- 著者: Hamaguchi S, Hirose T, Matsumoto N, Akeda Y, Irisawa T, Seki M, Hosotsubo H, Yamamoto K, Tasaki O, Oishi K, Shimazu T, Tomono K
- Corresponding author: Kazunori Tomono (Division of Infection Control and Prevention, Osaka University Graduate School of Medicine, Osaka)
- 雑誌: European Respiratory Journal
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-03-06
- Article種別: Original Article
- PMID: 24603817
背景
集中治療室 (ICU) で挿管管理される患者は、人工呼吸器関連肺炎 (VAP) や敗血症などの重篤な感染症に罹患するリスクが高いことが報告されている Richards et al. CritCareMed 1999。これらの感染症の早期診断は、適切な治療戦略を立てる上で極めて重要である Matsushima et al. JTrama 2008。現在、呼吸器感染症の診断には、胸部X線写真での肺浸潤の確認に先行して、ベッドサイドでの気管吸引液のグラム染色が広く用いられている。このグラム染色において、細菌や好中球に加えて、背景に多数の繊維状構造物が頻繁に観察されることが経験的に知られていた。これらの構造は従来、フィブリンであると考えられていたが、本研究の先行報告では、これらが好中球細胞外トラップ (NETs) である可能性が示唆されていた Hamaguchi et al. JInflammRes 2012。
NETsは、2004年に Brinkmann et al. Science 2004 によって初めて報告された、好中球の新たな抗菌メカニズムである。NETsは、活性化された好中球から放出されるDNAと顆粒タンパク質 (好中球エラスターゼ、ミエロペルオキシダーゼ、抗菌ペプチド LL37など) の複合構造体であり、細菌や真菌などの病原体を捕捉し殺傷する。NETsの形成は、リポ多糖 (LPS)、インターロイキン (IL)-8、腫瘍壊死因子 (TNF) など、様々な炎症性刺激に応答して誘導されることが示されている Remijsen et al. CellDeathDiffer 2011。また、高移動度群ボックス1 (HMGB-1) もNETs形成を促進することが最近報告された Tadie et al. AmJPhysiolLungCellMolPhysiol 2013。NETosisと呼ばれるNETs形成の過程では、シトルリン化ヒストンH3 (Cit H3) が重要な役割を果たす。ペプチジルアルギニンデイミナーゼ4 (PAD4) によるヒストンH3のシトルリン化は、クロマチン脱凝縮の先行段階として知られており、PAD4の阻害はNETs形成を抑制することが報告されている Wang et al. JCellBiol 2009。
動物実験では感染時のNETs形成が検出されているものの、ヒトの臨床病態におけるNETsの役割は依然として十分に理解されていない点が未解明である。特に、ヒト臨床サンプルにおけるNETsの動態を定量的に評価した研究はほとんどなく、その動的変化と各種炎症マーカーとの関係も未解明な点が多かった。血清中の遊離DNA量をNETsの指標とする試みもなされているが、遊離DNAがNETs量を直接反映するかは不確かであり、より直接的な定量法の開発が不足していた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とする。
目的
本研究の目的は、ICUで挿管管理された急性呼吸器感染症患者の気管吸引液において、以下の点を明らかにすることである。
- 気管吸引液のグラム染色で観察される繊維状構造物がNETsであることを免疫組織化学的に確認すること。
- Neurolucidaソフトウェアを用いてNETs長を定量的に測定し、急性呼吸器感染症の経過に伴うNETs長の動的変化を評価すること。
- NETs形成の先行段階であるシトルリン化ヒストンH3 (Cit H3) の発現動態を評価すること。
- NETs長と、白血球数 (WBC)、血小板数 (PLT)、乳酸、プロカルシトニン (PCT)、C反応性タンパク (CRP)、D-ダイマー、TNF-α、IL-6、IL-8、CXCケモカインリガンド2 (CXCL-2)、HMGB-1、E-セレクチンなどの各種炎症・臨床パラメータとの関係を、単変量および多変量回帰分析を用いて明らかにすること。
これらの目的を達成することで、気管吸引液中のNETsが急性呼吸器感染症の病態進行を反映する新たな炎症バイオマーカーとしての可能性を検証し、その臨床的意義を評価することを目指した。
結果
グラム染色で観察される繊維状構造物の大多数がNETsであることの確認: 気管吸引液のグラム染色と免疫組織化学染色 (DAPIおよび好中球エラスターゼ) を同一スライド上で比較した結果、グラム染色で観察される繊維状構造物のほぼすべてが、DNA染色 (DAPI) と好中球エラスターゼの両方で同時に染色されるNETsと同一であることが確認された (Figure 2)。この所見は、グラム染色単独でもNETsの存在を代替評価できる可能性を示唆し、臨床的に簡便なNETs検出法としての意義を持つ。さらに、タイムラプスイメージングを用いたDNase I処理実験では、NETs繊維が徐々に短縮・溶解することが確認され (オンライン補足ビデオ3)、NETsがDNAを主成分とすること、および生体内での分解メカニズムの存在が示唆された。
