- 著者: Okuma Y, Goto Y, Ohyanagi F, Sunami K, Nakahara Y, Kitazono S, Kudo K, Tambo Y, Kanda S, Yanagitani N, Horiike A, Horinouchi H, Fujiwara Y, Nokihara H, Yamamoto N, Nishio M, Ohe Y, Hosomi Y
- Corresponding author: Yusuke Okuma (Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Cancer Medicine
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 32813912
背景
胸腺癌 (thymic carcinoma; TC) は、RARECARE (Surveillance of Rare Cancers in Europe) プロジェクトの定義に準じた稀少がんに分類される、予後不良な胸腺上皮腫瘍の亜型である。胸腺上皮腫瘍全体の発生率は100万人あたり0.15-0.32例と極めて稀であり、そのうちTCは全体の約10-15%を占めるに過ぎない。TCは胸腺腫とは異なり、重症筋無力症などの自己免疫合併症を呈することは稀であり、5年生存率は30-50%と胸腺腫と比較して不良であると Okumura et al は報告している。転移性TCの治療においては、緩和的化学療法または支持療法が選択されるが、プラチナ併用化学療法 (奏効率20-50%) が一次治療として広く用いられる一方で、二次治療以降の標準的なレジメンは長らく確立されておらず、治療選択肢が不足しているという課題が存在した。
分子標的薬の分野では、これまでにいくつかの薬剤が第II相試験で検討されてきた。例えば、スニチニブ (sunitinib) は客観的奏効率 (ORR) 26%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値7.2ヶ月を示し、エベロリムス (everolimus) はORR 25%、PFS中央値12.1ヶ月の成績を報告していると Thomas et al は示している。また、免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブ (pembrolizumab) もORR 19.2-22.5%、PFS中央値4.2-6.1ヶ月の有効性が Giaccone et al や Cho et al によって示されている。しかし、これらの薬剤は重篤な免疫関連有害事象 (心筋炎や肺炎など) のリスクや高額な治療コストといった課題を抱えており、既治療進行TCに対する治療選択肢は依然として不足していた。
S-1は、経口フルオロピリミジン系抗がん薬であり、消化器がんや非小細胞肺がんにおいてその有効性が確立されている。日本の後方視的研究において、S-1がTCに対して臨床的活性を示す可能性が示唆されていた。また、同系統の薬剤であるカペシタビン (capecitabine) は、TC患者8例を対象とした試験でORR 37.5%を示しており、フルオロピリミジン系薬剤がTCに対して抗腫瘍活性を持つことが期待されていた。これらの後方視的データや先行研究の知見を背景に、本試験はS-1単剤療法の前向き検証として計画された。既治療進行TCに対する有効な治療選択肢が限られ、標準治療が未確立である現状において、S-1が新たな治療の柱となる可能性を評価することが重要であると考えられた。特に、既存の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が持つ毒性やコストの問題を鑑みると、忍容性が高く、かつ経口で投与可能なS-1の臨床的有用性を前向きに評価することは、患者にとって重要な治療ギャップを埋めるものと期待された。しかし、これまで胸腺癌のみを対象とした前向き第II相試験による検証データは不足しており、その有効性と安全性は未確立のままであった。
目的
本研究の主要目的は、プラチナベース化学療法後に病勢進行した既治療進行・転移性胸腺癌患者に対し、S-1単剤療法を緩和的化学療法として実施した場合の有効性、特に客観的奏効率 (ORR) を多施設共同第II相試験として前向きに評価することである。副次評価項目として、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、病勢コントロール率 (DCR)、およびS-1の安全性プロファイルを詳細に検討し、既治療進行胸腺癌に対するS-1の位置づけを確立することを目指した。本試験は、既存の治療選択肢が限られ、標準治療が未確立である既治療進行胸腺癌患者に対し、新たな治療選択肢を提供するための重要なステップとなることを意図している。本研究は、S-1の有効性と安全性を検証することで、この稀少がんに対する治療戦略の改善に貢献することを目指した。
結果
