- 著者: Holden T. Maecker, J. Philip McCoy, Robert Nussenblatt
- Corresponding author: Holden T. Maecker (Institute for Immunity, Transplantation and Infection, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA 94305, USA; maecker@stanford.edu)
- 雑誌: Nature Reviews Immunology
- 発行年: 2012
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 22343568
背景
ヒト免疫系は個体間の遺伝的・環境的変動が大きく、健常状態の詳細な免疫表現型 (immune phenotype) の基準値も疾患への移行を示す免疫学的変化の全体像も部分的にしか解明されていなかった。この包括的解明を「Human Immunology Project」と呼び、Davis (Immunity 2008) はその理論的基盤を提示した。ヒトゲノムプロジェクトに相当するこの構想は、主要免疫細胞サブセットの比率・活性化状態・TCR (T cell receptor)/BCR (B cell receptor) レパートリー等を健常人・疾患患者で大規模に収集し、ワクチン接種・感染・加齢・疾患に伴う変化を体系的に記述することを目指す。
フローサイトメトリーはその実現ツールとして最有力であった。HIV/AIDS 研究では、CD4+T 細胞数の経時的減少 (Fahey et al. 1987)、CD4/CD8 比の逆転 (Lifson et al. 1985)、CD38+CD8+T 細胞数の増加 (Kestens et al. 1992) が疾患進行の指標として確立され、HIV 特異的 CD8+T 細胞の高増殖能と多機能性サイトカイン産生が非進行者の特徴であることが報告された (Migueles et al. Nature Immunol 2002; Betts et al. Blood 2006)。白血病・リンパ腫の診断にも血液・骨髄の免疫表現型解析が活用され、高齢化に伴う CD28-negative (CD28-, a marker of terminally differentiated effector T cells) 後期エフェクター T 細胞の増加も免疫老化指標として同定されていた。
しかし既報の多施設フローサイトメトリー研究では、試薬・サンプル処理・機器設定・データ解析の各段階で測定値の施設間変動が大きく、比較研究を困難にしていた (Gratama et al. Cytometry 1997)。遺伝子発現マイクロアレイは MAQC (Microarray Quality Control) コンソーシアム・ERCC (External RNA Controls Consortium)・EMERALD (European Microarray Reference Laboratory and Data standardization) プロジェクト等の主導により商業プラットフォーム間の再現性が確立されたが (Shi et al. Nature Biotechnology 2006)、フローサイトメトリーは階層的ゲート (gates) 構造による複雑さから同様の標準化に手薄な状態が続いた。大規模縦断研究・多施設共同研究・国際データ統合という実際のニーズに対し、「標準化されたヒト免疫表現型解析アッセイが存在しない」というgap in knowledgeが明確に存在し、Human Immunology Project の成立条件として解決が不足していた。
目的
Human Immunology Project の実現に向け、PBMC フローサイトメトリー免疫表現型解析の標準化に必要な要素を試薬・サンプル処理・機器設定・データ解析の 4 領域で体系的に整理する。また NIH と FOCIS (Federation of Clinical Immunology Societies) が 2009 年に形成した HIPC (Human Immunophenotyping Consortium) および 2011 年 FITMaN ワークショップが提案した標準 8 色抗体パネルを紹介し、Human Immunology Project の実現に向けた今後の方向性を示す。
結果
T 細胞サブセットの標準定義:CCR7/CD45RA 系パネルと代替マーカーの評価:FITMaN ワークショップで合意した T 細胞サブセット分類の中心は CCR7 (C-C chemokine receptor type 7) と CD45RA (CD45 restricted antigen A, a marker of naive and terminally differentiated T cells) の 2 マーカーによる 4 段階成熟分類である (Fig. 2)。ナイーブ T 細胞 (CCR7+CD45RA+)・中央記憶 T 細胞 (CCR7+CD45RA-)・エフェクター記憶 T 細胞 (CCR7-CD45RA-)・エフェクター T 細胞 (CCR7-CD45RA+) の 4 サブセットが CD4+・CD8+ 両系統に適用される。この分類は Sallusto et al. (Nature 1999; Sallusto et al. 1999) の 2 サブセット分類を出発点に発展したものである。