• 著者: Neil Parrott, Cordula Stillhart, Marc Lindenberg, Bjoern Wagner, Karey Kowalski, Elena Guerini, Nassim Djebli, Georgina Meneses-Lorente
  • Corresponding author: Neil Parrott (Pharmaceutical Sciences, Roche Innovation Center Basel, F. Hoffmann-La Roche Ltd, Basel, Switzerland)
  • 雑誌: AAPS Journal
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-07-22
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32458089

背景

Entrectinib (ROZLYTREK) は、TRKA/B/C、ROS1、および ALK を標的とする経口マルチキナーゼ阻害薬であり、全身および中枢神経系 (CNS) での強力な活性を示す。2019年8月に、ROS1 融合遺伝子陽性の転移性非小細胞肺癌 (NSCLC) および NTRK 融合遺伝子陽性固形腫瘍に対して米国食品医薬品局 (FDA) の承認を受けた。推奨用量は 600 mg を1日1回経口投与であり、食事の有無を問わないとされている。

Entrectinib は親油性の弱塩基性化合物であり、BCS (Biopharmaceutics Classification System) の Class II に分類され、極めて顕著な pH 依存性の溶解度プロファイルを示す。pH 1 では 71.40 mg/mL、pH 2 では 1.671 mg/mL、pH 3 では 1.213 mg/mL と高い溶解度を示すが、pH 5 では 0.032 mg/mL、pH 6〜8 では約 0.012〜0.014 mg/mL と大幅に低下する。この顕著な pH 依存性から、胃内 pH を上昇させるプロトンポンプ阻害薬 (PPI) などの酸分泌抑制剤 (ARA: Acid-reducing agents) との薬物間相互作用 (DDI: Drug-drug interaction) および食後投与での薬物曝露変化が懸念された。さらに、entrectinib 自身が弱塩基として自己緩衝作用 (self-buffering effect) を持ち、溶解時に周囲の pH を上昇させる効果も有する。

臨床開発中に複数の製剤が使用された。初期製剤である F1 製剤は酒石酸を含まない 200 mg カプセルであり、標準的な賦形剤のみを含んでいた。この F1 製剤では、PPI との併用時に薬物曝露が著明に低下することが観察されていた。一方、市販製剤である F06 は酒石酸を機能性賦形剤 (酸性化剤) として含有する 200 mg カプセルである。F06 製剤の酸性化 (acidulant) 機能が、実際に pH 変化の影響を緩和するかどうかを定量的に評価し、規制申請を支援することが急務であった。

がん患者における ARA の使用率は高く、先行研究である Smelick et al. (2013) ではがん患者集団における ARA 併用の高頻度さと分子標的薬への影響が報告されている。また、分子標的薬と ARA との pH 依存性 DDI は、臨床的に重要な製剤上の問題として認識されており (Budha et al. 2012)、その影響を軽減する戦略が強く求められていた (Mitra and Kesisoglou 2013)。しかし、pH 依存性 DDI に関する特定の規制ガイダンスは未確立であり、PBPK (Physiologically based pharmacokinetic) モデルを用いたアプローチの信頼性を高めることが課題であった (Zhang et al. 2014)。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指したものである。特に、entrectinib のような自己緩衝作用を持つ弱塩基性薬物に対する酸性化剤の効果を定量的に評価する手法は不足しており、製剤設計と臨床薬理学的評価を統合するアプローチには未解明な部分が多く残されていた。

目的

本研究の目的は、GastroPlus physiologically based biopharmaceutics model (PBBM) を用いて以下の点を明らかにすることである。

