- 著者: Sanooj Soni, Michael R. Wilson, Kieran P. O’Dea, Mariko Yoshida, Umar Katbeh, Samantha J. Woods, Masao Takata
- Corresponding author: Masao Takata (Section of Anaesthetics, Pain Medicine and Intensive Care, Faculty of Medicine, Imperial College London, Chelsea and Westminster Hospital, London, UK)
- 雑誌: Thorax
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-06-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 27287089
背景
急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) および急性肺障害 (ALI) は、重症例では40%を超える高い死亡率を示す重篤な疾患である。しかし、現在に至るまで有効な特異的治療法は確立されておらず、支持療法と肺保護換気が標準治療として行われているに過ぎない。このため、ARDSの複雑な病態生理を解明し、新たな治療標的を探索することは喫緊の課題とされてきた。特に、ARDSの初期段階における炎症カスケードの開始メカニズムは未解明な点が多かった。
マイクロベシクル (MV: microvesicles) は、エクソソームよりも大きいサイズ (0.1〜1 μm) の膜小胞であり、細胞の直接的な損傷、アポトーシス、または活性化に応じて細胞膜から直接出芽して放出される。MVは、タンパク質、受容体、核酸など多様な分子カーゴを搭載し、可溶性メディエーターや直接的な細胞接触とは独立した細胞間コミュニケーション経路として機能することが知られている Raposo et al. JCellBiol 2013。ARDSの原因となる炎症性疾患において、MVが重要な役割を果たす可能性が示唆されてきたが、気管支肺胞洗浄液 (BALF) 内のMVに関する研究は限られていた。特に、(1) 肺胞内のどの細胞種からMVが放出されるのか、(2) それらのMVが放出されるタイミングの順序、(3) これらのMVが肺胞上皮細胞を活性化して炎症を惹起する生物学的活性を持つかどうか、といった点は未解明であった。先行研究では、ARDS患者のBALF中に内皮細胞、上皮細胞、血小板由来のMVが存在することが確認されているが、これらが単なる細胞損傷のマーカーなのか、あるいはARDSの病態生理学的プロセスにおける主要な構成要素なのかは未だ不明確であった。例えば、Bastaracheら (2009) はARDS患者のBALF中にプロコアグラントな肺胞マイクロ粒子を報告しているが、その機能的役割は不明であった。また、Guervillyら (2011) は循環白血球マイクロ粒子の高レベルがARDSの転帰改善と関連することを示唆したが、その起源と具体的なメカニズムは未だに知識のギャップとして残されていた。さらに、肺胞マクロファージはALIの初期応答において中枢的な役割を担うことが知られているが、MVを産生して肺障害を仲介するという概念はこれまで提唱されていなかった点が、知識のギャップとして残されていた。本研究は、この未開拓な領域に焦点を当て、ALIにおけるMVの役割を詳細に解析することを目的とした。
目的
本研究の目的は、急性肺障害 (ALI) の病態生理における肺胞内マイクロベシクル (MV) の生物学的活性と機能的役割を特定することである。具体的には、以下の3点を検証する。
- LPS誘発マウスALIモデルにおいて、肺胞マクロファージ、上皮細胞、好中球という3種の細胞由来MVが気管支肺胞洗浄液 (BALF) 中でどのような時系列で放出されるかを定量的に解析し、その動態を明らかにすること。
- ALIの急性期において、肺胞マクロファージ由来MVが腫瘍壊死因子 (TNF) を搭載し、炎症シグナルを担持するかどうかを確認すること。
- 肺胞マクロファージ由来のTNF含有MVが、in vitroにおいて肺胞上皮細胞の細胞間接着分子-1 (ICAM-1) 誘導およびケラチノサイト由来サイトカイン (KC) 産生を引き起こすか、さらにin vivoにおいて気管内投与によりALIを誘発するかを実証すること。
結果
3細胞種由来MVsの時系列分離: LPS投与前の対照マウスBALF中にも、肺胞マクロファージおよび上皮細胞由来のMVsが少量検出された。LPS投与1時間後には、肺胞マクロファージ由来MVsが1,026±223/μLとピークに達し、3細胞種の中で最も高濃度かつ最も早い放出を示した (p<0.001; ANOVA/Tukey)。この時点で、n=5〜8匹のマウスが各群で評価された。上皮細胞由来MVsは1時間後から4時間後にかけて増加し続け、4時間後に1,177±477/μLでピークに達した (p<0.001)。好中球由来MVs (CD11b+/Ly6G+) は、対照および1時間後ではほとんど検出されなかったが、4時間後に731±153/μLへと著明に増加した (p<0.001)。このMV放出の順序 (マクロファージ先行→上皮→好中球後追) は、ALI病態の段階的進行を反映しており、各細胞種のMV放出が独立した機序で制御されることを示唆する (Figure 4)。特に、3群間の1時間後データ比較 (ANOVA) では、肺胞マクロファージ由来MVsが上皮および好中球由来MVと比較して有意に高濃度であり、マクロファージが初期ALI開始における最初の炎症性MV供給源であることが定量的に裏付けられた。
