• 著者: Terao M, Kumamaru H, Kinukawa N, Hanamura T, Sagara Y, Iwamoto T, Miyashita M, Ishida T, Taira N, Saji S, Niikura N
  • Corresponding author: Naoki Niikura (Department of Breast Oncology, Tokai University School of Medicine, Japan)
  • 雑誌: npj Breast Cancer
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-04-26
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42106341

背景

HER2 (human epidermal growth factor receptor 2) 陽性乳癌は全乳癌の約20%を占める予後不良なサブタイプであったが、trastuzumabをはじめとする術前・術後抗HER2療法の普及により、その臨床経過は劇的に改善した。特に、術前化学療法 (NAC; neoadjuvant chemotherapy) 後に病理学的完全奏効 (pCR; pathological complete response) を達成した患者は、non-pCRの患者と比較して無病生存期間 (DFS; disease-free survival) および全体生存期間 (OS; overall survival) が極めて良好であることが、Cortazar et al. (2014) の大規模CTNeoBC (Collaborative Trials in Neoadjuvant Breast Cancer) プール解析やGianni et al. (2012) のNeoSphere試験などによって示されている。残存病変を有する患者に対しては、trastuzumab emtansine (T-DM1) の術後補助療法が再発・死亡リスクを低下させることが示されており (vonMinckwitz et al. NEnglJMed 2019)、現在は標準治療として承認されている。

しかしながら、pCRを達成した予後良好と考えられる集団においても、一部の患者は依然として遠隔転移再発を経験する。なかでも、脳転移はHER2陽性乳癌において頻度が高く、生命予後や生活の質 (QOL; quality of life) を著しく損なう重篤な再発様式として知られている (Darlix et al. 2019, Kuksis et al. 2021)。KATHERINE試験 (Kadcyla adjuvant phase III randomized trial) のサブグループ解析では、術後T-DM1群においても遠隔再発の約56%を脳転移が占めることが示され、血液脳関門 (BBB; blood-brain barrier) を介した CNS (central nervous system) への薬剤移行制限が根本的な問題として提起された。

このような状況において、NAC後にpCRを達成したHER2陽性早期乳癌患者における脳転移の実態や遠隔転移リスク因子を大規模コホートで検証した研究は手薄であり、臨床的知識に大きな gap in knowledge があった。近年、Memorial Sloan Kettering Cancer Centerの後ろ向き研究 (Ferraro et al. NPJBreastCancer 2022) では、NAC後の脳転移発生率がpCRの有無で有意に異ならない可能性が示唆されたが、対象はn=526例と小規模であり、現代の標準的抗HER2療法下における実態解明は不十分なままであった。本研究は、日本全国規模の National Clinical Database-Breast Cancer Registry (NCD-BCR) を用いて、この重要な課題に取り組んだ。

目的

本研究の主要な目的は、NACを施行されたHER2陽性早期乳癌患者において、術後にpCRを達成した症例における遠隔転移再発の独立したリスク因子を同定することである。副次的な目的として、pCR達成群と非達成 (non-pCR) 群における再発パターンの違いを詳細に比較し、特に最初の遠隔再発部位としての脳転移の割合を定量化すること、およびBMFS (brain metastasis-free survival; 脳転移フリー生存) を評価することである。さらに、pCR達成例の中で脳転移を初発部位とする患者と、非脳遠隔転移を初発部位とする患者の臨床病理学的特徴を比較検討し、脳転移を選択的に予測する因子の有無を探索することも目的とした。

結果

患者背景と治療内容: 最終解析対象はn=8,421例で、pCR群n=2,430例 (28.9%)、non-pCR群n=5,991例 (71.1%) であった (Figure 1)。pCR群の年齢中央値は56歳 (範囲21-86歳)、non-pCR群は55歳 (範囲14-91歳) であった (Table 1)。臨床病期では、non-pCR群においてcT3-4の割合が28.2%であり、pCR群の19.1%と比較して高頻度であった。cN2-3病期もnon-pCR群で16.5%と、pCR群の14.9%より高かった。ホルモン受容体 (HR) 状態については、ER陽性患者の割合がnon-pCR群で59.2%であり、pCR群の41.6%と比較して有意に高かった。NACにおける抗HER2療法としてtrastuzumab単剤がpCR群の88.7%、non-pCR群の79.6%で使用され、trastuzumab + pertuzumab (TP) 併用療法はそれぞれ3.0%と2.0%であった。術後抗HER2療法はtrastuzumab単剤が主体 (pCR群89.8%、non-pCR群83.9%)で、T-DM1の術後投与はnon-pCR群のn=4例 (0.1%) のみに留まった。