  1. 初期製剤 (F1) および市販製剤 (F06) のそれぞれにおいて、entrectinib の絶食/食後状態、および PPI (ランソプラゾール) 共投与条件下での薬物動態 (PK) をシミュレーションし、臨床データと比較してモデルを検証する。この検証には、RXDX-101-08、RXDX-101-07、RXDX-101-09、および CA14707 などの臨床試験データを用いる。
  2. 酒石酸を含有する F06 製剤の「自己酸性化」機序が、pH 依存性 DDI および食事の影響を軽減するメカニズムを in vitro および in silico で解明する。特に、entrectinib の自己緩衝作用と酸性化剤の複合的な影響を評価し、その効果を定量的に示す。
  3. 検証されたモデルを用いて感度解析を実施し、製剤品質管理および開発を支援するための重要なパラメータ (粒子サイズ、透過性、胆汁酸可溶化比、胃内 pH、胃内滞留時間、小腸通過時間など) を特定する。
  4. PBPK モデリングが、後期臨床開発の効率化、規制申請の支援、および不必要な臨床試験の回避に貢献しうることを実証する。

結果

F06製剤の食事影響におけるロバスト性: GastroPlus PBBM による F06 製剤の食後/絶食シミュレーションでは、AUC 比 (fed/fasted) が 0.9、Cmax 比が 1.1 と予測され、食事による影響は極めて軽微であった。これは、臨床データ (RXDX-101-07試験、n=48 絶食、n=12 食後) で観察された実測 AUC 比 1.0、Cmax 比 1.1 と良好に一致した (Figure 4)。食後での Tmax 遅延は、胃内滞留時間の延長に起因するものと捉えられた。食後状態での entrectinib の高い溶解度は FeSSIF (3.48 mg/mL) で確認され、小腸管腔内での胆汁酸塩による可溶化が、食後曝露を維持する主要なメカニズムであることが示唆された。

F1製剤における著明な食事影響: 臨床試験 CA14707 (F1 製剤、PPI 共投与下、n=23 絶食、n=12 食後) の観察結果では、Cmax および AUCinf ともに食後で絶食時と比較して 300% 以上増加した (食後で 4倍 以上の曝露)。PBBM シミュレーションでは、絶食 + PPI 条件で胃内 pH 4.5 を設定した場合に、この観察データと良好な一致が得られた (Figure 6c)。F1 製剤における食後過剰曝露は pH 非依存的であり、食後状態では胆汁酸塩による溶解度増加が支配的となるため、胃内 pH の影響が小さくなり、吸収が向上すると考えられた。

F06製剤におけるPPI相互作用の軽減: RXDX-101-09 試験 (F06 製剤 + ランソプラゾール 30 mg を9日間併用、n=19) では、実測 AUCinf が entrectinib 単独投与時の 75% (95% CI 68-82%、p<0.05) に低下した。また、Cmax は単独投与時の 77% (95% CI 70-84%、p<0.05) に低下した。すなわち、PPI 共投与による AUC 低下は約 25% (Cmax 低下は約 23%) に留まった。PBBM シミュレーションでは、胃内 pH 3 (F06 製剤の自己酸性化効果を反映) を設定した場合に、観察値と一致する結果が得られた (Figure 6a)。胃内 pH 感受性解析では、F06 製剤は pH 2.5〜4.5 の範囲で Cmax および AUC が感受性を示すが、pH 3 での曝露維持が F06 製剤中の酒石酸の機能として確認された (Figure 6b)。

F1製剤におけるPPI併用時の著明な曝露低下: CA14707 試験の F1 製剤 + PPI (絶食、n=23) では、薬物曝露が著明に低下し、AUC が約 67% 低下した (曝露量が約 1/3 に低下)。PBBM シミュレーションで胃内 pH 4.5 を使用した場合に、この観察データが再現された (Figure 6c)。F1 製剤では酒石酸が添加されていないため自己酸性化作用がなく、胃内 pH が 4.5 に上昇する PPI 効果が発揮されると、大幅な曝露低下が生じることが示された。

GastroPlus感度解析による支配的因子の特定: 絶食状態において、胃内 pH の変化が最も強い感受性を持つパラメータであった (Table V)。胃内 pH が 1.3 から 2.5 を超えると、吸収率が急激に低下した。一方、粒子サイズ (radius 5〜65 μm)、透過性 (0.34〜1.36 × 10^-4 cm/s)、胆汁酸可溶化比 (1 × 10^5〜4 × 10^5)、胃内滞留時間、小腸通過時間はいずれも感受性が低く、pH 感受性が支配的であることが示された。食後状態では、胃内 pH 変化 (3〜8) に対する Cmax および AUC の感受性は認められなかった。これは、食後の高胆汁酸濃度による可溶化が支配的であるためと考えられた。