肺胞マクロファージ由来MVsのTNFカーゴ: LPS処置マウスBALFのMVペレットをELISAで解析した結果、有意なTNF量が検出されたが、IL-1βおよびIL-6は検出限界以下であった。対照マウスBALFのMVペレットでは、いずれのサイトカインも検出されなかった (Figure 5A)。フローサイトメトリーによる細胞表面TNF解析では、n=6匹のマウスから採取した肺胞マクロファージ由来MVs (CD11c+/F4/80+、<1 μm) の平均22.3%が表面TNF陽性であり、対照マウス由来MVsでは検出されなかった (Figure 5B)。TNFはMV膜に埋め込まれた膜型TNF (mTNF) として保持されているため、可溶性TNFとは異なる局所的・接触依存的シグナル伝達様式を持ち、これがMVを介した特異的な炎症誘発機構の基盤となることが示唆された。IL-1βとIL-6の欠如は、TNFがBALFの初期炎症性MV経路において主要サイトカインであることを支持する。
TNF搭載MVsによる肺胞上皮ICAM-1誘導 (in vitro): LPS処置マウスBALF混合MVsをMLE-12マウス肺胞上皮細胞に4時間処置すると、対照マウスMVsと比較してICAM-1発現 (MFI) が有意に増加した (p<0.001)。KC産生も有意に増加し (p<0.001)、LPS高用量 (100 μg/mL) 単独処置でのKC誘導を上回る量を示した (Figure 6)。これにより、MVの効果はLPS残存汚染物質によるものではなく、MV自体の生物活性によるものであることが確認された。in vitroで炎症性プライミング (LPS 1 μg/mL) とATP/A23187で産生した一次肺胞マクロファージ由来MVsでも、同様にMLE-12細胞のICAM-1を有意に増加させた (p<0.001)。この実験では、n=3〜5回の独立した実験が実施された。一方、非炎症性PBS処置マクロファージ由来MVsおよび洗浄後上清は効果を示さなかった (Figure 7C)。決定的に重要な知見として、抗TNF中和抗体 (10 μg/mL) の前処置は、ICAM-1増加とKC産生増加を完全に消失させた (p<0.001)。これは、TNFがMVの上皮活性化における主要なエフェクターであることを直接的に証明するものである。ICAM-1発現は、炎症性MV群で非炎症性MV群と比較して約2.5-foldの増加を示した。
In vivoでのMV気管内投与による急性肺障害の再現: 炎症性一次肺胞マクロファージ由来MVsを生理的相当量 (1,000〜1,500/μL相当) でナイーブC57BL/6マウスに気管内投与し、4時間後に盲検化評価を行った (n=5匹のマウスが各群に割り当てられた)。MV投与群では、洗浄後上清対照と比較して複数のALI指標が有意に悪化した (Figure 8)。BALFタンパク質量は有意に増加し (p<0.05; Wilcoxon rank sum test)、肺水腫の指標となった。BALFへの好中球流入数も有意に増加した (p<0.01; paired t test)。さらに、I型肺胞上皮細胞のICAM-1 MFIは有意に増加し (p<0.05)、II型肺胞上皮細胞のICAM-1 MFIも有意に増加した (p<0.01)。KC産生には増加傾向が見られたが、統計的有意差には達しなかった (p=0.06)。これらの結果は、生理的量の炎症性肺胞マクロファージ由来MVsがin vivoでALIの4主要パラメーター (肺水腫、好中球浸潤、I型上皮炎症、II型上皮炎症) を単独で誘発できることを示す決定的証拠である。MVs由来のTNFが膜型として局所的にデリバリーされることにより、可溶性TNF以上に効率的な上皮活性化が生じる可能性が示唆された。
考察/結論
本研究は、ALIの早期病態において肺胞内に複数の細胞種由来MVsが順次放出されることを初めて実証した。最重要な発見は、(1) 肺胞マクロファージが全細胞種の中で最も早くLPS投与1時間後にMVsをピーク放出し、(2) これらのMVsがTNFを積極的に搭載し (22.3%がTNF陽性)、(3) TNF含有MVsが肺胞上皮細胞のICAM-1誘導およびKC産生を引き起こし (TNF中和抗体で完全抑制)、(4) 生理的相当量のMVsをin vivoで投与するとBALFタンパク質増加、好中球浸潤、上皮ICAM-1増加が生じる、という一連の機能連鎖を示した点にある。
先行研究との違い: これまでの研究が単一のMV集団のみを調査したり、ALI/ARDSが確立された後のMV放出を評価したりしていた点と異なり、本研究は炎症応答の非常に初期段階におけるMVの動的な産生を示した点で新規性がある。特に、肺胞マクロファージがALIの初期段階でMVsの主要な供給源であることを明らかにした点は、これまで報告されていない知見である。
新規性: 本研究で初めて、肺胞マクロファージ由来MVsがALIの初期段階において炎症性メディエーターとして機能し、特にTNFを介して肺傷害を開始させることを新規に同定した。このMV放出の順序 (肺胞マクロファージ1時間→上皮4時間→好中球4時間) は、ALI病態の段階的進行という臨床的に認識された経過を分子レベルで裏付ける。これは、マクロファージ由来MVsが「最初の侮辱」として作用し、上皮活性化 (ICAM-1誘導) を介して好中球動員という炎症カスケードを開始するという仮説を支持する。
