- 著者: Rachel G. Fox, Diana M. Cittelly ほか
- Corresponding author: Diana M. Cittelly (Diana.Cittelly@cuanschutz.edu, University of Colorado Anschutz Medical Campus)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-05-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 42209519
背景
エストロゲン受容体陽性 (ER陽性, estrogen receptor-positive) 乳癌は乳癌全体の約70%を占め、脳転移 (BM, brain metastasis) リスクはトリプルネガティブやHER2陽性乳癌と比べて低いとされてきた。しかし近年、ER陽性乳癌由来の脳転移であるBCBM (breast cancer brain metastasis) が全乳癌脳転移の48%以上を占めることが示され、その臨床的重要性が再認識されている (脳転移免疫微小環境)。FGFR1 (fibroblast growth factor receptor 1) の増幅は8番染色体短腕 (8p) に位置し、ER陽性乳癌の20-30%で検出されてエンドクリン療法抵抗性や腫瘍進展と関連することが報告されている (Formisano et al. Cancer Res 2019)。
FGFR1リガンドであるFGF2 (fibroblast growth factor 2) を介した腫瘍微小環境 (TME, tumor microenvironment) による活性化については、骨TMEからのFGF2がER陽性乳癌細胞の可塑性を促進すること (Turner et al. Nat Med 2010)、脂肪組織由来のFGFリガンドが肥満閉経後モデルで腫瘍成長を支持すること (Sizemore et al. Oncotarget 2017)、さらにFDAが承認したFGFR阻害剤 (erdafitinib, infigratinib) がFGFR1増幅乳癌患者で期待された奏効率を示さなかったこと (Metzger-Filho et al. JCO 2021) が報告されてきた。しかし、脳固有のFGFR1活性化機構と加齢に伴う脳TME変化がBCBM進展に与える影響は未解明であった。
特に、ER陽性BCBM患者の多くが閉経後・内分泌療法中という低エストロゲン (E2) 環境にあるという臨床的ギャップが認識されており、加齢脳でFGFR1がいかにして活性化を維持するかというメカニズムが不明であった。NCAM1 (neural cell adhesion molecule 1) は神経発達・シナプス可塑性においてFGFR1の非カノニカル活性化因子として機能することが知られているが (脳転移前転移ニッチ)、ER陽性BCBMにおけるその役割は解明されていなかった。こうした知識のギャップを埋めるべく本研究が実施された (がんと神経科学)。
目的
FGFR1増幅を持つER陽性乳癌における脳転移の分子メカニズムを解明すること、特に脳TME内のFGF2 (canonical) およびNCAM1 (neural cell adhesion molecule 1、非カノニカルFGFR1リガンド) が若年・加齢の異なるTMEでFGFR1依存性BCBM進展をどう制御するかを検討すること、そしてFGFR阻害剤の有効性が脳転移の時期 (早期定着 vs 確立転移) によって異なるかを明らかにすることを目的とした。
結果
ER陽性乳癌脳転移の臨床病理と FGFR1 増幅: ヒトBCBM検体において、FGFR1 (ISH、in situ hybridization) 増幅はER陽性BCBM (n=85) の41/85例 (48.2%) に検出された。ER陽性BCBM患者は閉経後 (主に乳癌診断時閉経前・BM診断時閉経後) の割合が高かった。pFGFR1 (phospho-FGFR1) の発現は全BM組織でFGFR1コピー数と相関せず (r=非有意)、TMEによるパラクリン活性化の関与を示唆した (Fig. 2a)。
PDX細胞株の脳定着能とFGFR1: 4株のPDX細胞株における脳定着率は、UCD46: 0%、UCD4: 20%、UCD12: 40%、UCD65: 80%であり (n=各10-15匹)、脳定着能の高いUCD12・UCD65はともにFGFR1増幅を持ちFGFR1 KDにより脳転移が有意に抑制された (p<0.05; Fig. 3)。MCF7-FGFR1-OEは若年OVX+E2条件で38%のBM形成率を示したのに対し、MCF7-EV (empty vector) では12.5%であり、FGFR1過剰発現が脳定着能を約3倍増強した (Fig. 3)。
