- 著者: Jianhe Yue, Lijuan Mo, Guotao Zeng, Ping Ma, Xiaolin Zhang, Yuhang Peng, Xiang Zhang, You Zhou, Yongxiang Jiang, Ning Huang, Yuan Cheng
- Corresponding author: Ning Huang, Yuan Cheng (Chongqing Medical University Affiliated Second Hospital)
- 雑誌: Journal of neuroinflammation
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-03-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 40102948
背景
敗血症 (Sepsis) は、感染に対する宿主の調節不全な反応によって引き起こされる生命を脅かす臓器不全であり、世界的に年間 1,900 万から 4,890 万件が発生し、全死亡の 19.7% を占める主要な死因となっている。敗血症は肝臓、腎臓、肺、腸、そして脳を含む複数の臓器に深刻な影響を及ぼし、重症敗血症患者の約 9% から 71% が敗血症関連脳症 (Sepsis-associated encephalopathy: SAE) を発症することが報告されている。SAE は短期的な罹患率の増加、入院期間の延長、長期的な身体的および認知機能障害を引き起こし、医療システムに大きな経済的負担を強いる。その主な病態生理はエンドトキセミアによって駆動され、炎症性サイトカインの全身性放出が免疫細胞を活性化し、脳機能障害を悪化させる炎症サイクルを形成することが知られている。
好中球は先天性免疫系の不可欠な構成要素であり、血液脳関門 (Blood-brain barrier: BBB) の損傷後、最初に脳へ動員される末梢免疫細胞の一つである。好中球は食作用や炎症メディエーターの分泌に加え、脱凝縮した DNA、ヒストン、ミエロペルオキシダーゼ (MPO) などからなる網状構造である好中球細胞外トラップ (Neutrophil extracellular traps: NETs) を放出する。NETs は病原体に対する防御として機能する一方で、過剰な放出は内皮細胞を前炎症性表現型へと転換させ、内皮透過性の亢進や接着接合 (Adherens junctions: AJs) の破綻、アクチン細胞骨格の再編成を誘導する。
先行研究において、脳卒中や外傷性脳損傷などの神経炎症モデルにおける NETs の寄与が報告されており、例えば Zhang et al. ClinTranslMed 2023 などの報告がある。また、SAE マウスモデルにおいて NETs が血液および海馬に豊富に存在し、DNase I による NETs 分解が海馬の病変を軽減することが Zhu et al. (2023) によって示されている。しかしながら、NETs 抑制がもたらす神経保護効果の具体的な分子メカニズムについては依然として未解明な点が多く、特に BBB の完全性を維持するシグナル経路との関連性についての知見が不足している。したがって、NETs 抑制がどのような分子経路を介して BBB 破綻と認知機能障害を改善するのかを明らかにすることが、SAE の新たな治療戦略を確立するための重要な課題となっている。
目的
本研究の目的は、盲腸結紮穿刺 (Cecal ligation puncture: CLP) によって誘発された SAE マウスモデルを用い、好中球細胞外トラップ (NETs) の形成抑制が神経炎症、BBB の完全性、および認知機能に及ぼす影響を検証し、その詳細な分子メカニズムを解明することである。具体的には、タンパク質アルギニン脱イミノ化酵素 4 (Protein arginine deiminase 4: PAD4) の選択的阻害薬である GSK484 を用いて NETs の放出を抑制し、海馬における遺伝子発現変化を RNA-seq およびバイオインフォマティクス解析により同定する。さらに、同定された Wnt シグナル経路が BBB のタイトジャンクション (Tight junctions: TJs) および接着接合 (AJs) の維持にどのように寄与しているかを、in vivo および in vitro の共培養系を用いて検証し、Wnt3/β-catenin/TCF4 シグナル軸の役割を明らかにすることを目的とした。
