- 著者: Peifei Liu, Yizhen Pang, Cuicui Li, Yuqi Hua, Wenyao Zhen, Tianzhi Zhao, Xiaobin Zhao, Jie Liu, Bingyu Li, Jinming Yu, Xiaoyuan Chen, Jingjing Zhang
- Corresponding author: Jingjing Zhang (National University of Singapore)
- 雑誌: Science Advances
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-07-17
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1126/sciadv.aee4052
背景
ヒト上皮成長因子受容体2 (HER2) の過剰発現は、乳がん、胃がん、卵巣がん、大腸がんなどの多くの固形腫瘍における重要なバイオマーカーである。これまで、trastuzumab や pertuzumab といったモノクローナル抗体、および trastuzumab emtansine (T-DM1) や trastuzumab deruxtecan (T-DXd) などの抗体薬物複合体 (ADC) が開発され、HER2陽性腫瘍の治療において顕著な成功を収めてきた。しかし、これらの治療薬は分子サイズが大きく (約 150 kDa)、腫瘍内部への浸透能が低いことや、全身曝露時間が長く、肝臓や骨髄などの非標的組織への放射線曝露や毒性が増大しやすいという課題がある。
一方で、抗原結合断片 (Fab) などの小型抗体誘導体は、腫瘍浸透性が高く、全身からの消失が速いという利点を持つ。しかし、Fcドメインを欠くため血中半減期が極めて短く、腎排泄が速いため、腫瘍内への蓄積量や治療効果が不十分となる傾向がある。この課題を解決するために、PEG化や Fc 融合、アルブミン結合ドメイン (ABD) の導入などの半減期延長戦略が検討されてきた。特に ABD の融合は、血清アルブミンとの可逆的な相互作用を通じて血中滞留性を向上させつつ、分子サイズを小さく抑えられるため、組織浸透性と薬物動態のバランスを最適化できる有望な手法である。
しかし、ABD 融合 Fab を用いた標的放射線核種治療 (TRT: Targeted Radionuclide Therapy) における治療的有用性や、既存のフルサイズ抗体や ADC との系統的な比較検討はこれまで十分に行われておらず、その治療窓の拡大能については未解明な点が多い。特に、trastuzumab 耐性を持つ腫瘍モデルにおいて、受容体遮断を介さない直接的な DNA 損傷誘導による治療効果が得られるかという点は、大きな knowledge gap として残されていた。したがって、薬物動態を最適化した放射性核種コンジュゲート (RDC: Radionuclide Drug Conjugate) を開発し、その安全性と有効性を検証することが急務であったが、これまでの研究では小型断片の腎蓄積や短すぎる半減期といった課題が解決されておらず、十分な治療効果を実証するデータが不足していた。
目的
本研究の目的は、pertuzumab 由来の Fab にアルブミン結合ドメイン (ABD) を融合させ、ルテチウム-177 (177Lu) で標識した新規放射性核種コンジュゲート (177Lu-DOTA-Fab-ABD) を開発し、その物理化学的特性、薬物動態、および抗腫瘍効果を検証することである。ここで DOTA (1,4,7,8-tetraazacyclododecane-1,4,7,8-tetraacetic acid) は放射性核種を安定して保持するためのキレート剤である。特に、フルサイズ抗体 (177Lu-DOTA-pertuzumab) と比較して、腫瘍浸透性の維持と非標的臓器への被曝低減を両立できるか、また trastuzumab 耐性モデル (JIMT-1) において ADC (T-DXd) を上回る治療効果を発揮できるかを明らかにすることを目的とした。
結果
Fab-ABD の構造的妥当性と結合能の検証: 分子ドッキングシミュレーションにより、Fab-ABD が HER2 細胞外ドメイン (ECD) と血清アルブミンの両方に同時に結合可能であることが示された。HER2 ECD との結合エネルギーは -16.6 kcal mol-1 であり、アルブミン結合時でも HER2 界面は安定して維持されていた (Fig 2A)。in vitro の SPR (Surface Plasmon Resonance) 解析では、Fab-ABD のアルブミンに対する解離定数 (Kd) は 0.25 nM と極めて高い親和性を示し、HER2 に対する Kd は 19.5 nM であり、親抗体である pertuzumab (Kd = 21.4 nM) や ABD なしの Fab (Kd = 19.9 nM) と同等であった (Fig 2D)。また、ELISA ではアルブミン結合の IC50 が 5.05 nM と算出され、マウス血清存在下でも安定した結合が確認された (Fig 2B, 2C)。
