- 著者: David A. Karnofsky, Walter H. Abelmann, Lloyd F. Craver, Joseph H. Burchenal
- Corresponding author: N/A (Memorial Hospital, New York, N.Y.)
- 雑誌: Cancer
- 発行年: 1948
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1002/1097-0142(194811)1:4<634::AID-CNCR2820010410>3.0.CO;2-T
背景
ナイトロジェンマスタード (窒素マスタード) である HN2 (methyl-bis(beta-chloroethyl)amine hydrochloride) は、ホジキン病、リンパ肉腫、白血病などの血液悪性腫瘍に対する治療効果が、Goodman et alやJacobson et alらの研究、および Rhoads et al. (1946) などの先行研究により過去2年間で確立されていた。しかし、固形癌、特に気管支原性肺癌への応用は限られており、その効果は不明確であった。当時の肺癌治療は主に手術切除または放射線療法 (roentgen ray therapy) に限定されており、手術不能と診断された症例や、放射線療法に抵抗性を示す、あるいは再発した症例に対しては、有効な緩和的治療手段がほとんど存在しなかった。このため、これらの患者は重篤な症状に苦しみ、生活の質が著しく低下していた。既存の治療法では、進行した固形癌患者の症状緩和と生活の質の改善において、依然として大きな課題が残されている状況であった。
ニューヨークの Memorial Hospital において、Karnofsky 博士らは、未分化型肺癌患者において HN2 による「remarkable temporary remission (著明な一時的寛解)」を経験した。この予備的観察は、HN2 が固形癌、特に肺癌に対しても何らかの治療効果を持つ可能性を示唆したため、より体系的な臨床研究の実施を促した。本研究は、気管支原性肺癌患者 35 例を主たる対象とし、さらに子宮癌、膀胱癌、腎細胞癌、骨肉腫などの他の固形癌患者についても HN2 の治療効果を短く言及している。
治療効果の評価に際して、当時の客観的評価指標(X線所見による腫瘍縮小など)や主観的評価(症状改善)だけでは、患者の全体的な状態や活動能力の変化を十分に捉えられないという課題が認識された。特に、緩和治療の文脈では、症状緩和や生活の質の改善が重要であり、これを客観的に評価するための新たな枠組みが不足しているという重大な gap が残されている状況であった。このニーズに応えるため、本論文において、患者の活動能力を体系的に数値化する Performance Status (PS) スケールが初めて公式に提唱・使用された。この Karnofsky Performance Status (KPS) スケールは、その後 70 年以上にわたり、腫瘍学の臨床試験、緩和ケア、治療適格基準設定における必須の評価指標として広く使用され続けており、本論文は腫瘍学史上最も被引用される論文の一つとなっている。本研究は、HN2 の固形癌への適用可能性を探るとともに、その治療効果を客観的に評価するための画期的なツールを導入した点で、現代腫瘍学の礎を築いた重要な研究である。
目的
本研究の目的は、手術不能、放射線療法抵抗性または再発後の気管支原性肺癌患者を中心とした固形癌患者に対するナイトロジェンマスタード (HN2) の緩和的治療効果を、主観的改善、客観的改善、および新たに提唱する Performance Status (PS) スケールを用いて系統的に評価することである。さらに、HN2 単独療法と放射線療法との併用療法の効果を比較検討し、各治療法の最適な適用条件を明らかにすることを目指した。具体的には、HN2 が症状緩和、腫瘍縮小、患者の活動能力にどのような影響を与えるかを詳細に分析し、その治療上の意義と限界を明らかにすることを目的とした。また、HN2 の毒性プロファイルも評価し、安全な投与方法を確立することも重要な目的の一つであった。本研究は、当時有効な治療法が不足していた進行固形癌患者に対する新たな治療選択肢の可能性を探る、先駆的な試みであった。
結果
Karnofsky Performance Status (KPS) スケールの初提唱: 本研究の最も重要な方法論的貢献は、Table 1 として初めて正式に記載された Performance Status (PS) 評価基準である。この KPS スケールは、患者の活動能力を 0% から 100% までの 11 段階で評価するものであり、通常活動・労働可能 (100-80%)、在宅生活・大部分セルフケア可能 (70-50%)、セルフケア不能・施設/病院レベルのケアが必要 (40-10%) の 3 つの大カテゴリーに分類される。治療前後の PS 値が全例で Table 2 に詳細に記録されており、これにより KPS が実用的な臨床評価ツールとして機能することが初めて示された。
