- 著者: Flemming Bach, Niels Agerlin, Jens B. Sorensen, Torben B. Rasmussen, Per Dombernowsky, Per S. Sorensen, Heine H. Hansen
- Corresponding author: Flemming Bach, MD (Department of Oncology, University Hospital Herlev, Copenhagen, Denmark)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 1992
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 1328552
背景
転移性脊髄圧迫 (metastatic spinal cord compression: MSCC) は、進行癌患者において極めて重篤な神経学的機能障害を引き起こす合併症であり、麻痺、疼痛、排尿障害などを招く腫瘍学的緊急症である。特に肺癌患者におけるMSCCの発生頻度は比較的高く、その予後は一般的に不良であると認識されていた。MSCCの治療には、椎弓切除術、放射線療法 (radiotherapy: RT)、化学療法、またはこれらの併用が用いられてきたが、最適な治療戦略、特に肺癌に続発するMSCCに対する治療成績については、当時のエビデンスが不足しており、未解明な点が多かった。
例えば、Gilbert et al. (1978) や Young et al. (1980) はMSCC治療に関する報告を行っていたが、肺癌に特化した大規模な検討は限られていた。また、Greenberg et al. (1980) は新しい治療プロトコルによる成績を報告していたものの、組織型別の詳細な比較は不足しており、最適な管理方法は依然として論争の的 (controversial) であった。Sorensen et al. (1990) はMSCC患者全体の予後因子を報告していたが、肺癌の組織型と治療法の詳細な相互作用については未解明な点が残されていた。そのため、治療の侵襲性と期待される便益のバランスを評価し、肺癌患者におけるMSCCの管理を最適化するためのさらなる知見が求められていた。
目的
本研究は、デンマーク東部において1979年から1988年の間に肺癌に続発する転移性脊髄圧迫 (MSCC) と診断された全患者を対象に、その発生状況、症状、治療法 (椎弓切除術単独、放射線療法単独、椎弓切除術と放射線療法の併用) が歩行機能の維持・回復率および生存期間に与える影響を後ろ向きに比較検討することを目的とした。特に、肺癌の組織型 (小細胞肺癌 (small-cell lung cancer: SCLC) と非小細胞肺癌 (non-small-cell lung cancer: 非SCLC)) 別に治療成績を評価し、最適な治療アプローチを特定することを目指した。
結果
組織型別のMSCC発症時期と患者背景: 本研究の対象は102例の肺癌患者であり、男性84例、女性18例で構成され、中央値年齢は60歳であった (Fig 2)。MSCC発症時の原発肺癌の組織型は、SCLCが41例 (40%)、ACLが27例 (26%)、SQLCが18例 (18%)、LCCが9例 (9%) であった (Table 1)。MSCC発症までの期間は組織型によって大きく異なり、SCLC患者の75%が原発診断後1ヶ月以内にMSCCを発症したのに対し、SQLCでは中央値21ヶ月を要した (Fig 3)。患者がMSCCの最初の症状を自覚してから医師の診察を受けるまでの「患者遅延」は中央値18日、医師が最初の診察からMSCCの診断を確定するまでの「医師遅延」は中央値3日であった。
診断時の神経学的症状と病変部位: MSCC診断時、患者の77%に疼痛が認められ、そのうち37%が局所背部痛のみ、40%が神経根痛を伴う背部痛であった (Table 2)。最初の運動機能障害の訴えは、60%の患者で歩行不安定性であった。診断時、約3分の2の患者 (63%) が重度の運動機能障害により歩行不能であり、33%が歩行能力を維持した中等度の運動機能障害であった (Table 2)。括約筋機能障害は59%の患者に認められ、カテーテル留置を要する失禁または尿閉であった。感覚障害は患者の66%に脊髄圧迫レベル以下の感覚消失として認められた (Table 3)。特にSQLC患者では78%と高頻度で明確な分節性感覚消失が認められた。脊髄圧迫の解剖学的部位は胸部領域が74%と最も多く、特に上部胸部 (T1-T6) が44%を占めた (Table 4)。