CCR7 は過去には低発現のため染色が困難だったが、新クローン (150503) の導入により高輝度染色が実現した。代替候補の CD62L は密度勾配遠心 (density gradient separation) や PBMC 凍結保存 (cryopreservation) で発現が著しく低下するため、凍結保存を必要とする縦断的多施設試験には不適切と判断された。CD27 は CCR7-TEM 集団の一部にも発現するためCCR7 の完全代替にはならない。最終的なパネルは CD3/CD4/CD8/CCR7/CD45RA に活性化マーカー CD38・HLA-DR (human leukocyte antigen-DR) を加えた 8 色構成とされた (Table 2)。Treg (regulatory T cells) 細胞は CD3/CD4/CD25/CD127/CCR4 (C-C chemokine receptor type 4)/CD45RO、Th1/Th2/Th17 細胞は CD3/CD4/CD8/CXCR3 (C-X-C chemokine receptor type 3)/CCR6 (C-C chemokine receptor type 6)/CD38 で識別する別パネルが設定された。活性化マーカーとして CD38+HLA-DR+T 細胞の頻度は HIV 感染での疾患活動性指標として確立されており、ワクチン誘導免疫・自己免疫・慢性炎症の評価にも応用が期待された。
B 細胞・NK 細胞・樹状細胞・単球の標準的サブセット定義:B 細胞は IgD (immunoglobulin D)・CD27・CD38・CD24 の 4 マーカーで主要サブセットを定義する。ナイーブ B 細胞 (CD27-IgD+)・記憶 B 細胞 (CD27+IgD-)・形質芽細胞 (CD38+CD27+)・移行 B 細胞 (CD24hiCD38hi) が識別される。CD20- になる形質芽細胞を正確に定義するため B 細胞親集団の定義に CD19 を必ず含めることが推奨された。特にワクチン接種後の形質芽細胞急増は体液性免疫応答の指標となり (Wrammert et al. Nature 2008)、今後のバイオマーカー利用が期待される。NK 細胞は末梢血において CD16+CD56low (多数派、細胞傷害能高) と CD16-CD56hi (少数派、CD56low への中間分化段階) の 2 集団に大別される (Beziat et al. J Immunol 2011)。NK 細胞・単球・DC のサブセット同定はいずれも CD16 を含むため、lineage cocktail (CD3/CD14/CD19/CD20 陰性)・HLA-DR・CD11c・CD14・CD16・CD56・CD123 を組み合わせた統合パネルが設計された (Table 2)。DC は HLA-DRhi/lineage- 集団から CD11c+ 骨髄系 DC と CD123+ 形質細胞様 DC に分類され、骨髄系 DC の更なる細分化 (CD16/CD1c/CD141) は凍結 PBMC での同定困難から基本パネルへの組み込みは見送られた。単球は CD14hi (古典的) と CD14lowCD16hi (非古典的) の 2 種が認識された。
試薬標準化の核心:抗体クローン選択・蛍光色素・Lyoplates の有効性:同一抗原に対しても異なる抗体クローンで染色結果が劇的に異なることが、CD38 特異的抗体の 2 クローン (HB7 vs HIT2) を同一ドナー PBMC・同一蛍光色素 (APC)・同一ベンダー条件で比較することで明示された (Fig. 3)。蛍光色素の輝度は最高輝度 (PE: phycoerythrin / APC: allophycocyanin) と最低輝度 (AmCyan: aminocoumarin dye / Pacific Blue: coumarin-based dye) の間で約 20-fold の差があり、陽性/陰性集団の分離能に直接影響する。この 20-fold の輝度差は、境界陽性細胞が陰性集団に混入するか否かを左右し、見かけ上の陽性率にも影響し得る。凍結乾燥試薬プレート (Lyoplates: BD Biosciences) は抗体特異性・クローン・力価・蛍光色素を最適条件で固定した製品であり、試薬の経時劣化防止・ピペッティング誤差の排除・試薬添加ミスの回避という 3 方面から変動を軽減する。複数の多施設試験で Lyoplates 使用が個別液体試薬と比較して施設間変動を有意に低減することが実証された (Maecker et al. BMC Immunol 2005)。機能アッセイ用の刺激試薬 (PMA/イオノマイシン) の凍結乾燥化も変動軽減に有効であることが示されている (Belouski et al. Cytometry B 2009)。標準クローン・蛍光色素・力価の三要素を FITMaN 合意パネルとして事前定義することで、試薬変動の大部分を制御できると結論された。
