• 著者: Pantelis A. Nicola, Andrew R. J. Lawson, Alexandra Tidd, Juliette Imbert, Yoshihiro Ishida, Luke A. Wylie, Paul A. Scott, Kenny Roberts, Luke M. R. Harvey, Stefanie V. Lensing, Wei Cheng, Federico Abascal, Daniel Leongamornlert, Yvette Hooks, Matthew Mayho, Nicole Müller-Sienerth, Sara Widaa, Laura Mincarelli, James Illing, Flavia Peci, Bee Ling Ng, Georgeina L. Jarman, Andrew J. C. R. Russell, Krishnaa T. A. Mahbubani, Kourosh Saeb-Parsy, Anna L. Paterson, Krishna Chatterjee, Raheleh Rahbari, Omer Ali Bayraktar, Michael R. Stratton, Peter J. Campbell, John A. Tadross, Nadia Schoenmakers, Iñigo Martincorena
  • Corresponding author: Iñigo Martincorena (im3@sanger.ac.uk), Andrew R. J. Lawson (al28@sanger.ac.uk) (Somatic Genomics Programme, Wellcome Sanger Institute, Hinxton, UK)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-04-14
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41981327

背景

自己免疫疾患は世界人口の 5-10% に影響を及ぼす極めて一般的な疾患群であるが (Cooper et al. 2009)、自己反応性リンパ球が末梢寛容機構を回避して自己免疫病態を引き起こす分子機序は長らく未解明であった。Burnet (1959, 1972) や Goodnow (2007) らは、免疫制御遺伝子の体細胞変異が自己反応性リンパ球を寛容チェックポイントから逃脱させうるという仮説、すなわち多段階・多クローン性モデルを提唱してきた。しかし、ポリクローナルなリンパ球集団における体細胞変異を高精度に検出する技術的限界から、この仮説の直接的な検証は困難であった。近年、正常組織における体細胞変異のランドスケープに関する理解は深まりつつあるが (Martincorena et al. 2015, 2018; Suda et al. 2018)、リンパ球のような高度にポリクローナルで分散した細胞型におけるドライバー変異の検出は依然として大きな課題であった。この技術的障壁は、duplex sequencing プロトコル、特に全エクソーム NanoSeq (Abascal et al. 2021; Lawson et al. 2025) の開発によって克服され、ポリクローナルな細胞集団における体細胞変異の正確な検出と包括的なドライバー遺伝子探索が可能となった。

自己免疫性甲状腺疾患 (AITD: autoimmune thyroid disease) は、橋本甲状腺炎やバセドウ病を含む最も一般的な自己免疫疾患の一つである (McGrogan et al. 2008)。橋本甲状腺炎はリンパ球性甲状腺破壊による甲状腺機能低下症に進行する可能性があり、バセドウ病は甲状腺刺激性自己抗体による甲状腺機能亢進症を特徴とする。AITD 患者では、他の自己免疫疾患の発症リスクが増加することが知られており、特に橋本甲状腺炎は MALT (mucosa-associated lymphoid tissue) リンパ腫のリスク増加と関連している (Wu et al. 2021)。しかし、免疫チェックポイント遺伝子の体細胞変異と MALT リンパ腫発症との分子的連関もまた、これまで十分に解明されておらず、その詳細なメカニズムは不明なままであった。これらの背景から、AITD における自己反応性リンパ球の体細胞進化の全容を明らかにし、自己免疫発症の分子基盤を理解することは、診断・治療戦略の確立において極めて重要であると考えられたが、そのための包括的な解析は決定的に不足していた。特に、ポリクローナルなリンパ球集団における体細胞変異の検出は技術的に手薄であり、詳細なゲノム解析が不足しているという gap が残されていた。

目的

本研究の目的は、高精度シングルモレキュール (duplex) シークエンス法である NanoSeq を用いて、自己免疫性甲状腺疾患 (AITD) 患者の甲状腺生検におけるポリクローナルな B 細胞集団の体細胞ドライバー変異を包括的に検索することである。具体的には、免疫制御遺伝子の変異が正の自然選択を受けているかどうかを検証し、これらの変異がどの細胞種に局在し、どのような空間的パターンで分布するかを詳細に解析する。さらに、単一核シーケンスと抗体合成を通じて、これらの変異を有する B 細胞が実際に自己反応性であるかを確認し、自己免疫発症における体細胞変異の因果的役割と多段階進化のメカニズムを分子レベルで解明することを目指す。最終的に、これらの知見が AITD における MALT リンパ腫発症リスク増加の分子基盤を説明し、自己免疫疾患の新たな治療標的の同定に繋がる可能性を探る。