治療前の歩行能力と治療群間のバイアス: 治療開始前に歩行可能であった患者は全体の41%であったが、治療群間でその割合に差が認められた。椎弓切除術単独群では26%の患者のみが治療前に歩行可能であったのに対し、RT単独群では49%、椎弓切除術とRT併用群では46%の患者が歩行可能であった (Table 6)。この治療前歩行能力の差は、治療群間の選択バイアスを示唆するものであり、結果の解釈において考慮すべき点である。
治療後の歩行機能と膀胱機能の転帰: 治療開始前に歩行可能であった患者の97%が治療後も歩行能力を維持し、非歩行患者の19%が歩行能力を回復した (Table 8)。SCLC患者では治療開始時に歩行可能であった患者の100%が歩行能力を維持し、非歩行SCLC患者の15%が歩行能力を回復した。非SCLC患者では95%が歩行能力を維持し、22%が歩行能力を回復した。膀胱機能に関しては、治療前後で正常機能の患者数 (治療前29% vs 治療後30%) およびカテーテル留置を要する患者数 (治療前59% vs 治療後48%) に大きな変化は認められなかった (Table 7)。
非小細胞肺癌における治療効果と生存期間: 非SCLC患者において、椎弓切除術とRTの併用群は、椎弓切除術単独群 (有効率47%) またはRT単独群 (有効率39%) と比較して、歩行機能の維持・改善を「benefit」と定義した場合の有効率が82%と有意に高かった (p=0.03, χ²検定) (Table 6)。非SCLC患者の生存期間中央値は、椎弓切除術+RT併用群で3.5 months であったのに対し、椎弓切除術単独群では1.5 months、RT単独群では1.0 months であり、併用群で有意に良好な生存期間が認められた (p=0.03, log-rank検定) (Fig 4)。ハザード比の解析において、椎弓切除術+RT併用群はRT単独群と比較して有意な生存期間の延長を示した (HR 0.48, 95% CI 0.28-0.82, p=0.007)。
小細胞肺癌における治療効果と生存期間: SCLC患者では、治療法 (椎弓切除術単独、RT単独、椎弓切除術+RT併用) による歩行機能の維持・改善率や生存期間に明確な差は認められなかった。SCLC患者の治療成績は治療モダリティに依存しない傾向が示された (Table 6)。生存期間の解析において、SCLC患者における椎弓切除術+RT併用群とRT単独群の比較では、有意な差は認められなかった (HR 0.92, 95% CI 0.51-1.66, p=0.78)。
予後因子と長期生存: 治療開始時の歩行能力が治療後の神経学的転帰および生存期間を決定する最も重要な因子であることが示された。治療前に歩行可能であった患者は、歩行不能であった患者よりも有意に良好な予後を示した。全患者において、MSCC診断後の12ヶ月以上生存した患者はわずか9%であった。組織型別の生存期間では、SQLC患者が中央値1.0ヶ月と最も不良な傾向を示したが、統計的に有意な差は認められなかった (p=0.06, log-rank検定) (Fig 5)。
考察/結論
本研究は、1979年から1988年という期間にデンマーク東部で肺癌による転移性脊髄圧迫 (MSCC) を発症した患者を対象とした大規模な後ろ向き解析であり、当時の肺癌MSCC患者における治療成績に関する重要な知見を提供した。
先行研究との違い: これまでのMSCCに関する研究では、肺癌に特化した組織型別の治療成績の比較は限られており、特に非SCLC患者における集学的治療の優位性を示した点は、当時の知見と対照的であった。例えば、Bach et al. (1990) や Sorensen et al. (1990) はMSCC患者全体の予後因子を報告していたが、肺癌の組織型と治療法の詳細な相互作用については本研究がより深く掘り下げた点で相違がある。本研究は、肺癌MSCC患者における治療成績が、組織型と治療モダリティの組み合わせによって異なることを示唆した点で、先行研究とは一線を画す。