細胞レベルでの標的特異性と放射線細胞毒性: フローサイトメトリー解析により、Fab-ABD は HER2 陽性細胞 (SKOV3, CT26-hHER2) に特異的に結合し、HER2 陰性細胞 (CT26) への結合は無視できるレベルであった (Fig 2E)。177Lu-DOTA-Fab-ABD の細胞内取り込み効率は、6 時間後で 22.15 ± 0.73 % となり、177Lu-DOTA-pertuzumab と同等であった (Fig 2H)。特筆すべきは、内部移行率 (internalization ratio) が Fab-ABD で 39.60 ± 0.79 % となり、pertuzumab の 27.61 ± 0.24 % よりも有意に高かった点である (n=4, p=0.0002, Fig 2H)。さらに、177Lu-DOTA-Fab-ABD 処理後の SKOV3 細胞では、活性酸素種 (ROS) の生成と γ-H2AX の陽性シグナルが顕著に認められ、フルサイズ抗体と同等の DNA 二重鎖切断誘導能が示された (n=3, p=0.1095 for ROS, Fig 2K)。
in vivo 薬物動態と被曝量の最適化: CT26-hHER2 腫瘍担がんマウスを用いた SPECT/CT イメージングにおいて、Fab-ABD は投与後 12 時間から迅速に腫瘍へ集積し、pertuzumab よりも早期に高いコントラストを呈した (Fig 3B)。血中半減期 (T1/2 β) は、pertuzumab が 69.32 時間、Fab-ABD が 47.02 時間、Fab 単体は 5.54 時間であり、Fab-ABD は中間の滞留性を実現していた (Fig 3D)。臓器線量解析 (AUC) では、肝臓への曝露量が pertuzumab (573.2 ± 48.2) に対し Fab-ABD (382.8 ± 38.2) で有意に低く (n=3, p=0.0058)、脾臓においても同様に有意な低減が認められた (505.0 ± 24.7 vs 281.7 ± 11.0, p=0.0001, Fig 3F)。一方、腫瘍への累積線量は両群間で統計的な有意差はなく (p=0.0623)、Fab-ABD は治療効果を維持しつつ全身被曝を抑制することを証明した (Fig 3G)。
抗腫瘍効果と血液学的安全性の向上: CT26-hHER2 モデルにおいて、177Lu-DOTA-Fab-ABD (11.1 MBq) は、177Lu-DOTA-pertuzumab と同等の強力な腫瘍抑制能を示した (エンドポイント腫瘍体積: 117.97 ± 40.53 vs 111.42 ± 30.93 mm3, p=0.7796, Fig 4E)。一方、安全性試験では、18.5 MBq の高用量投与において Fab-ABD 群は生存率 100 % であり、体重も安定していたが、pertuzumab 群では生存率が 33.3 % まで低下した (Fig 4B)。全血球計算 (CBC) においても、pertuzumab は 11.1 MBq 以上の投与で白血球 (WBC) や血小板 (PLT) の顕著な減少を誘発したが、Fab-ABD は 18.5 MBq でもこれらの値を生理的閾値内に維持し、骨髄抑制を回避した (Fig 4C)。
trastuzumab との併用による相乗効果: trastuzumab と 177Lu-DOTA-Fab-ABD の併用療法は、単剤療法を凌駕する相乗的な抗腫瘍効果を示した。併用群の腫瘍抑制率は 0.92 ± 0.02 となり、177Lu-DOTA-Fab-ABD 単剤 (0.84 ± 0.02) や trastuzumab 単剤 (0.30 ± 0.07) よりも有意に高かった (n=6, p<0.0001, Fig 5F)。この相乗効果は、trastuzumab による HER2 シグナル抑制と受容体内部移行の促進が、Fab-ABD の腫瘍内取り込みを増強し、結果としてより強力な DNA 二重鎖切断 (γ-H2AX 陽性細胞の増加, p=0.0004, Fig 5H) を誘導したためと考えられた。