加齢脳TMEにおける脳定着: 若年OVX+E2マウスでは100% (13/13) がintraparenchymal BM形成、若年OVXのみでは50% (7/14) に低下した。一方、加齢 (低内因性E2) マウスでは77% (10/13)、加齢OVXでは82% (9/11)、naive加齢では80% (8/10) と、加齢マウスでは低E2環境下でも高頻度でBMが形成された (Fig. 3)。FGFR1 KDはMCF7-FGFR1-OE細胞でも若年OVX+E2 (38% vs 12.5%)・加齢マウス (14.3% vs EV 0%) でBM形成能を付与し、shFGFR1 KDにより有意に抑制された。
脳TMEによるFGFR1の年齢依存的パラクリン活性化: NanoString DSP + GSEAにより、OVXおよび加齢により周囲グリア細胞でFGF/FGFRシグナリング経路が有意に抑制されることが示された (Fig. 4j-l)。Fgf2はOVXおよび加齢共通の上位20遺伝子抑制候補に含まれた (Fig. 4i,m,n)。タンパクレベルでも、FGF2は加齢マウスの全脳・オリゴデンドロサイト・ニューロン・星状細胞において若年マウスより有意に低かった (p<0.05; Fig. 5a-c)。UCD65細胞はE2非含有培地中で若年・加齢双方の星状細胞との共培養でpFGFR1増加を示したが、若年星状細胞との共培養でより強いFGFR1活性化が観察された (Fig. 5d)。FGFR1 KDは若年・加齢星状細胞との共培養双方でE2非依存増殖を有意に低下させた (p<0.05; Fig. 5e-g)。また、FGF2中和抗体はUCD12球状体の若年脳スライスオルガノタイピック共培養での増殖を有意に抑制した (Fig. 5h,i)。
NCAM1による非カノニカルFGFR1活性化: NCAM1 (neural cell adhesion molecule 1、ニューロン・星状細胞に発現する細胞接着分子、加齢による発現変化なし) はUCD65細胞で用量依存的にFGFR1・Akt・ERKを活性化した (Fig. 6a)。NCAM1誘導シグナルはFGFR1発現依存性であり (shFGFR1で抑制、Fig. 6b,c)、BGJ398はFGF2・NCAM1双方のFGFR1シグナルを複数時点で阻害した (Fig. 6d-f)。SY5Y (shNCAM1) 神経芽腫細胞との共培養ではER陽性乳癌全3株のpFGFR1が有意に低下した (p<0.05; Fig. 6g,h)。AAV shNCAM1で形質導入した星状細胞との共培養もUCD65・UCD12のpFGFR1を有意に低下させ (Fig. 6i,j)、ニューロン・星状細胞双方のNCAM1がFGFR1を活性化することが確認された。NCAM1中和抗体は加齢脳スライス内では有意にUCD12球状増殖を抑制したが (p<0.05)、若年脳スライス内では効果なく、NCAM1が加齢/低FGF2環境下の主要ドライバーであることを示した (Fig. 6k,l)。
FGFR阻害剤の有効性は早期定着期に限定: 早期播種細胞 (心臓内注射後5日) では若年マウスで83%・加齢マウスで57%にmembrane pFGFR1が検出されたが、確立後期BM病変ではminimal膜pFGFR1しか認めなかった (Fig. 8a-c)。BGJ398 (n=各8-12匹/群) の早期投与は若年マウスでIVIS (in vivo imaging system) 検出BM・micrometastasis数・BM cluster数をいずれも有意に抑制した (p<0.05)。一方、7週後開始の後期投与では効果なく (p=N.S.)、後期BM病変でのpERK変化も認めなかった (Fig. 8e-h)。加齢マウスではBGJ398の早期投与でmicrometastasis数・BM cluster数が減少した一方、後期投与は脳転移進展に有意な影響を与えなかった (Fig. 8j-l)。この結果は、FGFR1活性化が早期脳定着で重要であるが確立BM後は非依存的になることを示す。
考察/結論
本研究は、FGFR1増幅ER陽性BCBMにおいて脳TMEが宿主年齢依存的にFGFR1の活性化様式を切り替えることを初めて示した。若年/高E2脳では星状細胞由来の高FGF2がカノニカルにFGFR1を活性化し (Fig. 5d)、加齢/低E2脳ではニューロン・星状細胞のNCAM1が非カノニカルFGFR1活性化因子として機能することが明らかとなった。これは、FGFR1増幅単独では治療反応を予測できないという臨床的事実に対して、宿主年齢・E2状態によるパラクリン活性化様式の差異が一因となるという新規な機構的説明を提供する。