新規性: 本研究は、肺癌の組織型別にMSCCの治療成績を比較したこれまで報告されていない初期の系統的解析であり、非SCLC患者において椎弓切除術と放射線療法の併用療法が、歩行機能の維持・改善および生存期間において単独療法よりも優れていることを新規に示した。また、SCLC患者では治療法による成績の差が小さいことも明らかになった。この知見は、SCLCが放射線感受性が高く、全身化学療法の効果も期待できるため、局所治療のモダリティ選択が非SCLCほど予後に影響しない可能性を示唆する。
臨床応用: 治療開始前の歩行能力が治療後の神経学的転帰および生存期間を決定する最も重要な因子であることが示された。このことから、MSCCが疑われる肺癌患者に対しては、神経学的機能が温存されている段階での迅速な診断と積極的な治療介入が臨床現場において極めて重要である。特に、Rodichock et al. (1986) や Grossman et al. (1990) が強調するように、背部痛の変化や歩行失調の発生は、脊髄圧迫の初期兆候として認識し、速やかに診断的評価を行うべきである。本研究でルーチン投与されたプレドニゾン150 mg/日のコルチコステロイドも、神経機能温存に寄与した可能性が考えられる。
残された課題: 本研究は後ろ向き研究であり、治療群間の患者背景に選択バイアスが存在する可能性が残された課題である。例えば、椎弓切除術単独群の患者は、併用療法群やRT単独群の患者と比較して、治療前の歩行能力が低い傾向にあった (26% vs 46% vs 49%)。また、本研究の実施時期 (1980年代) を考慮すると、MRIが普及する以前の診断法や、現代の放射線治療技術 (例: 定位放射線治療 (SBRT)) や外科的安定化手術の進歩を考慮すると、本結果を現代の治療に直接的に外サプライズすることには限界がある。脊髄圧迫の解剖学的局在が円周状または後方/側方であった患者が多かったが、前方減圧術の便益については不明である。今後の研究では、より大規模な前向き研究や、現代の治療法を比較する試験が必要である。化学療法のMSCC治療における役割、特にSCLCにおける役割についても、さらなる検討が今後の課題である。
方法
本研究は、デンマーク東部の腫瘍科、神経科、脳神経外科の医療記録から、1979年1月から1988年12月までの期間に肺癌に続発するMSCCと診断された102例の患者を対象とした後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。対象患者の組織型は、SCLCが41例 (40%)、腺癌 (adenocarcinoma: ACL) が27例 (26%)、扁平上皮癌 (squamous cell carcinoma: SQLC) が18例 (18%)、大細胞癌 (large-cell carcinoma: LCC) が9例 (9%) であった。MSCCの診断は、腰椎ミエログラフィー (メトリザミドまたはイオヘキソール) または後ミエログラフィーCTスキャンによって確認された。
治療法は以下の3群に分類された:椎弓切除術単独群 (n=30)、RT単独群 (n=39)、椎弓切除術にRTを併用する群 (n=26)。全ての患者にはMSCC治療中にプレドニゾン150 mg/日のコルチコステロイドがルーチンで投与された。椎弓切除術は後方アプローチで行われ、平均3椎体 (範囲1-6椎体) の切除が行われた。RTは通常、椎弓切除術後5-8日以内に開始され、RT単独の場合もミエログラフィー後可及的速やかに開始された。放射線照射線量は22-28 Gyを4-7分割で4-7日間 (多くは5.5 Gy/日を4日間) 投与された。
主要評価項目 (primary endpoint) は、治療後の歩行機能 (ambulatory status) の維持率、非歩行患者の歩行能力回復率、および生存期間であった。統計解析には、生存期間の比較に Kaplan-Meier 法および log-rank test、治療成績の差の評価に chi-square test (χ²検定) が用いられた。多変量解析には Cox proportional hazards モデルが適用された。