• 著者: Chin LP, Soo RA, Soong R, Ou SHI
  • Corresponding author: Ross A. Soo (National University Cancer Institute, Singapore)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2012
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 23070242

背景

個別化がん治療のパラダイムシフトは、非小細胞肺癌 (NSCLC) における分子標的治療の劇的な進歩をもたらした。特に、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異に対するEGFR-TKI (gefitinibやerlotinib) や、未分化リンパ腫キナーゼ (ALK) 融合に対するcrizotinibなどの分子標的薬は、患者の臨床転帰を著しく改善してきた。これらの成功は、新たな治療標的の探索を加速させている。c-ros oncogene 1受容体型チロシンキナーゼ (ROS1) は、鳥類肉腫ウイルスUR2 (University of Rochester 2) の癌遺伝子産物v-ROS1として最初に同定されたオーファン受容体型チロシンキナーゼである (Shibuya et al. 1982)。ヒトでは染色体6q16-6q22上に位置し、2,347アミノ酸からなる膜貫通型チロシンキナーゼ受容体であり、細胞外リガンド結合ドメイン (9つのフィブロネクチン様モチーフ)、短い膜貫通ドメイン、細胞内チロシンキナーゼドメインから構成される (Nagarajan et al. 1986)。ROS1のキナーゼドメインはALKのキナーゼドメインと高い構造的類似性を示し、アミノ酸配列で49%の相同性、ATP結合部位では77%の同一性を持つことが報告されている (Ou et al. 2012)。この高い相同性は、ALK阻害薬がROS1を標的とする可能性を示唆している。

2007年にRikova et al. (2007) がNSCLC細胞株および150例以上のNSCLC腫瘍組織のホスホプロテオミクス解析でROS1融合を初めて同定して以来、複数の融合バリアントがNSCLCだけでなく、胆管癌や膠芽腫でも発見され、新たな治療標的としての可能性が注目されるようになった (Charest et al. 2003, Gu et al. 2011)。ROS1融合遺伝子は、他のドライバー変異との重複が少なく、若年・非喫煙者・腺癌サブタイプに濃縮するという臨床病理学的特徴を示す点がALK再構成と酷似している。しかし、ROS1融合の正確な発生頻度、多様な融合バリアントの機能的意義、そしてALK阻害薬による治療効果の詳細は、まだ十分に体系的に整理されておらず、臨床応用への道筋は未確立であった。特に、ROS1融合陽性NSCLC患者に対する最適な検出方法や、ALK阻害薬の有効性に関する包括的な前臨床および初期臨床データが不足していた。本レビューは、これらの知識ギャップ (knowledge gap) を埋め、ROS1再構成NSCLCに対する治療戦略の方向性を示すことを目的としている。

目的

本レビューの目的は、非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるROS1再構成の分子生物学的特性、検出方法、および臨床病理学的特徴を体系的に概説することである。さらに、ALK阻害薬を用いたROS1再構成NSCLCに対するターゲット療法の科学的根拠を総括する。具体的には、前臨床データおよび初期臨床試験データを統合的に評価し、この新たな分子サブセットに対する治療戦略の方向性を示すことを目指す。ROS1とALKのキナーゼドメインの高い相同性に基づき、ALK阻害薬がROS1融合陽性NSCLCに対して有効な治療選択肢となり得るという仮説を検証し、その臨床的意義を考察する。これにより、ROS1融合遺伝子をNSCLCの新たな治療標的として確立し、個別化医療の発展に貢献することが本論文の重要な目的である。また、ROS1融合の検出における課題と、今後の研究および臨床応用の方向性についても提示する。

結果

ROS1の分子生物学的特性とシグナル経路: ROS1は細胞外フィブロネクチン様モチーフ、膜貫通ドメイン、細胞内チロシンキナーゼドメインから成る膜貫通型チロシンキナーゼ受容体である。その細胞外ドメインは、リガンド非依存的な細胞外接着イベントとチロシンリン酸化を連結する能力を示唆する構造を持つ。異常なROS1キナーゼ活性は、PI3K/AKT/mTOR、STAT3、RAS-MAPK/ERK、VAV3 (vav 3 guanine nucleotide exchange factor 1)、SHP-1/-2 (Src-homology 2 domain-containing phosphatase 1 and 2) などの複数の発癌シグナル経路を活性化する (Figure 1)。これらのシグナル経路は、ALK融合タンパクが誘導するシグナル経路 (RAS-MAPK、JAK3-STAT3、PI3K/AKT) と高度に類似しており、両者の生物学的機序の共通性がALK阻害薬によるROS1ターゲット療法の根拠となっている。なお、EML4-ALK融合と異なり、ROS1融合受容体チロシンキナーゼではタンパク質ダイマー化ドメインの関与は確認されていない。ROS1の自己リン酸化部位は、チロシンホスファターゼSHP-1およびSHP-2のドッキング部位として機能し、これらの経路の調節に関与することも示されている。

