- 著者: Steven A. Hill, Isabel Bravo-Ferrer (equal contribution), Austeja Ciulkinyte, et al.
- Corresponding author: Blanca Diaz Castro (Centre for Discovery Brain Sciences, University of Edinburgh)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2025
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 41198665
背景
血液脳関門 (BBB) は、脳血管の内皮細胞 (BEC)・周皮細胞・アストロサイト・基底膜から構成される多細胞機能単位であり、血液と脳実質の間の物質交換を厳密に制御している。脳毛細血管は脳血管全体の約 85% を占め、BBB の中心的構造単位である。アストロサイトは脳血管表面の約 90% を終足 (endfoot) と呼ばれる特殊な突起構造でエンラップし、その終足は栄養素・ホルモンの取り込みと脳全体への分配、局所脳血流の調節、脳老廃物のクリアランス (グリンパティックシステム)、BBB の恒常性維持に不可欠な役割を果たすことが知られている (Daneman and Prat, 2015)。
毛細血管内腔側の BEC は周皮細胞と終足の両者と接するが、毛細血管周囲面積の約 63% が終足に接しており (両者の間は基底膜のみ)、終足から BEC へのシグナリングが多くの終足機能の発揮に必須であることが示されている (Armulik et al., 2010; Bell et al., 2010)。しかし逆方向、すなわち BEC から終足へのシグナリングについては、in vitro での証拠と最近の in vivo データが示唆するものの、その全体像は大幅に未解明であった。これまでの研究では、単一タンパク質の近接相互作用 (Soto et al., 2016) や、生化学的終足精製 (Kameyama et al., 2014; Alonso-Gardon et al., 2018) に限定されており、終足プロテオームの包括的な理解が不足していた。特に、ジストロフィン関連タンパク複合体 (DAPC) の全構成要素を一貫して終足に濃縮したデータセットは存在せず、終足の分子機構の全体像を捉えるためのより高精度な方法論が求められていた。
末梢感染は脳卒中・せん妄・認知症のリスク因子であることが知られており (Holmes and Cunningham, 2017)、末梢の炎症シグナルが中枢神経系の機能変化を引き起こすメカニズムとして BBB 経由の信号伝達が想定されるが、具体的な分子機構は不明であった。BEC から終足への信号が末梢炎症への反応性を持つという仮説は、BEC が血中の炎症シグナルを感知してアストロサイトに中継することで、末梢-脳コミュニケーションを媒介しうることを示唆する。この末梢炎症が BBB を介して脳機能に影響を与えるメカニズムは、依然として大きな知識ギャップが残されている。
目的
本研究の目的は以下の通りである。
- マウス in vivo における終足プロテオームを精密に定義するための新規方法論 (TurboID 近接ビオチン化+血管単離+LC-MS/MS) を開発する。この方法論は、従来の終足プロテオーム研究の限界を克服し、より包括的かつ特異的な終足タンパク質プロファイルを確立することを目指す。
- 脳血管内皮細胞 (BEC) に発現するリガンドと終足プロテオームに含まれる受容体を対応付けることで BEC-終足間リガンド-受容体ペアを同定し、末梢炎症 (LPS) によるその動的変化を明らかにする。特に、LPS 刺激が BEC から終足へのシグナル伝達経路にどのような影響を与えるかを詳細に解析する。
- 同定されたリガンド-受容体ペアのヒト脳への保存性を検証し、多発性硬化症 (MS) ・アルツハイマー病 (AD) といった神経変性疾患におけるこれらのコミュニケーション経路の変化を解析する。これにより、マウスで得られた知見のヒト病態への関連性を評価する。
- WNT10B-FZD7 を BEC-終足コミュニケーションの例示的経路として詳細に検証する。この経路が末梢炎症に応答してどのように活性化され、アストロサイト機能に影響を与えるかを分子レベルで解明する。
結果
