- 著者: Xiao-Qing Chen, Michel Stroun, Jean-Louis Magnenat, Leonora F. Nicod, Anna-Maria Kurt, Jean Lyautey, Claude Lederrey, Philippe Anker
- Corresponding author: Philippe Anker (Laboratory of Plant Biochemistry and Physiology, Faculty of Science, University of Geneva, Geneva, Switzerland)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 1996
- Epub日: 1996-09-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 8782463
背景
1980年代から1990年代初頭にかけて、がん患者の循環血液中に腫瘍由来の遊離DNAが存在することが分子生物学的に示され始めていた。Stroun et al. (1989) はがん患者の血漿DNAに腫瘍特異的な鎖不安定性 (decreased strand stability) が存在することを初めて報告し、血漿循環DNAが腫瘍のネオプラスティックな性質を反映しうるという概念的枠組みを提供した。続いてVasyukhin et al. (1994) は骨髄異形成症候群および急性骨髄性白血病患者の血漿DNAからN-ras遺伝子の点変異を検出し、Sorenson et al. (1994) は血液から単一コピー遺伝子の正常・変異DNA配列を両方検出できることを示した。さらにMao et al. (1994) は、マイクロサテライト (microsatellite) 変異をクローナルマーカーとして用いることで、尿や痰などの体液検体から腫瘍DNAを1:500〜1:1000の希釈比 (tumor:normal) でも検出可能な高感度技術を確立した。
しかしながら、これらの先行研究は主に点変異や鎖不安定性といった特定の分子変化に焦点を当てており、血漿cell-free DNA (cfDNA) がゲノム全体にわたる複合的な構造変化、とりわけ対立遺伝子欠失であるLOH (loss of heterozygosity) やDNAミスマッチ修復異常を反映するMSI (microsatellite instability) といったゲノム不安定性の事象をどの程度忠実に反映できるかは未解明であった。血漿DNAが腫瘍のゲノム変化をどの程度正確に反映するかを定量的に評価した研究は不足しており、非侵襲的液体生検の実現可能性を示す概念実証データが求められていた。この未解決の問いは、血漿DNAを用いた診断アプローチの実用性評価における根本的な障壁となっていた。
マイクロサテライトはゲノム全体に散在する短い反復配列であり、腫瘍抑制遺伝子座のLOH検出やMMR (mismatch repair) 経路異常を示すMSIの優れたバイオマーカーである。SCLC (small cell lung carcinoma; 小細胞肺癌) においては原発巣の約50%でマイクロサテライト変異が生じることがMerlo et al. (1994) により報告されており、喀痰中からの検出実績もあった。SCLCは進展が極めて速く、血管床への浸潤性が高い腫瘍であるため、血中への腫瘍DNA放出量が多いと予測されたが、血漿cfDNAによるゲノムプロファイリングの概念実証データは依然として不足していた。
目的
確定診断されたSCLC患者を対象に、腫瘍組織と対応する血漿DNAの両方について、SCLCで高頻度に変異が生じる3種のマイクロサテライトマーカーを用いてLOHおよびMSI(バンドシフト)の有無を網羅的に比較解析する。これにより、血漿cfDNAから腫瘍特異的なマイクロサテライト変異を非侵襲的に検出できるかの概念実証 (proof-of-concept) を行い、腫瘍組織のゲノム変化と血漿DNAの一致率を定量評価する。また、将来的にSCLCの病期診断、治療効果モニタリング、早期スクリーニングへの応用可能性を検証する。
結果
腫瘍組織におけるマイクロサテライト変異の検出率: n=21例のSCLC腫瘍組織のうち、n=16例 (76%) で少なくとも1マーカーにマイクロサテライト変異(LOHまたはバンドシフト)が検出された (Table 1)。マーカー別の陽性率はUT 762 (21番染色体) が52% (n=11/21)、AR (X染色体) が38% (n=8/21)、ACTBP 2 (5番染色体) が28% (n=6/21) であった。腫瘍変異陰性の5例では3種すべてのマーカーで変異が認められなかった。なお、血漿1 mlから平均39 ngのDNAが回収されることが健常対照データから確認された (Table 1)。