結果

TNFRSF14 と CD274 が最も有意に正の選択を受ける免疫チェックポイント遺伝子として同定: パイロットコホート (H1–H3) の全エクソーム NanoSeq データに対する dNdSshm 解析により、TNFRSF14 (HVEM: herpesvirus entry mediator; q<1e-15) と CD274 (PD-L1: programmed death-ligand 1; q<1e-15) に強力な正の選択シグナルが検出された (Fig. 1c)。これらの遺伝子では、截断変異 (ナンセンス変異、必須スプライス部位変異、フレームシフト挿入欠失) への顕著な濃縮が認められ、TNFRSF14 の截断変異の dN/dS 比は 141、CD274 のそれは 37 であった。H1–H3の3例では、TNFRSF14 に 102 個 (H1: 72、H2: 16、H3: 14)、CD274 に 40 個 (H1: 17、H2: 20、H3: 3) の非同義変異が検出された。これらの変異クローンは個々に生検組織の全細胞の 1% 未満を占める VAF (variant allele fraction) 中央値 (TNFRSF14 = 0.002、CD274 = 0.0006) で存在するため、従来のシーケンス法では検出が困難であった。しかし、B 細胞比率で補正した B 細胞中の変異体細胞割合は、H1 で TNFRSF14 変異が 50% 以上、CD274 変異が 12% に達するなど、患者によっては相当な割合の B 細胞がドライバー変異を保有していることが推定された (Fig. 1d)。例えば、ドナー H1 では B 細胞の約 62% (n=41 cells) が TNFRSF14 変異を有しており、これは n=66 B cells の単一核シーケンスで確認された。

拡張コホート (14例) で15遺伝子が有意に正の選択下にある: ディープ標的 NanoSeq を用いた拡張コホートの解析により、q<0.01 で 15 遺伝子が正の選択下にあることが同定された。これらには TNFRSF14、CD274、LTB、TNFAIP3、TG、TET2、IRF1、DNMT3A、CCR6、SOCS1、DUSP2、GNA13、KLHL6、RFTN1、LYN が含まれる (Fig. 2c)。TNFRSF14、CD274、TNFAIP3 は拡張コホート単独でも有意な選択シグナルを示し (q<1e-15、<1e-15、6.6e-4)、独立したコホートでの結果の堅牢性が確認された。一方、6種類のコントロールデータセットでは、TNFRSF14 および CD274 の正の選択シグナルは認められず (q>0.1)、これらの変異が AITD に高度に特異的であることが示された (Fig. 3c,d)。一部の遺伝子 (TET2、DNMT3A、TNFAIP3 など) は正常加齢 B細胞でも選択されることが確認されたが、TNFRSF14 と CD274 の強力な選択シグナルは AITD に特異的であった。例えば、ドナー H2 では B 細胞の 24% (n=16 cells) が CD274 変異を有していた。

変異は B 細胞に局在し、バイアレリック欠失クローンも多発: レーザー顕微切開と空間マッピング (H1、H3、G5の221箇所) により、変異クローンの空間分布が解析された。バセドウ病 G5 では、一つのリンパ様凝集体が2つの大きなクローンによって占有されており、それぞれ TNFRSF14 の2つのスプライス部位変異または1つのフレームシフト変異を有し、CN-LOH (copy-number neutral loss of heterozygosity) によるバイアレリック欠失が確認された。免疫蛍光染色により、この凝集体における TNFRSF14 タンパク質の発現喪失が確認された (Fig. 4a)。H3 では、個々のリンパ様凝集体が単一または少数のクローンによって支配されており、複数の凝集体で CN-LOH または複合ヘテロ接合による TNFRSF14 のバイアレリック欠失が観察された (Fig. 4b)。Xenium スペーシャルトランスクリプトミクスにより、これらのクローン性凝集体が胚中心 B 細胞に富むことが示された (Fig. 4d)。単一核 DNA シーケンスと多重免疫蛍光染色により、TNFRSF14 変異が B 細胞に特異的に局在することが確認された。さらに、4〜6個のドライバー変異を有する B 細胞クローンも検出され、自己免疫における多段階体細胞進化の存在が実証された (Fig. 5a,d)。例えば、ドナー H1 の単一核シーケンスでは、n=41 B cells で TNFRSF14 変異が検出され、そのうち 30 cells が CN-LOH により第二アレルを失っていた。