HN2 治療による全体的な即時反応率と症状別改善: HN2 治療を受けた 35 例中 26 例 (74%) に何らかの即時的な有利な反応が認められた。特に症状緩和効果は顕著であり、症状別の改善率は Table 3 に示されている。上大静脈症候群 (SVC (superior vena cava) syndrome) の症状改善率は 9 例中 89% (完全改善 67% + 部分改善 22%) と非常に高かった。咳嗽は 28 例中 68% (完全改善 21% + 部分改善 47%)、血痰は 14 例中 64% (完全改善 21% + 部分改善 43%)、呼吸困難は 28 例中 64% (完全改善 21% + 部分改善 43%)、疼痛は 26 例中 65% (完全改善 31% + 部分改善 34%) に改善を認めた。
客観的改善の内容: 35 例中 17 例 (49%) に客観的改善が認められた。その内訳は、肺病変の X 線的退縮が 10 例 (28%)、転移リンパ節の退縮が 10 例 (28%)、胸水減少が 2 例 (6%) であった。Figure 1 と Figure 2 は、HN2 治療前後の胸部 X 線写真を示しており、治療後の縦隔の著明な縮小が確認され、HN2 による客観的腫瘍縮小効果を裏付けている (Fig. 1, Fig. 2)。これらの客観的改善は、HN2 が腫瘍自体に直接的な影響を及ぼすことを示唆している。
HN2 単独群での組織型別成績と改善持続期間: HN2 単独で治療された 21 例 (未分化型 7 例、扁平上皮型 10 例、その他 4 例) の組織型別成績が Table 4 に示された。未分化型 (n=7) では主観的改善 G が 43%、F が 28% であり、客観的改善 ++ が 28%、+ が 29% であった。KPS 改善は 20 点以上が 42% に認められた。改善の持続期間は平均 3 週間 (2〜4 週) と短く、5/7 例で改善を認めたものの急速に再燃した。扁平上皮型 (n=10) では主観的改善 G が 30%、F が 50% であり、客観的改善 ++ が 30%、+ が 10% であった。KPS 改善は 20 点以上が 40% に認められた。改善の持続期間は平均 3 ヶ月 (1〜8 ヶ月) と未分化型よりも長く、9/10 例で改善を認めた。なお、本研究は単群の後向き記述研究であり、生存期間に関するハザード比の厳密な算出は行われていないが、参考として全生存期間における組織型別の比較では、扁平上皮型 vs 未分化型において生存期間に差が認められた。
組み合わせ療法 (HN2 + 放射線療法) の成績: HN2 後に放射線療法を追加した組み合わせ療法群 (n=14) では、未分化型 6 例中 5 例に改善が認められ、持続期間は平均 8 週 (5〜10 週) であった。扁平上皮型 6 例中 4 例に部分改善が認められ、持続期間は 1.5〜2 ヶ月であった。Table 5 に詳細が示されている。HN2 単独群と比較して、組み合わせ療法が必ずしも優位な効果を示すとは言えない結果であった。これは、組み合わせ療法群に全身状態がより良好な患者が選択されたことによるバイアスが影響している可能性が考察された。
代表的症例での KPS 変化と胸膜内投与の試み: 症例 15 (扁平上皮型、Grade III) では、治療前 KPS が 60% であったが、HN2 治療後に KPS が 80% に改善し、8 ヶ月間の臨床的寛解が継続した。また、胸膜播種による再発性胸水貯留患者 2 例に対し、HN2 の胸膜内投与が試みられた。症例 30 では、胸膜内投与により胸水貯留が抑制され、患者の呼吸困難が著明に改善し、生命予後が延長した可能性が示唆された (Fig. 3)。この患者では全身性の毒性 (嘔気、嘔吐、白血球減少) は認められず、HN2 が胸腔内で局所的に作用し、吸収が遅延した可能性が考察された。
その他の固形癌への HN2 適用: 気管支原性肺癌以外の固形癌患者 18 例に対しても HN2 が投与された (Table 6)。転移性前立腺癌 (n=3) のうち 2 例で一時的な症状緩和を認めた。胃癌による癌性腹膜播種 (n=2) のうち 1 例で腸閉塞の軽減を認めた。転移性卵巣癌 (n=1)、子宮腺癌 (n=1)、精巣腫瘍 (n=2)、神経原性肉腫 (n=2)、神経芽腫 (n=1) の各 1 例で一時的な臨床的改善が認められた。頭頸部癌 (n=2)、骨腫瘍 (n=2)、悪性黒色腫 (n=2)、原発不明癌 (n=1) の患者では HN2 による明確な効果は認められなかった。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、HN2 が血液悪性腫瘍に有効であるという先行研究(Goodman et al、Jacobson et al)と異なり、固形癌、特に気管支原性肺癌に対する HN2 の緩和効果を体系的に評価した点で新規性がある。これまで報告されていない特定の組織型、特に扁平上皮癌において比較的長い奏効期間が得られる可能性を示したことは、本研究で初めての知見である。
新規性: 本研究で初めて、患者の活動能力を体系的に数値化する Karnofsky Performance Status (KPS) スケールを新規に提唱・使用した。本論文中で初めて 0〜100% の 11 段階評価基準が Table 1 として正式に公表され、治療前後に全症例で体系的に記録されたことで、単なる提案ではなく実用的評価ツールとしての機能が示された。KPS は以後 70 年以上にわたり腫瘍臨床試験・緩和ケアの基礎的機能評価ツールとして使用され続けている。
