• 著者: Shuyu Fu, Hui Deng, Irene Bertolini, et al.
  • Corresponding author: Dmitry I. Gabrilovich (AstraZeneca, Gaithersburg, MD / Wistar Institute)
  • 雑誌: Cancer Immunology Research
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2022-02-15
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 36548516

背景

PMN-MDSC (好中球性骨髄由来免疫抑制細胞) は、腫瘍の進展や転移前ニッチ形成において重要な役割を果たすことが知られている Coffelt et al. NatRevCancer 2016。著者らは以前、早期癌において骨髄PMNが自発的な遠隔部位への遊走能を亢進させ、転移を促進することを報告したが、この自発遊走亢進の分子機構は未解明であった。好中球の遊走には、細胞の先端でのF-アクチン重合と、後端でのRho依存性アクトミオシン収縮による細胞膜の収縮が必要であり、この過程にはATPの供給が不可欠である。ミトコンドリアはATPの最も効率的な供給源であり、多くの細胞種でATP需要の高い部位に集積することが示されている。好中球はミトコンドリア含量が比較的少なく、その機能は従来アポトーシスに限定されると考えられてきたが、最近の研究ではケモタキシスや抗菌活動においても重要な役割を持つことが示されている Coffelt et al. NatRevCancer 2016。さらに、ケモカイン誘導性のミトコンドリア再分布がリンパ球の遊走におけるアクトミオシン収縮を活性化することが報告されている。

シンタフィリン (SNPH) は、元来神経細胞においてミトコンドリアを微小管にアンカーする細胞骨格タンパク質として知られている。SNPHの過剰発現は軸索内の運動性ミトコンドリアの数を減少させる。腫瘍細胞においては、SNPHの欠失がミトコンドリアの皮質骨格への移行を促進し、細胞運動性や転移を亢進することが報告されている。また、SNPHを構成的にダウンレギュレートする腫瘍細胞は、高い酸化的ストレス、細胞増殖の低下、細胞運動性の増加を示す。しかし、好中球におけるSNPHの機能はこれまで全く未解明であり、その生理的役割や病態生理学的意義については知識が不足していた。特に、腫瘍微小環境における好中球の異常な遊走能亢進を制御する分子メカニズムの解明は、がん転移抑制のための新たな治療標的を特定する上で重要な課題であった。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目指す。

目的

本研究の目的は、ミトコンドリアアンカータンパク質であるシンタフィリン (SNPH) が好中球のミトコンドリア運動性、代謝活性、および遊走能を調節する分子機序を解明することである。具体的には、腫瘍進展に伴うSNPH発現の変化と好中球の自発遊走および腫瘍転移との関係を明らかにすることを目指した。さらに、SNPH欠失による好中球の遊走亢進が、ミトコンドリア代謝亢進に伴うアデノシン産生増加とA1アデノシン受容体経路を介して駆動されるかを検証することも目的とした。これらの知見を通じて、がん進行における好中球の遊走亢進を制御する新規分子メカニズムを提示し、新たな治療標的の可能性を示唆することを目指す。

結果

腫瘍担癌マウスおよびNSCLC患者でのSNPH発現低下: 遺伝子改変RET黒色腫モデルおよびKPC膵癌モデルの骨髄PMNでは、Snph発現が有意に低下した。一方、皮下移植モデル (EL4、LLC) のPMNでは低下が認められなかった (Fig 3A)。この結果は、著者らの先行研究で骨髄PMNの自発遊走亢進が認められた腫瘍モデルと一致する。NSCLC患者 (n=12) の好中球は、健常ドナー (n=12) と比較してSNPH mRNA発現が有意に低下していた (p<0.05) (Fig 3B)。同一患者内では、PMN (高密度分画) がPMN-MDSC (低密度分画) よりもSNPH発現が低く、これはPMNの方がPMN-MDSCよりも自発遊走が高いという既報のデータと整合する (Fig 3C)。

SNPH-KOマウスにおけるPMN自発遊走亢進と臓器分布変化: ナイーブSNPH-KOマウス (n=5 mice) では、骨髄および脾臓のCD11b+Ly6CloLy6G+ PMN比率がWT比で低下し、逆に肺では有意に増加した (p<0.05) (Fig 1A, B)。単球 (Ly6Chi Ly6G-) の比率には差がなかった。生存実験では、骨髄、脾臓、肺のSNPH-KO PMNとWT PMNのリカバリー率に差がなく、組織分布差は細胞死ではなく遊走によることが示唆された。トランスウェルアッセイでは、骨髄PMNの自発遊走がSNPH-KO群でWT群より有意に増加した (p<0.05) (Fig 1C)。タイムラプス顕微鏡でも、SNPH-KO PMN (n=52-59 cells) の遊走速度と移動距離の増加が確認された (p<0.001) (Fig 1D, E)。fMLP刺激下でもSNPH-KO PMNの遊走はWTより多かったが、応答比は同等であり、ケモタキシス指向性ではなく基礎遊走性が上昇することが示された (Fig 2A, B)。

