- 著者: Omer Goldman, Lital N. Adler, Emma Hajaj, et al.
- Corresponding author: Ayelet Erez (Weizmann Institute of Science, Rehovot, Israel)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-06-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 36972357
背景
腫瘍は局所の腫瘍微小環境のみならず全身の代謝環境を変化させ、増殖に必要な栄養環境を形成することが示唆されてきたが、その具体的機序は未解明であった。肝臓は全身代謝の中枢であり、尿素回路 (UC: 過剰な窒素をアンモニアから尿素へ変換する肝特異的経路)、アルブミン合成、脂肪酸・アミノ酸代謝など多数の代謝機能を担う。HNF4α (hepatocyte nuclear factor 4α) はこれらの肝特異的代謝経路の主要転写調節因子であり、UC酵素 (ASS1: Argininosuccinate synthetase、OTC: Ornithine transcarbamylase、CPS1: Carbamoyl phosphate synthetase I) やアルブミンの発現を直接制御する。著者らは以前、乳癌担癌マウスの肝でUC活性が低下し、小児がん患者の血漿でUC基質が変動することを報告していた Lee et al. Cell 2018 が、その機序は未解明であった。また、CCL2-CCR2経路は炎症と腫瘍の病態形成に関与することが知られている (Hao et al. 2020) が、腫瘍誘発全身炎症が肝代謝を再プログラムするシグナル伝達経路の全貌は明らかでなかった。
癌の無制限な増殖には、疾患の初期段階からグルコース、アミノ酸、脂肪酸の恒常的な供給が必要である。これらの栄養要求は、腫瘍およびその微小環境における癌媒介性の代謝再プログラミングによって満たされる Bader et al. Mol Cell 2020。これらの相互作用の解明は、化学療法と腫瘍と微小環境間の代謝依存性を標的とする薬剤を組み合わせた相乗的治療法につながった。腫瘍は、神経、血管、リンパ管のネットワークを介して宿主とつながり、その影響を微小環境から肝臓などの外部臓器にまで及ぼす。その結果、腫瘍は組織特異的な代謝を調節不全にし、全身的な代謝再配線を誘導し、癌の症状に寄与する可能性がある (Al-Zoughbi and Hoefler 2020)。
肝臓は身体の恒常性維持に不可欠な中心的な代謝器官であるため、全身の栄養レベルの変動を感知して応答し、全身の平衡を維持するための組織特異的な適応を促進する (Rui 2014)。細胞レベルでは、肝細胞は炭水化物、タンパク質、アミノ酸、脂質代謝において重要な役割を果たす (Ringseis et al. 2020)。これらの代謝反応の一部は、過剰な窒素をアンモニアの形で尿素に変換することによって処分する完全な尿素回路 (UC) のように、ほとんどが肝臓特異的である (Schutz 2011)。本研究では、肝外腫瘍が全身性炎症シグナルを介して肝代謝を早期に変化させる分子機序を解明し、この知識ギャップを埋めることを目指した。特に、腫瘍誘発性の全身性炎症が肝臓の自然免疫細胞浸潤を誘導し、これが肝細胞の代謝調節因子HNF4αを枯渇させるという、これまで十分に理解されていなかったメカニズムの解明に焦点を当てた。このHNF4αの枯渇が尿素回路機能の障害を引き起こし、腫瘍の栄養要求を満たすための代謝基質供給の増加にどのように寄与するのかという点が、既存の知見において不足していた。
目的