先行研究で脳転移と星状細胞の相互作用は侵攻性の強い乳癌サブタイプ (トリプルネガティブやHER2陽性) を中心に研究されてきたが、本研究はER陽性乳癌の緩徐な脳転移進展をモデルに若年・加齢星状細胞の機能的差異を示した点で、従来の知見と異なる。特に、FGF2はFGFRへの親和性がNCAM1の約10^6倍高いが、加齢脳では細胞表面に高濃度で定常発現するNCAM1がFGFR1を補完的に活性化するという競合・補完モデルは、HeLa細胞での先行研究 (Sanchez-Heras et al. 2006) の知見を脳転移の文脈へ拡張するものである。
臨床応用の観点から、本研究の最も重要な知見は「FGFR阻害剤の有効性ウィンドウ」の存在である。BGJ398は早期脳定着フェーズ (cell injection直後開始) では有意にBMを抑制するが、確立BM病変では無効であった。これはFGFR1阻害剤が脳転移の「治療」ではなく「予防」戦略として有効である可能性を示し、ハイリスクFGFR1増幅ER陽性乳癌患者における予防的FGFR阻害剤投与の臨床試験の根拠となる。また閉経後・低E2環境 (内分泌療法中) の患者ではNCAM1依存的なFGFR1活性化が主体となるため、現行のFGFRキナーゼ阻害剤が非カノニカル機能を十分に遮断できるかどうかを別途評価する必要がある。
残された課題として、第一に本研究で用いたBGJ398は既にPhase II試験では奏効率が限定的であり、より高いCNS (中枢神経系) 移行性を持つ次世代FGFR阻害剤 (pemigatinib等) の比較検討が必要である。第二に加齢マウスでのBGJ398毒性によりコントロール群が安楽死基準に達する前に試験を終了しており、加齢宿主における定量的なBM抑制効果の過小評価が懸念される。第三に、NCAM1とFGF2の個別寄与量を若年 vs 加齢で定量的に分離することは技術的に困難であり、ヒト組織での検証がさらに必要である。第四に、FGFR1/NCAM1経路を介したシナプス形成の電気生理学的機能証明 (実際の神経腫瘍シナプスの形成) が今後の課題として残る。
方法
ER陽性乳癌由来患者検体として、脱同定ヒトBCBM組織 (n=45; ER+/HER2− n=30, ER+/HER2+ n=14, ER+/PR+/HER2+ n=1) をColorado大学組織バイオリポジトリから取得。倫理承認はCOMIRB (Colorado Multiple Institutional Review Board) プロトコール23-1713のもと取得。
動物実験はAALAC (Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care) 認定施設・IACUC (Institutional Animal Care and Use Committee) 承認のもと実施。ER低発現トリプルネガティブのUCD46 (University of Colorado Denver 46)、ER陽性のUCD4 (脳定着率20%)・UCD12 (40%)・UCD65 (80%) のPDX (patient-derived xenograft) 由来細胞株を用いた。若年 (8-12週) およびOVX (ovariectomy、卵巣摘除) ±E2補充・加齢 (18-20ヶ月) NSGマウスに対して心臓内注射 (intracardiac injection) でin vivo脳転移モデルを確立した。
FGFR1遺伝子発現抑制 (knockdown, KD) はshRNA lentiviral vectorを使用し、FGFR1過剰発現 (MCF7-FGFR1-OE) との比較検討を行った。統計解析にはStudent t検定・Mann-Whitney U検定・一元配置分散分析 (one-way ANOVA) とTukey事後検定を適用し、p<0.05を有意とした。
遺伝子発現解析にはNanoString GeoMx Digital Spatial Profiling (DSP) を用い、UMAP (uniform manifold approximation and projection) 次元削減を実施。グローバル転写プロファイリングおよびGSEA (Gene Set Enrichment Analysis、Hallmark/KEGG genesets) を実施した。FGFR阻害剤BGJ398 (infigratinib) の脳転移抑制効果を早期投与 (注射直後) vs 後期投与 (7週後) で比較した。