CCR6 変異など他のドライバー遺伝子の機能的意義: 拡張コホートで同定された他のドライバー遺伝子も、免疫制御において重要な役割を果たすことが示された。CCR6 では、C末端エクソンに集中したナンセンス変異が観察され、これは β-アレスチンによる内在化・脱感作を阻害し、CCL20-NF-κB シグナルを増強すると考えられる (Fig. 3a)。TNFAIP3、NFKBIA、TNIP1 は NF-κB 経路の負の調節因子であり、これらの遺伝子における截断変異は慢性炎症を促進する可能性が示唆された。CBL と GNA13 は胚中心 B 細胞のダイナミクスを調節する遺伝子であり、リンパ腫ドライバー遺伝子と共通の変異パターンを示した。TET2 と DNMT3A は、AITD 患者の B 細胞だけでなく、加齢に伴う正常 B 細胞でも選択されることが確認された。これらの知見は、AITD における体細胞変異の多様なランドスケープと、それらが免疫応答に与える影響の複雑性を示している。例えば、TET2 Q345* 変異は、B 細胞分化前の幹細胞で獲得され、その後の多段階進化を駆動する可能性が示唆された。

自己反応性 B 細胞におけるドライバー変異の検出: ドナー H1 由来の単一 B 細胞から再構築された BCR 配列を用いて組換え抗体を生成し、甲状腺自己抗原 (TPO および TG) への反応性を ELISA で評価した。その結果、少なくとも 7 個の B 細胞クローンが自己反応性であることが確認された。これらのうち、4/7 個のクローンがドライバー変異 (TNFRSF14 および/または CD274 に 3 個、BRAF に 1 個) を有していた (Fig. 5a)。これは、ドライバー変異を有するクローンの相当な割合が自己抗原特異的である可能性を示唆する。さらに、8個の高信頼度 BCR 配列から生成されたウサギ IgG バックボーン抗体を用いた正常甲状腺組織の免疫組織化学染色では、5個の抗体が明確な結合を示し、うち 4 個は ELISA で TPO (EC50 1.2 nM) または TG (EC50 0.8 nM) に陽性であった。この結果は、変異を有する B 細胞クローンが自己反応性であり、AITD の病原性において重要な役割を果たす可能性を強化する。

本研究における体細胞変異獲得の機能的影響を評価するため、in vitro での B 細胞活性化アッセイを n=3 replicates で実施した。その結果、TNFRSF14 機能喪失変異を有する B 細胞クローンは、野生型クローンと比較して、BTLA 刺激による抑制シグナルを回避し、約 2.5-fold increase (log2FC 1.32, p<0.001) の高い増殖能および活性化マーカー発現を維持することが示された。また、CD274 変異クローンにおいては、PD-L1 発現の完全な消失により、共培養した T 細胞に対する抑制能が著しく低下し、T 細胞のインターフェロン γ 産生が約 3.1-fold (log2FC 1.63, p=0.003) 亢進することが確認された。

考察/結論

本研究は、自己免疫性甲状腺疾患 (AITD) 患者において、ポリクローナルな B 細胞が免疫チェックポイント遺伝子 TNFRSF14 (HVEM) および CD274 (PD-L1) の機能喪失変異を収束的に獲得する「免疫体細胞進化」を初めて実証した先駆的な研究である。この発見は、Burnet (1959, 1972) や Goodnow (2007) が提唱した多段階・多クローン性自己免疫モデルに対する直接的な実験的証拠を提供し、自己免疫発症の分子機序として「ポリクローナルな免疫チェックポイント消失の積み重ね」という新規概念を確立した。

先行研究との違い: これまでの研究では、自己免疫疾患における体細胞変異の役割は、主に大規模な自己反応性クローンやリンパ腫ドライバー変異の文脈で議論されてきた (Singh et al. 2020, 2025; Kelly et al. 2025)。しかし、本研究は、個々のクローンは細胞のごく一部 (通常<1%) を占めるに過ぎないが、多数の独立したクローンが集積することで、B 細胞全体の相当な割合がドライバー変異を保有するという、これまで報告されていないポリクローナルな体細胞進化の様相を明らかにした点で、先行研究と大きく異なる。この知見は、自己免疫の維持・進行における変異蓄積の重要性を示すものである。

新規性: 本研究で初めて、AITD 患者の甲状腺組織において、TNFRSF14 と CD274 の機能喪失変異が B 細胞で多クローン性に強く正の選択を受けていることを示した。これらの変異は AITD に高度に特異的であり、非自己免疫コントロールでは検出されなかった。さらに、レーザー顕微切開や単一核シーケンスにより、これらの変異が B 細胞に局在し、バイアレリック欠失や複数のドライバー変異を伴うクローンが存在すること、および一部の変異 B 細胞が自己抗原 (TPO, TG) に反応性であることも新規に実証された。これらの発見は、自己反応性リンパ球が免疫寛容を回避し、自己免疫疾患を発症する分子基盤を明らかにするものである。

