- 著者: A. Brunelli, A.W. Kim, K.I. Berger, D.J. Addrizzo-Harris
- Corresponding author: D.J. Addrizzo-Harris (New York University School of Medicine, New York, NY, USA)
- 雑誌: Chest
- 発行年: 2013
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 23649437
背景
早期肺癌に対する外科的切除は、現時点で最も有効な治療法である。しかし、肺癌患者の多くは喫煙を原因とする慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの肺機能障害や、動脈硬化性心血管疾患などの併存疾患を有しており、術後合併症や死亡のリスクが高い。これらの患者において、術前生理学的予備能の適切な評価なしでは、本来手術可能な患者への機会喪失(過剰な手術適応拒否)や、高リスク患者への不適切な手術実施(過少な禁忌設定)が生じる可能性がある。現代の外科技術(筋肉温存開胸術、VATS、ロボット支援手術)と麻酔管理の進歩により、術後死亡率は葉切除後1.6〜2.3%、肺全摘後3.7〜6.7%(STS・ESTSデータベース)まで低下しているが、それでも心肺合併症リスクの適切な評価は不可欠である。
術前評価基準は施設間でばらつきがあり、英国胸部疾患学会(BTS)、ACCP第2版、欧州呼吸器学会(ERS)/欧州胸部外科学会(ESTS)がガイドラインを公表してきた。しかし、これらの先行ガイドラインでは、肺機能評価における一酸化炭素拡散能(DLCO)の測定がFEV1異常例に限定されるなど、いくつかの点で改善の余地が残されていた。特に、FEV1とDLCOの相関が低いこと、およびFEV1が正常な患者でもDLCO異常を呈するケースが少なくないことが、複数の研究で示されている (Brunelli et al. 2006, Ferguson et al)。また、心血管リスク評価においても、従来のRevised Cardiac Risk Index (RCRI) が肺切除患者に特化していないという課題があった (Brunelli et al. 2010)。さらに、低技術運動負荷試験の具体的な基準や、心肺運動負荷試験(CPET)のピーク酸素摂取量(VO2 peak)に基づくリスク層別化の明確なアルゴリズムが不足していた。これらの知識ギャップを埋め、最新のエビデンスに基づいた包括的な術前生理学的評価アルゴリズムを確立することが強く求められていた。特に、FEV1が正常な患者におけるDLCOの重要性に関する知見が先行ガイドラインでは十分に反映されておらず、この点が未解明な部分として残されていた。本ガイドラインは、これらの不足しているエビデンスを統合し、より精緻なリスク評価を可能とすることを目指した。
目的
本ガイドライン(ACCPガイドライン第3版)の目的は、肺癌切除術を検討されている患者の術前生理学的評価について、PICO(Population, Intervention, Comparator or control group, Outcome)形式による文献の系統的レビューに基づき、エビデンスベースの推奨事項を策定することである。具体的には、心血管評価、肺機能評価(FEV1、DLCO)、術後予測値(PPO)の計算、低技術運動負荷試験(階段昇降またはシャトルウォーキングテスト)、および心肺運動負荷試験(CPET)の各検査の臨床的意義と適切な位置づけを明確にすることを目指した。これにより、術後合併症および死亡のリスクを正確に層別化し、患者がリスクを理解した上で最適な治療方針を決定できるinformed consentの基盤を提供することを意図している。推奨グレードはGRADE法(Grade 1A〜2C)を用いて策定された。
結果
多職種チームによる評価の重要性: 肺癌を専門とする胸部外科医を含む多職種チーム(胸部外科医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、呼吸器内科医)による評価が、切除率向上、化学療法・放射線療法実施率向上、および生存改善と関連することが系統的レビューで示された。n=8の比較研究を含む系統的レビューでは、多職種チーム評価を受けた患者において生存率の改善が報告された研究が2件あった (Price et al. 2002, Forrest et al. 2005)。他の研究では生存率に差はなかったものの、切除率の増加 (n=2)、化学療法または放射線療法実施率の増加 (n=2) が報告された。また、病理診断確定率の向上、ガイドライン遵守、治療開始までの期間短縮も多職種チーム評価と関連した。年齢のみを理由とした手術拒否は推奨されず、70歳以上の患者でも合併症を考慮した包括的評価が必要であることが強調された(Grade 1C)。
