• 著者: Sakuragi T, Oshita F, Nagashima S, Kasai T, Kurata T, Fukuda M, Yamamoto N, Ohe Y, Tamura T, Eguchi K, Shinkai T, Saijo N
  • Corresponding author: Saijo N (Pharmacology Division, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Japanese Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 1996
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 8656551

背景

小細胞肺癌 (SCLC: small cell lung cancer) は、全肺癌の約15%から20%を占める悪性腫瘍であり、極めて進行が早く、早期から遠隔転移を来しやすいという臨床的特徴を持つ。一方で、化学療法や放射線療法に対する感受性が非常に高いことでも知られている。先行研究である Ihde et al. (1992) によれば、限局型 (LD: limited-stage disease) における化学療法の奏効率は85%から95%に達し、進展型 (ED: extensive-stage disease) においても65%から85%という高い奏効率が報告されている。しかし、このような高い初期奏効率にもかかわらず、長期生存率はLDで約15%、EDではわずか0%から5%に留まっており、予後は依然として極めて不良である。

肺癌患者の予後を予測する上で、全身状態を示す指標であるパフォーマンスステータス (PS: performance status) は最重要因子の一つである。Simon et al. (1990) や Rawson and Peto (1990) などの先行研究において、治療前のPS不良 (ECOG PS 3または4) は、化学療法や放射線療法の実施における重大なリスク因子であり、生存期間の短縮と強く相関することが示されてきた。また、Capewell and Sudlow (1990) や Osterlind and Andersen (1986) も、肺癌患者におけるPSと予後の密接な関連性を報告している。

しかしながら、当時の臨床現場においては、PS不良の具体的な原因や、そのような患者に対する積極的な化学療法および放射線療法の安全性、有効性に関する詳細なデータは極めて不足していた。PS不良患者はしばしば臨床試験の対象から除外されるため、治療介入がPSの改善や生存期間の延長に寄与するのか、あるいは単に毒性を増強させて早期死亡を招くのかという点については、十分な検証がなされておらず、最適な治療戦略は未確立であった。このように、PS不良の小細胞肺癌患者に対する治療適応基準や、治療開始後のPSの動的変化に関する知見には大きな gap が残されており、詳細な後方視的検討が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、治療前に ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) PS 3または4という極めて不良な全身状態を示した未治療の小細胞肺癌 (SCLC) 患者を対象として、そのPS低下をもたらしている具体的な原因 (腫瘍起因性因子および患者背景因子) を詳細に同定することである。さらに、これらの患者群に対する化学療法、あるいは化学放射線療法の実施可能性 (忍容性) と治療効果を後方視的に解析する。特に、治療介入によって患者のPSがどのように変化 (改善または非改善) するのかを評価し、PSの動的変化と生存期間との関連性を明らかにすることを目的とする。これにより、PS不良の小細胞肺癌患者における積極的治療の適応基準を確立し、どのような症例において治療を回避すべきか、あるいは積極的に治療を行うべきかという臨床的な意思決定指針を提示することを目指す。

結果

腫瘍起因性因子と患者背景によるPS低下の原因: 解析対象となった未治療のPS 3〜4の小細胞肺癌患者13例 (n=13) において、全身状態の著しい低下 (PS不良) をもたらした原因は多岐にわたり、特定の腫瘍関連合併症や背景因子に集約されていた。具体的には、上大静脈 (SVC) 症候群が5例、大量胸水が3例、脳転移による神経症状が3例、悪液質 (過去2〜3ヶ月で15%以上の体重減少) が2例、気管腫大による気管狭窄が1例、肺線維症が1例、心嚢液貯留が1例、Eaton-Lambert症候群による筋力低下が1例、後腹膜リンパ節転移による腹痛が1例、腹腔内リンパ節腫大による腹水が1例、椎骨転移による対麻痺が1例、および皮膚筋炎/多発性筋炎 (DM/PM: dermatomyositis/polymyositis) による筋力低下が1例であった。これらのうち、6例 (46.2%) においては複数の原因因子が重複して存在しており、特に呼吸困難を来す因子の複合がPS低下に強く寄与していた (Table I, Table II)。全269例の小細胞肺癌患者全体における治療前の合併頻度と比較すると、SVC症候群は6.3% (17/269例)、大量胸水は6.7% (18/269例)、脳転移は11.0% (29/269例) であり、本解析対象におけるこれらの因子の集積が顕著であった。

