- 著者: Morgan RA, Yang JC, Kitano M, Dudley ME, Laurencot CM, Rosenberg SA
- Corresponding author: Richard A. Morgan (rmorgan@mail.nih.gov)
- 雑誌: Molecular Therapy
- 発行年: 2010
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 20179677
背景
ERBB2 (HER-2/neu) は、乳癌の15〜25%で遺伝子増幅・過剰発現が認められる重要な分子であり、大腸、卵巣、胃、腎、黒色腫などでも発現が報告されている (Slamon et al. 1989, Ross and McKenna 2001)。トラスツズマブ(ヒト化抗ERBB2モノクローナル抗体)は転移性乳癌の標準治療として確立されているが (Hudis 2007)、乳癌以外の腫瘍ではERBB2の発現レベルが低く、抗体療法では十分な効果が得られないことが課題であった。このような「ERBB2低発現腫瘍」に対する強力な代替戦略として、キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞療法が研究されてきた。米国国立がん研究所 (NCI) Surgery Branchでは、転移性黒色腫に対するTCR遺伝子改変T細胞療法において、143例の患者に治療関連死なく施術してきた実績がある (Morgan et al. Science 2006)。この実績に基づき、ERBB2-CAR T細胞療法の臨床応用が試みられた。
本研究で用いられたERBB2を標的とするCARコンストラクト (4D5-CD8-28BBZ) は、ヒト化モノクローナル抗体4D5 (トラスツズマブ) のscFvに、CD8αヒンジ/膜貫通領域を介してCD28、4-1BB (CD137)、CD3ζシグナリングドメインを直列に連結した「第3世代CAR」である。このCARは、ヒト乳癌異種移植モデルにおいて強力な抗腫瘍活性を示すことが報告されていた (Zhao et al. 2009)。安全性に関する事前評価では、トラスツズマブの多数例投与実績、ERBB2ワクチン試験での安全性、および従来のTCR遺伝子改変T細胞療法の安全実績が考慮された。しかし、正常組織におけるERBB2の低レベル発現が安全性に与える影響については、十分に検討されていなかった点が未解明であった。特に、CAR-T細胞が正常組織の低レベル抗原を認識した場合のオンターゲット毒性のリスクは、当時のCAR-T細胞療法の安全性評価における重要な課題として残されていた。
目的
ERBB2過剰発現転移性大腸癌患者に対し、最適化されたERBB2-CAR T細胞(第3世代、CD28+4-1BB+CD3ζ)をリンパ球除去前処置後に10^10個投与した際の安全性と治療効果を評価することを目的とした。本症例は、Phase I/II用量漸増試験における最初の投与コホートの患者である。
結果
CAR-T細胞投与直後から急速なサイトカインストームと多臓器不全が進行し、投与5日後に死亡した: 30分間のCAR-T細胞輸注完了後15分以内に、患者は呼吸困難と酸素飽和度低下を発症した。輸注40分後の胸部X線では肺水腫が認められ、2時間および4時間後のX線で増悪した。呼吸機能低下のため集中治療室 (ICU) へ転送され、輸注約1時間後に挿管管理となった。その後、重篤な低血圧を呈し、昇圧剤の投与が必要となった。輸注5時間後からデキサメタゾン (8 mg/6時間) が開始された。輸注後12時間以内に2回の心停止があり、いずれも心肺蘇生術を要した。最大強度の人工呼吸器管理と昇圧剤投与にもかかわらず病態は改善せず、進行性の低血圧・徐脈と消化管出血(小腸内大量出血)による心停止により、CAR-T細胞投与5日後に死亡した。剖検では、多臓器における全身性虚血と出血性微小血管病変、急性呼吸窮迫症候群に一致するびまん性肺胞傷害、全身性横紋筋融解症が確認された。死因は、初期肺傷害に続発した多臓器不全と消化管出血による心停止と判断された。