マウス終足プロテオームの決定: Astrocyte-TurboID と血管単離を組み合わせた新規手法により、2293 タンパクからなる in vivo 終足プロテオームが確立された。このプロテオームは、従来の終足プロテオーム研究の限界を克服し、既報データセットの大部分を包含していた。特に、ジストロフィン関連タンパク複合体 (DAPC:ジストロフィン Dp71・α-シントロフィン・α-ジストロブレビン・β-ジストログリカン) の全構成要素を一貫して終足に濃縮したデータセットは本研究のみであり、これは本手法が最も精度の高い終足プロテオームを提供することを示す (図 1b, 2f, g)。Astrocyte-TurboID 注入マウス (n=6 mice) では、ビオチン化は終足に高度に特異的であり、BEC には認められなかった (図 1d-f)。血管単離後、終足は血管に付着したままであり、非血管細胞の混入は無視できるレベルであった (図 1h, i)。精製された血管の 83% が毛細血管由来の終足であることが推定された (図 1n)。
終足プロテオームの機能的特徴: Ingenuity Pathway Analysis (IPA) により 316 の有意な経路が同定され (p<0.05)、分子輸送・代謝・生合成・免疫・炎症・ホルモンシグナリング・血管機能が主要カテゴリーとして浮かび上がった (図 2h)。128 種の溶質輸送体 (GLUT1/SLC2A1・MCT-1/MCT-2/MCT-4・複数のアミノ酸トランスポーター等) が同定され、血液から脳への分子取り込みにおける終足の役割が示唆された。グリコーゲン代謝関連酵素 (GYS1・GSK3α/β・PYGB・PYGM) の存在は終足でのグリコーゲン代謝を示す。免疫蛍光染色により、PYGB が終足に発現し血管細胞には存在しないことがマウスおよびヒト皮質で確認された (Supplementary Fig. 5)。CellTalkDB を用いて 59 受容体 (図 2i) が終足に存在することが特定され、ケモカイン・サイトカイン・増殖因子・リポタンパク・WNT 等の信号受信能が示唆された。
BEC の LPS 応答とリガンド分泌変化: LPS 投与後 24 時間で BEC (n=4 mice) では 3,500 超の差次的発現遺伝子 (DEG) が確認された (Supplementary Fig. 6d)。IPA 解析により、神経炎症・ホルモンシグナリング・血管機能・輸送の経路が主要な変化を示した (図 3b, c)。LPS により 83 のリガンド (サイトカイン・ケモカイン・免疫シグナル分子) が BEC で上方制御され、87 のリガンド (増殖因子・細胞外マトリックス (ECM) 成分) が下方制御された (図 3d)。これは、急性炎症に応答して BEC の恒常性維持に関連する遺伝子が下方制御されることを示唆する。
LPS による終足プロテオームの動的変化: LPS 投与後、終足プロテオームで 56 タンパクが変化した (25 上昇・15 低下・11 LPS 誘導新規) (図 3e, f)。変化したタンパク質はタンパク分解・細胞骨格組織化・翻訳・輸送・細胞接着・代謝に関与していた。IPA 解析では、HER-2 (ERBB2) ・IL-1 ファミリー・セマフォリン・EPH-Ephrin・ROBO シグナリング経路が活性化されることが予測された (図 3h)。これらのデータは、LPS 投与後 24 時間で終足がプロテオームリモデリングを受け、細胞内機能および周囲細胞との相互作用に影響を与えることを示している。
BEC-終足リガンド-受容体ペアの同定と LPS 調節: PBS 条件 (定常状態) で 360 の BEC-終足リガンド-受容体ペアが同定され、BEC と終足が健常条件でも活発にコミュニケーションしていることが示された (図 4b)。LPS により 33 ペアが低下 (SPP1-CD44・LCN2-SLC22A17・CXCL10-DPP4 等)、53 ペアが上昇し (接着・NOTCH・WNT 経路関連ペア含む)、うち 11 ペアは PBS 条件では検出されない LPS 誘導新規ペア (WNT10B-FZD7 含む) であった (図 4c-e)。これらの変化は、BEC-終足コミュニケーションが文脈依存的に末梢からの情報を脳実質に伝達する能力を持つことを示唆する。