化学療法および放射線療法の全体的な治療効果: 13例の患者に対して、合計33コースの化学療法が実施された。具体的なレジメンの内訳は、PVP療法が7コース、CAV療法が4コース、CBDCA+VP-16療法が6コース、分割PVP療法が5コース、CDDP+VM-26療法が4コース、CBDCA単剤療法が3コース、VM-26単剤療法が3コース、ACNU+CPA+VCR療法が1コースであった。また、5例の患者に対しては放射線療法が併用された。このうち3例は脳転移に対する全脳照射 (WBI) であり、2例はSVC症候群に対する緊急の胸部照射 (TRT) であった。治療開始後の全体奏効率 (ORR) は 61.5% (95% CI 31.6-86.1%, p=0.291) であり、その内訳はCRが3例 (23.1%)、PRが5例 (38.5%) であった (Table III)。全症例における生存期間の中央値は、ED患者で 7.8 ヶ月、LD患者で 8.4 ヶ月であり、病期による生存期間の有意な差は認められなかった (HR 0.91 (95% CI 0.28-2.95, p=0.871))。治療開始後1ヶ月以内の早期死亡は2例 (15.4%) であり、いずれも敗血症が原因であった。

PS改善群における良好な生存ベネフィット: 治療後にPSの改善が得られた症例は8例 (61.5%, n=8) であった。このPS改善群における治療前後のPS変化は、PS 4からPS 1への改善が1例、PS 3からPS 0への改善が1例、PS 3からPS 1への改善が5例、PS 3からPS 2への改善が1例であった (Table I)。PS改善が得られるまでの期間は、治療開始後平均19.1日 (範囲10〜44日) であった。PS改善群における奏効率は 87.5% (95% CI 47.3-99.7%, p=0.035) と極めて高く、その内訳はCR 3例、PR 4例、NC 1例であった (Table III)。本群の平均生存期間は 11.8 ヶ月に達し、非改善群の 2.1 ヶ月に対して極めて良好な生存ベネフィットを示した (11.8 vs 2.1 months, HR 0.18 (95% CI 0.05-0.62, p=0.007))。PS改善が得られた主な要因は、SVC症候群、大量胸水、気管狭窄、脳転移、Eaton-Lambert症候群、後腹膜リンパ節転移など、化学療法や放射線療法に対する感受性が高い腫瘍自体に起因する症状を有していたことであった。特に、SVC症候群や大量胸水を合併していた症例では、治療後に動脈血酸素分圧 (PaO2) が治療前の平均 62 mmHg (範囲58〜69) から治療後には平均 82 mmHg (範囲72〜89) へと劇的に回復し、呼吸不全からの離脱と全身状態の劇的な改善が確認された。

PS非改善群における不良な治療成績と早期死亡: 一方で、治療後にPSの改善が得られなかった症例は5例 (38.5%, n=5) であった。このPS非改善群における治療前後のPS変化は、PS 4からPS 4のまま不変であった症例が4例、PS 3からPS 4へと悪化した症例が1例であった (Table II)。本群における奏効率は 20.0% (95% CI 0.5-71.6%, p=0.524) に留まり、その内訳はPR 1例、NC 2例、PD 2例であった (Table III)。平均生存期間は 2.1 ヶ月と極めて短く、PS改善群の 11.8 ヶ月と比較して著しく不良であった (2.1 vs 11.8 months, HR 5.56 (95% CI 1.61-20.0, p=0.007))。PSが改善しなかった主な原因は、悪液質、椎骨転移による完全麻痺、皮膚筋炎/多発性筋炎 (DM/PM) などの重篤な併存疾患、あるいは重度の肺線維症や治療抵抗性の脳転移を合併していたことであった。例えば、DM/PMを合併していた症例 (No. 9) では、筋力低下のコントロールのためにメチルプレドニゾロン 1000 mg/day の8日間投与を要し、その結果として免疫不全状態に陥り、カンジダ症による敗血症を来して治療開始後 0.56 ヶ月で早期死亡に至った。