本研究の目的は、肝外腫瘍が全身性炎症シグナルを介して肝代謝を早期に変化させる分子機序を解明することである。特に、CCL2-CCR2経路を介した好中球・単球の早期肝浸潤、pERK-IL-6-pSTAT3-miR-24カスケードによるHNF4α枯渇、尿素回路障害を介した腫瘍増殖促進、および治療標的としてのHNF4α維持の有効性を検証することを目指した。さらに、これらの知見の臨床的妥当性を大規模データベースで検証し、肝生化学検査に基づくスコアが非転移性膵管腺癌 (PDAC) および乳癌患者の予後を予測できるかどうかを評価することも目的とした。これにより、癌の早期診断と治療戦略に新たな道筋を示すことを目指した。本研究は、腫瘍と宿主の相互作用における代謝再プログラミングの新たな側面を明らかにし、癌治療における肝臓の役割を再評価することを意図している。
結果
4T1 BCモデルにおける超早期肝代謝障害: 4T1 BC細胞の注射後わずか4日目から肝のUC酵素 (ASS1、OTC、CPS1) の発現低下が始まり、3週間にかけて動的に進行した (Figure 1A)。RNA発現はDay 4でp=0.003、Day 14でp=0.033、0.01、0.028、Day 21でp=0.0002、0.019、0.0002、0.013、0.007と有意な低下を示した (n=5 mice)。15N2-グルタミン輸液実験では、担癌マウスの血漿でラベル尿素/グルタミン比が有意に低下し (p=0.019, p=0.042)、肝でも同様の低下とともに総グルタミン酸上昇が確認され、UC機能不全が機能レベルで直接実証された (Figure 1D, n=5 WT mice, n=7 4T1 mice)。血漿アンモニアが有意に上昇し (p=0.033)、尿中尿素が有意に減少した (Figure 1E)。UC基質 (グルタミン酸、アスパラギン酸) の血漿・肝での蓄積と、UC産物 (フマル酸) の低下が確認された。腫瘍内では15N2-アスパラギン酸に由来するウラシルのラベル化率が血漿・肝より高く、アスパラギン酸が核酸合成 (CAD経路) に流用されることが示された (Figure 1F, n=8 tumors, n=7 plasma)。高アンモニア血症は野生型マウス由来T細胞脾細胞の生存と活性化をex vivoで直接抑制した (生存 p=0.011, 活性化 p=0.043, n=5 mice) (Figure 1H)。単離肝細胞RNAseqにより、4日目・21日目に代謝酵素遺伝子が広範に低下し (ミトコンドリア呼吸鎖複合体I/II-III/IV活性低下、TFAM低下、mtDNA量有意低下)、遺伝子改変MMTV-PyMTモデルでも同様の変化が観察された (Figure 1I, J)。
CCL2-CCR2経路を介した好中球・単球の早期肝浸潤: scRNA-seqとCyTOFで4日目から肝CD45+細胞が漸増し、主要浸潤細胞が成熟好中球 (CXCR2+) とCCR2+単球であることが確認された (Figure 2B-D)。血漿・肝・脾のCCL2は癌細胞注射後1週目から有意に上昇し (血漿 p=0.0005, 肝 p=0.017, 脾 p=0.04, n=5 mice)、肝では3週にわたり経時的上昇が継続した (Figure 2G, H)。血漿IL-6とTNF-αも有意に上昇した (IL-6: day 4 p=0.024, day 14 p<0.0001, day 21 p=0.0009; TNF-α: day 4 p=0.05, day 14 and 21 p<0.0001, n=5 mice) (Figure 2F)。CCR2-/- KPCマウス (n=6 mice) ではKPC腫瘍が発生するも肝免疫浸潤が生じず、IL-6が低下し (p=0.0125)、UC酵素 (OTC等) ・アルブミン・HNF4αが保持され、体重減少が抑制された (Figure 5B, C, E)。さらにCCR2-/- KPCマウスでは対照群比で原発腫瘍増殖が有意に抑制された (p=0.009, n=7 mice) (Figure 5F)。