In vitro溶解試験とDDDPlus解析による自己酸性化の検証: F06 製剤を pH 4 の非緩衝媒体で溶解させた場合、観察された溶解後のバルク pH は 3.7 (初期 pH 4 から低下) であった (Figure 5b)。これは、F06 製剤中の酒石酸が entrectinib の自己緩衝作用 (溶解時に pH を上昇させる弱塩基性) を打ち消し、局所 pH を 3.7〜3.0 に維持したことを示唆する。一方、F1 製剤を pH 4 の非緩衝媒体で溶解させた場合、溶解中に pH が 4.75 に上昇した (Figure 5d)。DDDPlus 解析では、F06 製剤の実効胃内 pH を bottom-up で正確に予測することは困難であったが、実測溶解後のバルク pH (3.7、500 mL 条件; より生理的な 250 mL × 3 カプセルでは 3.4) を GastroPlus シミュレーションに使用した際に、実測臨床データと最も良く一致した。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、分子標的薬の pH 依存性 DDI を PBPK モデルで定量化し、規制申請に活用した事例として重要な位置を占める。Entrectinib は、先行研究である alectinib の評価 (Parrott et al. 2016) と類似した課題 (pH 依存性 DDI) を持つが、entrectinib 固有の「自己緩衝作用 + 酸性化剤」という複合機序を扱う点で異なり、新規性がある。F1 製剤の PPI 共投与時の約 3倍 の AUC 低下 (ランソプラゾール 30 mg で胃内 pH 4.5 相当) は臨床的に有意であり、F06 製剤への変更の必要性を定量的に支持した。同様の pH 感受性は、ケトコナゾール (Piscitelli et al. 1991)、エルロチニブ、ラパチニブなどの弱塩基性がん治療薬で報告されているが、F06 製剤の酒石酸添加戦略が PPI の影響を AUC 約 75% 維持 (25% 低下) に制御した点は、これまでの弱塩基性薬物の DDI 対策とは対照的である。

新規性: 本研究で初めて、entrectinib の市販製剤 (F06) に含まれる酸性化剤 (酒石酸) が、entrectinib 自体の自己緩衝作用を打ち消し、胃内 pH 変化の影響を大幅に低減するメカニズムを in vitro および in silico で解明した。これにより、F06 製剤では食事の影響が軽微であり、PPI による AUC 減少も約 25% に抑えられることが示された。この知見は、弱塩基性薬物の製剤設計における酸性化剤の役割を明確にし、薬物動態の安定化に貢献する新規なアプローチである。

臨床応用: FDA 承認ラベルでの「食事の有無を問わない」服用指示は、本研究の F06 製剤データ (軽微な食事影響) を直接的に反映している。一方、F1 製剤での食後 300% 以上の曝露増加は、当時の臨床試験データのばらつきの主因であり、F06 製剤への切り替えが薬物動態の安定化に不可欠であった。PPI 使用下での約 25% の AUC 低下は臨床的に許容範囲内と判断され、特段の服用制限なしとされている。がん患者での PPI 使用率が高いことを考えると、F06 製剤の pH ロバスト性 (pH-robustness) は、実臨床での安定した薬効発揮に重要である。また、本 PBBM アプローチは、不必要な臨床試験を回避し、規制申請を効率化する例として製薬業界および規制当局双方に提示された。これは bench-to-bedside の成功例と言える。

