• 著者: Sarene Koh, Antonio Bertoletti
  • Corresponding author: Antonio Bertoletti (Duke-NUS Graduate Medical School, Singapore)
  • 雑誌: Journal of hepatology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-06-30
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 24993529

背景

T細胞を用いたがん免疫療法は、長らくその有効性について懐疑的な見方が存在した。その主な概念的問題は、T細胞が本来、非自己タンパク質を発現する細胞を認識・排除するのに対し、がん細胞は通常、自己抗原である「腫瘍関連抗原 (TAA)」を発現している点にあった。TAAは正常細胞にも発現しているため、TAA特異的T細胞の誘導は困難であり、たとえキメラTCRを用いて人工的に作製したとしても、正常組織への交差毒性リスクが極めて高いことが懸念された。実際に、HER2を標的とするCAR-T細胞療法において、重篤な心毒性が報告された事例も存在する (Morgan et al. MolTher 2010)。また、MAGE-A3やTitinを標的としたTCR遺伝子導入T細胞療法でも、神経毒性や心血管毒性が報告されており、自己抗原を標的とすることの危険性が指摘されてきた (Morgan et al. J Immunother 2013, Linette et al. Blood 2013)。

しかし、がん細胞の遺伝子変異が「ネオ抗原」と呼ばれる変異特異的な非自己抗原を産生し、これを標的とすることで有効な腫瘍特異的T細胞応答が誘導できるという概念が黒色腫で示されて以来、この分野に大きな変革が起きた (Coulie et al. Nat Rev Cancer 2014)。ネオ抗原は患者固有のがん細胞にのみ発現するため、正常組織へのオフターゲット反応を最小限に抑えつつ、強力な抗腫瘍免疫応答を誘導できる可能性を秘めている。このアプローチは、従来のTAAを標的とする免疫療法が抱えていた自己反応性や毒性の課題を克服する可能性を提示し、がん免疫療法の新たなフロンティアを開拓するものであった。しかし、このネオ抗原戦略が黒色腫以外の、特に上皮性がん(全がんの約80%を占める)においても適用可能であるかについては、まだ十分なエビデンスが不足しており、その臨床的有用性は未解明な部分が多かった。

目的

本コメンタリーは、Tran et al. (Science 2014) が転移性胆管癌患者において実施した画期的な研究の意義を解説することを目的とする。具体的には、ホールエクソームシーケンシング (WES) に基づく個別化変異特異的養子T細胞療法が、黒色腫以外の主要ながん種である上皮性がんにも適用可能であることを論じ、その有効性と将来的な応用可能性について考察する。Tran et al.の研究は、ERBB2IP変異特異的CD4+ TH1細胞を同定し、養子細胞療法により腫瘍退縮を達成したものであり、本コメンタリーではこの成果が個別化免疫療法の概念を上皮性がんへ拡張する上でいかに重要であるかを強調する。また、このアプローチが従来の免疫療法が抱えていた正常組織への毒性リスクを低減しうる可能性についても言及する。

結果

Tran et al.による変異特異的CD4+ TH1細胞の同定プロセス: 標準化学療法に抵抗性を示した転移性胆管癌患者の肺転移巣から腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) が採取された。ホールエクソームシーケンシング (WES) を用いて、腫瘍特異的な26の体細胞変異が同定された。これらの変異配列をコードするミニ遺伝子ライブラリーが作製され、患者由来の自己抗原提示細胞 (APC) に発現された。患者のTILをこのライブラリーを発現したAPCで刺激したところ、ERBB2IP (ErbB2 interacting protein) の変異体のみを特異的に認識し、ワイルドタイプには反応しないCD4+ T細胞が同定された。これらのT細胞はHLA-DQB1/0601拘束性であり、13アミノ酸のミニマルエピトープを認識し、単クローン性またはオリゴクローン性のTCRレパートリーを持つCD4+ TH1細胞であることが特徴づけられた。この同定プロセスは、上皮性がんにおいてもネオ抗原特異的T細胞が存在し、それが免疫原性を持ちうることを初めて実証したものである。