5年DFS率とER状態別サブグループ解析: pCR群の5年DFS率は93.21%であったのに対し、non-pCR群では79.7%であり、log-rank検定で極めて有意な差が認められた (p < 0.0001; Figure 2a)。ER状態を組み合わせた4群解析では、ER陰性/pCR群が最も良好な予後を示し (5年DFS率93.98%)、ER陰性/non-pCR群が最も不良であった (5年DFS率75.35%; log-rank p < 0.0001; Figure 2b)。ER陽性/pCR群の5年DFS率は92.09%、ER陽性/non-pCR群は82.64%であった。ER陰性/pCR群を対照とした多変量HRは、ER陰性/non-pCR群でHR 4.60 (95% CI 3.67-5.78, p < 0.0001)、ER陽性/pCR群でHR 1.35 (95% CI 0.99-1.83, p = 0.057)、ER陽性/non-pCR群でHR 3.03 (95% CI 2.42-3.81, p < 0.0001) であった。これらの結果から、pCR状態とER発現の両者がHER2陽性早期乳癌患者のDFSに独立して影響することが確認された。

pCR達成患者における遠隔転移リスク因子: データ完備のpCR達成例n=2,366例のうち、追跡期間中にn=113例が遠隔転移再発を来した。多変量Cox比例ハザード解析の結果、cT病期、cN病期、ER状態が独立した遠隔転移の予測因子として同定された (Table 2)。cT3-4病期はcT1-2と比較して遠隔転移リスクが有意に高く [HR 3.06 (95% CI 2.05-4.57, p < 0.0001)]、cN2-3病期はcN0と比較して同様の高リスクを示した [HR 3.22 (95% CI 1.88-5.53, p < 0.0001)]。cN1は有意差なし (HR 1.59, p = 0.07)。ER陽性はER陰性と比較して遠隔転移リスクが有意に高かった [HR 1.70 (95% CI 1.17-2.48, p = 0.0058)]。一方、年齢 (50歳以上 vs 50歳未満: HR 0.86, p = 0.44) やNACにおける抗HER2療法の種類は、pCR達成後の遠隔転移リスクと統計学的に有意な関連を示さなかった。

5年脳転移累積発生率と再発パターン: 術後5年時点における脳転移の累積発生率は、pCR群で2.6% (n=64/2,430例) vs non-pCR群で4.5% (n=267/5,991例) であった (Figure 3)。pCRの達成は脳転移を初発遠隔再発部位とするリスクを有意に低下させた [HR 0.56 (95% CI 0.43-0.73, p < 0.001)]。一方、非脳遠隔転移の5年累積発生率は、pCR群で2.7% (n=66/2,430例) vs non-pCR群で12.2% (n=730/5,991例) と大きく異なっていた。遠隔再発例における脳転移の割合を算出すると、non-pCR群では26.8% (267/997例) であったのに対し、pCR群では49.2% (64/130例) に達した。すなわち、pCR達成患者における遠隔再発の約半数において脳が最初の転移部位であり、非脳転移が高度に制御されているがゆえに脳転移が相対的に優位な再発様式となっていることが示された。脳転移初発例 (n=64例) と非脳転移初発例 (n=66例) の臨床病理学的背景を比較したが、cT、cN、ER状態、NACレジメン、年齢などに有意差は認められなかった (Table 3)。

考察/結論

本研究はNCD-BCR (n=8,421例) を用いた大規模リアルワールドコホートであり、従来の単施設・小規模コホート研究と異なり、HER2陽性早期乳癌においてNAC後のpCR達成が良好な5年DFS率 (93.21%) と遠隔再発リスクの低下に強く関連することを全国規模で確認した。しかし、本研究の最重要知見は別の点にある。pCRを達成した患者においても、5年脳転移累積発生率は2.6% (64/2,430例) に達した。さらに、pCR群の全遠隔再発例130例のうち64例 (49.2%) において脳が最初の転移部位であり、全身病変がpCRによって高度に制御された状況下でもCNS再発リスクは消失しないことが、全国規模データで初めて定量的に示された。

これまでの研究との相違: これまでの研究では、van Mackelenbergh et al. (2023) (vanMackelenbergh et al. JClinOncol 2023) やAsaoka et al. (2019) などが、pCR達成後の予後因子として臨床病期やホルモン受容体状態の重要性を指摘していたが、これらは単一施設研究や限定的なコホートに留まっていた。これと異なり、本研究はn=2,430例という大規模pCRコホートを用い、cT3-4 [HR 3.06]、cN2-3 [HR 3.22]、ER陽性 [HR 1.70] がpCR達成後も遠隔転移の独立した不良因子として機能することを多変量解析で明確に実証した。ER陽性/HER2陽性腫瘍が有するluminal様の生物学的特性が、pCR達成後も長期的な再発リスクをもたらすことと整合する結果である。また、脳転移発生率がpCRの有無で有意に異ならないというMSKCC後ろ向き研究 (Ferraro et al. NPJBreastCancer 2022) の観察とも概ね整合しており、pCRが全身病変制御に優れる一方でCNS再発抑制への寄与は限定的であることを支持する。

