- 著者: Zou HY, Li Q, Engstrom LD, West M, Appleman V, Wong KA, McTigue M, Deng YL, Liu W, Brooun A, Timofeevski S, McDonnell SR, Jiang P, Falk MD, Lappin PB, Affolter T, Nichols T, Hu W, Lam J, Johnson TW, Smeal T, Charest A, Fernandez-Metzler C, Millipore K, Bhatt D, Wilinski J, Koeppen H, Christensen JG
- Corresponding author: Haby Y. Zou; James G. Christensen (Pfizer Oncology, La Jolla, CA)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-01-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 25733882
背景
ROS1融合遺伝子は、非小細胞肺癌 (NSCLC) を含む様々なヒト癌で同定されている重要な分子標的である。特に、ROS1融合陽性NSCLC患者において、第1世代ALK/MET/ROS1阻害剤であるクリゾチニブ (crizotinib) は高い奏効率 (ORR 約72%) を示し、その臨床的有用性が確立された。しかし、クリゾチニブ治療後の獲得耐性は不可避な課題であり、その主要な機序としてROS1キナーゼドメイン内の二次変異が報告されている。具体的には、溶媒接触部位 (solvent-front) のG2032R変異とゲートキーパー (gatekeeper) 残基のL2026M変異が、クリゾチニブに対するon-target耐性変異として最も重要であると2015年時点で認識されていた。G2032R変異は、クリゾチニブのピペリジン環とGly2032残基間の立体的な不整合を引き起こし、薬剤結合を阻害する。一方、L2026M変異はATP結合ポケットのゲートキーパー残基に位置し、メチオニン残基が結合空間を占有することでクリゾチニブの結合を妨げる。これらの耐性変異を克服できる次世代ROS1/ALK阻害剤の開発が喫緊の課題であった。
さらに、ROS1陽性NSCLC患者では中枢神経系 (CNS) 転移の発生率が高いことが知られている。診断時に20〜35%の患者がCNS転移を有し、クリゾチニブ治療後にはその割合がさらに増加することが報告されている。このため、CNSへの良好な浸透性を持つ新規チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) の必要性も強く認識されていた。PF-06463922 (後にロルラチニブ (lorlatinib) と命名) は、ファイザー社が設計した新規大環状 (macrocyclic) ROS1/ALK阻害剤である。このマクロ環構造は、ROS1/ALKに対する選択性、CNS浸透性、および耐性変異に対する活性の向上を目的として設計された。本研究は、これらの臨床的ニーズに対応するため、PF-06463922の前臨床プロファイルを詳細に評価することを目的とした。これまでの研究では、ROS1融合キナーゼが様々な癌種で同定されており、その治療標的としての重要性が示唆されていた (Rikova et al. Cell 2007、Takeuchi et al. NatMed 2012、Stransky et al. NatCommun 2014)。しかし、クリゾチニブ耐性変異やCNS転移に対する効果的な治療戦略は依然として不足しており、このギャップを埋める新たな薬剤の登場が待望されていた。
目的
本研究の目的は、新規大環状ROS1/ALK阻害剤であるPF-06463922の包括的な前臨床プロファイルを確立することである。具体的には、in vitroにおけるキナーゼ選択性、ROS1/ALK野生型およびクリゾチニブ耐性変異体 (G2032R、L2026Mなど) に対する阻害活性を評価した。さらに、in vivo異種移植モデルおよびFIG-ROS1駆動型神経膠芽腫 (GBM) 脳腫瘍モデルにおける抗腫瘍効果、ならびにCNS浸透性を詳細に解析し、次世代ROS1/ALK阻害剤としてのPF-06463922の治療可能性を明らかにすることを目指した。これらの評価を通じて、クリゾチニブ耐性や脳転移を伴うROS1融合陽性癌に対するPF-06463922の臨床開発を支持する強力な科学的根拠を提供することを意図した。
結果
PF-06463922のin vitroキナーゼ阻害活性と選択性: PF-06463922は、ROS1野生型キナーゼに対して極めて強力な生化学的Ki値 (<0.025 nM) を示し、これはクリゾチニブのKi値 (0.6 nM) と比較して30倍以上強力であった (Fig. 1A)。同様に、ALK野生型に対してもKi値 <0.07 nMと高い活性を示した。204種類のキナーゼパネルを用いた選択性評価では、PF-06463922はROS1およびALK以外のキナーゼに対して100倍以上の選択性を示した (Fig. S2)。特に、クリゾチニブが活性を持つMETキナーゼに対しては実質的な活性を示さず、MET依存性シグナルへの影響が排除されることが示された。細胞レベルでは、SLC34A2-ROS1を発現するHCC78細胞およびCD74-ROS1を発現するBaF3細胞において、PF-06463922はそれぞれIC50 1.3 nMおよび0.6 nMで細胞増殖を強力に阻害した (Fig. 1C)。これらのIC50値は、ROS1リン酸化の抑制と相関していた。
