- 著者: Kevin Kos, Muhammad A. Aslam, Rieneke van de Ven, Max D. Wellenstein, Wietske Pieters, Antoinette van Weverwijk, Danique E.M. Duits, Kim van Pul, Cheei-Sing Hau, Kim Vrijland, Daphne Kaldenbach, Elisabeth A.M. Raeven, Sergio A. Quezada, Rudi Beyaert, Heinz Jacobs, Tanja D. de Gruijl, Karin E. de Visser
- Corresponding author: Karin E. de Visser (Netherlands Cancer Institute)
- 雑誌: Cell reports
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-03-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 35235800
背景
乳がん (breast cancer) は転移性疾患が主な死因であり、その予防と治療は依然として満たされていない臨床的ニーズである。がん細胞の転移は、がん細胞と宿主細胞、特に免疫細胞との複雑な相互作用を伴う多段階のプロセスである。免疫システムは転移形成において二重の役割を果たすことが知られており、適切に活性化された細胞傷害性免疫細胞は転移を制御する能力を持つ一方で、腫瘍によって誘導される免疫抑制性免疫細胞は多様なメカニズムを介して転移を促進する。近年、転移の組織指向性が遠隔臓器の免疫環境によって影響される可能性が示唆されており、転移形成における複雑性が増している。しかし、免疫抑制メカニズムが転移部位ごとにどのように異なり、それが転移の組織指向性をどのように形成するかについては、依然として未解明な点が多い。
制御性T細胞 (Treg: regulatory T cell) は、がんにおける免疫抑制に関与する重要な細胞種であり、乳がん患者の腫瘍微小環境や末梢血で増加することが報告されている。特に、乳がん患者のセンチネルリンパ節 (SLN: sentinel lymph node) におけるTregの蓄積は、リンパ節転移との相関が臨床的に示唆されており、Tregが腫瘍流入リンパ節 (TDLN: tumor-draining lymph node) への転移を調節する可能性が示唆されてきた。しかし、乳がん原発腫瘍が遠隔臓器のTregをどのように全身的に変化させ、それが多臓器転移疾患においてどのような臓器特異的な機能的帰結をもたらすかは不明であった。
先行研究である Liyanage et al. (2002) や Wolf et al. (2003) の報告では、がん患者の末梢血および腫瘍微小環境においてTregの頻度が増加していることが示されていた。また、4T1細胞株を用いた乳がんモデルにおいてTregの枯渇が肺転移を抑制することが示されたが、これは原発腫瘍の増殖抑制による間接的な効果であり、肺転移ニッチへの直接的な影響ではない可能性が指摘されていた (Liu et al)。さらに、これまでの前臨床モデルによる検証は極めて限定的であり、腫瘍教育Tregがリンパ節と肺という異なる転移先でどのように異なる機能を発揮するか、ナチュラルキラー (NK: natural killer) 細胞との相互作用においてどのような組織特異性があるかは未解明であり、この知識のギャップ (knowledge gap) が残されていた。本研究は、これらの未解明な点を明らかにし、転移の臓器指向性におけるTregの役割を解明することを目的とした。このように、遠隔臓器における前転移ニッチ形成期でのTregの全身的かつ組織特異的な挙動に関する詳細な解析は、これまでデータが著しく不足しており、大きな課題が残されていた。
目的
本研究は、乳がんの発生が全身のTregに及ぼす表現型、機能的、転写的な影響を系統的に解析することを目的とした。具体的には、(1) 乳がん発生に伴うTregの全身的な拡大と活性化の程度を評価すること、(2) 腫瘍教育Tregがリンパ節転移と肺転移に対してどのように異なる機能的影響を持つかを解明すること、(3) Tregによるリンパ節転移促進の機序として、リンパ節ニッチにおけるNK細胞抑制の役割を検証すること、(4) 前臨床モデルで得られた知見をヒト乳がん患者のSLNにおけるTregとNK細胞の相互作用の解析により裏付けること、を主要な目的とした。
これらの目的を達成することで、転移性疾患における免疫抑制の臓器特異性を理解し、将来的に転移を予防または治療するための効果的な治療戦略を設計するための基盤を提供することを目指した。特に、Tregが異なる転移部位で異なる機能を果たすという仮説を検証し、そのメカニズムを解明することで、より個別化された転移治療アプローチの開発に貢献することを目指した。
結果