trastuzumab 耐性モデル (JIMT-1) における優越性: trastuzumab 耐性を持つ JIMT-1 腫瘍モデルにおいて、177Lu-DOTA-Fab-ABD は極めて高い治療効果を示した。trastuzumab 単剤では腫瘍増殖を抑制できず (p=0.1473)、ADC である T-DXd (5.4 mg/kg) でも限定的な効果に留まったが、RDC (177Lu-DOTA-Fab-ABD) は顕著な腫瘍縮小を誘導した (n=6, p<0.0001, Fig 6D)。T-DXd の用量を 10 mg/kg に増量しても、RDC の効果を上回ることはなかった (p=0.0093, Fig 6E)。組織学的解析では、RDC 群で最も低い Ki-67 増殖指数 (p<0.0001) と、最も高い γ-H2AX 強度 (p=0.0138 vs T-DXd) が認められ、シグナル伝達経路をバイパスした直接的な放射線細胞死が誘導されていることが示された (Fig 6H-M)。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の HER2 標的放射性医薬品は、フルサイズ抗体による長い血中滞留時間と非標的臓器への蓄積、あるいは小型断片による急速な腎排泄という二極端な課題を抱えていた。本研究で開発した Fab-ABD 形式は、これらと異なり、アルブミン結合能を介して「中程度の滞留性」と「高い腫瘍浸透性」を同時に実現した。これにより、腫瘍への吸収線量を維持しつつ、肝臓や脾臓、骨髄への被曝を劇的に低減させることに成功した。
新規性: 本研究で初めて、ABD 融合 Fab を用いた RDC が、trastuzumab 耐性モデル (JIMT-1) において ADC (T-DXd) を上回る抗腫瘍効果を示すことを実証した。JIMT-1 細胞では PIK3CA 変異や薬剤排出ポンプの過剰発現により ADC の内部移行やペイロード放出が阻害されるが、本 RDC は β 粒子による直接的な DNA 二重鎖切断を誘導するため、これらの耐性メカニズムを完全にバイパスできることを新規に示した。
臨床応用: 本知見は、HER2 標的治療における次世代の放射性医薬品設計に重要な指針を与える。特に、pertuzumab 由来の Fab を用いることで、臨床で標準的に使用される trastuzumab (Domain IV 標的) とエピトープが重複せず、併用療法としての translational な可能性が高い。骨髄毒性が低いことから、より高線量の投与が可能となり、難治性 HER2 陽性癌に対する新たな治療選択肢となることが期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、ヒトでの薬物動態の検証および、より不均一な腫瘍内 HER2 発現を持つモデルでの有効性確認が挙げられる。また、Limitation として、本研究では単回投与の評価が主であり、長期的な安全性や最適投与スケジュールの策定についてはさらなる研究が必要である。
方法
抗体断片の設計と作製: pertuzumab の可変領域に基づいたヒト化 HER2 特異的 Fab を設計し、重鎖 C 末端に ABD を遺伝的に融合させた。HEK293F 細胞への一過性トランスフェクションにより発現させ、Protein L アフィニティークロマトグラフィーおよびサイズ排除クロマトグラフィー (SEC) を用いて精製した。
放射性標識と品質管理: 精製した Fab-ABD および対照 Fab に、二機能性キレート剤 p-SCN-Bn-DOTA を反応させた後、177LuCl3 を用いて 37°C で標識した。放射化学的純度は放射化学的薄層クロマトグラフィー (TLC) で評価し、95 % 以上の純度を確保した。
in vitro 解析:
- 結合能: Biacore T200 を用いた SPR 解析により、HER2 ECD および HSA (Human Serum Albumin) に対する結合定数 (Kd) を算出した。
- 細胞取り込み: SKOV3, CT26-hHER2, CT26 細胞を用い、γ カウンターを用いて 177Lu の取り込み量および内部移行率を定量した。
- DNA 損傷: DCFH-DA による ROS 検出および γ-H2AX の免疫蛍光染色により、放射線誘導性の DNA 損傷を評価した。
in vivo 解析と動物モデル:
- モデル: BALB/c マウスに CT26-hHER2 細胞を皮下移植したモデル、および athymic nude マウスに JIMT-1 または SKOV3 細胞を移植したモデルを使用した。
- イメージング: nanoScan SPECT/CT システムを用い、177Lu-DOTA-Fab-ABD 等の分布を 4-168 時間にわたり追跡した。
- 治療: 11.1 MBq の単回投与を行い、デジタルキャリパーで腫瘍体積を測定した。
統計解析: データは平均 ± 標準偏差 (mean ± SD) で表記し、群間比較には one-way または two-way ANOVA および Tukey の多重比較検定を用いた。生存解析には Kaplan-Meier 法を用い、p<0.05 を統計的に有意とした。