クリゾチニブ耐性ROS1変異体に対する活性: PF-06463922は、クリゾチニブ耐性ROS1 G2032R変異体に対して生化学的Ki値12 nMを示した (Table S3)。これはクリゾチニブのG2032Rに対するKi値 (>1000 nMと推定) と比較して大幅な改善であるが、ROS1野生型に対する活性 (<0.025 nM) との比較では約480倍の感受性低下が認められた。細胞増殖抑制アッセイでは、CD74-ROS1-G2032Rを発現するBaF3細胞に対してIC50 203 nM (ROS1リン酸化抑制IC50 177 nM) で活性を示した (Fig. 2A)。一方、ROS1 L2026Mゲートキーパー変異体に対しては、Ki値0.1 nMと野生型ROS1とほぼ同等の強力な阻害活性を示し (Table S3)、細胞増殖抑制IC50は1.1 nMであった (Fig. 2A)。これはクリゾチニブのL2026Mに対するKi値5.8 nMと比較して約58倍強力であり、PF-06463922がL2026M変異を効果的に克服できることを示唆する。さらに、PF-06463922はALKの主要な耐性変異 (G1202R、L1196M、F1174Cなど) に対しても活性を維持し、広範なALK耐性変異をカバーする可能性が示された。多標的キナーゼ阻害剤であるカボザンチニブ (cabozantinib) は、ROS1 G2032Rに対してPF-06463922よりも約10倍強力な細胞活性を示したが、METなどへの選択性が低いという特徴がある。
ROS1シグナル経路の抑制: PF-06463922は、HCC78細胞においてSLC34A2-ROS1のリン酸化および下流のSHP2、ERK1/2、AKTのリン酸化を用量依存的に抑制した (Fig. 1D)。ROS1野生型細胞では1〜10 nMの濃度で完全なシグナル抑制が観察され、G2032R変異細胞では100〜300 nMで抑制効果が認められた。このシグナル抑制は、アポトーシスエフェクターである切断型カスパーゼ3の増加と相関していた。
in vivoにおける抗腫瘍活性: HCC78 (ROS1野生型) 皮下腫瘍モデルにおいて、PF-06463922を5 mg/kg QDで経口投与したところ、顕著な腫瘍退縮 (TGI >90%) が観察された (Fig. 4C)。CD74-ROS1-G2032R皮下腫瘍モデルでは、PF-06463922を25〜50 mg/kg QDで経口投与することにより腫瘍退縮が確認された (Fig. 4E)。最大抗腫瘍効果は、CD74-ROS1腫瘍で2 mg/kg/日、FIG-ROS1(S)腫瘍で3 mg/kg/日、CD74-ROS1 G2032R腫瘍で30 mg/kg/日の用量で達成された。PK/PD解析では、FIG-ROS1(S)皮下腫瘍モデルにおいて、腫瘍静止 (stasis) に必要なPF-06463922の有効血漿濃度 (Ceff) は5.8 nM、30%の腫瘍退縮には9 nMと推定された (Fig. 4B)。
CNS浸透性と脳腫瘍モデルでの有効性: ラットにおけるPF-06463922の脳/血漿濃度比は、約30〜40%と良好なCNS浸透性を示した。これはクリゾチニブの脳脊髄液/血漿比 (0.0026) と比較して100倍以上高い値であった。この優れたCNS浸透性は、PF-06463922がP-糖タンパク質 (P-gp) 基質性を最小化するように設計されたマクロ環構造に起因すると考えられる。FIG-ROS1駆動型GBM脳内同所性移植モデルにおいて、PF-06463922を10 mg/kg QDで経口投与したところ、7日および14日後にBLIシグナルが有意に減少し、対照群と比較して顕著な腫瘍退縮が認められた (p<0.001) (Fig. 5A, B)。組織学的解析では、PF-06463922治療群でKi67陽性細胞数の著しい減少と腫瘍細胞サイズの均一な縮小が観察された (Fig. 5D, E)。
PF-06463922とROS1キナーゼ複合体の結晶構造解析: ROS1キナーゼとPF-06463922の共結晶構造解析により、PF-06463922のマクロ環がROS1 ATP結合ポケットのヒンジ領域に結合し、ピラゾール環がGly2032 (野生型) とC-H/π相互作用を形成することが明らかになった (Fig. 3B)。G2032R変異では、アルギニン残基の大きな側鎖が存在するが、PF-06463922のマクロ環はクリゾチニブのピペリジン環よりも立体要求性が低いため、G2032R変異体とも部分的な結合が維持されることが示唆された (Fig. 3C)。一方、クリゾチニブはG2032Rとの立体衝突が致命的であり、結合がほぼ不可能となる。L2026Mゲートキーパー変異に関しては、PF-06463922の結合ポケットにメチオニン側鎖が容易に収容されることが、ALK L1196M変異体との類似性から示唆された (Fig. 3D)。