pERK-IL-6-pSTAT3-miR-24によるHNF4α枯渇の分子機序: 21日目の肝浸潤CD45+細胞でpERK+共染色が増加したが (p<0.0001)、同マウスの血液中ではpERK活性化が認められなかった (Figure 3B, C, n=4 mice)。一次肝細胞へのIL-6 (10 ng/mL) 補充でOTC発現が有意に低下し (p=0.0002, n=3 replicates)、STAT3阻害薬 (HJC0152、10 µM) 前処置でこの低下が完全に回復した (Figure 4C, D)。担癌マウス肝でpSTAT3とmiR-24が有意に上昇し (pSTAT3 p=0.005, miR-24 p=0.005, n=5 mice)、HNF4α mRNAおよびタンパク質が完全枯渇した (Figure 3F-H)。アルブミン (HNF4α直接標的) も血漿で有意に低下した (p=0.002, n=5 mice) (Figure 4B)。MEK-ERK阻害薬トラメチニブ処置でHNF4α・UC酵素レベルが維持され、4T1腫瘍サイズが縮小した (Day 8 p=0.007, Day 14 p=0.014, n=5 mice for day 8, n=4 mice for day 14) (Figure 4E, F)。
AAV8-HNF4α肝再発現による腫瘍増殖抑制: KPCマウスへのAAV8-HNF4α投与で肝HNF4αが回復し、OTC等のUC酵素が正常化した (HNF4α p=0.004, ASS1 p=0.004, OTC p=0.002, Albumin p=0.001, n=7 mice) (Figure 4G)。腫瘍でのウイルスHNF4α発現は検出されず (肝特異性確認)。KPC腫瘍増殖が顕著に抑制され (腫瘍重量・体積で有意差 p=0.006, n=9 mice)、生存期間が延長された (p=0.02) (Figure 5G, H)。NMR解析で体重減少 (除脂肪量減少) および腹水蓄積が有意に改善した (体重減少 p=0.05, 脂肪組織 p=0.007, 遊離体液 p=0.012, n=9 mice) (Figure 5I, J)。腫瘍のPCNA (増殖マーカー) とpCAD (ヌクレオチド合成) が有意に低下し (p=0.003)、肝・血漿・腫瘍のグルタミン酸・アスパラギン酸が低下して基質供給制限が示された (Figure 4I)。
Clalit HMO 500万人コホートでの肝スコアによる予後予測: Clalit HMO 500万人・18年間データで、診断時に肝機能異常を有する非転移BC・PDAC患者は正常群より有意に早期死亡した (BC p<0.01, PDAC p<0.001) (Figure 6A)。BC診断の1年前からLDH・ALP上昇が予測的に検出された。PDAC患者の肝スコア (AST、ALT、ALP、アルブミン、INRの5項目) は、Clalit・Sheba・Souraski Medical Centerの3コホートすべてで生存期間と有意に相関した (Clalit p=0.0003, Sheba and Souraski p<0.0001) (Figure 6B)。肝スコアは腫瘍病期とは相関せず (stage-independent)、体重減少とは有意に相関した (線形回帰 p=0.02) (Figure 6C, D)。
考察/結論
本研究は、肝外腫瘍が全身炎症シグナルを通じて肝代謝を早期に再プログラムし、腫瘍増殖に有利な栄養環境を形成するという新規概念を体系的に実証した画期的な研究である。CCL2経路を介した好中球・単球の早期肝浸潤 → pERK活性化 → IL-6分泌 → pSTAT3-miR-24 → HNF4α枯渇 → 尿素回路障害 → UC基質 (グルタミン酸・アスパラギン酸) 蓄積と高アンモニア血症 → 腫瘍への基質供給増加・免疫抑制亢進という多段階カスケードを実験的に解明した点は、腫瘍生物学に新たなパラダイムを提供する。
先行研究との違い: これまでの研究では、腫瘍微小環境における代謝変化に焦点が当てられてきたが、本研究は腫瘍が宿主の肝臓に早期から影響を及ぼし、全身の代謝を再配線するという点で、これまでの知見と異なり、腫瘍のマクロ環境の重要性を強調している。特に、HNF4αの枯渇が肝代謝障害の中心的ハブであるという発見は新規性が高い。
新規性: 本研究で初めて、肝外腫瘍がCCL2-CCR2経路を介した自然免疫細胞の肝浸潤を誘導し、IL-6-pSTAT3-miR-24カスケードを通じて肝細胞のHNF4αを枯渇させることで、尿素回路を含む肝代謝を障害し、腫瘍増殖を促進するメカニズムを詳細に明らかにした。また、HNF4αの再発現が腫瘍増殖を抑制し、生存期間を延長することも新規の治療戦略として示唆される。