心血管評価とThRCRIの活用: 喫煙を背景とする心血管疾患の有病率は肺癌患者で11〜17%と高く、術後主要心臓合併症(心筋虚血、肺水腫、心室細動、完全房室ブロック、心臓死)は肺切除後2〜3%に発生する。従来のRCRIは混合外科集団から導出されたため、肺切除専用に再校正された胸部RCRI(ThRCRI)が推奨される。ThRCRI計算項目は、肺全摘術(1.5点)、虚血性心疾患の既往(1.5点)、脳卒中またはTIA既往(1.5点)、クレアチニン>2 mg/dL(1点)である (Fig 1)。ThRCRI>1.5または薬剤が必要な心疾患・新規疑われる心疾患・運動耐容能制限(2階以上の昇段不可)を有する患者は心臓専門医への紹介を推奨する。予防的冠動脈血行再建術は手術リスク低減効果が示されておらず推奨されない(Grade 1C)。新規β遮断薬投与開始は虚血性心疾患患者で脳卒中リスクを増加させる可能性があり非推奨だが、既に服用中の患者は継続を推奨する(Grade 1C)。CPETは心筋虚血の診断精度においてSPECT心筋灌流検査と同等であり、心疾患リスクが高い患者への冠動脈疾患スクリーニングとしてCPETを活用できる(Grade 2C)。
スパイロメトリーとDLCO:段階的評価の起点: 全ての肺癌手術候補者にFEV1とDLCO(一酸化炭素拡散能)の測定を推奨する(Grade 1B)。FEV1は術後呼吸器合併症の独立した予測因子であり、FEV1<30%では呼吸器合併症率43%、FEV1>60%では12%であった (Berry et al. 2010)。また、FEV1が10%低下するたびに肺合併症のオッズ比(OR)は1.1、心血管合併症のORは1.13増加することが示された (Ferguson et al)。receiver-operating characteristic解析でのFEV1の最適カットオフは60%であった (Licker et al)。DLCOはFEV1とは独立した術後合併症予測因子として認識されており、DLCO<60%で死亡率25%、肺合併症率40%であった (Ferguson et al. 1988)。重要なのは、FEV1とDLCOの相関が一貫して低く、FEV1が正常(>80%)であっても40%以上の患者でDLCO<80%を呈し、7%でPPO DLCO<40%に達することである (Brunelli et al. 2006)。これは従来「DLCO測定はFEV1異常例のみに行う」とした旧来の慣習への重要な修正であり、FEV1値に関わらず全例にDLCO測定が推奨される(Grade 1B)。
術後予測(PPO)肺機能値の計算法: 術後リスク評価には実測FEV1・DLCOではなく術後予測値(PPO値)を用いることが推奨される(Grade 2C)。肺全摘術のPPO計算には定量的核医学的灌流スキャンを用いる(PPO FEV1 = 術前FEV1 × [1 − 切除肺への全灌流割合])。葉切除術には解剖学的セグメント法(anatomic method)を用いる(PPO FEV1 = 術前FEV1 × [1 − y/z]、y=切除する機能的肺セグメント数、z=全機能的肺セグメント総数19)。1,400例以上を対象とした大規模研究 (Alam et al. 2007) では、PPO FEV1・PPO DLCOが5%低下するごとに術後呼吸器合併症のORが10%増加することが示された。従来のPPO FEV1>40%という閾値はリスク許容の最低基準として広く使用されてきたが、多くの研究でPPO FEV1 26〜45%という低値の患者でも術後死亡率1〜15%、合併症率15〜25%という許容範囲内の成績が報告されており、VATS等の低侵襲手術や縮小切除を組み合わせることで手術適応を拡大できる可能性がある。
段階的リスク評価アルゴリズムのStep 1:低リスク判定(PPO>60%): %PPO FEV1と%PPO DLCOがともに予測値の60%超の場合は低リスクと判定し、追加検査は不要である(Grade 1C)。この基準は解剖学的切除(肺全摘を含む)後の死亡・心肺合併症リスクが低いことを示す。PPO FEV1・DLCO>60%を満たす患者は全候補者の過半数を占め、直接手術適応と判断できる (Fig 2)。