サイトカインの急上昇が認められ、TGN1412による致死的サイトカインストームのパターンと類似した: 輸注4時間後の血清サイトカイン測定では、IFNγ 11,456 pg/ml、TNFα 380 pg/ml、GM-CSF 10,191 pg/ml、IL-6 34,467 pg/mlと、4種類のサイトカインが著しく増加しピーク値を示した (Figure 2)。これらのサイトカインの輸注前値は、IFNγ、GM-CSF、IL-6では検出限界以下であり、TNFαでは0〜51 pg/mlであった。IL-10は研究期間を通じて持続的に上昇した (輸注前8 pg/ml → 輸注約100時間後219 pg/ml)。これらのサイトカイン動態は、TGN1412 (抗CD28抗体) による致死的サイトカインストームのパターンと類似していた (Suntharalingam et al. NEnglJMed 2006)。サイトカイン遺伝子多型解析では、IL-6 (-174G/C ヘテロ接合)、IL-10 (-1082G ホモ接合)、TGFβ1 (10T/25G ホモ接合) の遺伝子型が、高いIL-6・IL-10・TGFβ産生と敗血症性ショック・重症敗血症死亡率増加に関連することが判明した (Figure 3)。
CAR-T細胞は肺に高度に集積し、正常肺上皮のERBB2低発現を認識したオンターゲット毒性を示唆した: 剖検組織でのqPCRによるベクター含有細胞の分布解析では、CAR-T細胞が肺(相対値0.44〜1.59)および縦隔・傍大動脈リンパ節(相対値0.70〜2.64)に最も高濃度で存在した (Table 2)。一方、肝転移巣(0.03〜0.34)や肺転移巣(0.08〜0.29)への選択的集積は認められなかった。これは、先行のHER2特異的CTLクローン輸注試験で^111In標識T細胞が肺に初回通過集積(90%レベル)することが確認されていたことと一致する所見であった。剖検の免疫組織化学では、肝転移巣 (ERBB2 3+、>50%) と肺転移巣 (ERBB2 2+、>50%) でERBB2過剰発現が確認されたが、正常肺実質、正常肝組織、正常乳腺でも低レベルのERBB2発現が確認された。in vitro再試験では、凍結保存した輸注産物がNHBE (正常ヒト気管支/気道上皮細胞) 等のallogeneic初代培養細胞に対して反応性を示したが、自家DC・マクロファージに対しては反応性を示さなかった (Figure 4)。
考察/結論
本症例は、CAR-T細胞療法における「on-target off-tumor」毒性の最も重篤な例であり、CAR-T細胞研究の歴史的転換点となった。推定される死亡メカニズムは、10^10個という大量のCAR-T細胞が静注後の肺初回通過時に肺組織に集積し、正常肺上皮のERBB2低発現(正常組織にも低レベルで存在)を認識してTNFαとIFNγを放出、急性肺傷害と肺水腫が生じたというものである。これがトリガーとなり全身性サイトカインストームへと進展し、多臓器不全に至ったと考えられた。この機序は、炭酸脱水酵素IX標的CAR-T細胞での胆管上皮毒性(肝臓胆管への集積) (Lamers et al. JClinOncol 2006)や、TGN1412抗CD28抗体での致死的サイトカインストーム (Suntharalingam et al. NEnglJMed 2006)と共通する「on-target正常組織毒性」の枠組みで理解される。
先行研究との違い: これまでのCAR-T細胞臨床試験では、CD3ζ単独のCARコンストラクトが用いられており (Pule et al. NatMed 2008, Kershaw et al. ClinCancerRes 2006, Park et al. MolTher 2007, Till et al. Blood 2008)、本研究で採用されたCD28と4-1BBの両方を含む第3世代CARは、その強力な活性化能ゆえに、正常組織の低レベル抗原に対する過剰な反応を引き起こす可能性が示された点で、これまでの報告と対照的である。また、従来のTCR遺伝子改変T細胞療法では治療関連死が報告されていなかった (Morgan et al. Science 2006)が、本症例では致死的な毒性が発現した。
