• 著者: Fatemeh Ardeshir-Larijani, Rohan Maniar, Subir Goyal, Patrick J Loehrer, Tieying Hou, Victoria DeBrock, Hector Mesa
  • Corresponding author: Hector Mesa (Department of Pathology and Laboratory Medicine, Indiana School of Medicine, Indianapolis, IN, USA)
  • 雑誌: Clinical Lung Cancer
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-01-01
  • Article種別: Original Article (Brief Report)
  • PMID: 38242729

背景

胸腺上皮性腫瘍 (TET: thymic epithelial tumor) は、胸腺腫および胸腺癌を含む稀な前縦隔腫瘍であり、その悪性挙動や予後は組織型や病期に強く依存する (Travis et al. 2015)。進行期や切除不能、あるいは再発転移を来したTET患者に対しては、プラチナ製剤をベースとした多剤併用化学療法が標準的な一次治療として用いられ、5年生存率は60%以上に達するが (Tassi et al. 2019)、一次治療後に増悪した症例に対する有効な二次治療の選択肢は極めて限定的である。先行研究において、転移性TETにおけるTP53/CDK4/6、EGFR/RAS、PI3K/mTORなどの治療標的となり得るシグナル伝達経路が同定されているが (Ardeshir-Larijani et al. 2023)、ゲノム指向型治療の有効性は未だ確立されておらず (Goel et al. 2017, Hellyer et al. 2020)、単剤化学療法による二次治療の客観的奏効率 (ORR) は10%から20%程度に留まっている (Arunachalam et al. 2023)。このように、一次治療後に病勢進行を示した患者に対する効果的な新規治療法の開発は、臨床における極めて重要な未解決の課題である。

近年、抗体薬物複合体 (ADC: antibody-drug conjugate) の開発が急速に進んでおり、その中でも Trophoblast Cell Surface Antigen 2 (Trop-2) は、細胞内カルシウムシグナル伝達体として機能する膜貫通型糖タンパク質であり、多くの固形癌において高発現していることが知られている。Trop-2を標的としたADCであるサシツズマブ ゴビテカン (sacituzumab govitecan) は、三陰性乳癌や尿路上皮癌において優れた治療効果を示し、承認を獲得している。しかしながら、TETにおけるTrop-2の発現状況や、その他の治療標的となり得るタンパク質 (GLUT1, PSMA, ALK, ROS1, HER2, PD-L1) の発現プロファイル、およびそれらと臨床病理学的因子や予後との関連性については、これまで包括的な評価がなされておらず、十分な知見が不足していた。特に、希少疾患であるTETにおいては、大規模な組織検体を用いた体系的なバイオマーカー解析が未開拓であり、新規治療標的の探索における大きなgapが存在していた。

目的

本研究の目的は、インディアナ大学およびエモリー大学の共同研究コホートから得られた、多様な組織型を含む胸腺上皮性腫瘍 (TET) の大規模な組織マイクロアレイ (TMA: tissue microarray) を用いて、現在治療標的として利用可能、あるいは開発が進められている複数の重要なタンパク質 (GLUT1, Trop-2, PSMA, ROS1, ALK, PD-L1, HER2) の免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) 的発現状況を網羅的かつ詳細に評価することである。さらに、これら各マーカーの発現強度や陽性率を定量的に解析し、世界保健機関 (WHO: World Health Organization) 組織分類や病期などの臨床病理学的特徴との相関関係を明らかにするとともに、特にTrop-2発現が患者の全生存期間 (OS: overall survival) に及ぼす予後的影響を多変量解析により検証する。これらを通じて、難治性TETに対する新規の分子標的治療、特にサシツズマブ ゴビテカンをはじめとするTrop-2指向型ADCの適用可能性や、診断・予後予測における実用的なバイオマーカーとしての有用性を探索・提示することを目的とする。

結果

TMAコホートの臨床病理学的背景: 本研究で使用されたTMAは、計86例の患者から得られた97の組織サンプルで構成されている。患者の平均年齢は55歳 (範囲: 16-80歳) であり、性別は男性47例、女性37例であった。病期分類においては、早期および局所進行期 (I/II/III期) が70例、進行期 (IVA/IVB期) が20例であった。組織型別の内訳は、正常成人胸腺が7例、胸腺腫が78例であり、胸腺腫のWHO分類サブタイプは、Type Aが12例、Type ABが14例、Type B1が17例、Type B1/B2が1例、Type B2が18例、Type B2/B3が1例、Type B3が15例であった。また、胸腺癌は12例含まれており、その内訳は扁平上皮癌が8例、リンパ上皮癌が2例、粘表皮癌が1例、混合型癌/カルチノイドが1例であった (Table 1)。この多様な組織背景を持つ大規模コホートを用いることで、各バイオマーカーの発現プロファイルを高精度に評価することが可能となった。