患者背景と前治療の分布: 2013年11月から2016年5月までの期間に、東京都内の3施設から合計26例 (n=26) の患者が登録された。患者の年齢中央値は63歳 (範囲 27-74歳) であり、男性が10例 (38.5%)、女性が16例 (61.5%) であった。ECOG PSは0が10例 (38.5%)、1が16例 (61.5%) であった。Masaoka-Koga Stageの内訳は、IVaが4例 (15.4%)、IVbが14例 (53.8%)、根治的治療後の再発例が8例 (30.8%) であった (Table 1)。喫煙歴ありまたは過去ありの患者は17例 (65.4%) を占めた。転移部位としては、骨7例、肝臓6例、肺5例、胸膜5例、リンパ節4例、脳2例、心膜1例が認められた。前治療レジメンの内訳は、カルボプラチン+パクリタキセルが20例 (77.0%) と最も多く、次いでシスプラチン+イリノテカンが3例 (11.5%)、シスプラチン+エトポシドが2例 (7.7%)、ADOC (adriamycin, cisplatin, vincristine, and cyclophosphamide) 療法が1例 (3.8%) であった。平均前治療ライン数は2ラインであった。放射線療法歴は10例 (38.5%) に認められた。機関診断における組織学的亜型は、扁平上皮癌が23例 (88.5%)、境界型が1例、不明が2例であった。外部中央審査委員会による21例の病理診断確認では、全例が胸腺癌と確定され、内訳は扁平上皮癌20例、基底細胞様癌1例であった。
奏効および生存成績の達成: 主要評価項目であるORRは30.8% (90% CI: 18.3-46.9%) であり、1例 (3.8%) が完全奏効 (CR)、7例 (26.9%) が部分奏効 (PR) を達成し、合計8例が奏効を示した (Figure 1)。2例は病勢進行のため評価不能であった。病勢コントロール率 (DCR) は、CR+PR+SDとして80.8% (90% CI: 65.4-90.3%) を達成した (Table 2)。生存分析において、無増悪生存期間 (PFS) 中央値は4.3ヶ月 (95% CI: 2.3-10.3ヶ月) であった (Figure 2)。追跡期間中央値27.0ヶ月の時点での全生存期間 (OS) 中央値は27.4ヶ月 (95% CI: 16.6-34.3ヶ月) と極めて良好な成績を収めた。1年生存率は76.9%、2年生存率は52.6%であり、プラチナ製剤による前治療歴のある進行胸腺癌患者集団としては比較的良好な長期生存が観察された。
安全性および有害事象プロファイル: S-1治療における有害事象の主なものは以下の通りであった (Table 2)。血液学的有害事象では、白血球減少が8例 (30.8%)/Grade 3 3例 (11.5%)、好中球減少が10例 (38.4%)/Grade 3 1例 (3.8%) であった。非血液学的有害事象では、下痢が11例 (42.3%)/Grade 3以上なし、悪心が8例 (30.8%)/Grade 3以上なし、皮疹が8例 (30.8%)/Grade 3 3例 (11.5%)、倦怠感が6例 (23.1%)/Grade 3 1例 (3.8%)、AST上昇が8例 (30.8%)/Grade 3以上なし、ALT上昇が4例 (15.4%)/Grade 3 1例 (3.8%) であった。Grade 3以上の主要な有害事象は、白血球減少 (11.5%) および皮疹 (11.5%) であり、好中球減少 (3.8%)、ALT上昇 (3.8%)、倦怠感 (3.8%) がそれに続いた。皮疹は1例において病勢進行前の治療中止理由となった。発熱性好中球減少症は認められず、治療関連死は発生しなかった。全体として、S-1の忍容性は良好であることが示された。
治療コストの比較: 著者らは、S-1の経済的側面についても言及している。PFS期間に基づく6週間あたりの治療コストを比較した結果、スニチニブの7.2ヶ月投与で約30,000 EUR (6週間あたり5,700 EUR)、エベロリムスの12.1ヶ月投与で約68,500 EUR (6週間あたり7,300 EUR)、レンバチニブの11.6ヶ月投与で約78,540 EUR (6週間あたり10,155 EUR) であったのに対し、S-1の8.1ヶ月投与ではわずか4,200 EUR (6週間あたり700 EUR) と算出された。この結果は、S-1が他の治療選択肢と比較して圧倒的にコスト効率が高いことを示唆している。
考察/結論
先行研究との違い: 本試験は、プラチナベース化学療法後に増悪した既治療進行胸腺癌患者に対するS-1単剤療法の有効性を前向きに評価した初の第II相試験である。先行研究であるNJLCSG (North Japan Lung Cancer Study Group) 1203試験では、S-1が侵襲性胸腺腫と胸腺癌の混合集団40例に対して実施されたが、主要評価項目は達成されなかった。これは胸腺腫のS-1に対する反応性が低い可能性が指摘されており、本試験が胸腺癌単独に限定してS-1の有効性を前向きに実証した点で、これまでの研究とは異なる新規性を持つ。
新規性: 本研究で初めて、胸腺癌単独のコホートにおいてS-1が30.8%のORRと80.8% DCRを達成し、OS中央値27.4ヶ月という良好な生存成績を示すことを新規に実証した。これは、NCCNガイドラインで推奨される二次治療選択肢であるスニチニブ (ORR 26%、PFS 7.2ヶ月) やペムブロリズマブ (ORR 19.2-22.5%、PFS 4.2-6.1ヶ月) と同等の奏効率であり、S-1が既治療胸腺癌に対する有望な治療選択肢であることを示唆している。