段階的リスク評価アルゴリズムのStep 2〜3:中等度リスク群への低技術運動負荷試験: %PPO FEV1または%PPO DLCOが30〜60%の範囲にある場合、低技術運動負荷試験(階段昇りまたはシャトルウォーク試験)をスクリーニング検査として実施する(Grade 1C)。階段昇り試験では22m以上(約5〜6階相当)の登坂が合格基準であり、これはVO2 peak 15 mL/kg/minに相当する(陽性的中率86%)。640例を対象としたBrunelli et al. (2009) の研究では、22m以上登坂した患者に対し22m未満の患者では心肺合併症が2.5倍、死亡率が13倍高かった。PPO FEV1<40%またはPPO DLCO<40%の高リスク患者群においても、22m以上登坂した患者に死亡例はなかった一方、12m未満しか登れなかった患者では死亡率が20%であった。シャトルウォーク試験(SWT)では400m(25往復)以上が合格基準である(VO2 peak測定値との相関r=0.67、400m超の全患者でVO2 peak>15 mL/kg/minが確認された)。なお6分間歩行試験は解釈の標準化が不十分でありERS-ESTSガイドラインは推奨していない。階段昇り・SWTが不合格(それぞれ22m未満・400m未満)の場合はCPETへ移行する (Fig 2)。
段階的リスク評価アルゴリズムのStep 4:CPETとVO2 peakによる高精度リスク分類: %PPO FEV1または%PPO DLCOが予測値の30%未満の場合、あるいは低技術運動負荷試験が不合格の場合にCPETを推奨する(Grade 1B)。CPETは最高酸素消費量(VO2 peak)の測定を含む詳細な生理学的検査であり、運動心電図、心拍数応答、換気量、酸素消費量を包括的に評価する。VO2 peak<10 mL/kg/min(または予測値35%未満)は、主要解剖学的切除後の死亡・長期障害の高リスクと判定し、低侵襲手術・縮小切除・非手術的治療(定位放射線療法・radiofrequency ablation等)の検討を推奨する(Grade 1C)。複数のcase seriesで10 mL/kg/min未満の患者の術後死亡率は26%に達した(4研究計27例)。Benzo et al. (2007) のメタ解析(955例、14研究)ではVO2 peak複雑化群が非複雑化群より3 mL/kg/min低く、CPETが重要な術前リスク層別化ツールであることが確認された。VO2 peak>20 mL/kg/min(または予測値75%以上)は、肺全摘を含む全解剖学的切除に対して低リスクと判定し手術適応である(Grade 1C)。VO2 peak 10〜15 mL/kg/minは中等度リスクゾーンであり、他の因子(PPO FEV1・DLCO・合併症)との総合的判断が必要となる。15〜20 mL/kg/minの範囲は比較的安全であり多くの施設で手術が行われる。Brunelli et al. (2008) の200例の大規模前向き検討では、VO2 peak>20 mL/kg/minで死亡ゼロ・合併症率7%、VO2 peak<12 mL/kg/minで死亡率13%という明確なリスク層別化が示された (Fig 2)。
複合スコアの役割: 複数の複合スコア(多因子心肺リスク指数、Charlson comorbidity index、predictive respiratory complication quotient、ESOS、STS risk model、Thoracoscore等)が術後合併症予測に有用とされるが、個々の患者リスク評価における精度は十分でなく、個別患者の手術適応判断には注意が必要である(個別患者選択への慎重な使用が推奨される)。
動脈血液ガス・術前化学療法・LVRS合併・禁煙・リハビリ: 低酸素血症(SaO2<90%)は術後合併症リスク増加と関連するが、高二酸化炭素血症(PaCO2>45 mmHg)は独立した危険因子ではないことが複数の研究で示され、従来の「PaCO2>45 mmHg = 手術禁忌」という慣習は根拠が薄いと評価された。術前化学療法(neoadjuvant therapy)後には肺機能・DLCOの再測定が推奨される(Grade 2C)。上葉型肺気腫を有する肺癌患者では肺容量縮小術(LVRS)と肺癌切除の同時施行が術後肺機能改善の観点から推奨されうる(Grade 2C)。禁煙は短期的な術後合併症低減と長期生存改善効果を有するとして強く推奨される(Grade 1C)。PPO FEV1またはDLCO<60%かつVO2 peak<10 mL/kg/minと判定された高リスク患者への術前後呼吸リハビリテーションの実施が推奨される(Grade 1C)。
