- 著者: Ginevra Doglioni, Juan Fernández-García, Sebastian Igelmann, Patricia Altea-Manzano, et al.
- Corresponding author: Sarah-Maria Fendt (VIB Center for Cancer Biology / KU Leuven, Leuven, Belgium)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-01-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 39743589
背景
肺は、転移性腫瘍患者の最大54%に転移が生じる最も一般的な転移臓器の一つであると報告されている Gerull et al. JThoracDis 2021。この高い転移頻度には、肺の血流や毛細血管密度といった物理的要因と、低酸化環境や前転移ニッチ形成といった生物学的要因が寄与すると考えられてきた Crist et al. NatCellBiol 2022。原発腫瘍から分泌される因子であるTSF (tumor-secreted factor:腫瘍分泌因子) が、免疫細胞や肺の細胞外マトリックスを変化させ、播種がん細胞の定着を許容する前転移ニッチを形成することは広く知られている Peinado et al. NatRevCancer 2017。しかし、腫瘍が転移する臓器における栄養素環境 (metabolic niche) が、がん細胞に攻撃的な特性を付与する具体的な機序については、これまでほとんど未解明であった。アスパラギン酸は、通常、核酸やタンパク質合成、レドックス恒常性の維持に利用される細胞内合成代謝物として認識されており、血漿中では極めて低濃度に維持される。アスパラギン酸が細胞外シグナル分子として腫瘍生物学に関与するという概念は、これまで存在せず、この領域には大きな知識ギャップが残されていた。特に、肺の微小環境におけるアスパラギン酸の役割や、それが転移の攻撃性にどのように影響するかについては、詳細な検討が不足しており、肺転移を抑制するための有効な治療標的も確立されていなかった。本研究は、この知識の不足を解消し、肺転移の新規治療標的を同定することを目的とした。
目的
本研究の目的は、腫瘍分泌因子によって誘導される前転移ニッチ形成が肺転移の攻撃性を増強する分子機序を詳細に解明することである。特に、肺間質液の栄養素環境の変化、とりわけアスパラギン酸が、播種がん細胞のシグナル伝達経路および翻訳プログラムに及ぼす影響を同定し、その結果として肺転移の攻撃性がどのように促進されるかを明らかにすることを目指した。また、この新規シグナル経路を標的とする治療戦略の可能性を評価することも目的とした。具体的には、アスパラギン酸がeIF5A (eukaryotic translation initiation factor 5A:真核生物翻訳開始因子5A) のハイプシン化を介して特定の翻訳プログラムを活性化し、コラーゲン合成を促進するメカニズムを解明し、臨床承認済みのNMDA (N-methyl-D-aspartate:N-メチル-D-アスパルチン酸) 受容体阻害薬であるメマンチン (memantine) が転移を抑制する可能性を検証する。
結果
肺間質液アスパラギン酸の臓器特異的蓄積: 原発性乳がん腫瘍保有マウスまたはTSFを静脈内投与したマウスの肺間質液をメタボロミクス解析したところ、アスパラギン酸濃度が対照マウスの<0.1 mMと比較して、ほぼミリモル濃度(約1 mM)まで有意に上昇した (p<0.0001) (Fig. 1i)。この上昇は肺に特異的であり、他臓器や血漿中のアスパラギン酸濃度は変化しなかった。アスパラギン酸を直接肺間質液と同等濃度で前処置したマウス (n=10 mice) へ4T1またはEMT6.5乳がん細胞を注入すると、eIF5Aハイプシン化の増加と転移巣がん細胞数の有意な増加が認められた (Fig. 1j, k)。Dhps siRNA処置により、アスパラギン酸誘導性の転移促進が完全に消失し、Dhpsノックダウンによる1.8-fold decreaseの転移抑制効果が確認された (Fig. 1l)。
NMDA受容体サブユニットGRIN2Dを介した細胞外シグナリング: 13C4標識アスパラギン酸(13C4-Asp)を用いたトレーサー解析により、アスパラギン酸の大部分が細胞内代謝回路に入らず細胞表面に局在することが示された (Fig. 2c)。4T1肺転移細胞の細胞膜プロテオーム解析では、L/D-アスパラギン酸に応答するNMDA受容体サブユニットGRIN2Dの高発現が確認された。Ca2+イメージング実験では、L-アスパラギン酸およびD-アスパラギン酸のいずれもGRIN2D依存的にCa2+流入を誘発したが、グルタミン酸では流入が誘発されなかった (Fig. 2d)。臨床承認済みのNMDA受容体阻害薬であるメマンチンの投与により、マウスモデル (n=15 mice) での転移攻撃性が有意に抑制された (p<0.05) (Fig. 2h)。メマンチン投与群では、対照群と比較して肺におけるCD90.1+ 4T1細胞の割合が有意に低下し、約2.5-fold decreaseの転移抑制効果(p<0.05)が示された。
CREB→DOHH→eIF5Aハイプシン化シグナルカスケードの解明: アスパラギン酸処置によりCa2+流入が誘導され、それに伴いCREB Ser133リン酸化(pCREB増加)が生じた。転写因子結合データベース(Harmonizome)解析により、CREBがDOHHプロモーターに結合する転写因子として予測され、ChIP(染色体免疫沈降)解析でCREBのDOHHプロモーターへの直接結合が確認された。アスパラギン酸処置によりDOHH mRNAおよびタンパク質が増加したが、DHPSは変化しなかった。Dohhの過発現のみで、アスパラギン酸非存在下でも転移攻撃性が増強されることが確認され、DOHHが十分条件であることを示した (Fig. 3b)。