新規性: 本研究で初めて、ERBB2標的CAR-T細胞が正常肺上皮の低レベルERBB2発現を認識し、致死的なサイトカインストームと多臓器不全を引き起こすという、固形腫瘍CAR-T療法における重篤なオンターゲットオフ腫瘍毒性のメカニズムを新規に実証した。この知見は、CAR設計におけるコスティムレーションドメインの選択の重要性と、標的抗原の正常組織発現評価の徹底が不可欠であることを明確に示した。
臨床応用: 本症例は、CAR-T細胞療法の臨床応用における根本的な安全原則を確立した。具体的には、(1) 標的抗原の正常組織発現の網羅的事前評価、特に肺や心臓などの重要臓器での発現は慎重に評価すべきであること、(2) 未知の標的に対しては、10^10個という細胞数は死亡リスクをもたらす可能性があり、2〜3 log低い用量から開始すべきであること、(3) CD28と4-1BBの両方を含む第3世代CARは過剰活性化のリスクをもたらす可能性があるため、CAR設計における安全性考慮が重要であること、(4) 用量漸増試験においても最初の投与コホートを「最大限低いリスク」に設計する重要性が示された。これらの教訓は、今後の固形腫瘍CAR-T療法開発の臨床的意義に大きく貢献する。
残された課題: 患者のサイトカイン遺伝子多型(IL-6、IL-10の高産生型)が過剰なサイトカイン反応の素因として働いた可能性は排除できないが、主要因はCAR-T細胞とERBB2正常発現組織の相互作用であると考えられた。今後の検討課題として、CAR-T細胞の活性化閾値と正常組織における標的抗原発現レベルとの相関関係をより詳細に解析する必要がある。また、CAR設計におけるコスティムレーションドメインの最適化や、サイトカイン放出症候群を早期に診断し介入するためのバイオマーカー開発も今後の研究方向性として挙げられる。
方法
本研究は、NCI-09-C-0041「ERBB2を発現する転移性癌に対するリンパ球除去前処置後の抗HER2遺伝子改変リンパ球輸注 Phase I/II試験」プロトコルに基づき実施された。本試験は用量漸増試験として設計され、本患者は最初の投与コホートの対象であった。統計手法としては、安全性評価項目に基づき有害事象の発生率を評価した。
患者は、39歳女性で、肺および肝転移を有するERBB2陽性転移性大腸癌(免疫組織化学2+以上)と診断された。5-FU/レボホリナート/オキサリプラチン+ベバシズマブ、FOLFIRI、カペシタビン/オキサリプラチン/ベバシズマブの3レジメンに失敗した後、NCI Surgery Branchに紹介された。
CARの構築には、MSGV1-4D5-CD8-28BBZγレトロウイルスベクターが用いられた。このベクターは、4D5 scFvとCD8αヒンジ/膜貫通ドメイン、さらにCD28、4-1BB、CD3ζのシグナリングドメインを連結した第3世代CAR構造を持つ。T細胞の製造は、患者の末梢血単核球 (PBMC) をOKT3 (抗CD3抗体) とIL-2で活性化後、RetroNectinコート24穴プレートでレトロウイルスを導入した。遺伝子導入効率は79%であった (Figure 1)。その後、急速拡大プロトコル(OKT3+放射線照射同種PBL (peripheral blood lymphocyte) feeder+IL-2 6,000 IU/ml)により最終細胞数を確保した。
患者には、非骨髄破壊的リンパ球除去前処置として、シクロホスファミド60 mg/kgを2日間、フルダラビン25 mg/m²を5日間投与した。CAR-T細胞は、10^10個(125 ml中)を30分かけて静脈内投与した。IL-2の追加投与は行われなかった。
死後解析として、剖検組織(多臓器)からDNAを抽出し、qPCRによりベクター含有細胞の組織分布を測定した。血清サイトカイン(ELISAおよびSearchLightアレイ)の時系列解析を実施し、サイトカイン遺伝子多型(PCR-SSP法)も評価した。