乳がん発生に伴う全身性Tregの拡大と活性化: KEP腫瘍担持マウス (n=15 mice) では、血液中のCD4+ T細胞に占めるTreg (FOXP3+) の頻度が野生型 (WT) の 3.7% から腫瘍担持マウスで 38.6% へと著明に増加した (Fig 1)。5種類の乳がんトランスジェニックマウスモデルすべてで、腫瘍担持マウスの血液Treg頻度がWT対照より有意に増加しており (p<0.05)、全身Treg拡大が乳がんに共通の現象であることが示された。Tregは活性化マーカーであるCTLA4、ICOS、CD103の発現増加を腫瘍内、TDLN、脾臓で示した (p<0.05、Fig 1)。腫瘍担持KEPマウス由来TregはWT由来Tregに比べてCD4+およびCD8+ T細胞増殖を 50% から 90% 抑制し (1:2 Treg:responder比)、有意に増強した免疫抑制機能を示した (p<0.01、Fig 1)。
腫瘍特異的Treg転写プロファイルの組織特異的再配線: バルクRNA-seq解析では、腫瘍内KEP TregとWT乳腺Tregの比較で 3707 遺伝子が有意差異発現を示した (q<0.05、Fig 2)。腫瘍内KEP Tregは既知の腫瘍浸潤Tregシグネチャーを有意に濃縮していた (GSEA、NES=2.180、FDR=0.0、Fig 2)。遠隔臓器Tregのトランスクリプトームでも、全組織でKEP vs WTで差異発現遺伝子が同定された。31個のコア遺伝子が全組織で共通して変化しており、これには Icos、Klrg1、Havcr2、Tigit、Tnfrsf9、Gzmb などの活性化・免疫抑制関連遺伝子が含まれ、これらは 2.5-fold increase 以上の発現上昇を示した。一方、PCAおよび相関解析により、組織コンテキストがTreg転写状態を規定する主要因子であることが確認され、リンパ系組織と非リンパ系組織 (肺) でTregは明確に異なるクラスタリングを示した (Fig 3)。
Treg枯渇によるリンパ節転移特異的抑制と肺転移への無効: anti-CD25-M2a neoadjuvant処理 (n=16 mice) は、腫瘍、脾臓、LN、肺、血液からTregを効率的に枯渇させ、腫瘍内CD4+およびCD8+ T細胞のIFNγ発現増加をもたらした (p<0.05、Fig 4)。しかし、原発腫瘍増殖速度は影響を受けなかった。乳腺切除後の転移評価では、腋窩TDLNの転移率が対照群の 93% (14/15 mice) からanti-CD25-M2a処置群の 56% (9/16 mice) へと有意に低下した (Fisher’s exact test; p<0.05、Fig 4)。この約50%のリンパ節転移率低下は、4つの独立したKEP腫瘍ドナーにわたって再現された。一方、肺転移数は対照群とTreg枯渇群で有意差がなかった (Fig 4)。
TregによるNK細胞への組織特異的影響: Treg枯渇マウス (n=6 mice) の腋窩TDLNでは、NK細胞のGranzyme B発現が有意に増加したが (p<0.05、Fig 5)、肺、血液、腫瘍のNK細胞は影響を受けなかった。同様に、腋窩TDLN NK細胞のみでCD107aの表面発現増加が認められ (p<0.05、Fig 5)、NDLNや肺NK細胞では変化がなかった。Foxp3 GFP-DTRマウスを用いたDT処理によるTreg枯渇では、TDLN NK細胞で 1036 遺伝子、肺NK細胞で 646 遺伝子の差異発現が認められ、GSEAでTDLN NK細胞にIL6-JAK-STAT3、IL2-STAT5経路が特異的に上方調節され、676 遺伝子がTDLN NK細胞のみで log2FC 1.5 以上の有意な上方調節を示した (Fig 5)。
NK細胞との共枯渇によるLN転移抑制の完全消失: Treg枯渇単独では腋窩LN転移率が有意に低下したが (p<0.05)、Treg + NK1.1共枯渇 (n=31 mice) ではリンパ節転移率が完全に回復した (Fisher’s exact test、p<0.05、Fig 6)。抗NK1.1単独ではLN転移率に変化はなく、肺転移はいずれの処置でも影響を受けなかった。この結果は、Tregによるリンパ節転移促進がTDLNでのNK細胞抑制を介することを実証した。
ヒト乳がん患者SLNにおけるTreg/NK比の変化: ヒト乳がん患者のセンチネルリンパ節 (SLN) のフローサイトメトリー解析では、腫瘍陰性SLN (n=7 patients) におけるTreg頻度は健常者腋窩リンパ節 (HLN, n=16 patients) と比較して有意に増加した (p<0.001、Fig 6)。CD56low CD16+ NK細胞は腫瘍陰性SLNで有意に減少した (p<0.01、Fig 6)。これにより、Treg/NK細胞比が健常者HLNに比べて乳がん患者SLNで有意に高かった (p<0.001、Fig 6)。
考察/結論
本研究は、乳がんが全身的かつ臓器特異的にTregを再教育し、リンパ節ニッチでのNK細胞抑制を通じてリンパ節転移を特異的に促進するという因果的メカニズムを確立した。
先行研究との違い: 4T1細胞株を用いた先行研究ではTreg枯渇が肺転移も抑制するとされたが、それは原発腫瘍がTreg枯渇に応答して縮小するための間接効果であり、直接的な肺転移ニッチへの効果ではないことが最近示されていた。本研究は、KEP腫瘍がTreg枯渇に応答しないため、この交絡を排除したクリーンな実験系で臓器特異的な直接効果を評価した点が方法論的に優れており、これまでの報告とは対照的な結果を示している。また、遺伝子改変マウスモデルベースのモデルは、免疫景観がヒト腫瘍により近いことも利点である。