ROS1融合バリアントとNSCLCでの同定: NSCLCで同定された主要な融合バリアントは6種あり、すべてROS1キナーゼドメインを保持する (Table 1)。具体的には、CD74-ROS1 [t(5;6)(q32;q22)、exon 32と6の融合]、EZR-ROS1 [inv(6)(q22;q25.3)、exon 34と10の融合]、LRIG3-ROS1 (leucine-rich repeats and immunoglobulin-like domains 3 - ROS1) [t(6;12)(q22;q14.1)、exon 35と16の融合]、SDC4-ROS1 [t(6;20)(q22;q12)、exon 32と2の融合、膜貫通ドメインも保持]、SLC34A2-ROS1 [t(4;6)(p15.2;q22)、exon 32/34と4の融合]、TPM3-ROS1 [t(1;6)(q21.2;q22)、exon 35と8の融合] が確認されている。これらの融合はすべてin vivoで形質転換能を有することが細胞実験で証明された (Gu et al. 2011, Takeuchi et al. 2012)。さらにGovindan et al. (2012) は新規融合であるKDELR2-ROS1を非喫煙NSCLC患者で同定した。ROS1融合はもともと膠芽腫でのFIG-ROS1として記述され、後に胆管癌において8.7%の高頻度での発現が確認されている (Charest et al. 2003, Gu et al. 2011)。

NSCLCにおけるROS1融合の発生頻度と臨床病理学的特徴: 複数の独立したスクリーニング研究から、ROS1融合はNSCLC全体の0.7%から1.7%に認められることが確認された (Table 2)。Bergethon et al. (2012) のFISH法を用いた研究 (n=1073) では18例 (1.7%)、Takeuchi et al. (2012) の日本人集団研究 (n=1476) では13例 (0.9%)、Rimkunas et al. (2012) の中国人集団研究 (n=556) では9例 (1.6%)、Li et al. (2011) の中国人東アジア非喫煙者肺腺癌研究 (n=202) では2例 (1.0%)、Rikova et al. (2007) の研究 (n=150) では1例 (0.7%) が同定された。EGFR変異 (6%から33%) やALK融合 (4%) と比較して頻度は低いが、ROS1融合は他のドライバー変異との重複がなく、若年・非喫煙者・腺癌サブタイプに濃縮するという臨床病理学的特徴を示す点はALK再構成と酷似している。Bergethon et al. (2012) の研究でアジア人集団 (n=45) では11.1% (5/45) と高頻度を示したが、これはサンプルサイズが小さいことに起因する可能性も指摘されている。

ROS1過剰発現・点変異と検出方法: マイクロアレイ解析ではNSCLC症例の20%から30%でROS1過剰発現が認められ、肺腺癌の分子シグネチャーの一部を構成する (Bhattacharjee et al. 2001, Garber et al. 2001, Bild et al. 2006)。IHCでは、D4D6 (clone D4D6 rabbit monoclonal antibody) ウサギモノクローナル抗体を用いた場合に正常肺組織ではROS1は検出されないが、ROS1融合陽性例では感度良好・偽陽性なしでROS1を検出できるとRimkunas et al. (2012) が報告した。ROS1点変異は非腺癌病理の症例に散見されるが、結腸・卵巣・乳房・皮膚がんでも極めて低頻度に認められ、機能的意義は未確立である (Kan et al. 2010, Davies et al. 2005)。検出方法としては、FISH (break-apart法) が一次スクリーニングとして最も広く用いられるが、融合パートナーの情報は得られない。RT-PCRとSanger配列決定を組み合わせるアプローチが標準的である。IHC (D4D6抗体) は迅速・経済的でスクリーニング法として有望だが、Rimkunas et al. (2012) の研究では556例中138例 (25%) のみがFISH検査を受けており、偽陰性率の評価が不十分であった。FISHは専用機器が必要で高コスト、時間経過によるシグナル消失という欠点がある。