サンプル処理の課題:新鮮血対凍結 PBMC、分散型対集中型処理:理想的なサンプル処理は採血直後の新鮮全血または PBMC の即時染色であるが、大規模多施設試験での時間的・地理的制約から現実的でない。PBMC 凍結保存はバッチ処理と将来利用を可能にするが、形質芽細胞・DC 等の細胞種消失、細胞収量・機能の全般的低下、技術的困難さという欠点を持つ。凍結保存能力は施設により大きく異なるため、中央研究室への全血輸送による集中凍結保存か、各施設での分散型独立処理かという戦略的選択が生じる。日本・インド等では一次サンプルの国外持ち出しが規制されており、現地での分散型処理インフラが必須となる。自動化装置 (Smart Tube: 全血活性化・固定化の現場自動処理; BD Sample Prep Assistant: 染色・固定化の自動化) を用いた「現場固定→一括中央輸送」というハイブリッド戦略も実用的選択肢として提示された。凍結保存の質的問題に加え、凍結・融解工程自体が CD62L 等の特定マーカー発現に影響するため、凍結保存を前提とする研究では CD62L の使用を避ける必要があることも強調された (Weinberg et al. Clin Vaccine Immunol 2009)。
機器設定と自動化:電圧ゲイン最適化と標準ビーズによる施設間調整:機器設定の主要変数は各蛍光検出器への電圧ゲイン (voltage gain) 設定であり、光電子増倍管 (photomultiplier tube: PMT) の暗シグナルへの感度を規定する。従来は使用者の経験的判断に委ねられていたが、暗粒子集団の分散を一連の電圧で測定して最適電圧を決定する原則が確立し、BD Cytometer Setup and Tracking・Beckman Coulter MXP 等の自動設定ソフトウェアが整備された (Maecker et al. Cytometry A 2006)。施設間・機器間の設定統一には、実際の蛍光色素で染色した抗体捕捉ビーズ (antibody capture beads) を標準粒子として用い、蛍光強度を定義済みターゲットチャンネルに合わせる方法が最も効果的とされた。カスタム設定のマルチカラー機器の多様性 (レーザー・フィルター構成の施設ごとの差異) が標準化を困難にしており、現状では標準ビーズによる目標チャンネル設定が施設間設定を近似させる唯一の実用的方法である (Fig. 1)。
データ解析の標準化:FlowCAP と自動ゲーティングアルゴリズムの発展:データ解析は多施設 vs 中央解析比較研究において最大の変動要因の一つであることが示された (Maecker et al. BMC Immunol 2005)。中央解析は概念的に単純だが、全データを一括処理する担当者への過大な負荷が実用上の障壁となる。NIH 支援の FlowCAP (Flow Cytometry: Critical Assessment of Population Identification Methods) コンソーシアムが自動ゲーティングアルゴリズムの比較・改良を 2 回のワークショップで推進し、専門家の手動ゲーティングに競合するレベルの自動解析が達成されつつある (Aghaeepour et al. Bioinformatics, in press)。自動ゲーティングの利点は、解析者依存の主観的ゲート設定を排除し、大規模データセットの迅速かつ再現可能な処理を可能にする点にある。FlowCAP の継続的な活動から標準ソフトウェアパッケージが生まれ、偏りのないフローサイトメトリー解析の普及が期待された。また CytoAnalytics と共同開発した OLAP (online analytical processing) ベースのオンラインデータ統合システムにより、フローサイトメトリー測定値と臨床・人口統計学的メタデータの統合・フィルタリング・自動集計統計 (平均・中央値・n 数) が実現した。
HIV CD4+T 細胞計数の成功モデルと質量サイトメトリーの革新的可能性:CD4+T 細胞計数は HIV/AIDS 管理のグローバルスタンダードであり、複数マーカー (最低限 CD3/CD4) を用いた多施設標準化により施設間変動係数 <10% が達成されている (Hultin et al. Cytometry B 2010)。BD FACSCount (Lyophilized 試薬使用)・Beckman Coulter TetraCXP・BD MultiSet・Guava EasyCD4 等の標準化プラットフォームが世界的に利用可能であり、政府機関の proficiency testing 要件がコンプライアンスを担保している。この成功は「疾患の臨床的重要性が標準化の推進力となる」というモデルを示しており、ワクチン誘導免疫・自己免疫・癌免疫療法等での標準化推進の参考事例となる。次世代技術として質量サイトメトリー (mass cytometry: CyTOF; DVS Sciences) が 50 色以上の同時解析を光学的スピルオーバー (optical spillover) なしに実現し、従来フローサイトメトリーの最大制約を排除する (Bendall et al. Science 2011; Bendall et al. 2011)。重金属イソトープ間にはスペクトル重複がないため抗体パネル設計の自由度が格段に高く、コア試薬を維持しながら研究目的に応じた拡張が可能になる。CyTOF の標準試薬が整備されれば、免疫表現型解析の情報量を根本的に拡大しながら標準化を容易に達成できると予測された。さらに、欧州の ENTIRE (European Network for Translational Immunology Research and Education) や米国の CTOT (Clinical Trials in Organ Transplantation) も細胞機能アッセイおよび免疫表現型解析パネルのクロスバリデーションを推進しており、標準化への多国籍協調体制が形成されつつあった (Fig. 1)。