新規性: 本研究は、pCR達成HER2陽性早期乳癌患者における脳転移の相対的重要性を、全国規模のリアルワールドデータを用いて本研究で初めて大規模かつ定量的に明らかにした。遠隔再発の約半数が脳転移として初発するという新規の知見は、pCR達成例であっても中枢神経系への継続的なサーベイランスが不可欠であることを強く支持する。また、脳転移初発例と非脳転移初発例の間で臨床病理学的特徴に有意差がなかったことは、これまで報告されていない重要な観察であり、従来の臨床情報のみからの脳転移リスク個別予測の困難さを浮き彫りにしている。

臨床応用: 本研究の知見は、pCR達成後であっても高病期 (cT3-4、cN2-3) またはER陽性であった高リスク患者に対しては脳転移を念頭に置いた継続的な臨床的警戒が必要であることを示唆している。臨床現場における具体的なアプローチとして、高リスク群への定期的な脳MRIスクリーニング導入や、BBB透過性の高い新規HER2標的薬を用いた周術期治療戦略の構築が期待される。DESTINY-Breast05試験 (randomized phase III trial; Loibl et al. NEnglJMed 2026) では残存病変を有する高リスク患者においてT-DXd (trastuzumab deruxtecan) がT-DM1と比較してIDFS (invasive disease-free survival) を有意に改善し [HR 0.47 (95% CI 0.34-0.66, p < 0.0001)]、3年IDFSは92.4% vs 83.7%であったが、3年脳転移フリー間隔は97.6% vs 95.8% (HR 0.64, 95% CI 0.35-1.17) と有意差はなく、CNS再発への寄与については更なる検討が必要である。tucatinibをはじめとするBBB透過性の高いHER2チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI; tyrosine kinase inhibitor) を周術期に組み込む試みも進行中である。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationがある。後ろ向きレジストリ研究であるため脳転移のスクリーニング頻度や診断基準が施設間で統一されておらず、症状の有無に関する詳細なデータも欠損している。また解析対象期間 (2008-2020年) の特性上、pertuzumabの術前使用率が極めて低く (2-3%)、術後T-DM1投与例はn=4例 (0.1%) のみであり、現在の標準治療を完全に反映しているとは言い難い。今後の検討として、DESTINY-Breast05やCompassHER2 RD (NCT04457596) など現代的な抗HER2療法を用いた大規模臨床試験において、pCR達成例も含めた脳転移累積発生率や再発パターンがどのように変化するかを長期的に検証していく必要がある。HER2DX等のゲノム分類器を用いた脳転移高リスク患者の同定や、腫瘍免疫微小環境解析による予測バイオマーカー開発も今後の重要な研究方向として挙げられる。

方法

本研究は、日本の全国規模乳癌登録システムであるNCD-BCRのデータを用いた後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。2008年1月から2020年12月までに登録された乳癌患者761,078例のうち、臨床病期 cT1c-T4c、cN0-N3、M0のHER2陽性早期乳癌患者でNAC後に手術を施行されたn=21,494例を初期対象とした。pCR状態や予後追跡データが欠損している症例を除外した結果、最終的にn=8,421例を解析対象コホートとして確定した (pCR群n=2,430例、non-pCR群n=5,991例; Figure 1)。

HER2陽性の定義は、原発巣の免疫組織化学 (IHC; immunohistochemistry) 染色で3+、またはIHC 2+かつ in situ hybridization (ISH) 法によるHER2遺伝子増幅 (HER2/CEP17 (chromosome enumeration probe 17) 比≥2.0またはHER2コピー数≥4.0) が確認された症例とした。pCRはypT0 ypN0 (乳房内および腋窩リンパ節のいずれにも浸潤がんの残存を認めない状態) と定義し、微小浸潤 (ypTmic) 残存例はnon-pCR群に分類した。臨床病期分類はUICC (Union for International Cancer Control) TNM分類第8版に準拠した。

主要エンドポイントは遠隔転移再発とし、手術日から遠隔転移再発またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義した。局所再発はイベントとせず最終確認日に打ち切りとした。副次エンドポイントはBMFSおよび最初の遠隔再発部位 (脳転移 vs 非脳転移) とした。生存曲線はKaplan-Meier法で推定し、群間比較はlog-rank検定で実施した。pCR群における遠隔転移の独立リスク因子の同定には単変量および多変量Cox比例ハザード回帰モデル (Cox proportional hazards regression) を用い、ハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) を算出した。共変数は臨床的T病期 (cT)、臨床的N病期 (cN)、エストロゲン受容体 (ER) 状態、NAC時の抗HER2療法レジメン、および年齢とした。統計解析はSAS ver 9.4で実施し、両側p < 0.05を有意水準とした。本研究は東海大学の施設内審査委員会 (IRB; Institutional Review Board、承認番号: 24R004-001 M) の承認を得ており、オプトアウト方式によるインフォームドコンセントを適用した。