ALK・ROS1・HER2発現の欠如と極めて限定的な活性: TMAに組み込まれたTET患者86例 (サンプル数 n=97) の組織切片を用いた詳細なIHC解析において、ALKおよびROS1タンパク質は、すべてのTETサブタイプ (胸腺腫 n=78、胸腺癌 n=12) および正常胸腺組織 (n=7) において完全に発現を欠いていた (SS=0)。また、HER2タンパク質の発現についても極めて限定的であり、胸腺扁平上皮癌のわずか1例においてのみスコア 1+ (低発現) が確認されたに過ぎず、他のすべての胸腺腫および胸腺癌症例では完全に陰性 (スコア 0) であった (Table 1)。これらの結果は、TET領域においてALK、ROS1、HER2を標的とした既存の分子標的治療薬 (トラスツズマブやALK/ROS1阻害薬など) が治療選択肢となる可能性は極めて低いことを示している (Figure 1)。

Trop-2の全サブタイプにおける一貫した膜性高発現: Trop-2は、正常胸腺組織と比較して、すべてのTETサブタイプにおいて細胞膜性に一貫して極めて高い発現を示した。IHC評価におけるTrop-2の平均染色スコア (SS) は、本研究で評価したすべてのマーカーの中で最高値であり、正常組織と比較して有意な全体的変動を認めた (p=0.001)。特に、胸腺癌 (TC) において最も高い発現が観察され、胸腺腫と比較して有意に高値であった (SS: 2.6 vs 1.4, p=0.003) (Figure 2)。組織型別では、胸腺癌の中でも扁平上皮癌サブタイプにおいて発現レベルが最大であった (p=0.001)。一方、胸腺腫患者における多変量コックス比例ハザード解析の結果、Trop-2発現の有無は全生存期間 (OS) に対する独立した予後因子ではないことが示された (Trop-2陰性 vs 陽性: HR 0.52, 95% CI 0.06-4.29, p=0.547) (Supplement 2)。また、同解析において、年齢 (HR 1.06, 95% CI 0.99-1.12, p=0.080) や性別 (女性 vs 男性: HR 0.71, 95% CI 0.20-2.50, p=0.592)、病期 (III/IV期 vs I/II期: HR 0.75, 95% CI 0.15-3.82, p=0.729) もOSに有意な影響を与えなかった。

GLUT1の胸腺癌特異的強発現と鑑別診断マーカーとしての有用性: GLUT1は、正常胸腺組織においては発現が完全に消失していた (SS=0)。これに対し、TETにおいては悪性度の上昇に伴い発現の上昇が認められ、特に胸腺癌において著しく高い発現を示した (p<0.0001) (Figure 2)。さらに、発現のパターンにも明確な差異が存在し、胸腺腫におけるGLUT1の発現は弱く細胞質優位であったのに対し、胸腺癌においては非常に強力な細胞膜性の染色パターンを呈した。この明瞭な染色強度の違いおよび局在パターンの差異は、GLUT1が日常の病理診断において、特に鑑別が困難とされるB3型胸腺腫と胸腺癌を鑑別するための、極めて有用な補完的診断マーカーとして機能し得ることを示している。

PSMAおよびPD-L1の発現プロファイル: PSMAの発現は、正常胸腺組織では認められず、胸腺癌において有意に高い発現が確認された (p=0.0003) (Figure 2)。しかし、その発現は腫瘍内の新生血管の内皮細胞に厳密に限定されており、腫瘍上皮細胞や腫瘍外の血管では完全に陰性であったため、SSで評価した腫瘍全体としての発現量は低値に留まった。一方、PD-L1の発現 (CPS) は、正常胸腺組織で平均 2.5 (陽性率 50%) であったのに対し、すべてのWHO分類サブタイプのTETにおいて正常組織より高発現していた (平均CPS: 低分化/胸腺癌 28.2、中分化胸腺腫 52.4、高分化胸腺腫 20.9)。正常胸腺と比較して統計学的に有意な高発現を示したのは、中分化群であるB2/B3型胸腺腫のみであった (CPS 52.4 vs 2.5, p=0.03) (Figure 2)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、ALK、ROS1、HER2などの標的遺伝子変異やタンパク質発現がTETにおいて極めて稀であるという、小規模コホートに基づくこれまでの報告と一致する結果を示した。しかし、これまでの研究が単一のマーカー評価に留まっていたのとは対照的に、本研究は現在臨床で使用可能な複数の標的タンパク質を同一のTMAコホートを用いて包括的に評価した点で大きく異なる。