骨髄細胞SNPHが肺転移を規定する: LL2担癌WT vs SNPH-KOマウス (n=7-8 mice per group) において、3週後の原発腫瘍サイズに差はなかったが、SNPH-KO群で肺転移が有意に増加した (ルシフェラーゼ発光、p<0.01) (Fig 4A, B)。骨髄キメラ実験では、SNPH-KO骨髄細胞で再構築されたマウスの肺転移検出率が60% (12/20 mice) であったのに対し、WT骨髄細胞で再構築されたマウスでは26% (5/19 mice) であった (p=0.022、Fisher exact test) (Fig 4E)。B16F10黒色腫モデルでも同様に、SNPH-KO群で肺転移数が有意に増加した (p<0.05) (Fig 4F)。小腫瘍inoculationキメラ実験 (7×10^4細胞) では、4週後にSNPH-KO骨髄群で20匹中15匹 (75%) が腫瘍形成したのに対し、WT骨髄群では19匹全例が腫瘍なしであった (Fig 4G)。PMN-MDSCの免疫抑制活性 (T細胞増殖抑制アッセイ) はWT vs SNPH-KO間で差がなく、SNPHは遊走には関与するが免疫抑制能には関与しないことが示された (Fig 4H)。SNPH欠損PMN-MDSCの自発遊走はWTより顕著に高かった (Fig 4I)。

ミトコンドリア運動性・代謝亢進によるアデノシン産生増大: ミトコンドリアタイムラプス解析により、SNPH-KO PMNのミトコンドリア移動速度および移動距離がWT PMNより有意に増加した (p<0.001) (Fig 5I)。一方、融合・分裂イベント数に差はなく (Fig 5G, H)、「移動性」の増加が主要な変化であった。Seahorse解析では、SNPH-KO PMNの基礎OCR (酸化的リン酸化の指標) とECAR (解糖の指標) が有意に上昇し (p=0.018) (Fig 5C, 6A)、ミトコンドリア膜電位 (TMRM染色) も増加した (Fig 5F)。13C6-グルコーストレーシングでは、解糖中間体 (glucose-6-phosphate、glyceraldehyde-3-phosphate、3-phosphoglycerate、phosphoenolpyruvate) の13Cラベル化率がSNPH-KO PMN (n=3 per group) で有意に増加し (p<0.0001)、解糖フラックスの亢進が示された (Fig 6B)。ATP産生量にも増加傾向が認められた (Fig 5D)。さらに、SNPH-KO PMNでは細胞内アデノシン量が著明に増加した (p<0.0001) (Fig 6C)。CD73阻害薬 (PSB12379) 処置によりSNPH-KO PMNの自発遊走が完全に消失し (p<0.001) (Fig 6D)、A1アデノシン受容体拮抗薬DPCPX処置でも同様に遊走が完全に抑制された (p<0.0001) (Fig 6E)。pMLC2 (myosin light chain 2リン酸化) 量がSNPH-KO PMNで有意に増加しており、actomyosin収縮亢進が遊走に寄与することが示された (Fig 5B)。F-アクチンの前縁分極はWT vs SNPH-KO間で差がなく、後縁のactomyosin収縮が選択的に亢進した (Fig 5A)。

考察/結論

本研究は、シンタフィリン (SNPH) が好中球において腫瘍進展に伴いダウンレギュレートされ、その欠失がミトコンドリア運動性亢進、酸化的リン酸化および解糖系の増加、アデノシン産生増大、A1アデノシン受容体活性化、pMLC2増加、そしてアクトミオシン後縁収縮増強を介した自発遊走亢進という新規シグナルカスケードを駆動することを初めて明らかにした。

先行研究との違い: 腫瘍細胞でのSNPH欠失によるミトコンドリア動態 (融合・分裂変化が主体) とは異なり、好中球ではミトコンドリアの移動速度と移動距離の増加が主要な変化であり、細胞種特異的なSNPH機能が存在することが明らかとなった。この違いは、好中球が定常状態ではOXPHOSやミトコンドリアに依存せず、ミトコンドリアの数が比較的少ないという性質に起因する可能性がある。

新規性: 骨髄キメラ実験により、造血細胞のSNPH欠失のみで肺転移が60% vs 26% (p=0.022) に増加することが示され、このメカニズムが生体内での転移促進に直接寄与することが実証された。単球ではなくPMNが選択的に影響を受ける点、および免疫抑制活性は変化しない点から、SNPHの主要機能は転移前ニッチへのPMN供給調節にあることが示唆される。本研究は、ミトコンドリア-アデノシン-アクトミオシン軸という新規の転移促進経路を実証した点で、好中球生物学における重要な概念的進歩を示している。これまで報告されていないこのメカニズムは、がん転移の理解を深める上で極めて重要である。