結果
CLP 後の好中球および NETs の動態解析: CLP 手術後の海馬 CA1 領域における好中球および NETs の蓄積時間を評価した。Ly-6G/CD11b 共染色による解析の結果、好中球数は術後 8 h から増加し始め、48 h にピークに達した後、7 日目までにベースラインに戻った (Fig. 1B, C)。一方、Cit-H3/MPO/DAPI 共染色による NETs の評価では、術後 12 h から増加し始め、72 h にピークに達した後に徐々に減少することが示された (Fig. 1D, E)。これらの結果に基づき、以降の実験では NETs の蓄積が最大となる 72 h を犠牲時点として設定した (n = 6)。
GSK484 による生存率改善と神経炎症・認知機能の回復: PAD4 阻害薬 GSK484 の投与量による生存率への影響を検討したところ、4 mg/kg 投与群で生存率が改善し、8 mg/kg および 16 mg/kg の高用量群では逆に死亡率が有意に増加することが判明した (Fig. 2A)。4 mg/kg の GSK484 投与は、CLP マウスの体重減少を抑制し (Fig. 2B)、海馬 CA1 領域における NETs 形成を著しく減少させた (Fig. 2C, D)。また、海馬組織内の炎症性サイトカインである TNF-α, IL-6, IL-1β, IL-10 の産生が有意に抑制された (p < 0.05, Fig. 2E-H)。認知機能評価では、オープンフィールド試験 (OFT) において中心領域での滞在時間と移動距離が有意に増加し (Fig. 2I-K)、モーリス水迷路 (MWM) 試験においてもプラットフォーム探索能力の向上が認められた (Fig. 2L-N, n = 6)。
RNA-seq による Wnt シグナル経路の同定: CLP 群と CLP + GSK484 群の海馬におけるトランスクリプトーム解析を実施したところ、705 個の遺伝子に有意な発現差 (p < 0.05) が認められた (Fig. 3A)。そのうち 162 遺伝子がアップレギュレートされ、543 遺伝子がダウンレギュレートされていた。GO 解析では「adherens junction」や「collagen-containing extracellular matrix (ECM)」などの細胞接着・構造関連用語が濃縮され、KEGG パスウェイ解析では Wnt シグナル経路が最も有意に濃縮されていた (Fig. 3B, C)。PPI ネットワーク解析および CytoHubba プラグインにより、VCL, Cldn11, MSN, Ocln, Fermt1 の 5 つのハブ遺伝子が同定され、これらは主に TJs および AJs 関連タンパク質をコードしていた (Fig. 3D, E)。
BBB タイトジャンクション (TJs) の保護効果: 脳水分含有量 (BWC) の測定において、CLP 群で有意な増加が認められたが、GSK484 投与により BWC は有意に減少した (p < 0.05, Fig. 4A)。フルオレセインナトリウム (FS) 透過性試験では、CLP による海馬および全脳での FS 漏出が GSK484 投与により有意に抑制された (Fig. 4B-D, n = 6)。Western blot (WB) 解析の結果、CLP 群で激減した TJs タンパク質のうち、Occludin の発現が GSK484 投与により特異的に回復したが (p < 0.05, Fig. 4E, F)、ZO-1 や Claudin-5 のレベルには有意な影響が見られなかった。免疫染色では、CLP により点状に断片化した Occludin の分布が、GSK484 投与により連続的な線状構造へと回復することが示された (Fig. 4G-J)。
BBB 接着接合 (AJs) および細胞骨格の維持: AJs 関連タンパク質の解析では、CLP 群で VCL, VE-cadherin, Fermt1 の発現が有意に低下していたが (p < 0.05, Fig. 5A-D)、GSK484 投与によりこれらの発現が有意に回復した (Fig. 5A-D, n = 6)。一方で MSN タンパク質は CLP 群で有意に増加し、GSK484 投与によりさらに増加した (p < 0.05, Fig. 5E)。三色染色の結果、VCL, β-catenin, VE-cadherin が共局在し複合体を形成していることが示唆された (Fig. 8A)。定量解析では、β-catenin の総量は不変であったが、VCL および VE-cadherin の発現は CLP で低下し、GSK484 により有意に回復した (p < 0.05, Fig. 8B-D)。