臨床応用: 本知見は、既治療進行胸腺癌における二次治療の臨床現場に直結する。S-1は経口投与が可能であるため、外来通院治療に適しており、患者のQOL向上や病院訪問頻度の低減に貢献する。また、ペムブロリズマブ治療中の胸腺腫患者で心筋炎による死亡が報告されていることと対照的に、S-1は発熱性好中球減少症や治療関連死が認められず、安全性の面でも臨床的有用性が高い。さらに、治療コストが他の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬と比較して圧倒的に低く、経済的側面からも臨床応用しやすい。
残された課題: 今後の検討課題として、S-1に対する反応性を予測するバイオマーカーの同定が残されている。また、本試験は単群デザインであり、サンプルサイズが26例と少数であるというlimitationを有する。登録施設が東京都内3施設に限定されているため、結果の一般化可能性には制約がある。さらに、既報では二次治療以降のサイトトキシック療法の奏効率が治療ライン数に応じて低下する傾向が示されており、治療ライン数に応じたS-1の有効性の検証や、分子標的薬・免疫療法との比較試験、併用療法の検討が今後の方向性として必要である。
結論: S-1は既治療進行胸腺癌に対して、ORR 30.8%、DCR 80.8%、OS中央値27.4ヶ月という臨床的に有意な活性を示し、忍容性も良好であった。経口投与の利便性と低コストという実践的メリットを考慮すると、S-1は胸腺癌の二次治療の有望な選択肢として位置づけられる。
方法
試験デザインと実施施設: 本試験は、オープンラベル、単群、多施設共同の第II相試験として実施された。試験IDは UMIN000010736 である。2013年11月から2016年5月にかけて、東京都内の3つの主要ながんセンター (国立がん研究センター中央病院、東京都がん感染症センター駒込病院、がん研有明病院) で患者登録が行われた。本研究プロトコルは、全ての参加施設の治験審査委員会によって承認され、ヘルシンキ宣言および日本のGCP (Good Clinical Practice) ガイドラインに準拠して実施された。全ての参加患者から文書によるインフォームドコンセントが取得された。S-1は本適応症に対しては未承認であったため、オフレーベル使用として実施された。
患者適格基準: 以下の基準を全て満たす患者が対象とされた。(1) 組織学的または細胞学的に確認された胸腺癌であり、プラチナ含有化学療法による前治療歴がある、あるいはMasaoka-Koga Stage IVaまたはIVbの腫瘍であること。(2) 20歳以上であること。(3) Eisenhauer et al. EurJCancer 2009 に基づき測定可能病変を有すること。(4) ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) performance status (PS) が0-2であること。(5) 十分な骨髄機能 (白血球数2,000/μL以上、ヘモグロビン8.5 g/dL以上、血小板数100,000/μL以上) を有すること。(6) 肝機能 (AST/ALTが各施設の基準値上限の2.5倍以下、血清ビリルビン1.5 mg/dL以下) および腎機能 (クレアチニン1.5 mg/dL以下) が許容範囲内であること。(7) SpO2が92%以上であること。
治療レジメン: S-1の投与量は体表面積 (BSA) に応じて設定された。BSAが1.25 m²未満の患者には1日80 mg、1.25 m²以上1.5 m²未満の患者には1日100 mg、1.5 m²以上の患者には1日120 mgが投与された。S-1は1日2回、4週間連続経口投与後、2週間休薬するサイクル (6週間を1サイクル) で継続された。PS不良、軽度の臓器障害、またはその他の忍容性に関する懸念がある場合には、段階的な減量または2週間投与後に1週間休薬する変法が許容された。治療は病勢進行または忍容できない有害事象が発生するまで継続された。
評価項目と統計解析: 主要評価項目は、RECIST v1.1に基づく客観的奏効率 (ORR) とされた。副次評価項目には、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、病勢コントロール率 (DCR)、および有害事象の安全性プロファイル (CTCAE v4.1) が含まれた。DCRは、完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、安定 (SD) の合計として定義された。治療効果の評価は、6-8週間ごとにCTまたはMRIを用いて実施された。PFSおよびOSはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用いて推定され、ORRおよびDCRは90%正確二項信頼区間 (CI) で示された。外部の画像診断評価は、学術研究機関であるLisit Co., Ltd.によってレビューされた。サンプルサイズは、片側α=0.05、検出力80%で算出された。帰無仮説としてORR 10%を、対立仮説としてORR 30%を設定し、これを棄却することを目指した。評価可能患者数を24例と想定し、登録目標は26例とされた (2例の評価不能を考慮)。全ての統計解析はJMP 11 (SAS Institute Inc) を用いて実施された。
病理診断: 本研究では、胸腺癌の確定診断を支援するため、独立した施設外審査委員会による病理中央診断が実施された。3名の病理医の合意に基づき組織型が決定された。診断は、ホルマリン固定パラフィン包埋切片を用いたヘマトキシリン・エオジン (H&E) 染色および免疫組織化学 (IHC; CD5、CD117、シナプトフィジン) によって行われた。