の薬剤を投与されていない患者、HER2融合遺伝子またはHER2増幅のみでHER2変異を伴わない患者は除外された。本後向き解析は、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの施設内審査委員会 (IRB) により承認された(プロトコル番号24-286)。研究の性質が後向きであり、患者へのリスクが最小限であるため、インフォームドコンセントの取得は免除された。
データ収集、評価、統計解析: 患者の年齢、性別、人種、HER2変異の種類(キナーゼドメイン、細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン)、HER2増幅の有無、HER2免疫組織化学 (IHC) の有無、その他の遺伝子変異、以前およびその後の治療、最初のADC (ADC1) および2番目のADC (ADC2) の開始日と終了日、中止理由などの臨床的および人口統計的データが収集された。リアルワールド無増悪生存期間 (rwPFS)、全生存期間 (OS)、全奏効率、奏効期間、治療期間 (ToT) などの治療関連臨床アウトカムは、患者の医療記録から抽出された。rwPFSは、ADC2開始から臨床的または画像上の病勢進行、あるいはあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。病勢進行は、放射線レポートおよび医師の記録に基づき特定された。OSは、ADC2治療開始からあらゆる原因による死亡までの期間と定義され、患者は最終フォローアップ日で打ち切られた。全奏効率は、RECIST基準1.1に基づき、画像の後向きレビューにより部分奏効または完全奏効を達成した患者の割合と定義された。奏効は、初回奏効から30日以上経過したフォローアップスキャンで持続的な腫瘍縮小が観察された場合に確定された。
連続変数は中央値と範囲で要約され、カテゴリ変数は度数とパーセンテージで示された。rwPFSおよびOSの推定には、Kaplan-Meier曲線が使用され、中央生存期間および6ヶ月、12ヶ月生存率が95%信頼区間 (CI) とともに報告された。統計解析はR統計ソフトウェア (バージョン4.2.2) を使用して実施された。全ての検定は両側検定であり、p値が0.05未満の場合を統計的に有意とみなした。