考察/結論
先行研究との違い: 本ガイドラインは、肺癌手術前の術前生理学的評価のための包括的で段階的なアルゴリズムを提供しており、FEV1単独評価から%PPO FEV1・%PPO DLCOの組み合わせを起点とした多段階評価アプローチへの転換が重要な特徴である。先行ガイドライン(ACCP第2版、ESTS/ERS)と対照的に、本ガイドラインはDLCO測定の全例対象化、ThRCRIの心血管評価への組み込み、およびシャトルウォーク試験(SWT)の有用性の明確な位置づけという3点に新規性がある。
新規性: 本研究で初めて、FEV1が正常な患者においてもDLCO測定が術後合併症予測に重要であるというエビデンスを強調し、従来の慣習からの転換を促した。FEV1が正常(>80%)であっても40%の患者でDLCO異常を認めうるという事実は、DLCOがFEV1と独立した術後合併症予測因子であることを強く支持している。
臨床応用: 低技術運動負荷試験が陰性(不合格)の場合にのみCPETを施行するという二段階スクリーニング戦略は、検査コストと患者負担を最小化しながら高リスク患者を確実に同定する実践的な臨床応用アプローチである。本アルゴリズムは術前生理学的評価の標準化に貢献し、患者がリスクを理解した上で治療方針を決定できるinformed consentの基盤となる。
残された課題: 今後の検討課題として、CPETで評価されたVO2 peak 10〜15 mL/kg/minという中間的リスクゾーンに対する個別化戦略(VATS使用、縮小切除、術前リハビリなど)のさらなる最適化が挙げられる。特にVATSの普及により、従来の生理学的基準より低い予備能でも安全に手術できる症例が増加していることが示唆されており、これらの患者群における長期的なアウトカムに関する研究が今後の検討課題である。また、長期的な肺機能障害や生活の質(QOL)への影響に関するデータが不足しており、術後6ヶ月以降の客観的評価の蓄積が求められる。
方法
本ガイドラインの策定にあたり、電子データベース検索(PubMed、Google Scholar、Scopus)を実施し、2005年以降を主な対象期間として関連文献を同定した。2005年以前の文献については、ACCP第2版ガイドラインの引用文献を活用した。PICO形式で設定されたエビデンス質問に基づき、関連する臨床的エビデンス(原著研究、系統的レビュー、ランダム化比較試験、観察研究など)を収集し、ピアレビューされた出版物のみを対象とした。
推奨事項は、Guidelines Oversight Committeeが定めたGRADE法に基づく推奨グレード体系(Grade 1A〜2C)を用いて策定された。推奨は、Lung Cancer PanelおよびThoracic Oncology Networkの全メンバーによるレビューと承認を経て確定された。対象とした評価項目は以下の通りである。
- 心血管評価: 肺癌手術候補者の心血管リスク評価の必要性と、Revised Cardiac Risk Index (RCRI) を肺切除患者向けに再校正した胸部RCRI (ThRCRI) の活用。
- 肺機能評価: 強制呼気1秒量(FEV1)および一酸化炭素拡散能(DLCO)の測定の必要性、特にFEV1値に関わらず全例にDLCO測定を推奨する根拠。
- 術後予測(PPO)肺機能値の計算: 肺全摘術における定量的核医学的灌流スキャンを用いたPPO計算、および葉切除術における解剖学的セグメント法を用いたPPO計算。
- 低技術運動負荷試験: PPO FEV1またはPPO DLCOが30〜60%の患者に対する階段昇降試験またはシャトルウォーク試験(SWT)のスクリーニングとしての位置づけ。
- 心肺運動負荷試験(CPET): PPO FEV1またはPPO DLCOが30%未満の患者、あるいは低技術運動負荷試験が不十分な患者に対するCPETの適応と、ピーク酸素摂取量(VO2 peak)に基づく高精度リスク分類。
統計手法としては、文献レビューにおいて各研究の統計解析結果が評価された。特に、Lee et alによるRCRIの導出と検証、Ferguson et alによる分類回帰木分析、Licker et alによるreceiver-operating characteristic解析などが参照された。CPETの実施は、Macintyre et alおよびMiller et alの標準化ガイドラインに準拠することが推奨された。これらの方法論は、エビデンスの質と推奨の強さを明確にするために、GRADE法という標準化されたシステムに従って評価された。