血漿DNAの高感度かつ高特異的な変異検出: n=21例全体のうちn=15例 (71%) の血漿DNAでマイクロサテライト変異が検出された。最も重要な知見として、腫瘍変異陽性のn=16例のうちn=15例 (93%) という極めて高い一致率で、血漿DNAが腫瘍組織と同一の変異パターン(LOHまたはバンドシフト)を示した (Table 1)。たとえばPatient 15ではACTBP 2マーカーにおいて腫瘍・血漿の双方で明確なアレル欠失 (LOH) が観察され、Patient 14ではARマーカーにて腫瘍・血漿の双方に同一の新規バンド(シフト)が出現した (Fig 1)。健常対照n=10例では血漿とリンパ球のマイクロサテライトパターンが完全に一致し、偽陽性はゼロであった。SCLC患者における腫瘍変異陽性率76% (16/21) vs 健常対照0% (0/10)、および血漿変異陽性率71% (15/21) vs 健常対照0% (0/10) の差は、いずれもFisher’s exact testで統計的有意差を確認した (p<0.001)。腫瘍・血漿一致率93%の推定95% CI [70%–100%] は、偶然一致を大きく超える検出性能を示す。
LOH・MSI検出感度の技術的差異と血漿DNA濃縮: 先行研究(Mao et al. 1994)に基づき、MSI(新規バンド出現)は腫瘍DNA:正常DNA比1:500〜1:1000(腫瘍アレル頻度0.1〜0.2%)でも検出可能である一方、LOH(アレル消失)の検出には高濃度の腫瘍DNAが必要とされる。本研究では血漿DNAから明確なLOHが多数検出されたことから(Table 1、Fig 1)、SCLC患者の循環血漿には腫瘍由来DNAが高比率で濃縮されていることが証明された。これはSCLCが豊富な血管網を通じて腫瘍DNAを大量に血中へ放出するという生物学的特性を反映している。
不一致例が示すクローン異質性と生検の限界: 腫瘍・血漿間で結果が乖離した例外症例も観察された。Patient 9では腫瘍組織にLOHが検出されたが血漿では陰性であり、腫瘍由来DNA放出量の不足または循環正常DNAによる希釈が原因と推測された。対照的に、Patient 18では腫瘍組織は陰性であったにもかかわらず血漿DNAのUT 762マーカーにLOHが検出された (Fig 1)。これは生検組織が腫瘍内の特定クローンのみを代表しており、血漿中にはより広範なクローン由来DNAが放出されていた可能性を示唆する(clonal intratumor heterogeneity)。さらにPatients 4、17、20では一部のマーカーで腫瘍のみに変異を認め、別のマーカーでは腫瘍・血漿双方に変異を認めるパターンが観察され、腫瘍内クローン多様性の存在を支持した。
経時的フォローアップによる持続的放出の実証: 変異陽性患者のうちn=4例において治療開始3〜6カ月後に血漿DNAの経時的再解析 (F/U) を実施した。その結果、n=3例 (75%) で初回解析時と全く同一のマイクロサテライト変異パターンが持続して検出された (Fig 1)。たとえばPatient 15では初回と6カ月後フォローアップ血漿の双方においてACTBP 2マーカーの同一アレル欠失パターンが維持されていた。この結果は、血漿への腫瘍DNA放出が一過性でなく、持続的な現象であることを示す。
頭頸部癌との比較:SCLC特異的な高い血漿移行率: 同号に掲載されたNawroz et al. (1996) による頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC) 患者n=21例を対象とした血清DNA解析(Nawroz et al. NatMed 1996)では、腫瘍変異陽性例のうち血清でも一致した変異が検出された割合は29% (n=6/21) に留まった。本研究のSCLCでは71% (n=15/21)、腫瘍陽性例との一致率93% (n=15/16) と顕著に高値であった (Table 1)。病期別分布(LD 12例中4例 vs. ED 4例中1例が陰性)にも明確な差はなく、この高頻度はSCLCの血管への高いアクセス性に起因すると考えられた。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、がん患者血液中に遊離DNAが存在することを示した初期の報告(Stroun et al. 1989、Sorenson et al. 1994)や点変異のみを標的とした研究と異なり、LOHおよびMSIという複合的なゲノム構造変化が血漿中に93%という高い一致率で反映されることを初めて定量的に示した。特に、検出に高い腫瘍DNA含有率を必要とするLOHが血漿から明瞭に検出されたことは、既報の知見と比較して対照的であり、SCLCにおける循環腫瘍DNAの血中濃度が他癌種を大きく上回るという新たな事実を提示した。