eIF5Aハイプシン化によるTGFβ-コラーゲン翻訳プログラム選択的活性化: ポリソームプロファイリング解析により、eIF5Aハイプシン化がTGFβシグナル伝達遺伝子セット(TGFB1、TGFB2、SMAD2/3、COL1A1、COL6A1など)の選択的翻訳増強をもたらすことが同定された。SMAD3リン酸化はアスパラギン酸処置転移巣で増加し、DhpsおよびGrin2dノックダウンで消失した。アスパラギン酸処置転移巣において、コラーゲン定量解析でCOL1A1およびCOL6A1発現増加とI型・III型コラーゲン繊維量の増大(コラーゲンIII繊維増加 p=0.0097)が確認され、DhpsおよびGrin2dノックダウンで完全に消失した (Fig. 4b, c)。
患者乳がん肺転移での臨床的確認: UPTIDER急速剖検プログラムで収集した乳がん患者の肺間質液アスパラギン酸濃度は、非がん対照と比較して有意に高値であった (p<0.0001) (Fig. 5a)。肺転移検体では、骨、脳、肝臓転移と比較してGRIN2D mRNAおよびタンパク質発現が選択的に高かった (Fig. 5b)。乳がん肺転移組織の免疫組織化学解析では、隣接非腫瘍肺組織と比較してGRIN2D、hypusine、DOHH、pCREB、pSMAD3、COL1A1、COL6A1、およびコラーゲンI-III量がすべて有意に増加し(各マーカーp<0.05)、提唱した分子カスケード全体が患者検体で確認された (Fig. 5e, f)。特に、転移組織における線維性コラーゲン量は、非転移組織と比較して有意な増加を示した (p<0.0001)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、アスパラギン酸という古典的な生合成代謝物が、主に細胞内代謝物として機能するというこれまでの理解と異なり、肺という臓器特異的な「代謝ニッチ」において、NMDA受容体を介した細胞外シグナル分子として機能するという、これまで報告されていない新規の概念を実証した。この発見は、アスパラギン酸が細胞外シグナル伝達におけるその役割を初めて明らかにした点で極めて新規性が高い。
新規性: 本研究で初めて、肺間質液中のアスパラギン酸が、がん細胞のNMDA受容体サブユニットGRIN2Dを活性化し、CREB依存的なDOHH発現を誘導することでeIF5Aのハイプシン化を促進するという、新規のシグナルカスケードを同定した。この結果、TGFβシグナル伝達を介したコラーゲン合成が促進され、肺転移の攻撃性が増強されることが示された。
臨床応用: 本研究の知見は重要な臨床的含意を持つ。NMDA受容体阻害薬であるメマンチンは、既にFDA承認のアルツハイマー病治療薬として利用可能であり、その転用可能性は高い。本研究で示されたメマンチンによる転移抑制効果は、転移性乳がん患者への臨床応用を探る臨床試験設計の強力な根拠となる。これは、既存薬の新たな適応拡大というbench-to-bedsideの好例である。
残された課題: 今後の検討課題として、アスパラギン酸が肺間質液に高濃度で蓄積する詳細なメカニズムの解明が挙げられる。原発腫瘍からの分泌因子がどのように肺の代謝環境を変化させるのか、その具体的な分子経路は今後の検討課題である。また、本研究は乳がん肺転移に焦点を当てたが、非小細胞肺がん(NSCLC)や肉腫など、肺転移を主経路とする他のがん種においても同様のシグナルカスケードが機能するかどうかを検証する必要がある。Limitationとしては、in vivo実験が主にマウスモデルに依存している点があり、ヒトにおけるアスパラギン酸シグナル伝達の全容を理解するためには、より大規模な患者コホートでの検証が不可欠である。
方法
In vivo実験: 4T1およびEMT6.5 (mouse breast cancer cell lines) マウス乳がんモデルを用いて、前転移ニッチ誘導実験を実施した。具体的には、腫瘍分泌因子であるTSFを静脈内投与した後、乳がん細胞を静脈内(i.v.)または乳腺脂肪パッド(m.f.p.)に投与した。マウスはBALB/c系統(6-8週齢)が用いられ、各群のサンプルサイズはn=3からn=18の範囲で設定された。シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq): 前転移ニッチ処置マウスと対照マウスの肺転移巣からがん細胞を分離し、scRNA-seq解析を実施した。データはSeurat v4.1.0およびMonocle3-alpha v2.99.3を用いて解析され、Hao et al. Cell 2021の統合解析手法も参考にされた。翻訳解析: ポリソームプロファイリング、SUnSET (surface sensing of translation:翻訳表面検出) アッセイ、および翻訳関連遺伝子セット解析(eIF5A活性評価)を実施した。ポリソームプロファイリングデータはDESeq2 v1.34.0 Love et al. GenomeBiol 2014およびfgsea v1.20.0 Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005を用いて解析された。代謝物測定: 肺間質液および血漿中のアスパラギン酸濃度をLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)法で定量した。13C同位体トレーサー: 13C4-アスパラギン酸を用いて、細胞表面と細胞内におけるアスパラギン酸の分布を解析した。機能実験: siRNA/shRNAによるDhps、Grin2d、eIF5A1/2のノックダウン、CREB(cAMP response element-binding protein)およびTGFβ(transforming growth factor-beta)阻害薬処理、Dohh (deoxyhypusine hydroxylase:デオキシハイプシン水酸化酵素) の過発現実験を行った。患者組織解析: UPTIDER急速剖検プログラム(KU/UZ Leuven)から得られた乳がん肺転移検体を用いて、免疫組織化学解析を実施した。遺伝子発現データはGEO(GSE14018)からダウンロードし、limma v3.50.1 Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015を用いて解析した。統計解析にはGraphPad Prism v.9およびv.10が用いられ、群間の比較には、unpaired two-tailed t-test with Welch’s correction、one-way ANOVA with Tukey’s multiple-comparison tests、またはtwo-way ANOVAが適用された。