考察/結論
本研究は、PF-06463922 (ロルラチニブ) が、第1世代ROS1/ALK阻害剤であるクリゾチニブの主要な制限、すなわち (1) ROS1 G2032R耐性変異、(2) ROS1 L2026M耐性変異、および (3) CNS浸透性の低さを全て克服し得る次世代ROS1/ALK阻害剤であることを前臨床的に実証した先駆的研究である。
新規性: 本研究で初めて、PF-06463922がROS1野生型に対してサブナノモルレベルの強力な阻害活性を示し、かつクリゾチニブ耐性変異であるG2032RおよびL2026Mに対しても効果的な活性を持つことを明らかにした。特に、L2026Mゲートキーパー変異をほぼ完全に克服できることは、これまでの阻害剤では達成されていなかった新規な知見である。また、PF-06463922の優れたCNS浸透性 (脳/血漿比 約30〜40%) と、FIG-ROS1 GBM脳内モデルにおける顕著な腫瘍退縮効果は、ROS1陽性NSCLC患者の高いCNS転移頻度 (診断時20〜35%、クリゾチニブ治療後最大55%) を考慮すると、極めて大きな臨床的意義を持つ新規な発見である。
先行研究との違い: PF-06463922は、クリゾチニブや第2世代ALK阻害剤であるセリチニブ (ceritinib) やアレクチニブ (alectinib) と異なり、ROS1 G2032R変異体に対してもin vitroおよびin vivoで抗腫瘍活性を示した。セリチニブやアレクチニブは、この変異に対して実質的な活性を示さないことが報告されている (Friboulet et al. CancerDiscov 2014)。また、クリゾチニブがMET活性を持つことに対し、PF-06463922はMETに対する活性を持たず、ROS1/ALKに対する高い選択性 (>100倍) を有する点で、オフターゲット毒性の低減が期待される。
臨床応用: 本研究の結果は、クリゾチニブ耐性や脳転移を伴うROS1融合陽性癌患者に対するPF-06463922の治療可能性を強く支持するものである。特に、CNS浸透性の高さは、脳転移を有する患者にとって重要な治療選択肢となり得る。この前臨床データは、PF-06463922 (ロルラチニブ) の臨床試験 (ALK EXP1〜6、ROS1 EXP6コホート) へと繋がり、ROS1陽性NSCLCのEXP6コホートではORR 62%、PFS 21.0ヶ月という良好な成績が後に報告された。
残された課題: ROS1 G2032R変異に対するPF-06463922の活性 (Ki 12 nM、細胞IC50 203 nM) は、クリゾチニブやエンレクチニブ (entrectinib) が不活性であるのと対照的に克服可能であるが、DS-6051b (タレトレクチニブ (taletrectinib)) やレポトレクチニブ (repotrectinib) と比較してin vivo有効性が限定的であることが後に判明している。これは、G2032R変異に対しては、DS-6051bやレポトレクチニブが優先されるべき可能性を示唆しており、今後の検討課題である。また、PF-06463922によるROS1タンパク質レベルの減少メカニズム (HSP90結合阻害など) については、さらなる詳細な研究が必要である。
方法
PF-06463922のin vitroキナーゼ活性評価は、生化学的Ki値測定により実施された。対象としたのはROS1野生型、ROS1 G2032R変異型、ROS1 L2026M変異型、その他のROS1変異型、ALK野生型、および各種ALK耐性変異型である。また、204種類のキナーゼパネルに対する選択性評価 (Kd/Ki) も行われた。細胞増殖阻害活性は、SLC34A2-ROS1野生型を発現するHCC78細胞、CD74-ROS1野生型を発現するBaF3細胞、CD74-ROS1-G2032R変異型を発現するBaF3細胞、CD74-ROS1-L2026M変異型を発現するBaF3細胞、およびEML4-ALKを発現するNCI-H3122細胞などを用いてIC50値を測定した。ROS1リン酸化および下流シグナル経路の抑制効果は、ウェスタンブロット解析により評価された。
in vivo異種移植実験では、ヌードマウスにHCC78細胞、BaF3-CD74-ROS1-G2032R細胞を皮下移植し、PF-06463922の経口投与による腫瘍増殖抑制効果を評価した。さらに、FIG-ROS1駆動型GBMモデルでは、マウス脳内への同所性注入と生物発光イメージング (BLI) を用いて、CNS内腫瘍に対するPF-06463922の有効性を評価した。CNS浸透性については、ラットにPF-06463922を経口投与後、脳組織および血漿中の薬剤濃度を測定し、脳/血漿濃度比を算出した。
PF-06463922とROS1キナーゼ複合体のX線結晶構造解析も実施された。これにより、PF-06463922のROS1 ATP結合ポケットへの結合様式、特にG2032R変異体との相互作用について分子レベルでの理解を深めた。動物実験は、タフツ大学の動物実験委員会およびファイザー社の動物飼育使用委員会ガイドラインに従って実施された。統計解析にはANOVAが用いられ、p<0.01が統計的有意差とされた。薬物動態/薬力学 (PK/PD) 解析には、Hill方程式を用いた直接応答モデリング解析が適用された。