NETs長の動的経時変化 — 感染発症翌日 (day 1) にピークを迎え、その後感染改善とともに低下: 全9例におけるNETs長の経時変化は、反復測定分散分析 (ANOVA) により有意な変動を示した (p < 0.001) (Figure 4)。感染発症時 (day 0) の平均NETs長は76.5 μm (IQR 70.9-78.1) であったが、day 1には119.3 μm (IQR 113.8-122.6) まで有意に延長した (p < 0.001 vs day 0)。その後、day 3〜5では111.2 μm (IQR 98.5-119.3) と高値が持続し、day 6〜8には97.8 μm (IQR 86.3-106.5) へと有意に短縮した (p = 0.0132 vs day 1)。この動態は、急性呼吸器感染症の発症に伴いNETs形成が活性化され、抗菌薬治療による感染改善とともにNETs量が減少するプロセスを反映していると考えられる (Figure 3)。臨床パラメータの経時変化もNETs長の変化と概ね一致しており、例えばWBCはday 0で中央値13,050/μLであったがday 1には10,560/μLに低下し、PCTはday 0で0.7 ng/mLからday 1で3.6 ng/mLに上昇した後、day 6-8で0.8 ng/mLに低下した (Table 2)。
シトルリン化ヒストンH3 (Cit H3) のNETosis先行マーカーとしての機能: NETs形成の先行段階であるCit H3の動態も評価された。感染発症時 (day 0) の時点では、一部の好中球核内にCit H3シグナルがすでに検出されたが、細胞外へのNETs繊維の放出はまだ観察されなかった (Figure 3)。day 1では、Cit H3は核内に広範に拡散し、一部は放出されたNETs繊維内にも検出された。day 5以降になると、Cit H3陽性好中球およびCit H3を含むNETsは稀になった。このCit H3のNETs形成に先行する核内発現パターンは、PAD4によるヒストンシトルリン化がクロマチン脱凝縮の最初のステップであるという仮説を支持するものであり、Cit H3が感染重症度の独立したバイオマーカー候補として機能しうる可能性を示唆する。
多変量回帰モデル — 6つの臨床パラメータがNETs長を高精度で予測 (調整済みR²=0.999): NETs長と全身性炎症との関連を評価するため、多変量回帰分析を実施した。day 1のデータを用いたステップワイズ法による多変量回帰分析の結果、6つのパラメータがNETs長の説明変数として選択された (Table 3)。これらのパラメータは、白血球数 (WBC)、血小板数 (PLT)、乳酸、CXCケモカインリガンド2 (CXCL-2)、インターロイキン8 (IL-8)、およびプロカルシトニン (PCT) であった。構築された回帰モデルは以下の通りである: mean NET length = −1.23 × WBC + 0.88 × CXCL-2 + 0.44 × IL-8 − 0.29 × lactate + 0.18 × platelet − 0.06 × PCT。このモデルは、調整済みR²=0.999という極めて高い適合度を示し、これらの臨床パラメータがNETs長を非常に高い精度で予測できることを示唆した。
個々のパラメータの標準化回帰係数とp値は以下の通りであった: WBC (−1.23, p=0.016)、CXCL-2 (+0.88, p=0.016)、IL-8 (+0.44, p=0.029)、乳酸 (−0.29, p=0.041)、血小板 (+0.18, p=0.075)、PCT (−0.06, p=0.199)。WBCの負の相関は、好中球が循環血液から気道に動員されることを反映している可能性があり、CXCL-2およびIL-8の正の相関は、肺胞マクロファージによって産生されるCXCケモカインが好中球の気道集積とNETs形成を誘導することを示唆する。乳酸の負の相関は、循環不全下での活性酸素種 (ROS) の産生不足がNETosis誘導に必要なNADPH酸化酵素依存的なROS生成を障害するという仮説と整合する。単変量解析では、day 1におけるいずれの臨床パラメータもNETs長との有意な単純相関は示さなかった (Figure 5)。
考察/結論
本研究は、ICU患者の急性呼吸器感染症において、気管吸引液中のNETs長が疾患経過を定量的に反映することを初めて示した臨床研究である。感染発症翌日 (day 1) に平均NETs長が76.5 μmから119.3 μmへと約56%増加し、その後感染改善とともに低下する動態は、NETsが感染の生物学的応答指標として優れていることを示唆する。また、調整済みR²=0.999という極めて高い適合度を持つ多変量予測モデルの構築は、NETs定量が感染病態の包括的な評価に有用であることを裏付けている。
先行研究との違い: これまでの研究では、血清遊離DNAの量 (循環量やELISA) を用いたNETsの間接定量が試みられていたが、遊離DNAがNETs量を直接反映するかは不確かであった。本研究の免疫染色によるNETs同定とNeurolucidaソフトウェアを用いた形態学的直接定量法は、この方法論的ギャップを埋める重要な貢献である。さらに、グラム染色単独でNETsを代替評価できる可能性を示したことは、特別な免疫染色を必要とせず、ベッドサイドでの簡便な臨床応用として有望であり、実際のICU診療への橋渡しを示す点でこれまでの報告とは異なる。