第1回養子細胞療法による腫瘍退縮と約1年間の病変安定: 同定・増殖されたTIL、総数424億個が患者に養子移入された。このTIL集団のうち、約25%がERBB2IP変異反応性CD4+ TH1細胞であった。治療の結果、患者の肺転移病変は縮小し、約1年間の病変安定が達成された。この腫瘍縮小は、変異ネオ抗原特異的CD4+ TH1細胞が上皮系がんで機能的に有効な抗腫瘍効果を発揮しうることを初めて臨床的に実証したものであり、個別化免疫療法の概念実証として極めて重要な意義を持つ。この結果は、CD8+ CTLだけでなく、CD4+ TH1細胞もがん免疫療法における有効なエフェクター細胞となりうることを示唆している。

第2回治療による加速的腫瘍退縮: 初回治療後、約1年で病勢進行が認められたため、患者には2回目の養子移入が実施された。この2回目の治療では、Vβ22+ ERBB2IP変異反応性TH1細胞が95%以上の高純度で用いられた。その結果、初回治療よりもさらに加速的な腫瘍退縮が確認された。この結果は、T細胞の純度と特異性が治療効果に大きく影響する可能性を示唆するとともに、同じネオ抗原エピトープを繰り返し標的とすることによっても、持続的な抗腫瘍応答が誘導されうることを示した。これは、腫瘍が単一のネオ抗原標的に対して免疫逃避を起こす可能性に対する重要な示唆を与えるものである。

本研究が示した概念的意義: 本コメンタリーは、Tran et al.の研究が持つ3つの重要な概念的意義を強調している。第1に、変異特異的ネオ抗原が黒色腫だけでなく、全がんの約80%を占める上皮系がんにも存在し、治療応用が可能であることである。これは、個別化免疫療法の適用範囲を大幅に拡大する可能性を示す。第2に、CD8+ CTLだけでなく、CD4+ TH1細胞も変異標的療法の有効なエフェクターとなりうることである。これは、がん免疫療法におけるT細胞サブセットの役割に関する理解を深めるものである。第3に、変異特異的T細胞は患者固有のがん細胞のみを標的とするため、「オフターゲット」反応や正常組織毒性を最小化できることである。これにより、従来の免疫療法で問題となっていた重篤な副作用のリスクを低減し、より安全な治療法を提供できる可能性が示唆された。これらの知見は、ホールエクソームシーケンシングと養子T細胞療法を組み合わせた個別化免疫療法の概念的基盤を上皮系がんへ拡張する重要な証明として評価された (Fig 1)。

考察/結論

本コメンタリーは、Tran et al.の研究が個別化がん免疫療法の概念実証として極めて重要であると評価している。特に、上皮性がんにおけるネオ抗原特異的T細胞の存在と、その養子細胞療法による臨床的有効性を初めて示した点は画期的である。

先行研究との違い: これまでのネオ抗原を標的とした免疫療法の成功例は、主に黒色腫に限定されていた。しかし、本研究は、全がんの約80%を占める上皮性がんである胆管癌においても、変異特異的ネオ抗原が免疫原性を持ち、CD4+ TH1細胞による腫瘍退縮が可能であることを示した点で、これまでの報告とは対照的である。この成果は、個別化免疫療法の適用範囲を大幅に拡大する可能性を示唆している。

新規性: 本研究で初めて、ホールエクソームシーケンシングを用いて同定されたERBB2IPの体細胞変異が、患者の腫瘍浸潤リンパ球によって認識されるネオ抗原として機能し、その変異特異的CD4+ TH1細胞が養子移入によって転移性上皮性がんの退縮を誘導できることを新規に実証した。これは、CD8+ T細胞だけでなくCD4+ T細胞も強力な抗腫瘍エフェクターとなりうるという、がん免疫学における重要な知見を提供するものである。

