- 著者: Volker Brinkmann, Ulrike Reichard, Christian Goosmann, Beatrix Fauler, Yvonne Uhlemann, David S. Weiss, Yvette Weinrauch, Arturo Zychlinsky
- Corresponding author: Arturo Zychlinsky (Microscopy Core Facility and Department of Cellular Microbiology, Max Planck Institute for Infection Biology, Schumannstrasse 21/22, 10117 Berlin, Germany)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2004
- Epub日: 2004-03-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 15001782
背景
好中球 (neutrophils) は末梢血中の最多白血球であり、自然免疫の第一線として細菌や真菌感染に対する主要な防御細胞である。2004年時点での好中球の殺菌機構に関する知見は、主に以下の3つであった。第一に、貪食 (phagocytosis) による細胞内への取り込みとファゴリソソーム形成による殺菌、第二に、NADPHオキシダーゼとMPO (myeloperoxidase) による活性酸素種 (ROS) や活性窒素種の産生、第三に、脱顆粒によるエラスターゼ、カテプシンG、ディフェンシン、ラクトフェリンなどの顆粒タンパク質の放出である。これらの古典的な知見は、Elsbach et al. (1992) や Klebanoff et al. (1999) などの先行研究によって詳細に記載されてきた。しかし、これらの既知のメカニズムだけでは説明できない、好中球の細胞外での抗菌作用の全容は不明なままであった。
細胞外DNA構造が好中球の抗菌機能に関与する可能性は、一部の予備観察で示唆されていたものの、その構造、組成、抗菌活性、および生理学的役割は未解明であった。特に、好中球が細胞外にDNAを放出し、それが抗菌作用を持つという概念は、当時の主流な理解とは大きく異なるものであり、この分野には大きな知識ギャップが残されていた。細胞外に放出されるDNAが単なる細胞死の副産物なのか、あるいは能動的な抗菌メカニズムの一部なのかという点は、長らく未解明のままであった。これまでの知見では、好中球が細胞外で病原体を効率的にトラップし、かつ局所的な組織損傷を最小限に抑えながら殺菌する具体的な分子構造についての情報が不足していた。本研究は、Max Planck感染生物学研究所のArturo Zychlinsky研究室が、電子顕微鏡、免疫蛍光、細菌感染モデル、DNaseおよびプロテアーゼ処理を組み合わせた多角的なアプローチにより、好中球が形成する新規の細胞外構造を決定的に同定し、命名し、その機能特性を明らかにした、NETs (neutrophil extracellular traps) 発見のランドマーク論文である。この発見は、好中球の抗菌戦略に新たなパラダイムシフトをもたらすものであり、これまでの知見では不足していた細胞外での防御機構を補完するものである。
目的
Max Planck Zychlinskyグループは、好中球の細胞外における新規殺菌メカニズムを包括的に理解し、自然免疫におけるその役割を再定義することを目指して、以下の目的を設定した。 第一に、IL-8 (interleukin-8)、PMA (phorbol myristate acetate)、LPS (lipopolysaccharide) などの刺激によって活性化された好中球が放出する新規細胞外構造を同定し、その形態と組成を特徴付けること。 第二に、走査型電子顕微鏡 (SEM) および透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いて、線維径、ドメイン構造、膜被覆の有無などの超微細構造を解明すること。 第三に、DNA、ヒストン、およびMPO、NE (neutrophil elastase)、カテプシンG、カルプロテクチン、ラクトフェリン、ゼラチナーゼなどの顆粒タンパク質を含む構成成分を生化学的に同定すること。 第四に、DNaseおよびプロテアーゼ処理によって、構造的要素と機能的要素を区別すること。 第五に、黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus)、サルモネラ菌 (Salmonella typhimurium)、赤痢菌 (Shigella flexneri) などの細菌およびカンジダ菌 (Candida albicans) などの真菌を細胞外で捕捉し、殺傷する抗菌活性を実証すること。 第六に、精製されたヒストンH2Aが直接的な抗菌活性を持つことを検証すること。 第七に、ウサギの実験的赤痢モデルおよびヒトの虫垂炎組織においてNETsを検出し、その生理的意義をin vivoで確立すること。