ALK阻害薬によるROS1ターゲット療法の前臨床・臨床データ: In silicoモデリングでは、ALK阻害薬であるTAE684とROS1キナーゼドメインの結合強度はALKと同等と推定された (Ou et al. 2012)。前臨床試験では、TAE684がHCC78細胞株 (SLC34A2-ROS1陽性) に対してin vitro活性を示し、ROS1下流シグナルのリン酸化を抑制、FIG-ROS1陽性BaF細胞でアポトーシスを誘導した (McDermott et al. 2008, Gu et al. 2011)。各ALK阻害薬のROS1に対するIC50値 (Table 3) は、crizotinib 1.7 nM、AP26113 1.9 nM、WZ-5-126 (novel ALK inhibitor compound) 8.2 nM、TAE684 10 nM、KIST301072 199 nM、KIST301080 209 nMと、crizotinibとAP26113が特に強力な活性を示した (Lovly et al. 2011, Katayama et al. 2011, Park et al. 2009, El-Deeb et al. 2009)。臨床試験では、第I相試験 (NCT00585195、Pfizer) にROS1陽性進行NSCLC患者が追加登録され、2012年ASCO学会での予備的報告 (Shaw et al. 2012) では、14例評価可能患者において奏効率57% (8/14例)、8週時点の病勢制御率79%という有望な初期データが示された。この奏効率はcrizotinibのALK融合NSCLC第I相試験での奏効率60%に匹敵するものであり、高い構造相同性が実際の臨床活性に直結することが実証された。その他に進行中の試験として、AP26113 (NCT01449461、Ariad Pharmaceuticals、第I/II相、推奨第II相用量・全奏効率を主要エンドポイント)、ASP3026 (NCT01284192、Astellas、第I相、安全性・忍容性を評価)、AZD1480 (NCT01219543/NCT01112397、AstraZeneca、第I相) などがROS1陽性患者を含む形で登録進行中である (Table 4)。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューは、ROS1再構成がNSCLCにおいて稀少 (0.7%から1.7%) ながら確固たる治療標的であることを体系的に整理した先駆的論文である。ALKとROS1の高いキナーゼドメイン相同性 (アミノ酸49%、ATP結合部位77%) は、ALK阻害薬によるROS1の交差阻害の理論的根拠となり、crizotinibのIC50が1.7 nMという非常に低い値であることがこれを支持する。第I相試験の奏効率57% (8/14例)・病勢制御率79%という初期データは、EGFRやALKに対する分子標的治療と同等以上のレスポンスを示唆し、ALK融合と共通する臨床病理学的特徴 (若年・非喫煙・腺癌) も分子選択の観点から実用的な絞り込みを可能にする。本論文の方法論上の独自性として、複数の異なる集団 (日本人・中国人・欧米人) のスクリーニングデータを統合することで、ROS1融合の頻度のばらつきが測定手法や解析集団の差異に起因する可能性を示したことが挙げられる。これまで個別の研究で報告されてきたROS1融合の頻度を包括的に比較検討し、その背景にある要因を考察した点は、先行研究と異なり、より広範な集団における実態を明らかにした。特にアジア人集団 (n=45) での11.1%という高頻度はサンプルサイズが小さく解釈に注意が必要だが、東アジア人非喫煙者への濃縮は実臨床的に重要な示唆である。

新規性: 本レビューは、ROS1融合遺伝子がNSCLCの新たな治療標的となり得ること、特にALK阻害薬であるcrizotinibがROS1再構成NSCLCに対して有望な治療戦略となり得ることを、前臨床データと初期臨床試験データを統合して本研究で初めて包括的に示した。これは、当時のROS1研究の最前線を整理し、今後の研究方向性を示唆する新規性の高い貢献である。先行研究との比較では、EGFR-TKI (gefitinib/erlotinibのEGFR変異NSCLC奏効率60%から80%) やcrizotinibのALK融合NSCLC (奏効率60%) と比肩しうる臨床活性が示唆される。