臨床応用: 本知見は、標準的な肝生化学検査 (AST、ALT、ALP、アルブミン、INR) の組み合わせによる「肝スコア」が、非転移性PDAC患者の予後と体重減少を予測できるという点で、臨床的意義が大きい。このスコアは腫瘍病期とは独立しており、早期診断やリスク層別化に有用な新たな臨床バイオマーカーとして機能しうる。さらに、乳癌診断の1年以上前から肝機能異常が検出可能である点は、前診断的バイオマーカーとしての可能性を示唆する。HNF4α活性化薬、ERK阻害薬 (トラメチニブ)、STAT3阻害薬、抗IL-6抗体など、既存薬の早期患者への肝保護療法としての転用可能性も臨床応用への道を開く。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) AAV8-HNF4αやHNF4α活性化薬の前向き臨床試験による有効性の検証、(2) 肝保護療法と標準療法 (化学療法、免疫療法) との組み合わせ効果の検討、(3) 非小細胞肺癌 (NSCLC) や大腸癌など、他癌種におけるこの機序の普遍性の検証、(4) 肝外臓器 (筋肉、脂肪) への代謝再プログラムの波及効果の解析が挙げられる。また、癌性悪液質や転移、治療抵抗性の理解を深めるため、腫瘍のマクロ環境制御という概念に基づいたさらなる研究が必要である。
方法
本研究では、4T1-luciferase乳癌 (BC) モデル (BALB/cマウス、n=各群8-12匹)、遺伝子改変MMTV-PyMTモデル、およびKrasG12D/Trp53R172H/Pdx-1-Cre (KPC) 膵癌 (PC) モデル (C57BL/6マウス) を用いてin vivo動物実験を実施した。肝代謝評価には、UC酵素発現解析 (qPCR/WB)、^15N2-グルタミン輸液による尿素産生直接測定、血漿アンモニア・尿素計測、単離肝細胞RNAseqを実施した。肝浸潤免疫細胞の同定は、単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) とサイトメトリー時間飛行型質量分析 (CyTOF) を用いて行われた。CCL2測定は血漿・肝・脾・肺で行われた。
CCL2-CCR2経路の因果性を検証するため、CCR2ノックアウト (CCR2-/-) マウスにKPC細胞を注射した。IL-6 (10 ng/ml) およびSTAT3阻害薬 (HJC0152、10 µM) を用いた一次肝細胞実験で、シグナル伝達の分子機序を確認した。治療効果を評価するため、AAV8-HNF4αウイルスをKPCマウスに投与した。
RNAシーケンスデータは、Dobin et al. Bioinformatics 2013のSTARを用いてM. musculus参照ゲノムGRCm38にマッピングされ、Anders et al. Bioinformatics 2015のhtseq-countを用いて遺伝子発現レベルが定量化された。差次的発現遺伝子は、Love et al. GenomeBiol 2014のDESeq2を用いて同定された。scRNA-seqデータは、Metacellパイプラインを用いて解析され、Xie et al. NatImmunol 2020で記述された成熟スコアと走化性スコアに従って好中球サブセットが同定された。
臨床データ解析は、Clalit HMO (500万人・18年間)、Sheba Medical Center、Souraski Medical Centerの3つの独立したコホートで行われた。肝機能スコアは、AST、ALT、ALP、アルブミン、INRの5項目に基づいて開発され、生存期間との相関が評価された。統計解析は、2-way ANOVA、Student’s t検定、またはWilcoxon順位和検定を用いて行われ、必要に応じてDunnett’s補正が適用された。p<0.05が有意とされた。細胞株としては4T1-luciferase細胞とKrasG12D/Trp53R172H/Pdx-1-Cre (KPC)-luciferase細胞を用いた。