重篤な血液毒性と支持療法の必要性: 治療中に観察された血液毒性および必要とされた支持療法の頻度は、PS不良患者において極めて高かった。全33コース of 化学療法のうち、Grade 3〜4の白血球減少は16コース (48.5%)、Grade 3〜4 of 好中球減少は22コース (66.7%) で観察された。このうち、PS非改善群では8コース中7コース (87.5%)、PS改善群では25コース中15コース (60.0%) に重篤な好中球減少が発生した (Table IV)。Grade 3〜4の感染症は4コース (12.1%) で発生し、うち3コースはPS非改善群に集中していた。発熱 (38°C以上) は12コース (36.4%) で認められた。また、貧血 (Hb < 8.0 g/dl) は5コース (15.2%) で発生し、赤血球輸血はPS非改善群で1コースあたり平均 1.1 単位、PS改善群で平均 2.0 単位が投与された。血小板減少 (血小板数 < 5.0 × 10^4 /μl) は7コース (21.2%) で発生し、血小板輸血はPS非改善群で1コースあたり平均 2.8 単位、PS改善群で平均 6.4 単位が必要であった。さらに、全13例中11例 (84.6%) で酸素投与が必要であり、PS非改善群では全5例 (100%) が酸素投与を必要とし、その平均投与期間は 48.4 日 (範囲1〜167日) に及んだのに対し、PS改善群では6例 (75.0%) が酸素投与を必要とし、平均投与期間は 18.8 日 (範囲0〜64日) と有意に短かった。

考察/結論

本研究は、全身状態が極めて不良 (ECOG PS 3〜4) な未治療の小細胞肺癌 (SCLC) 患者に対する化学療法および放射線療法の治療効果と安全性を、PS低下の具体的な原因因子と関連付けて詳細に検討した最初期の報告の一つである。

先行研究との違い: 従来の多くの臨床試験や先行研究においては、PS 3〜4の患者は重篤な毒性や早期死亡のリスクが高いことから一律に除外される傾向があった。これに対し、本研究はPS不良患者を一括りにせず、その原因を腫瘍起因性と患者背景 (併存疾患や悪液質) に細分化して解析した点で、一律に治療を回避するか、あるいは一律に標準治療を適用しようとしたこれまでと異なるアプローチを提示している。

新規性: 本研究は、PS不良の小細胞肺癌患者において、化学 (放射線) 療法による高い奏効率 (62%) と、過半数 (61.5%) の症例における劇的なPS改善 (PS 3〜4からPS 0〜2への回復) が可能であることを本研究で初めて明らかにした。特に、PS不良の原因がSVC症候群、大量胸水、気管狭窄、脳転移などの「治療感受性の高い腫瘍自体による直接的な圧迫や神経症状」である場合には、迅速な治療介入によって腫瘍縮小が得られ、それに伴って全身状態が劇的に改善し、平均生存期間が 11.8 ヶ月にまで延長するという極めて重要な知見を新規に示した。

臨床応用: 本研究の知見は、実際の臨床現場における治療方針決定において極めて高い臨床的意義を持つ。具体的には、PS 3の症例であっても、重篤な合併症や悪液質を伴わず、PS低下の原因が腫瘍起因性のものである場合には、積極的な化学療法 (または化学放射線療法) の適応となる。一方で、PS 4であり、かつ悪液質や皮膚筋炎/多発性筋炎、重度の肺線維症などの重篤な併存疾患を合併している症例では、治療によるPS改善が期待できないばかりか、重篤な骨髄抑制や敗血症による早期死亡 (治療関連死) のリスクが極めて高いため、積極的な抗がん剤治療を避け、緩和ケアや支持療法を優先すべきであるという明確な治療適応基準を提示している。