残された課題: 今後の検討課題として、以下の点が挙げられる。第一に、GastroPlus/DDDPlus における自己緩衝性 API (Active pharmaceutical ingredient) と酸性化剤共存系の bottom-up 予測精度の限界。特に、マイクロ環境 pH 測定および変換の方法論的課題が残されている。第二に、食後状態での F1 製剤 + PPI における遅延吸収 (Tmax 延長) の機序解明。6時間の胃内滞留時間が必要とするシミュレーションは非現実的であり、さらなるメカニズムの探索が必要である。第三に、静脈内薬物動態データが欠如していることによる、薬物動態パラメータの不確実性。本研究は entrectinib の製剤開発と PBBM の規制活用においてモデルケースとなっており、pH 依存性溶解性薬物の製剤最適化および DDI 評価への広範な参考価値を持つ。

方法

PBPKモデル構築 (GastroPlus v9.6): PBPK モデルは段階的アプローチで構築された。まず、測定された物理化学的パラメータ、代謝、タンパク結合データからクリアランス (CL: 10.4 L/h)、定常状態分布容積 (Vss: 2.8 L/kg)、腸管初回通過抽出率 (Fg: 66%)、肝臓初回通過抽出率 (Fh: 91%) を予測し、前臨床データで検証した。次に、pH 依存性溶解度、バイオレバント溶解度、透過性 (Caco2 (human epithelial colorectal adenocarcinoma) 細胞 Papp からヒト空腸 Peff: 0.68 × 10^-4 cm/s)、および沈殿時間を統合した。最終的に、吸収モデルと薬物動態モデルを結合し、経口投与後の血漿中濃度-時間プロファイルを臨床試験データで検証した。CYP3A 阻害薬イトラコナゾールとの DDI 試験データも、代謝関連パラメータの検証に用いられた。最終的に、2-コンパートメント薬物動態モデル (中心容積 1.6 L/kg、末梢容積 1.7 L/kg、CL 10.2 L/h) が採用された。統計解析およびコンパートメントモデルのフィッティングには GastroPlus の最適化モジュールが使用され、Akaike Information Criterion (AIC) を指標としてモデル選択がなされた。

In vitro溶解試験 (DDDPlus v5.0): F06 製剤および F1 製剤を対象に、USP 2 (United States Pharmacopeia Apparatus 2) 装置 (パドル速度 75 rpm) を用いて溶解試験を実施した。試験媒体は 0.1 N HCl (750 mL、初期 pH 1)、0.0001 N HCl (500 mL、初期 pH 4)、および 50 mM リン酸緩衝液 pH 6.0 + 0.374% Tween 80 (1000 mL) であった。DDDPlus 数値計算モデルにより、バルク pH および表面 pH の変化が追跡された。

バイオレバント溶解度測定: entrectinib の溶解度は、FaSSIF (Fasted state simulated intestinal fluid) v1 (pH 6.5、胆汁酸塩 3 mM) で 0.117 mg/mL、FeSSIF (Fed state simulated intestinal fluid) v1 (pH 5.0、胆汁酸塩 15 mM) で 3.48 mg/mL、SGF (Simulated gastric fluid) (pH 1.2) で 42.2 mg/mL と測定された。食後状態での約 30倍 の溶解度増加は、胆汁酸ミセルによる可溶化が主因であることが確認された。可溶化比 (Solubilization ratio) は FaSSIF で 1.5 × 10^5、FeSSIF で 3.6 × 10^5 と推定された。

臨床試験データ (モデル検証用): モデル検証には以下の臨床試験データが用いられた。

  • RXDX-101-08試験 (n=24、絶食、F06、600 mg)
  • RXDX-101-07試験 (n=48 絶食 / n=12 食後、F06、600 mg)
  • RXDX-101-09試験 (n=19、F06 ± ランソプラゾール 30 mg、600 mg)
  • CA14707試験 (n=23 絶食 / n=12 食後、F1 ± ランソプラゾール、800 mg)

本臨床解析における薬物動態パラメータの評価にあたり、主要評価項目 (primary endpoint) である AUCinf および Cmax に対する幾何平均比 (geometric mean ratio) の算出、および 95% 信頼区間 (95% CI) の推定には、分散分析 (ANOVA) および対数変換を用いた linear regression モデルが適用された。