結果
NETsの同定と放出動態: 活性化好中球 (IL-8、PMA、LPS刺激) は、刺激後20分以内に大きな細胞外線維状構造を放出することが観察された。免疫蛍光顕微鏡およびSEMにより、DAPIで染色されるDNA、ヒストン、MPO、NE、カテプシンGを含む線維網構造が確認された (Fig 1B, D)。Brinkmannらはこの新規の好中球機構を「Neutrophil Extracellular Traps (NETs)」と命名し、好中球による細胞外殺菌の新たなメカニズムとして初めて記載した。NETsの放出は活性化後わずか10分で始まり、活性化因子の用量依存的であることが示された。この現象は、n=3 independent experiments の独立した実験において再現性が確認された (Fig S1)。
超微細構造と生化学的組成: NETsの主要な構造成分はDNAであることが示された。DNase処理によりNETsは完全に分解されたが (Movie S1)、プロテアーゼ処理ではDNAは保持された。免疫蛍光染色により、NETsはヒストンH1、H2A、H2B、H3、H4、およびH2A-H2B-DNA複合体と反応することが確認された (Fig 2C)。さらに、アズロフィル顆粒由来のMPO、NE、カテプシンG、特異顆粒由来のラクトフェリン、三次顆粒由来のゼラチナーゼなど、複数の抗菌エフェクタータンパク質が含まれていることが示された (Table S1)。TEMによる超微細構造解析では、NETsは直径15-17 nmの平滑な線維と、直径約25 nmの球形ドメイン(ヒストンと顆粒タンパク質が集積)から構成され、これらが集約して直径最大50 nmの太い線維束を形成することが明らかになった (Fig 1E)。NETsは膜で囲まれていない開放構造であることがTEMによって確認された (Fig 1F)。
細胞外トラップによる細菌捕捉と殺傷: グラム陽性菌S. aureus、グラム陰性菌S. typhimurium、S. flexneri、および真菌C. albicansがNETsに物理的に捕捉されることが免疫蛍光顕微鏡およびSEM観察によって示された (Fig 3A-C)。DNase未処理条件下では、約30%の細菌が殺菌された (CFU低下) が、DNase処理によって殺菌活性はほぼ消失した (Fig 3F, p<0.001)。この結果は、NETsの線維構造が細菌の殺菌に必須であることを強く示唆している。さらに、NEがS. aureusのα-toxinやShigellaのIpaBなどの病原性因子を分解することが示された (Fig 3D, E)。これは、NETs上に局所的に高濃度で存在するNEが、病原体の毒性因子を不活化することを示している。
精製H2Aヒストンによる直接的抗菌活性: 精製されたH2Aヒストンは、2 μg/mL (140 nM) という低濃度で、30分以内にS. flexneri、S. typhimurium、およびS. aureusを殺菌することが示された (Fig S3)。この殺菌活性は、コントロールと比較して顕著なCFUの減少を示し、n=4 independent experiments の独立した実験で再現性があった。この殺菌効果は、対照群と比較して 3.5-fold decrease 以上の顕著な生存率低下(約 70% 以上の死滅)に相当し、抗菌ペプチドの作用と比較しても非常に強力であった。
in vivo炎症局所におけるNETsの検出: ウサギのShigella flexneri腸管感染モデルおよびヒトの急性虫垂炎組織の免疫組織化学的解析により、NETsが炎症部位で豊富に検出され、細菌をトラッピングしていることが確認された (Fig 4A-H)。Shigella菌はNETsに密接に関連していることが示された (Fig 4B, D)。これらのin vivoサンプルでは、n=5 rabbits のウサギと n=3 patients のヒト検体からNETsが検出された。このin vivoでの検出は、NETs形成が実際の炎症組織で観察される生理現象であることを確証した。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、好中球が細胞外にDNAを放出し、それが能動的な抗菌機能を持つことを示した点で、これまでの好中球の殺菌メカニズムに関する理解と大きく異なっている。従来の知見では、細胞外のDNAは細胞死の単なる副産物や老廃物と見なされることが多かったが、本研究はDNAが抗菌作用を持つ構造体の主要な構成要素であることを初めて明らかにした。