Wnt3/β-catenin/TCF4 シグナル経路の活性化メカニズム: WB 解析により、CLP 群では TCF4 の発現が低下し、リン酸化 β-catenin (P-β-catenin) が増加していたが、GSK484 投与により TCF4 の回復と P-β-catenin の減少、および核内 β-catenin の有意な増加が認められた (p < 0.05, Fig. 9A-E)。また、Wnt リガンドの中では Wnt3 の発現が CLP で低下し、GSK484 により有意に回復した (p < 0.05, Fig. 9H)。Wnt3 は主に海馬 CA1 領域のニューロンに発現していた (Fig. 9I, J)。in vitro 共培養系 (bEnd.3 細胞と好中球) では、PMA 誘発 NETs が β-catenin/TCF4 経路を抑制したが、GSK484 と外因性 Wnt3 の併用により、Wnt3 単独時よりもさらに強力に同経路が活性化された (p < 0.05, Suppl. Fig. 4C-G, n = 3)。
β-catenin/TCF4 阻害による保護効果の消失: β-catenin/TCF4 のアンタゴニストである LF3 を脳室内投与した結果、GSK484 によって回復していた Wnt3 および TCF4 の発現が有意に低下し、核内 β-catenin の減少と P-β-catenin の再上昇が認められた (Fig. 10A-F, n = 6)。これに伴い、ZO-1, Occludin, VCL, MSN, VE-cadherin, Fermt1 の発現がすべて有意に低下した (Fig. 10G-M)。行動解析においても、LF3 投与群では OFT での中心滞在時間および移動距離が減少し (Suppl. Fig. 5A-C)、MWM 試験の成績も悪化した (Suppl. Fig. 5D-F)。これにより、GSK484 の保護効果は Wnt3/β-catenin/TCF4 シグナル経路の活性化を介していることが証明された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、CLP 誘発 SAE モデルにおいて NETs の役割を詳細に解析し、その抑制が BBB の完全性を維持する分子メカニズムを解明した点において、これまでの研究と異なる。既報の Zhu et al. (2023) は NETs の分解が海馬の病変を軽減することを示したが、その下流のシグナル伝達経路までは十分に探索されていなかった。対照的に、本研究では RNA-seq とバイオインフォマティクスを組み合わせることで、Wnt3/β-catenin/TCF4 という具体的なシグナル軸を同定し、それが TJs の Occludin および AJs の VCL/β-catenin/VE-cadherin 複合体の形成を制御していることを明らかにした。
新規性: 本研究で初めて、PAD4 阻害薬 GSK484 が Wnt3/β-catenin/TCF4 シグナル経路を活性化させることで、BBB の透過性改善および認知機能障害の軽減をもたらすことを新規に示した。特に、ニューロン由来の Wnt3 が内皮細胞の Wnt シグナルを駆動し、P-β-catenin の減少を介して核内移行を促進することで、接合部タンパク質の転写および安定性を制御するという細胞間相互作用のメカニズムを提示した点は極めて独創的である。
臨床応用: 本知見は、SAE の治療における NETs 抑制の臨床的意義を強く支持するものである。現在、DNase I や CXCR1/2 阻害薬、PAD4 阻害薬などが臨床試験の段階にあり、本研究で示された Wnt シグナルの活性化というメカニズムは、これらの薬剤の有効性を評価するバイオマーカーや、併用療法の標的を決定する上での translational な根拠となり得る。NETs の抑制が単なる炎症の軽減に留まらず、BBB の構造的完全性を能動的に回復させることは、重症敗血症患者の脳機能予後を改善するための有望な戦略となる。