臨床応用: 本知見は、多くの難治性がん患者に対して真の個別化免疫療法をもたらす現実的な可能性を示す。患者固有の変異ネオ抗原を標的とすることで、正常組織へのオフターゲット毒性を最小限に抑えつつ、強力な抗腫瘍効果を期待できるため、臨床応用への道筋を開くものである。特に、標準治療に抵抗性の患者に対する新たな治療選択肢として、臨床的意義は大きい。

残された課題: しかし、本研究は単一患者からのデータであり、その普遍性を検証するためには、より多数の患者、多様な上皮性がんでの検証が残された課題である。また、技術的な限界として、数百もの変異を持つ遺伝子不安定ながん(例えば、マイクロサテライト不安定性を示すがん)において、すべての変異をスクリーニングし、免疫原性のあるネオ抗原を同定することは、現行技術では依然として困難である。さらに、腫瘍の遺伝子異質性を考慮すると、単一の変異エピトープを標的とするだけでは、腫瘍が免疫逃避(標的抗原のダウンレギュレーションなど)を起こし、免疫抵抗性クローンが選択されるリスクも指摘されている (Khong et al. J Immunol 2004)。今後の検討課題として、複数のネオ抗原を同時に標的とするマルチエピトープ戦略や、免疫編集による抗原消失を克服するアプローチの開発が挙げられる。

将来的な応用可能性として、BertolettiとKohは、HBV関連肝細胞癌 (HCC) への応用を示唆している。HBV関連HCCでは、HBV-DNAのゲノムへの統合が高頻度に起こり (Sung et al. Nat Genet 2012)、HBVタンパク質という非自己抗原が高頻度に存在するため、変異特異的戦略よりもさらに有力な標的となりうる可能性がある (Koh et al. Mol Ther Nucleic Acids 2013)。このパイオニア的な研究は、ホールエクソームシーケンシングと養子T細胞療法の組み合わせが、多くの異なるがんに真の個別化免疫療法をもたらす新たな可能性を開くものとして高く評価される。

方法

本論文は、Tran et al. (Science 2014) の研究成果を解説するコメンタリーであるため、著者ら自身による実験的な「方法」セクションは該当しない。しかし、Tran et al.の研究で用いられた主要な手法は以下の通りである。

患者選択と腫瘍組織の採取: 標準化学療法に抵抗性を示した転移性胆管癌患者が対象とされた。この患者の肺転移巣から腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) が採取された。

ホールエクソームシーケンシング (WES) による変異解析: 採取された腫瘍組織と正常組織のDNAを用いてWESが実施された。これにより、腫瘍特異的な体細胞変異が網羅的に同定された。同定された変異は26種類であった。

ミニ遺伝子ライブラリーの作製と抗原提示: 同定された26の変異配列をコードするミニ遺伝子ライブラリーが作製された。これらのミニ遺伝子は、患者由来の自己抗原提示細胞 (APC) に導入され、変異タンパク質を発現させた。

変異特異的T細胞のスクリーニングと同定: 患者から採取されたTILを、ミニ遺伝子ライブラリーを発現させた自己APCで刺激し、変異特異的なT細胞応答を評価した。このスクリーニングにより、ERBB2IP (ErbB2 interacting protein) の変異体のみを特異的に認識し、ワイルドタイプには反応しないCD4+ T細胞が同定された。これらのT細胞はHLA-DQB1/0601拘束性であり、13アミノ酸からなるミニマルエピトープを認識し、単クローン性またはオリゴクローン性のTCRレパートリーを持つCD4+ TH1細胞であることが特徴づけられた。

変異特異的T細胞の増殖と養子細胞療法: 同定されたERBB2IP変異特異的CD4+ TH1細胞は、体外で大量に増殖された。増殖されたTILは、患者に養子移入された。初回治療では総数424億個のTILが移入され、そのうち約25%がERBB2IP変異反応性T細胞であった。病勢進行後には、2回目の養子移入が実施され、この際にはVβ22+ ERBB2IP変異反応性TH1細胞が95%以上の高純度で用いられた。

治療効果の評価: 養子細胞療法後の患者の腫瘍病変の変化は、画像診断などを用いて評価された。これにより、腫瘍退縮の程度や病変安定期間が確認された。