新規性: 本研究は、Treg枯渇がリンパ節転移のみを有意に低減し肺転移には影響しないという発見を通じて、転移の臓器指向性が腫瘍固有の因子だけでなく遠隔転移ニッチの免疫コンテキストによっても規定されることを本研究で初めて示した。Treg枯渇によりTDLNのNK細胞は転写・タンパク質レベルで活性化されて抗転移効果を発揮するが、肺NK細胞は腫瘍担持マウスでTreg非依存的にCD27-CD11b-未成熟型への表現型シフトを起こし、Treg以外の免疫抑制機構が肺で優位に機能することを新規に明らかにした。
臨床応用: 乳がん患者の腫瘍陰性SLNでもTreg/NK比がすでに変化していることは、Tregが転移形成前からリンパ節ニッチを免疫抑制的に改変していることを示す。この知見は、Tregを標的としたneoadjuvant免疫療法が、リンパ節転移抑制という新たな治療コンセプトとして臨床応用されうることを示唆する。特に、リンパ節転移は乳がん患者の予後を大きく左右するため、この早期介入の可能性は臨床的意義が大きい。一方、肺転移はTreg標的療法のみでは制御できないため、肺特異的な免疫抑制機構の同定と組み合わせ戦略が必要である。
残された課題: 今後の検討課題として、腫瘍による全身Treg増殖・拡大の分子的メカニズム、TDLNニッチ特異的なTreg-NK相互作用の分子基盤、ヒト乳がんでのTreg/NK相互作用のin vivo因果的証明、および他のがん種・転移部位での本概念の外部妥当性の検証が残されている。また、バルクRNA-seqではTregの異なるサブポピュレーションの変化を詳細に捉えることが難しいため、シングルセルRNA-seqなどの技術を用いたさらなる解析が今後の研究方向性として挙げられる。
方法
動物モデル: 自然発症浸潤性小葉乳がん (ILC: invasive lobular carcinoma) を再現する K14-cre;Cdh1 F/F;Trp53 F/F (KEP) トランスジェニックマウス (6-8ヶ月齢で自然発症) を使用した。このKEPマウスモデルは、ヒトの浸潤性小葉乳がんの病態をよく再現することが知られている。多臓器自然発症転移モデルとして、KEP腫瘍断片を同所移植後に乳腺切除 (NEO-mastectomy) し転移を観察するKEP乳腺切除モデルを使用した。また、Treg枯渇実験には FVB/n 背景の Foxp3 GFP-DTR (diphtheria toxin receptor) マウスも利用した。対照群として野生型 (WT: wild-type) の FVB/n マウスを使用した。
Tregの表現型・機能解析: 腫瘍担持KEPマウス (腫瘍サイズ225 mm^2) とWT対照マウスの腫瘍、血液、TDLN (腋窩/鼠径)、脾臓、肺、非流入リンパ節 (NDLN: non-draining lymph node) からTregを採取した。フローサイトメトリーにより、CTLA4、ICOS、CD103、ST2、Ki67、CD107a、Granzyme Bなどの活性化マーカーおよび細胞傷害性分子の発現を解析した。機能的抑制アッセイは、Cell Trace Violet (CTV) 希釈を指標にCD4+およびCD8+ T細胞の増殖抑制率を評価した。
バルク RNA-seq: FACSソートされたTreg (CD4+CD25 high) を血液、TDLN、肺、脾臓、健常乳腺、腫瘍から取得し、RNA-seqを実施した。また、Foxp3 GFP-DTRマウスからもTDLNおよび肺のNK細胞 (CD3-NKp46+DX5+) をFACSソートしてRNA-seqを行い、ジフテリア毒素 (DT: diphtheria toxin) 処理 (Treg枯渇) 群とPBS対照群で比較した。遺伝子発現解析にはLimma/VoomおよびedgeRパッケージを使用し、Ingenuity Pathway Analysis (IPA) およびGene Set Enrichment Analysis (GSEA) を用いてパスウェイ解析を行った (Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005; Liberzon et al. CellSyst 2015)。
Treg枯渇実験: Fc改変抗CD25抗体 (anti-CD25-M2a、200 μg/週 × 2週、neoadjuvant) を用いて、腫瘍内および末梢のTregを効率的に枯渇させた。共枯渇実験では、抗NK1.1抗体 (NK細胞枯渇) または抗CD8抗体 (CD8+ T細胞枯渇) をanti-CD25-M2aと併用した。
統計解析: 腋窩TDLNの転移率は Fisher’s exact test で比較し、肺転移は定量的に評価した。また、多群間比較には one-way ANOVA または two-way ANOVA を適用し、2群間比較には Student t-test または Mann-Whitney U test を用いて解析した。