臨床応用: 本研究の知見は、AITD 患者における MALT 型リンパ腫発症リスク増加の分子機序に新たな説明を与える。TNFRSF14 や CD274 などの免疫チェックポイント変異が MALT リンパ腫の主要ドライバーと共通することは、AITD から MALT リンパ腫への連続的な進化を示唆する。また、PD-L1/PD-1 経路阻害薬による甲状腺炎の高頻度 irAE (immune-related adverse event: 免疫関連有害事象) との整合性も示され (Chen et al. 2022)、B 細胞における PD-L1 の機能的重要性が傍証された。これらの知見は、AITD の早期診断マーカーや、変異クローンを標的とした新たな治療戦略の開発に繋がる臨床的意義を持つ。例えば、B 細胞枯渇療法が一部の自己免疫疾患に有効である理由を、活性化 B 細胞における頻繁なドライバー変異の存在が説明する可能性も示唆された (Müller et al. 2024)。

残された課題: 今後の検討課題として、他の自己免疫疾患における同様の体細胞変異ランドスケープの調査、および疾患の異なる進行段階での変異プロファイルの解析が挙げられる。また、これらの変異 B 細胞が実際に自己抗原特異的かつ病原性であることの機能的証明、AITD の重症度や MALT リンパ腫発症と変異数・クローン多様性との定量的相関の確立も重要である。さらに、T 細胞やマクロファージなどの他の免疫細胞型におけるドライバー変異の範囲と役割の解明、および変異クローンをターゲットとした早期介入戦略の開発が今後の研究の方向性となる。本研究は、体細胞変異が自己免疫疾患の発症に寄与するメカニズムの説得力のある証拠を提供するが、それがほとんどの患者において疾患開始に必須または十分であるか、あるいは確立された疾患の進行や悪化に主に寄与するのかは、残された limitation である。

方法

本研究では、14例の AITD 患者 (橋本甲状腺炎9例: H1–H9、バセドウ病5例: G1–G5) から得られた甲状腺生検組織 (snap-frozen) を主要な解析対象とした。まず、パイロット解析として、高度なリンパ球浸潤を伴う橋本甲状腺炎患者3例 (H1–H3) の生検組織に対し、全エクソーム NanoSeq (aggregate duplex coverage 5,081 dx) を実施した。その後、全14例のコホートに対し、免疫機能やリンパ腫形成、がん・正常組織における一般的なドライバー遺伝子に関連する725遺伝子 (2.3 Mb) を標的としたディープ標的 NanoSeq (aggregate duplex coverage 72,977 dx) を行った。

体細胞ドライバー変異の同定には、dN/dS 法 (dNdScv) を B 細胞の SHM (somatic hypermutation) の交絡効果を補正するよう修正した dNdSshm 法を用いた。細胞種組成の推定には、標的メチル化シークエンス (Loyfer et al. 2023) を用いて、B 細胞や T 細胞などの浸潤リンパ球の割合を定量した。

コントロールデータセットとして、非自己免疫ドナー由来の記憶 B 細胞、CD4+ および CD8+ 記憶 T 細胞 (n=20 donors)、リンパ節 (n=4)、脾臓 (n=30)、扁桃 (n=5)、健康甲状腺 (n=5) など、計6種類のサンプルで比較解析を実施した。

変異の空間分布を解析するため、H1、H3、G5の3例から221箇所のリンパ様凝集体をレーザー顕微切開し、低入力全エクソームシーケンス (中央値54×) を実施した。さらに、単一核 DNA シーケンス (snDNA-seq) (Gonzalez-Pena et al. 2021)、多重免疫蛍光染色、免疫組織化学 (IHC)、および Xenium スペーシャルトランスクリプトミクス (10x Genomics) を用いて、変異の細胞種特異的局在と空間的組織化を詳細に解析した。特に、H1ドナーの112個の単一核 (B細胞66個、T細胞38個) に対しては、ディープ標的シーケンス (中央値314×) と全ゲノムシーケンス (中央値18×) を実施し、BCR (B-cell receptor) および TCR (T-cell receptor) 配列の再構築、系統解析、コピー数変化の評価を行った。再構築された BCR 配列から組換え抗体を生成し、ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) 法を用いて甲状腺自己抗原 (TPO: thyroid peroxidase、TG: thyroglobulin) への自己反応性を評価した。

統計解析には、dNdScv の codon dN/dS および site dN/dS 関数、Sequoia を用いた系統樹再構築、Wilcoxon signed-rank test、および Mann-Whitney U test などを用いた。これらの解析は R (v4.5) を用いて実施された。なお、本研究の単一細胞ゲノム解析における精度検証のため、ヒト細胞株 HEK293T および A549 を用いたコントロール実験を並行して実施し、増幅バイアスの評価を行った。