残された課題: 今後の検討課題として、NETs が具体的にどのような分子を介して Wnt シグナルを抑制しているのかという詳細な上流メカニズムの解明が残されている。また、本研究では GSK484 を用いたが、DNase I 等の他の NETs 抑制手段でも同様の Wnt 経路活性化が起こるかを確認する必要がある。Limitation として、in vitro 共培養系では NETs と内皮細胞の相互作用を簡略化してモデル化したため、脳内の複雑な微小環境(アストロサイトやミクログリアの関与)を完全には再現できていない点が挙げられる。
結論: NETs は CLP 後の炎症性損傷を増悪させ、BBB 破綻と認知機能障害を誘導する。PAD4 阻害による NETs 形成抑制は、Wnt3/β-catenin/TCF4 シグナル経路を活性化し、Occludin の発現上昇および VCL/β-catenin/VE-cadherin 複合体の形成を促進することで BBB の完全性を保護する。したがって、NETs は SAE の新たな治療標的として極めて有望である。
方法
動物モデルおよび薬剤投与: 8-10 週齢の雄性 C57BL/6 マウス (22-25 g) を使用した。SAE モデルは、盲腸結紮穿刺 (CLP) 手術により作製した。マウスをイソフルランで麻酔し、腹正中切開後、盲腸を 4.0 シルク縫合糸で結紮し、22G 滅菌針で穿刺して腸内容物を一部流出させた。術後直ちに抗生物質 (primaxin, 0.5 mg/mouse) を皮下投与した。PAD4 阻害薬 GSK484 (4 mg/kg) は、CLP 術前の 3 日間および術後の 2 日間にわたり尾静脈より投与した。β-catenin/TCF4 アンタゴニスト LF3 (250 mg/mL) は、術前 30 分およびその後 24 時間ごとに脳室内 (i.c.v.) 投与した。
行動解析および BBB 評価: 認知機能は、7 日間のモーリス水迷路 (MWM) 試験およびオープンフィールド試験 (OFT) により評価した。MWM では、直径 125 cm のプールを用い、プラットフォームへの到達時間とターゲット象限への滞在時間を記録した。BBB 透過性は、術後 71 h に 2% フルオレセインナトリウム (FS, 4 mL/kg) を大腿静脈より注入し、海馬および全脳組織における FS 濃度を OD 440 nm で測定した。脳水分含有量 (BWC) は、術後 72 h に全脳の湿重量と乾燥重量 (100 ℃, 24 h) から算出した。
細胞培養および共培養系: マウス骨髄由来好中球を分離し、PMA (100 nM) を 12 h 処理して NETs 形成を誘導した。Transwell™ システムを用い、上層に好中球 (1 × 10⁵ cells)、下層に bEnd.3 内皮細胞 (1 × 10⁵ cells) を播種した共培養系を構築し、GSK484 および Wnt3 の影響を検証した。
分子生物学的解析: 海馬組織からタンパク質および RNA を抽出した。Western blot (WB) により、ZO-1, Occludin, Claudin-5, VCL, VE-cadherin, Fermt1, Wnt3, β-catenin, P-β-catenin, TCF4 の発現を解析した。免疫染色 (IF) では、CD31, NeuN, GFAP, Iba1 等を用いて共局在を評価した。RNA-seq は BGI プラットフォームを用い、DNBSEQ-T7 シーケンサーで PE150 モデルにて実施した。DEGs の同定には DESeq2 (p ≤ 0.05) を用い、GO および KEGG 解析、STRING による PPI ネットワーク構築、Cytoscape によるハブ遺伝子同定を行った。
統計解析: データは mean ± SD で表示し、Shapiro-Wilk 検定で正規性を確認した。2 群間の比較には independent-sample t-tests を、多群比較には one-way, two-way または repeated-measure ANOVA に続き Bonferroni 検定を用いた。生存率は Kaplan-Meier 法を用いて解析し、log-rank 検定で比較した。統計的有意性は p < 0.05 と定義した。