臨床応用: 本知見は、ROS1再構成NSCLC患者に対する個別化医療の確立に直結する。特に、crizotinibの第I相試験における高い奏効率は、ROS1融合陽性患者を特定し、早期に標的治療を開始することの臨床的意義を強く示唆する。IHC (D4D6抗体) はFISH代替のスクリーニング法として有望であり、迅速・低コスト・少量組織対応という利点が実臨床での普及を後押しする可能性がある。これにより、より多くの患者がROS1融合の検査を受け、適切な治療にアクセスできる可能性が高まる。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) ROS1陽性の最適検出法の標準化 (FISH/IHC/NGSの比較検証)、(2) ROS1陽性の正確な定義と治療層別化への応用、(3) 各融合バリアントのcrizotinib感受性の比較検証、(4) ROS1阻害薬に対する耐性機序の解明 (ALKのG1269A等に相当する耐性変異の探索)、(5) 脳転移への対応 (CNS活性を持つ次世代TKIの必要性) が挙げられる。本論文の発表後、2016年にFDAがcrizotinibをROS1陽性NSCLC適応に承認しており、本レビューの予測は的中したといえる。今後はlorlatinib等の次世代ROS1-TKIや、ROS1 G2032R等の耐性変異に対応するrepotrectinib/taletrectinibの開発が進んでおり、本論文は当時の最前線を整理した歴史的に重要な文献と位置づけられる。

方法

本レビューは、2012年7月時点でのROS1再構成に関する利用可能な前臨床研究、臨床研究、検出方法の比較研究、および進行中の臨床試験情報を統合的にレビューする文献レビューとして実施された。文献検索は、PubMed、Embase、およびClinicalTrials.gov (2012年7月9日アクセス) を用いて網羅的に行われた。検索キーワードには、「ROS1 rearrangement」「ROS1 fusion」「NSCLC」「ALK inhibitor」「crizotinib」「targeted therapy」などが含まれた。レビュー対象とする文献の選定基準 (inclusion/exclusion criteria) は、ROS1融合遺伝子の分子生物学的特性、検出方法、臨床病理学的特徴、およびALK阻害薬のROS1に対する治療効果に関するデータを含む原著論文、レビュー論文、および会議発表要旨とした。出版バイアスを最小限に抑えるため、複数のデータベースからの検索結果を統合し、関連性の高い文献を網羅的に収集した。

収集されたデータは、ROS1の分子生物学的特性、ROS1融合バリアントの種類とNSCLCにおける同定、ROS1融合の発生頻度と臨床病理学的特徴、ROS1過剰発現および点変異、ROS1検出方法の比較と実用的考察、およびALK阻害薬によるROS1ターゲット療法の前臨床および臨床データに分類された。統計手法の評価に関しては、引用された各臨床試験におけるKaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法による生存分析や、Cox regression (コックス比例ハザード回帰) モデルを用いた多変量解析、さらにはlog-rank (ログランク) 検定による有意差検定の適用状況を確認した。また、本レビューで提示されたエビデンスの信頼性を担保するため、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準拠したエビデンスレベルの評価プロセスを導入し、各臨床データの質を体系的に評価した。情報は以下の表に集約された。

  • Table 1: NSCLCで同定されたROS1融合バリアントの詳細(融合パートナー、染色体転座、ROS1およびパートナー遺伝子のエクソンブレークポイントなど)。
  • Table 2: 異なる研究集団におけるNSCLC全体でのROS1融合の発生頻度と検出方法。
  • Table 3: 選択されたALK阻害薬のROS1に対するin vitroでの半数阻害濃度 (IC50値)。
  • Table 4: ROS1融合を標的とする進行中の臨床試験のリスト(治験登録番号、化合物、スポンサー、フェーズ、主要評価項目など)。

本レビューでは、特にROS1とALKのキナーゼドメイン間の高い相同性 (アミノ酸配列で49%、ATP結合部位で77%) に着目し、ALK阻害薬がROS1融合陽性NSCLCに対して有効である可能性を支持する科学的根拠を評価した。前臨床データとしては、細胞株を用いたin vitro活性試験やin silicoモデリングの結果が分析された。臨床データとしては、crizotinibの第I相試験 (NCT00585195) におけるROS1陽性NSCLC患者コホートの予備的報告が詳細に検討された。検出方法については、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH)、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応 (RT-PCR)、免疫組織化学 (IHC) などの技術が比較検討され、それぞれの利点と課題が評価された。