新規性: 本研究で初めて、ICU患者の気管吸引液中のNETs長が急性呼吸器感染症の経過と密接に連動して動的に変化することを定量的に示した。また、Cit H3がNETs形成に先行して核内に出現するパターンをin vivoで観察し、Cit H3がNETosisの先行バイオマーカーとして機能しうることを新規に報告した。これは、既存の炎症マーカー (CRP、PCTなど) とは異なる、感染重症度の独立した指標を提供する可能性を示唆する。
臨床応用: 本知見は、ICUにおける呼吸器感染症の診断、重症度評価、および抗菌薬治療の開始・終了判断、さらには免疫調節療法の効果判定における新たなバイオマーカーとしての臨床応用が期待される。特に、グラム染色でNETsを評価できる可能性は、時間のかかる免疫染色を不要とし、迅速なベッドサイド診断に繋がる臨床的意義が大きい。人工呼吸器関連気管気管支炎 (VAT) 患者の約3分の1がVAPに進行するという報告 Craven et al. AmJMed 2013 もあり、本研究の方法論はVATからVAPへの進行予測にも利用できる可能性がある。
残された課題: 本研究の限界としては、解析症例数が9例と少なく、患者背景が外傷、心肺停止、肺炎など不均一であったことが挙げられる。このため、単変量解析では各パラメータとNETs長の有意な単純相関が示せなかった。より大規模なコホートでの検証が必要である。また、気管吸引液中の細菌数とNETs長の関係が未検討であることも今後の課題である。NETs産生やクリアランスに関与する他の候補分子についても、血液および気管吸引液の両方で検討する必要がある。今後の研究では、多施設共同の大規模前向き研究での検証、より簡便なNETs定量法 (例: cell-free DNAの精密定量法や迅速フローサイトメトリー法) の開発、Cit H3の抗菌薬開始・終了判断への臨床応用、および本知見のVAP予防・敗血症管理への応用が残された課題である。
方法
本研究は、2011年4月から6月にかけて大阪大学医学部附属病院ICUに入院し、挿管管理された患者を対象とした。研究期間中にICUに入院した263名の患者のうち、49名が挿管管理され、除外基準 (オンライン補足資料に詳細記載) 適用後、最終的に9名の患者 (男性6例、女性3例、年齢中央値63.0歳 [IQR 52.0-75.0]) が解析対象となった。患者の主要診断は外傷 (n=2)、心肺停止後蘇生 (n=3)、腹膜炎 (n=1)、ガス壊疽 (n=1)、細菌性髄膜炎 (n=1)、肺炎 (n=1) であった。入院時のSOFAスコア中央値は7.0 (IQR 4.0-10.0)、APACHE IIスコア中央値は21.0 (IQR 21.0-25.0) であった。9例中7例が生存し、2例がICU滞在中に死亡した (Table 1)。
気管吸引液は、急性呼吸器感染症の発症時 (day 0)、およびday 1、day 3〜5、day 6〜8の各時点で採取された。吸引はArgyle Suction Catheter with Mucus Trap (Covidien, Mansfield, MA, USA) を用いて気管チューブを介して行われた。採取されたサンプルは速やかにスライドガラスに塗布され、乾燥後、一部はグラム染色に供され、残りは免疫組織化学分析のために-80℃で保存された。急性呼吸器感染症の診断は、新たな化膿性気管内分泌物の出現と、気管吸引液のグラム染色で細菌の貪食が確認されたことに基づいた。
NETsの同定には、DNA (DAPI)、ヒストンH3、好中球エラスターゼの免疫染色を用いた。NETsはこれらの成分が共局在する繊維状構造として認識された。また、NETs形成の先行段階を評価するため、シトルリン化ヒストンH3 (Cit H3) の免疫染色も実施した。グラム染色は標準的な方法で実施され、免疫染色との同一スライド上での比較により、グラム染色で観察される繊維状構造物がNETsであるかを確認した (Figure 2)。
NETs長の定量は、神経ネットワークマッピングソフトウェアであるNeurolucida (MBF Bioscience, Williston, VT, USA) を用いて行った (Figure 1)。NETsは白い線として描画され、好中球の細胞体 (黄色) は計算から除外された。NET長は、描画された白い線の総長を白い線の総数で割った平均値として定義された。
血液検体は気管吸引液採取と同時期に採取され、白血球数 (WBC)、血小板数 (PLT)、C反応性タンパク (CRP)、D-ダイマー、乳酸、プロカルシトニン (PCT)、TNF-α、IL-6、IL-8、CXCケモカインリガンド2 (CXCL-2)、HMGB-1、E-セレクチンが測定された (Table 2)。
統計解析にはSASソフトウェア (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA) およびPrismソフトウェア (version 5.02; GraphPad Software, San Diego, CA, USA) を使用した。連続変数は中央値と四分位範囲 (IQR) で示された。異なる時点間の比較にはFisherの正確検定およびt検定が用いられた。NETs長と生物学的パラメータとの関連を特定するため、単変量および多変量回帰分析が実施された。多変量回帰モデルは、NETs長を従属変数とし、臨床データを独立変数として構築された。