臨床応用: 本知見は、進行固形癌患者における治療効果の客観的評価の臨床応用に直結する。KPS は、患者の全身状態や活動能力を客観的に評価する基準として、今日に至るまで、治療選択、予後予測、緩和ケアの計画において臨床現場で広く活用されている。HN2 の限定的ながらも確実な緩和効果は、当時治療法が限られていた進行癌患者の QOL 改善に貢献し、その後の化学療法開発の臨床的意義を確立した。
残された課題: 今後の検討課題として、より大規模なランダム化比較試験が必要である。本研究は非常に少数例 (n=35) であり、非ランダム化という研究デザインの限界は明らかである。選択バイアスや評価バイアスの可能性も排除できない。HN2 単独群と組み合わせ療法群の比較において、組み合わせ療法群の改善持続期間が HN2 単独群よりも長い傾向が示されたが、これは症例選択によるバイアスである可能性が考察された。より良好な全身状態の患者が組み合わせ療法に割り当てられたため、HN2 と放射線療法の相乗効果を明確に証明するには至らなかった。また、HN2 の骨髄抑制などの毒性管理も重要な課題として残されている。
方法
対象患者の選択基準と試験デザイン: 本研究の対象は、Memorial Hospital で治療を受けた手術不能と判定された固形癌患者である。これらの患者は、放射線療法の適応がない、放射線療法で効果が得得られなかった、または一時的な反応後に再発した症例に限定された。主要な対象は気管支原性肺癌患者 35 例であり、全例で病理学的確定診断がなされていた。患者の年齢は 42 歳から 75 歳で、平均 57 歳であった。性別は男性 34 例、女性 1 例であった。本研究は、特定の介入を過去に遡って評価する後向きコホート研究 (retrospective cohort study) として実施された。なお、本研究は歴史的臨床試験であり、現代の NCT 番号 (NCT00000000) のような臨床試験登録 ID や、ランダム化比較試験 (RCT) のようなプロトコルは存在しないが、単一施設における一連の症例を系統的に追跡したものである。
病理組織型: 気管支原性肺癌患者の病理組織型は、扁平上皮癌 17 例、粘液腺癌 (気管支原発相当) 1 例、原発不明肺癌相当 4 例、未分化型気管支原性癌 13 例 (うち燕麦細胞型 6 例、これは現代の小細胞肺癌に相当する) であった。診断は、経胸部生検 4 例、気管支鏡生検 10 例、肺穿刺吸引 4 例、転移リンパ節生検 11 例、剖検 5 例、喀痰細胞診 1 例に基づいて行われた。
治療レジメンと投与方法: HN2 はメチルビス(β-クロロエチル)アミン塩酸塩として使用され、静脈内投与のみが行われた。これは、血管外漏出により重篤な局所反応が生じるためである。初期投与量は 0.1 mg/kg/日を 4 日間投与し、総量 0.4 mg/kg とした。その後、一部の患者では、より安全かつ効果的な投与量として、0.2 mg/kg/日を 2 日間投与し、総量 0.4 mg/kg に変更された。一部の症例では、総量 0.6〜0.8 mg/kg の大量投与も試みられた。患者が再発し、かつ全身状態が許す場合には、追加コースの HN2 投与が実施された。35 例中 22 例が 1 コース、8 例が 2 コース、4 例が 3 コース、1 例が 4 コースの HN2 治療を受けた。また、14 例の患者には HN2 投与後に放射線療法が追加され、組み合わせ療法群として評価された。HN2 の投与は、点滴チューブへの注入が最も安全な方法とされ、直接静脈注射は血管外漏出や静脈血栓症のリスクを高めるため推奨されなかった。
評価項目と統計解析: 主要な評価項目 (primary endpoint) は、治療前後の Performance Status (PS) スケールの変化、および主観的・客観的改善度とした。
- 主観的改善 (Subjective Improvement, SI): 患者の自覚症状の改善度を評価した。G (Good: 著明な改善)、F (Fair: 中等度の改善)、0 (None: 改善なし) の 3 段階で評価された。
- 客観的改善 (Objective Improvement, OI): X線所見による腫瘍縮小、胸水消退、転移リンパ節の縮小、上大静脈圧の低下、肺活量の増加、体重増加など、客観的に測定可能な変化を評価した。評価は ++ (著明な改善)、+ (中等度の改善)、0 (改善なし) の 3 段階で行われた。
- Performance Status (PS): 患者の活動能力を評価するために、Karnofsky Performance Status (KPS) スケールが初めて導入された。これは、患者が通常の活動をどの程度継続できるか、または介護や看護ケアへの依存度をパーセンテージで示す 11 段階の評価基準 (0〜100%) である。
- 統計解析: 治療効果の評価は主に記述統計に基づき、各評価項目における改善率や持続期間が算出された。生存期間の解析には、Kaplan-Meier 法に相当する生存分析手法が用いられ、各組織型における生存期間中央値や平均値が算出された。本研究は探索的な小規模コホートであるため、事前に設定された sample size calculation や、Cox proportional hazards モデル、log-rank test などの多変量解析・仮説検定は行われていない。