臨床応用: TNFがMV機能の主要メディエーターとして同定されたことは、ARDSの潜在的治療標的として意義深い。エタネルセプトなどの抗TNF療法はARDSの臨床試験で単独では有効性が示されなかったが、TNFがMV搭載型で供給されるという本研究の知見は、MV放出の阻害 (P2X7受容体拮抗など) や循環MV除去が新たな治療戦略として有効な可能性を示唆し、臨床応用への道を開く可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究ではMVとエクソソームの相互寄与が未評価である点が挙げられる。細胞活性化時にはエクソソームを含む他の細胞外小胞も放出されるが、MVとエクソソームの生物学には大きな違いがあるため、両者の役割を同時に調査することは本研究の範囲を超えていた。また、フローサイトメトリーの検出限界によりMV数が過小評価される可能性があり、単一のLPS-ALIモデルに限定されている点もlimitationである。さらに、TNF以外のMVカーゴの役割は未解明であり、MVと標的細胞間の正確な相互作用の性質 (表面での結合か、内部への取り込みかなど) についても、今後の検討課題として残されている。これらの基本的なメカニズムを完全に解明することが、ALIの病態生理におけるMVの役割を深く理解するために不可欠である。
方法
動物モデルと検体採取: 雄性C57BL/6マウス71匹 (10〜14週齢) を使用した。ケタミン (90 mg/kg IP) とキシラジン (10 mg/kg IP) による麻酔下で、「超純粋」LPS (E. coli O111:B4) 20 μgを50 μLの生理食塩水に溶解し、気管内投与 (i.t.) した。LPS投与1時間後または4時間後に動物を安楽死させ、気管切開後、BALFを700 μLの生理食塩水で回収した (n=5〜8/群)。すべてのプロトコルはImperial College Londonの倫理審査委員会により承認され、ARRIVEガイドライン (Animal Research: Reporting of In Vivo Experiments) に準拠して実施された。
MV精製・同定: BALFから細胞と大粒子を200×g (5分) で除去した後、上清を20,000×g (30分) で遠心分離し、MVsをペレット化した。MVsはフローサイトメトリーにより、以下の3つの基準で同定・計数された。(1) サイズが1 μm未満であること (0.88 μmサイジングビーズを参照)、(2) 親細胞特異的表面マーカー [CD11c/F4/80: 肺胞マクロファージ、EpCAM: 上皮細胞、CD11b/Ly6G: 好中球] が陽性であること、(3) 0.1% Triton X-100界面活性剤に対する感受性 (抵抗性イベントを差し引く) を示すこと。TNF含有量は、MV膜溶解後のELISAおよびフローサイトメトリー (抗TNF蛍光抗体) で評価した。
in vitro機能実験: LPS処置マウス (1時間後) または非処置対照マウスのBALFから精製したMVsを2回洗浄後、MLE-12マウス肺胞上皮細胞 (24ウェルプレート) に4時間処置した。培養上清中のKC (マウスIL-8ホモログ) をELISAで、MLE-12細胞のICAM-1発現をフローサイトメトリー (平均蛍光強度: MFI) で測定した。対照群として、(a) 対照マウス由来MVs、(b) MV除去後の洗浄後上清、(c) 低用量LPS (11 ng/mL)、(d) 高用量LPS (100 μg/mL)、(e) PBSを用いた。TNF中和試験では、抗TNFポリクローナル抗体 (10 μg/mL) をMV処置前にMLE-12細胞に添加した。
in vitro肺胞マクロファージ由来MV産生: 非処置マウスのBALFから一次肺胞マクロファージを回収し、LPS (1 μg/mL, 1時間) で炎症性プライミングを行った後、ATP (6 mM)、A23187 (40 μM)、およびecto-ATPase阻害剤 (ARL67156, 1 mM) で2時間刺激してMVsを産生させた。MVsは200×g→20,000×gの差次遠心により精製・2回洗浄した。「非炎症性」MVsはPBSのみで培養したマクロファージから同様に産生した。
in vivo MV気管内投与: in vitroで産生した炎症性肺胞マクロファージ由来MVs (またはペアリング対照の洗浄後上清) を、盲検化された処置としてナイーブC57BL/6マウスに気管内投与した。4時間後にマウスを安楽死させ、BALFタンパク質量 (Bradford法)、KC (ELISA)、好中球数、I型およびII型肺胞上皮細胞のICAM-1発現 (フローサイトメトリー) を測定した。
統計解析: Shapiro-Wilk正規性検定を実施し、可能な限り非パラメトリックデータを変換した。2群間の比較には、paired t testまたはWilcoxon rank sum testを用いた。3群以上の比較には、ANOVA (Tukey’s HSD) またはKruskal-Wallis (Dunn’s test) を使用した。統計的有意水準はp<0.05と定義し、データ解析とグラフ作成にはIBM SPSSおよびPrismソフトウェアを用いた。