WNT10B-FZD7 経路の詳細検証: CUBIC-X 膨張免疫組織化学と終足除去血管の解析により、FZD7 が終足 (AQP4 陽性) に発現し BEC (レクチン) には存在しないことが確認された (図 5a, b)。LPS 後に BEC での WNT10B RNA およびタンパク量が有意に増加した (RNAscope で Wnt10b RNA が p=0.007、免疫組織化学で WNT10B タンパク量が p=0.015 および p=0.045) (図 6f-h)。BEC RNA-seq では TLR4 シグナリング経路 (LPS 受容体) と NF-κB 複合体の構成要素が LPS 後に活性化され、WNT10B 発現の NF-κB 依存的上昇と整合した (図 6i)。終足では FZD7 下流の canonical WNT シグナリング (ジシェベルド・β-カテニン) の構成要素が終足プロテオームに含まれ、LPS 後アストロサイト RNA-seq では β-カテニン核移行の標的遺伝子 (Ccnd1・Cd44) が上昇していた (図 6j)。ヒト脳でも FZD7・WNT10B の毛細血管での発現が確認されたが、マウスとは異なりヒトでは FZD7 が血管細胞にも発現していた (Supplementary Fig. 9a, b)。
ヒト脳への保存性と疾患関連変化: マウス終足の 59 受容体の 75% (44/59) がヒト脳血管プロテオームで確認された (図 7e)。定常状態の 360 BEC-終足ペアの 54% (194/360)、LPS 変動した 86 ペアの 48% (41/86) がヒト-マウス間で保存されていた (図 7f-i)。マウスで同定された 371 ペアの 83% (309/371) がヒト MS・AD のいずれかのデータセットで検出された (図 8c)。MS・AD での snRNA-seq・血管プロテオームデータとの照合で、健常者との比較における BEC リガンドまたは終足受容体の変化が一部ペアで認められた。例えば、MS では ITGAV 受容体とそのリガンド (ADAM15, CCN1, VWF, FGF2) が上方制御され、セマフォリン-NRP2 シグナリングも MS と AD で異なる方向に変化していた (Supplementary Fig. 12)。AD では NRP2 が下方制御され (log2(AD/control) = -0.302, FDR = 0.002)、そのリガンドである SEMA3B および SEMA3C も LPS 投与マウスで下方制御された。
考察/結論
本研究は、脳血管内皮から終足への一方向シグナリングを in vivo で包括的に解析するための最初の精密手法を確立し、BEC と終足が健常脳でも活発に双方向コミュニケーションしており、末梢炎症によって動的に変化することを示した。
先行研究との違い: 従来の終足プロテオーム研究は単一タンパクの近傍相互作用 (AQP4 の BioID2 等) または生化学的終足純化 (純度確認不十分) に限られており、DAPC の全構成要素を一貫して終足に濃縮したデータセットは存在しなかった。本研究が確立した Astrocyte-TurboID + 血管単離の組み合わせは、これらの先行研究と異なり、最高の特異性・再現性を達成し (DAPC 全構成要素の終足濃縮が初めて実証)、800 以上の新規タンパク質を同定した。BEC から終足への信号伝達は長年示唆されてきたが、in vivo でのリガンド-受容体ペアを網羅的に示したのは本研究が初めてである。
新規性: 本研究で初めて、BEC が LPS-TLR4-NF-κB 軸を介して WNT10B を誘導発現し、終足 FZD7 を通じて canonical WNT シグナリングを活性化するという新規経路を同定した。この BEC-終足 WNT10B-FZD7 経路は、末梢感染が脳卒中リスクを増大させるメカニズムの一端を担う可能性があり、これまで報告されていない重要な知見である。また、LPS 刺激により、定常状態の BEC-終足コミュニケーション経路が動的に変化するだけでなく、11 の新規リガンド-受容体ペアが誘導されることも初めて明らかになった。
臨床応用: マウスで同定された BEC-終足ペアの 83% (309/371) がヒト脳にも保存されること、LPS 変動ペアの約半数 (41/86) がヒトでも確認されることは、本研究の知見が直接ヒト病態の理解に臨床応用可能であることを示す。多発性硬化症 (MS) やアルツハイマー病 (AD) で一部の BEC-終足コミュニケーション経路が変化していることは、慢性神経炎症・神経変性疾患における神経血管ユニットの機能異常の新たな理解を提供し、将来的な治療標的の探索に貢献する臨床的意義を持つ。特に、セマフォリン-NRP2 シグナリングは MS と AD で異なる方向の変動を示し、疾患特異的な介入の可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究はリガンド-受容体ペアの同定に留まっており、各ペアが終足・アストロサイト機能に与える機能的影響の大部分は未検証である。WNT10B-FZD7 以外の LPS 誘導ペアの機能的意義の解明が今後の重要課題である。また、終足プロテオームは脳皮質毛細血管を主対象としており、脳領域や血管タイプによる異質性の検討が必要である。ヒト脳での BEC-FZD7 共発現 (マウスとの差異) の意義や、疾患状態での BEC-終足コミュニケーションの因果的役割の解明が求められる。本研究が提供するデータセット・手法論は、神経血管コミュニケーションの基礎研究と疾患研究の加速を可能にする重要なリソースとなるが、急性炎症下のヒトデータが不足しているため、マウスの急性炎症モデルとヒトの慢性神経変性疾患の比較には限界がある。
