• 著者: Jingwei Xue, Zekai Zhao, Lei Zhang, et al.
  • Corresponding author: Ran Mo, Can Zhang (China Pharmaceutical University, Nanjing)
  • 雑誌: Nature Nanotechnology
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-06-19
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28650441

背景

グリオブラストーマ (glioblastoma) は最も浸潤性の高い脳腫瘍であり、外科的切除後も残存する浸潤腫瘍細胞が再発の主因となる。BBB (blood-brain barrier; 血液脳関門) および BBTB (blood-brain-tumor barrier; 血液脳腫瘍関門) は従来の化学療法薬の脳移行を阻み、ナノ粒子を用いた DDS (drug delivery system; 薬物送達システム) でも腫瘍周辺血管腔に偏在し腫瘍内薬物濃度が低いという限界が知られていた。好中球 (NE; neutrophil) は BBB/BBTB を自然に透過してグリオーマ部位に浸潤する能力を持ち、TAN (tumor-associated neutrophil; 腫瘍関連好中球) として炎症部位への循環 NE 動員にも寄与することが報告されていた。また外科的腫瘍切除後には局所脳炎症が生じ IL-8 (interleukin-8) や TNF-α 等の炎症性サイトカインが放出されて NE を誘引することが示されていた (Zeng et al. ACSNano 2024)。しかし、NE の生理的 BBB 透過能力と術後炎症を活用した NE ベースの薬物送達戦略は、術後グリオーマ再発抑制に対してまだ実証されていなかった (Guan et al. AdvSci 2025)。NE がリポソーム担体を搭載しつつ走化性・BBB 透過能等の生理的機能を保持できるか、また術後炎症シグナルが on-demand な薬物放出を誘起できるかという機序が未解明であり、リポソームを用いた細胞キャリア型脳腫瘍 DDS の開発が不足していた (Chang et al. NatCommun 2023)。

目的

パクリタキセル (PTX; paclitaxel) を内包したカチオン性リポソーム (CL; cationic liposome) を NE に搭載した PTX-CL/NE を構築し、炎症応答性の段階的薬物送達特性・BBB 透過能・腫瘍球内薬物分布を in vitro で検証するとともに、マウスグリオーマ外科切除モデルにおける術後炎症誘引型の脳腫瘍ターゲティングと再発抑制効果を in vivo で検証することを目的とした。

結果

PTX-CL/NE の作製・特性評価と好中球生理機能の保持:

PTX-CL は平均粒径 100 nm で正帯電を示し、リポソーム封入により PTX の持続放出特性が確認された (Fig. 2a)。骨髄由来 NE の純度はフローサイトメトリーで >90% (91.6%、Fig. 2b) であり、Wright-Giemsa 染色で活発な分葉核形態を示した (Fig. 2c)。PTX-CL/NE の薬物搭載量は 18 μg PTX/10^6 cells であった。PTX-CL/NE は blank NE と同等の CD11b 発現亢進 (fMLP 濃度依存的)・走化性 (transwell migration assay)・スーパーオキシド産生能を維持し、Taxol 封入 NE (Taxol/NE) では走化性がほぼ完全に喪失したのと対照的に NE 生理機能への影響を最小化していた (n=3 independent experiments, Fig. 2d-f)。生理的条件・fMLP 処理では PTX の NE 内保持が 8 時間維持されたが (Fig. 2g, h)、PMA 処理 4 時間後に PTX が急速バースト放出された (Fig. 2i)。放出 PTX の約 88% はリポソーム形態を保持しており (n=3 independent experiments)、NETs (neutrophil extracellular traps) 放出と同時に PTX-CL が腫瘍細胞に送達される on-demand 機構が確認された。

炎症シグナル誘導の段階的 BBB 透過と腫瘍球内薬物分布:

in vitro BBB モデルでは、生理的条件下での PTX の basolateral 側移行率は PTX-CL/NE でも 1% のみであったが、fMLP (10 nM) 存在下 (炎症条件) では 38% へ劇的に上昇し、NE の約 35% がモノレイヤーを透過した (n=3 independent experiments, Fig. 3b, c)。Taxol・PTX-CL では炎症条件でも透過率の改善は見られなかった。3D G422 腫瘍球実験では Cou6-CL (coumarin-6-labeled cationic liposome; 蛍光標識リポソーム) を搭載した NE (Cou6-CL/NE) が 8 時間で平均径 300 μm の腫瘍球の約 80% を深部まで浸透し、Cou6 単独・Cou6-CL は表層のみにとどまった (Fig. 3d)。PTX-CL/NE を DiR 膜染色した Cou6-CL/DiR-NE を用いた実験では、PMA 処理により NE の膜構造が崩壊して Cou6-CL が放出され G422 細胞へ取り込まれる過程が可視化された (Fig. 3e)。PMA 処理 PTX-CL/NE は PTX-CL と同等の細胞毒性を G422 細胞に対して示した (n=3 independent experiments, Fig. 3f)。これらはリポソーム担体が炎症部位での過剰 NE 活性化により on-demand 放出されることを示した。

術後炎症モデルにおける脳腫瘍ターゲティングと生存延長効果:

G422 グリオーマ切除モデルでは術後 10 日間 TNF-α および CXCL1 (マウス IL-8 ホモログ) の脳・血清中濃度が持続上昇し (n=2 independent experiments, Fig. 4e-j)、手術が循環 PTX-CL/NE の誘引に十分な炎症環境を形成することが確認された。蛍光 G422 細胞を用いた ROI (region of interest) 解析による腫瘍切除効率は約 96% であった。in vivo 蛍光イメージングにより PTX-CL/DiR-NE は手術処置グリオーママウスで最も強い脳集積を示した (Fig. 5b)。臓器中 PTX 量の AUC (area under the concentration-time curve) 計算では、PTX-CL/NE の脳内 AUC は Taxol の 1,162 倍、PTX-CL の 86 倍に達した (n=3 independent experiments, Fig. 5c-e, Supplementary Table 1)。生存解析 (n=12/群) では PTX-CL/NE 処置 (PTX 5 mg/kg) で 50% 生存期間が 61 日となり、Taxol (PTX 10 mg/kg) の 29 日、PTX-CL の 38 日を大幅に上回った (p < 0.001、Fig. 5f)。4 ヶ月追跡では PTX-CL/NE 処置マウスの 25% が生存し、腫瘍の辺縁明瞭化・局所浸潤消失が組織学的に確認されたが、残存腫瘍巣も検出された (Fig. 5g)。C6 グリオーマ切除モデルでも同様の生存延長が確認された。

考察/結論

① 先行研究との違い:

従来のナノ粒子 DDS は EPR (enhanced permeability and retention) 効果による受動的腫瘍ターゲティングや受容体リガンド相互作用による能動的ターゲティングを基本とするが、BBB が術後グリオーマ残存細胞への薬物到達を阻む問題は未解決であった。本研究は NE 固有の BBB 透過能と術後炎症走化性を利用することで既存の DDS と異なる「炎症誘引型細胞キャリア」戦略を確立した (Chang et al. NatCommun 2023)。また PTX-CL/NE が術後炎症依存的に brain AUC を Taxol 比 1,162 倍に増大させた点は、既報の NE ベース送達系と対照的な著明な脳移行増強を示すものである。

② 新規性:

本研究で初めて、NE がカチオン性リポソームを内包しながら走化性・BBB 透過・スーパーオキシド産生等の全生理機能を保持できること、そして炎症部位の過剰 NE 活性化が NETs 放出と同時に PTX-CL を on-demand 放出する新規な二段階放出機構を実証した。術後炎症という生体内シグナルをそのまま薬物送達の誘引源として利用するという新規な発想は、グリオーマに限らず術後炎症を伴う固形腫瘍治療への展開可能性を示した。

③ 臨床応用:

PTX-CL/NE 戦略の臨床応用としては、将来的にヒト患者末梢血から採取した NE にリポソーム製剤を搭載する自家細胞製剤への展開が期待される。本戦略は手術に続く全身投与という標準的な治療フローに組み込みやすく、臨床現場での実装可能性が高い。G422・C6・U-87 MG の複数細胞株モデルで効果が確認されたことは、臨床的有用性の一般化を支持する。

④ 残された課題:

PTX-CL/NE 処置後も全マウスが完全治癒に至らず、25% が 4 ヶ月生存したものの残存腫瘍巣が検出された。グリオーマ細胞のパクリタキセル耐性や術後炎症ピーク後の NE 誘引低下が不完全治癒の原因として考えられる。PTX-CL/NE 単独では限界があり、免疫チェックポイント阻害薬・放射線との併用療法が今後の研究課題として残されている。また NE 搭載リポソームの大量調製・品質管理・凍結保存適性、ヒト NE を用いたスケールアップ製造など臨床移行に向けた技術的課題も今後の検討が必要である。

方法

カチオン性脂質 HG2C18 (1,5-dioctadecyl-N-histidyl-L-glutamate) を用いた PTX-CL (平均粒径 100 nm、正帯電) を作製し、マウス骨髄から密度勾配遠心 (Percoll 55/65/78% 階段勾配) で精製した成熟 NE (ICR マウス由来、収量 6.5 × 10^6 cells/mouse、純度 >90%) に PTX-CL (50 μg/mL PTX、37°C、50 min) を取り込ませて PTX-CL/NE を得た。NE の生理的機能は CD11b 発現 (フローサイトメトリー)・走化性 (transwell migration assay、フォルミルメチオニルロイシルフェニルアラニン (fMLP; formylmethionylleucylphenylalanine) 刺激)・スーパーオキシド産生 (ジヒドロエチジウム染色) で評価した (n=3 independent experiments)。PTX 放出特性は生理的条件・fMLP (10 nM、血中走化性シミュレーション)・PMA (phorbol myristate acetate; 100 nM、炎症部位シミュレーション) 下で HPLC (high-performance liquid chromatography) で定量した (n=3 independent experiments)。in vitro BBB モデルは bEnd.3 細胞単層 (TEER (transendothelial electrical resistance) > 300 Ω·cm^2) を transwell 系で構築し PTX 透過率を評価した (n=3 independent experiments)。腫瘍球浸透能は 3D G422 多細胞腫瘍球 (平均径 300 μm) を用い CLSM (confocal laser scanning microscopy) で評価した。グリオーマ外科切除モデルは ICR マウスへの G422 細胞頭蓋内移植 (1 × 10^5 cells/mouse) 16 日後に顕微鏡下腫瘍切除術で構築し、術後炎症因子 (IL-10、TNF-α、CXCL1) を ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) で定量した (n=2 independent experiments)。生存試験は各群 n=12 マウスで実施し log-rank (Mantel-Cox) 検定で解析した。生体内薬物分布は HPLC で臓器中 PTX 量を測定し AUC (area under the concentration-time curve) を算出した。統計は two-tailed Student’s t-test を用い、* p < 0.05、** p < 0.01、*** p < 0.001 を有意水準とした。細胞株は G422 (murine glioblastoma)、C6 (rat glioblastoma)、U-87 MG (human glioblastoma)、bEnd.3 (murine brain microvascular endothelial) を使用した。