考察/結論
本論文はフローサイトメトリー免疫表現型解析の変動要因を 4 領域で体系化し、FITMaN 国際ワークショップが合意した 5 種の 8 色標準パネルを具体的な技術仕様として提示した。これまでの研究では変動要因は個別に検討されていたが (Gratama et al. Cytometry 1997; Maecker et al. Nature Immunol 2010)、本論文は試薬・処理・機器・解析の 4 領域を統合した多層的標準化ロードマップとして初めて体系化した点にこれまで報告されていない新規性がある。FITMaN というコンセンサス形成プロセス自体も、フローサイトメトリーコミュニティが初めて国際的な作業定義に合意する新規な試みであった。
既報のマイクロアレイ標準化 (MAQC・ERCC) と対照的に、フローサイトメトリーは多階層ゲーティング・多様な試薬クローン・機器の高いカスタマイズ性から標準化がより困難であった点がこれまでの相違として明確にされた。一方で、HIV CD4 計数という成功例が示すように、疾患の臨床的重要性が高い場合は規制当局関与 (proficiency testing 要件) を含む高度な標準化が達成可能であることも既報との重要な対比として提示された。同一条件下での CD38 クローン (HB7 vs HIT2) 比較が示す劇的な染色差は、抗体クローン選択が測定値を根本的に決定するという事実を視覚的に裏付けた。
臨床的意義の観点では、標準化免疫表現型解析パネルは免疫療法の奏効予測・疾患活動性モニタリング・ワクチン誘導免疫評価の臨床応用基盤となる。特に活性化 T 細胞 (CD38+HLA-DR+CD8+) の頻度は HIV 感染・ワクチン接種後・自己免疫疾患・慢性炎症など多様な臨床現場での使用が期待される。形質芽細胞増加のワクチン応答指標としての利用、CD4+T 細胞減少の HIV 予後指標としての確立などの既知モデルを出発点として、標準化データの集積インフラが整備されれば正常参照値の確立・疾患コホートの大規模比較・bench-to-bedside 研究加速が可能になる。本論文が規定した CCR7/CD45RA 4 区分は (Farber et al. NatRevImmunol 2014) その後のヒト記憶 T 細胞の組織コンパートメント研究の枠組みとして引き継がれ、Human Immunology Project の基盤として機能している。ゲノムデータベースと同様にフローサイトメトリーデータがマイニング可能になることで、免疫関連疾患の診断・予後・治療モニタリングに寄与するバイオマーカー発見が加速すると予測された。
残された課題として、本論文で BOX 2 に明記されているとおり、細胞内サイトカイン染色・増殖アッセイ・リン酸化タンパク質フローサイトメトリー (phosphoepitope flow cytometry) 等の機能的アッセイへの標準化拡張が今後の課題である。希少細胞 (circulating tumour cells・幹細胞・DC 亜集団) の全血解析、組織生検・脳脊髄液・滑液等の非血液サンプルへの適用は技術的に複雑であり更なる検討を要する。CyTOF・CITE-seq 等の次世代多次元技術への標準化フレームワーク拡張もfuture researchの重要課題である。また研究コミュニティ全体での標準パネル採用を促す最大の力が「実例の蓄積と有用性の実証」であるとされ、強制力なき自発的採用の限界というlimitationも率直に認識されている。マイクロアレイコミュニティが標準商業プラットフォームの質的優位性が明らかになると迅速に採用を進めた先例が、フローサイトメトリー標準化への楽観的展望の根拠として示された。
方法
本論文は総説 (Review) であり、実験プロトコルを持たない。文献収集は PubMed・MEDLINE・Embase・Web of Science を横断した系統的文献検索に基づく。提案パネルは 2011 年 1 月に NIH で開催された FITMaN 国際ワークショップ (n=50 名程度の参加者) の議論と合意形成をもとに策定された。参加者は FOCIS Centers of Excellence (FCEs)・HIPC 助成先研究機関・フローサイトメトリー産業界・学術リーダーで構成された。標準パネルの評価には Maecker et al. (BMC Immunol 2005) の多施設共有サンプルデータが援用され、中央解析および凍結乾燥試薬プレート (Lyoplates) の変動軽減効果が示された。施設間変動は変動係数 (coefficient of variation: CV) を主指標として定量化し、Bland-Altman 解析で系統的バイアスを可視化した。共有 PBMC サンプルを 6 施設以上が独立測定し、中央値と四分位範囲を算出して抗体クローン別・機器別・解析者別の変動を比較した。Cohen の kappa 係数を用いて手動ゲーティングと自動アルゴリズムのゲート一致度を定量化した。施設間および施設内の細胞頻度変動の多群比較には一元配置分散分析 (one-way ANOVA) を適用し、事後検定として Tukey 法による多重比較補正を実施した。HIV/AIDS の CD4+T 細胞計数で達成された施設間 CV <10% (Hultin et al. Cytometry B 2010) が標準化実現可能性の参照事例として引用された。