臨床応用: NSCLC患者好中球でのSNPH低発現は、この機序が臨床的に作動している可能性を示唆する。CD73阻害薬 (現在抗腫瘍免疫増強を目的に開発中) とA1アデノシン受容体拮抗薬は、SNPH欠失PMNの遊走を完全に抑制したことから、転移抑制戦略としての活用可能性がある。CD73阻害薬は、免疫抑制性アデノシン産生を阻害するという既存の抗腫瘍免疫機序に加え、PMNの転移促進遊走を抑制するという二重の機序で抗腫瘍効果を発揮しうる点は特に注目される。これらの知見は、がん治療における新たな臨床応用への道を開くものである。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) NSCLC患者におけるSNPH発現と転移リスク・予後の前向き相関研究、(2) 早期がん患者の骨髄PMN SNPH発現をバイオマーカーとした転移リスク層別化、(3) SNPH回復戦略 (遺伝子導入・小分子活性化) の探索、(4) 他の骨髄系細胞 (単球・マクロファージ) でのSNPHの役割の解析、(5) CD73阻害薬・A1R拮抗薬と免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせによる転移抑制効果の検討が挙げられる。これらの課題を解決することで、SNPHを標的とした治療法の開発がさらに進展すると考えられる。

方法

マウスモデルと転移実験: Snph遺伝子ターゲット欠損 (SNPH-KO) マウス (C57BL/6N背景) を用いてin vivo転移実験を実施した。LL2-ルシフェラーゼLewis肺癌細胞 (0.5×10^6細胞を皮下移植) およびB16F10黒色腫モデルで肺転移を評価した。骨髄キメラ実験では、致死量照射 (1,000 rad) したCD45.1宿主マウスにWTまたはSNPH-KO骨髄細胞 (5×10^6) を静脈内移植し、8週間後に>87%のキメリズムを確認した上で実験を行った。小腫瘍inoculation実験では、7×10^4個のLL2細胞を移植し、腫瘍形成率を比較した。

細胞分離と遊走アッセイ: マウスの骨髄、脾臓、肺からLy6G+好中球をMACSカラムで分離した。ヒト非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者 (n=12、stage II-IV、未治療前) と健常ドナー (n=12) から末梢血好中球およびPMN-MDSCを二重密度勾配遠心法とCD15ビーズを用いて分離した。遊走アッセイはトランスウェルシステム (3 µm孔、0.1×10^6細胞、37°C、1時間) と、フィブロネクチンコーティングチャンバーでのタイムラプス顕微鏡 (Nikon Eclipse TE300、30秒ごと30分) で実施し、細胞の速度と移動距離を定量した。fMLPおよびCXCL1刺激によるケモタキシスも評価した。

ミトコンドリア動態と代謝解析: ミトコンドリア動態はMitoTracker Deep Red (100 nM) 染色後、共焦点タイムラプス顕微鏡 (Leica TCS SP8 X、3秒ごと1分) で速度、移動距離、融合分裂イベントを定量した。Seahorse XFe96アナライザーを用いて、OCR (酸素消費率) とECAR (細胞外酸性化率) を測定し、酸化的リン酸化と解糖系の活性を評価した。13C6-グルコーストレーシング (5.5 mM) 後にLC-MS代謝物解析を行い、解糖中間体の13Cラベル化率を測定した。細胞内ATPおよびアデノシン量もLC-MSで測定した。

機能阻害実験: CD73阻害薬 (PSB12379) とA1アデノシン受容体拮抗薬DPCPXを用いて、SNPH欠損好中球の自発遊走に対する影響を評価した。

分子生物学的解析: 好中球のF-アクチン重合はフローサイトメトリーで、pMLC2 (myosin light chain 2リン酸化) およびpDRP1 (dynamin-related protein 1リン酸化) の発現はウェスタンブロットで評価した。SNPH発現はRT-qPCRで測定した。全トランスクリプトームRNA-seq解析をWTおよびSNPH-KOマウスの骨髄PMNで実施し、差次的発現遺伝子および活性化経路を同定した。RNA-seqデータはNCBI GEOデータリポジトリ (GSE190505) に寄託されている。データ解析にはRSEM v1.2.12ソフトウェア Li et al. BMCBioinformatics 2011 とDESeq2 Love et al. GenomeBiol 2014 が用いられた。

免疫抑制活性評価: T細胞増殖抑制アッセイを用いて、SNPH-KOマウス由来PMN-MDSCの免疫抑制活性を評価した。

統計解析: 統計解析には、unpaired two-tailed Student’s t-test、多重比較補正付きtwo-way ANOVA、またはFisher Exact Testを用いた。P値が0.05未満を有意とした。GraphPad Prism version 8.0が使用された。