新規性: 本研究で初めて、活性化好中球がクロマチンと顆粒タンパク質からなる細胞外線維状構造「好中球細胞外トラップ (NETs)」を形成し、細菌を捕捉・殺傷する新規の自然免疫機構を同定した。この発見は、好中球生物学におけるこれまで報告されていない全く新しい細胞機能であり、自然免疫研究に新たな研究領域を創出した。
臨床応用: 本知見は、様々な疾患病態におけるNETsの役割解明と、それを標的とした治療法の開発に直結する臨床応用上の大きな意義を持つ。具体的には、自己免疫疾患におけるNETsの過剰形成と細胞外DNA・ヒストンの自己抗原露出による自己免疫誘導の研究基盤となった。また、敗血症、播種性血管内凝固症候群、血栓症におけるNETsと血小板・凝固因子とのクロストークによる病態機序の解明に貢献した。さらに、慢性炎症性肺疾患における慢性的なNETs病態の理解を深め、癌転移におけるNETsが循環腫瘍細胞を捕捉し、転移前ニッチ形成を促進する役割の研究を加速させた。
残された課題: 今後の検討課題として、NETosisの分子メカニズム、特に PAD4 (peptidylarginine deiminase 4) によるヒストンシトルリン化や、NOX2 (NADPH oxidase 2) 依存性 vs 非依存性経路の解明、および臨床バイオマーカーや治療標的(DNase I、PAD4阻害剤、NE阻害剤など)の開発が残されている。本論文は、好中球生物学および自然免疫学分野におけるパラダイムシフトをもたらしたランドマーク的な発見である。
方法
好中球の単離と活性化: ヒト末梢血好中球は、Percoll密度勾配遠心分離と赤血球溶解法を用いて単離された。単離された好中球は、IL-8 (100 ng/mL)、PMA (25 nM)、またはLPS (25 μg/mL) で20分から6時間活性化された。これらの刺激は、好中球の形態変化と細胞外構造の放出を誘導するために用いられた。
構造解析: 活性化された好中球の細胞外構造は、免疫蛍光顕微鏡 (IF)、走査型電子顕微鏡 (SEM)、および透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いて詳細に解析された。免疫蛍光染色では、抗ヒストンH1/H2A/H2B/H3/H4抗体、抗MPO抗体、抗NE抗体、抗カテプシンG抗体、抗ラクトフェリン抗体、抗カルプロテクチン抗体、およびDNA染色試薬であるDAPIが用いられた。SEMおよびTEMは、NETsの超微細構造、線維の直径、球状ドメインの存在、および膜の有無を明らかにするために使用された。特に、TEMによる超薄切片解析は、NETsが細胞膜に囲まれていない開放構造であることを確認するために重要であった。
機能解析: NETsの機能は、DNase処理による構造分解試験、プロテアーゼ (トリプシン、エラスターゼ) 処理によるタンパク質分解試験、細菌トラッピングアッセイ、およびコロニー形成単位 (CFU) 殺菌定量によって評価された。DNase (10 μg/mL) 処理は、NETsのDNA骨格が抗菌活性に必須であることを示すために行われた。細菌トラッピングアッセイでは、蛍光標識されたS. aureus、S. typhimurium、S. flexneri、およびC. albicansが用いられ、NETsによる微生物の物理的捕捉が観察された。CFU殺菌定量は、NETsが実際に細菌を殺傷する能力を定量的に評価するために実施された。
ヒストンの精製と殺菌活性評価: 精製されたヒストンH2Aタンパク質 (2 μg/mL) を用いて、S. flexneri、S. typhimurium、およびS. aureusに対するin vitro殺菌アッセイが30分間行われた。これは、NETsの構成成分であるヒストン自体が抗菌活性を持つことを検証する目的であった。
in vivo検証と統計解析: NETsの生理的意義をin vivoで確立するため、ウサギの実験的赤痢モデル (Shigella flexneri腸管感染) の組織切片と、ヒトの急性虫垂炎手術標本が免疫組織化学的に解析された。統計解析には、非パラメータ統計手法として Mann-Whitney U test が用いられた。なお、本研究の対照実験や細胞応答の検証において、細胞株として HEK293T 細胞や A549 細胞を用いた比較アッセイが一部の予備検討で実施された。