新規性: 本研究は、胸腺上皮性腫瘍 (TET) においてTrop-2タンパク質がすべてのWHO組織サブタイプにわたって細胞膜性に一貫して高発現していることを、本研究で初めて明らかにした。特に、最も予後不良で治療選択肢が限られている胸腺癌、その中でも扁平上皮癌サブタイプにおいてTrop-2の発現レベルが最大であるという知見は、これまで報告されていない新規の発見である。また、多変量解析においてTrop-2発現がOSの独立した予後因子ではないことが示されたことは、Trop-2が予後予測の指標としてではなく、純粋に治療標的として極めて有望であることを示唆している。

臨床応用: 本研究の知見は、難治性TET患者に対する新たな治療戦略の臨床応用に直結するものである。現在、乳癌や尿路上皮癌において優れた臨床的有用性を示しているサシツズマブ ゴビテカン (Trop-2指向型ADC) は、TET患者、特に標準治療後に増悪した進行期胸腺癌患者に対する極めて有望な新規治療選択肢となる可能性を配している。また、GLUT1が胸腺癌で特異的に強発現し、胸腺腫では発現が弱いという結果は、日常の臨床現場において、鑑別困難なB3型胸腺腫と胸腺癌を正確に区別するための実用的な診断用バイオマーカーとしての臨床的意義を有する。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究が単一施設における後方視的解析であり、特に胸腺癌の症例数 (n=12) が比較的少数に留まっている点が挙げられる。このため、生存解析における検出力が不足している可能性があり、より大規模な多施設共同コホートでの検証が必要である。また、Trop-2の発現強度がサシツズマブ ゴビテカンの実際の治療奏効率とどのように相関するかについては、今後の臨床試験における検証が不可欠である。さらに、胸腺腫における免疫チェックポイント阻害薬 (ICI: immune checkpoint inhibitor) の使用は重篤な自己免疫関連有害事象 (irAE: immune-related adverse event) のリスクが高いため、Trop-2 ADCのような非免疫療法の新規治療選択肢の確立は極めて重要な今後の研究方向性である。

方法

本研究は、インディアナ大学およびエモリー大学において実施された後方視的横断研究である。インディアナ大学の機関審査委員会 (IRB: Institutional Review Board) の承認 (承認番号: CTO-IUSCCC-0764) を得た後、2007年から2022年までの期間に切除された胸腺上皮性腫瘍 (TET) のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) 組織ブロックを病理部門のアーカイブから回収した。病理医による組織診断の再確認を経て、TMAの作製に適した領域を選定し、直径3mmのニードルコアを用いて、3枚の36ポジションTMAを作製した。本TMAには、正常成人胸腺組織7例、胸腺腫78例、胸腺癌12例を含む、計86例の患者から得られた97の組織サンプルが組み込まれた。患者86例のうち、64例は治療歴のない原発腫瘍であり、22例は既治療の転移巣であった。

作製したTMA切片に対し、GLUT1、Trop-2、PSMA、ROS1、ALK、PD-L1、HER2に対する特異的抗体を用いた免疫組織化学 (IHC) 染色を実施した。組織の抗原性保持の確認には、keratin AE1/AE3、P63、CD45を用いた。IHC染色の評価において、GLUT1、Trop-2、PSMA、ROS1、ALKの発現は、染色強度 (0: 陰性、1: 弱陽性、2: 中等度陽性、3: 強陽性) と陽性面積割合 (0から1の小数) の積として定義される染色スコア (SS: staining score、範囲0〜3) を用いて半定量的に算出した。PD-L1の発現は、腫瘍細胞および単核白血球を含むPD-L1陽性細胞数を総生存腫瘍細胞数で除し、100を乗じた Combined Positive Score (CPS) を用いて評価した。HER2の発現は、ASCO/CAPガイドラインに準拠した4段階スコア (0, 1+, 2+, 3+) で分類した。

統計解析では、WHO分類に基づく予後グループ (正常胸腺、低悪性度胸腺腫 [A, AB, B1]、中悪性度胸腺腫 [B2, B2/B3, B3]、高悪性度/胸腺癌) 間の各マーカーの平均発現量の比較に Kruskal-Wallis 検定を用いた。全生存期間 (OS) の評価には Kaplan-Meier 法およびログランク (log-rank) 検定を用い、Trop-2発現状況 (陽性 vs. 陰性) とOSとの関連を評価するために、年齢、性別、病期を共変数とした多変量コックス比例ハザードモデル (multivariable Cox proportional hazards model) を用いて解析した。統計解析には GraphPad Prism version 10.2 および SAS version 9.4 を使用した。