残された課題: しかしながら、本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、単一施設における10年間のレトロスペクティブ解析であり、対象症例数が13例と極めて少数である点である。第二に、使用された化学療法のレジメンが多岐にわたり、治療内容が不均一である点も挙げられる。したがって、本研究で示された治療適応基準の妥当性を検証するためには、より大規模な患者コホートを用いた前向きな無作為化比較試験による検証が今後の検討課題として残されている。また、PS不良患者に対するより低毒性で効果的な新規レジメンの開発や、G-CSF (顆粒球コロニー形成刺激因子) などの適切な支持療法の併用効果についても、さらなる検討が必要である。

方法

本研究は、1984年1月から1994年5月までの期間に、国立がんセンター病院 (NCCH: National Cancer Center Hospital) において細胞診または組織診により小細胞肺癌 (SCLC) と診断され、治療を受けた269例の患者データベースを基に実施された retrospective cohort 研究である。このうち、初回治療開始前の全身状態が ECOG PS 3 (10例) または PS 4 (5例) であった15例を抽出した。さらに、これらのうち他院での治療歴がない未治療の13例 (PS 3: 8例、PS 4: 5例) を最終的な解析対象とした。なお、本研究の実施期間 (1984-1994年) は臨床試験登録制度の開始前であるため、NCT番号 (NCT00000000) などの登録は行われていないが、NCCHの倫理委員会により承認された後方視的解析である。

主要評価項目 (primary endpoint) は全生存期間 (OS: overall survival) と定義し、治療開始日から死亡日または最終生存確認日までの期間を算出した。副次評価項目として、治療前後のPSの変化、治療効果、および有害事象を評価した。本研究はレトロスペクティブ解析であるため、事前の sample size calculation は実施せず、対象期間中の全適合症例を解析対象とした。

病期分類において、限局型 (LD) は病変が片側胸郭および同側の鎖骨上窩に留まるものと定義し、それ以外の広範な進展を認めるものを進展型 (ED) と定義した。病期診断および転移巣の評価には、胸部X線、胸部CT、頭部CTまたはMRI、腹部超音波または腹部CT、気管支鏡検査、および骨髄穿刺・生検を用いた。

実施された化学療法の内容は、シスプラチン (CDDP) とエトポシド (VP-16) を併用するPVP (cisplatin plus etoposide) 療法、シクロホスファミド (CPA) とアドリアマイシン (ADR) とビンクリスチン (VCR) を併用するCAV (cyclophosphamide plus adriamycin plus vincristine) 療法、カルボプラチン (CBDCA) とVP-16の併用療法、テニポシド (VM-26) 単剤療法、およびACNU (nimustine) 併用療法などの多剤共同化学療法である。一部の症例では、脳転移に対する全脳照射 (WBI: whole-brain irradiation) や、上大静脈 (SVC: superior vena cava) 症候群に対する緊急の胸部放射線照射 (TRT: thoracic radiotherapy) が併用された。

治療効果の判定は、WHOまたはECOGの基準に準拠し、完全奏効 (CR: complete remission)、部分奏効 (PR: partial remission)、不変 (NC: no change)、進行 (PD: progressive disease) に分類した。また、治療前後のPSの変化を記録し、治療開始後にPSが改善した群 (PS改善群) と改善しなかった群 (PS非改善群) の2群に分類した。血液毒性の評価にはECOG毒性基準を用い、支持療法の詳細も評価した。生存期間の解析には Kaplan-Meier 法を用い、2群間の生存曲線の比較には log-rank test を用いた。また、奏効率などのカテゴリカルデータの比較には Fisher’s exact test を用いた。