方法
Astrocyte-TurboID 法の確立: アストロサイト特異的プロモーター GfaABC1D 制御下に核外移行シグナル (NES) 付加のサイトゾル TurboID-HA (または陰性対照 tdTomato) を発現するアデノ随伴ウイルス (AAV) を設計した。C57BL/6J マウス大脳皮質に AAV を脳内注射後 (ゲノムコピー 1.5×10¹¹/100 μL)、ビオチン腹腔内注射 (24 mg/kg × 3 回) を施行した。TurboID はアストロサイト特異的なビオチン化を実現し、BEC (PECAM1) には biotinylation が及ばないことを蛍光ライン解析で確認した (図 1d-f)。
終足プロテオームの同定: 半脳皮質を用いて (i) 全アストロサイトプロテオーム (血管単離なし)、 (ii) 終足プロテオーム (血管単離後のストレプトアビジンプルダウン) の二方向で液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法 (LC-MS/MS) プロテオミクス解析を実施した。Astrocyte-TurboID vs Astrocyte-tdTomato の比較で TurboID ユニーク・TurboID 濃縮タンパクを決定した。終足プロテオームとして合計 2293 タンパク (728 TurboID 濃縮 + 1565 ユニーク) を同定した (図 2f, g)。
LPS 末梢炎症モデル: Cdh5-Cre/ERT2::Ribotag マウス (BEC 特異的リボソームタギング) にリポ多糖 (LPS) (5 mg/kg 腹腔内注射) またはリン酸緩衝生理食塩水 (PBS) を投与し、24 時間後に BEC 特異的 RNA-seq を実施した。同時に Astrocyte-TurboID 注射マウスで LPS/PBS 条件下の終足プロテオームを比較した。RNA-seq データは STAR (v2.7.9a) でマッピングし、featureCounts (v2.0.2) で遺伝子カウントを生成した。差次的遺伝子発現解析は R の DESeq2 (v1.30.1) を用いて実施した。
BEC-終足リガンド-受容体ペアの同定: CellTalkDB データベースを用いて BEC RNA-seq で検出されたリガンドと終足プロテオームの受容体を対応付けた。PBS 条件 (ベースライン) での 360 ペア、LPS で低下した 33 ペア、LPS で上昇した 53 ペア (うち 11 ペアは LPS 誘導新規) を同定した (図 4b-e)。
ヒト脳サンプル解析: 健常成人 (34–40 歳) の死後前頭皮質から脳血管を単離し LC-MS/MS でプロテオームを解析した。さらに多発性硬化症 (MS) ・アルツハイマー病 (AD) の公開単一核 RNA-seq (snRNA-seq) ・脳血管プロテオームデータセット (計 3 データセット) を使用してマウスで同定されたリガンド-受容体ペアの疾患関連変化を調べた。snRNA-seq データは Seurat (v4.3.0) を用いて解析され、擬似バルク差次的発現解析は aggregateBioVar (v1.6.0) と DESeq2 (v1.36.0) で実施された。プロテオミクスデータは DIA-NN (v1.8.1) で解析され、差次的発現解析は R の limma (v3.56.2) を用いて実施された。
WNT10B-FZD7 の詳細検証: RNAscope (Wnt10b RNA in situ ハイブリダイゼーション) ・免疫組織化学・CUBIC-X 膨張蛍光・終足除去血管の FZD7 消失確認・LPS 後の WNT10B タンパク量変化定量化により、BEC での WNT10B 発現・終足での FZD7 局在・LPS による WNT10B 上昇を包括的に検証した (図 5, 6)。統計解析には線形混合効果モデル (LMM) を用いた。