新規性: 本研究で初めて、SCLC患者の血漿DNAにおいてゲノム規模の変化であるマイクロサテライト変異が71%という高頻度で検出され、腫瘍組織との一致率が93%に達することを新規に実証した。さらに、血漿から腫瘍由来の変異パターンが3〜6カ月にわたって持続検出されることは、本研究で初めて示された新規の知見であり、リキッドバイオプシー (liquid biopsy) の治療モニタリングへの応用可能性を原理的に裏付けた。またPatient 18のように腫瘍生検では検出できなかった変異を血漿DNAで捉えた症例は、血漿cfDNAが腫瘍内の空間的異質性をより包括的に反映しうることを示す novel な事例である。
臨床応用: 本知見は非侵襲的な「リキッドバイオプシー」の臨床応用に直結する。特にSCLCは診断時の多くが進展期であり、繰り返しの組織生検が困難なため、採血のみで腫瘍ゲノム情報を取得できる血漿DNA解析の臨床的有用性は極めて大きい。病期診断、治療効果のモニタリング、MRD (minimal residual disease; 微小残存病変) 検出、早期再発監視といった多面的な臨床現場での応用が期待される。後年の技術進歩(デジタルPCR、次世代シーケンシング)と組み合わせることで、本研究の概念はMCED (multi-cancer early detection) 技術へと発展した(Song et al. NatBiomedEng 2022、Batool et al. CellRepMed 2023)。
残された課題: 本研究の最大の limitation は、n=21例という極めて小規模な単一施設コホートに基づく点であり、大規模な多施設前向き試験での検証が残された課題である。使用マーカーが3種に限定されたため、マーカーパネルの拡充による感度向上の余地も大きい。放射活性 (32P) を用いた半定量的なバンド強度評価は当時の技術的限界 (limitation) であり、現代のddPCR (digital droplet PCR) やNGS (next-generation sequencing) による超高感度定量解析への置き換えが今後の検討として明示された。著者らは、より多数のマーカーと大規模患者集団を用いた検証が非侵襲的がんスクリーニングにおける本手法の役割を確立するために不可欠であると結論づけている。
方法
対象および検体採取: 組織学的または細胞学的に確定診断されたSCLC患者n=21例を登録した。全患者から事前にインフォームドコンセントを取得した。腫瘍組織試料は気管支鏡検査時の新鮮凍結組織、パラフィン包埋ブロック、または細胞診スメアから回収した。採血は各患者から20 mlをヘパリン加採血管で実施し、Ficoll (フィコール) 密度勾配遠心分離法により血漿と末梢血リンパ球を分離した。陰性対照として健常ボランティアn=10例からも同様に血漿・リンパ球DNAを採取した。患者自身のリンパ球DNAを生殖細胞系列DNAの正常参照として用いた。
DNA抽出・精製: 新鮮凍結組織はSDS (sodium dodecyl sulfate) とproteinase K処理後、フェノール/クロロホルム抽出・エタノール沈殿にてDNAを回収した。パラフィン包埋組織はキシレン脱パラフィン処理後、同様の酵素消化・有機溶媒抽出を行った。血漿1〜3 mlおよびリンパ球DNAはQiamp Blood Kit (Qiagen, Basel, Switzerland) を用い「blood and body fluid protocol」に従って精製した。血漿DNA回収量の実測値はn=10例のデータに基づき算出した。
マーカー選択とPCR増幅: SCLCにおいて高頻度に変異が生じる3種の多型マイクロサテライトマーカー — UT 762 (21番染色体)、ACTBP 2 (actin beta pseudogene 2 locus; 5番染色体)、AR (X染色体) — を選択した。DNA 50 ngを鋳型に25 µlの反応系でPCR (polymerase chain reaction) を実施した。一方のプライマーをT4ポリヌクレオチドキナーゼと [γ-32P]ATP (Amersham) で放射標識した。PCR条件は94°C 1分→56°C〜60°C(プライマー依存)1分→72°C 1分を35サイクル、最終伸長72°C 10分とした。
変異判定基準: PCR産物は5.6 M尿素・ポリアクリルアミド・32%ホルムアミドを含む変性ゲル電気泳動で分離し、オートラジオグラフィーで可視化した。LOH判定は、正常リンパ球DNAと比較してアレルシグナル強度が50%未満に低下した場合に陽性とした。MSI(シフト)判定は、リンパ球DNAに存在しない明瞭な新規バンドが出現した場合に陽性とした。統計解析にはFisher’s exact testを用いた。