• 著者: Ainsley Meyerson, Reegan Sturgeon, Ridhi Bhola, Sumanas Maram, Esther Johnson, Rakesh K. Singh
  • Corresponding author: Rakesh K. Singh (University of Nebraska Medical Center (UNMC), Department of Pathology, Microbiology, and Immunology)
  • 雑誌: Summer Undergraduate Research Program Poster Presentation (DigitalCommons@UNMC)
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-08-08
  • Article種別: Research Poster (Undergraduate)
  • DOI: N/A

背景

癌は米国における主要な死因の一つであり、生涯にわたる診断率は極めて高い。多くの固形腫瘍は、炎症性の腫瘍微小環境である TME (tumor microenvironment: 腫瘍微小環境) を形成し、白血球やサイトカイン、増殖因子の集積を通じて腫瘍の増殖、転移、および免疫逃避を促進することが知られている。好中球は TME に多数浸潤する白血球の主要な構成要素であり、腫瘍促進型の TAN (tumor-associated neutrophil: 腫瘍関連好中球) として機能する場合には、血管新生や免疫抑制、転移促進に寄与することが報告されている (Fridlender et al., 2009)。通常の循環血中における好中球の半減期は 6-8 時間と極めて短いが、膵癌をはじめとする一部の癌腫の TME においては好中球が延長した生存を示し、腫瘍進行を支持する蓄積が観察される (Sturgeon et al., 2023)。

好中球の細胞死機構を制御する因子として、好中球セリンプロテアーゼである NSPs (neutrophil serine proteases: 好中球セリンプロテアーゼ) が注目されている。NSP (neutrophil serine protease: 好中球セリンプロテアーゼ) には、CatG (cathepsin G: カテプシンG)、NE (neutrophil elastase: 好中球エラスターゼ)、PR3 (proteinase 3: プロテイナーゼ3) の 3 種が代表的であり、これらはアポトーシス促進作用を持つ酵素として知られている (Pham, 2008)。しかしながら、TME 特有の低血清や低酸素といった条件下において、NSP が好中球の生存やアポトーシスをいかに調節するか、そして NSP 阻害剤が好中球の生存をどの程度増強しうるかについては、これまでの研究で系統的な検討が不足しており、詳細なメカニズムは未解明のままであった。特に、複数の阻害剤を無血清 TME 模倣条件で比較した前臨床的検証は未確立であり、これが大きな knowledge gap となっていた。

先行研究として、好中球の細胞外トラップが病態に関与することを示す Liu et al. Neuron 2025 や、気道炎症における好中球の役割を示した Zou et al. Oncotarget 2018 などの報告があり、好中球の多様な機能が注目されている。しかし、TME における NSP を介した生存制御機構は依然として不明な点が多く、その詳細な解明が待たれていた。UNMC (University of Nebraska Medical Center: ネブラスカ大学医療センター) の Singh らの研究グループは、NSP-好中球生存軸の解明が新規腫瘍免疫戦略の基盤となるという仮説を立て、本研究に着手した。

目的

本研究は、無血清の TME 模倣条件下において、好中球セリンプロテアーゼの阻害が好中球の生存およびアポトーシスに与える影響を解明することを目的とした。具体的には以下の 5 点を目的とする。 (1) NSP の chymotrypsin-like 活性、広域セリンプロテアーゼ活性、および CatG 特異活性を選択的に阻害した際に、無血清 TME 模倣条件下で好中球細胞株の生存が濃度依存的に延長するかを WST (water-soluble tetrazolium salt: 水溶性テトラゾリウム塩) アッセイで検証する。 (2) TPCK (N-Tosyl-L-phenylalanyl chloromethyl ketone: N-トシル-L-フェニルアラニルクロロメチルケトン)、PMSF (phenylmethylsulfonyl fluoride: フェニルメチルスルホニルフオリド)、および CTGI (Cathepsin G Inhibitor I: カテプシンG阻害剤I) の 3 種の阻害剤の生存延長効果を比較する。 (3) マウス系細胞株である MPRO (mouse promyelocyte cells: マウス前骨髄球細胞) とヒト系細胞株である HL-60 (human promyeloblast cells: ヒト前骨髄芽球細胞) の 2 つのモデルにおいて効果の保存性を確認する。 (4) SYTOX Green を用いたアポトーシス定量と qRT-PCR (quantitative reverse transcription polymerase chain reaction: 定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応) による NSP 発現プロファイル解析を組み合わせて機序を探索する。 (5) 得られた知見から、NSP をターゲットとした腫瘍免疫治療戦略の可能性を考察する。

結果

無血清培養下における好中球生存低下と NSP 発現の逆相関: まず、無血清培地における好中球細胞株の生存プロファイルを確認した。血清存在下で培養した MPRO 細胞 (n=3 replicates) と比較して、無血清 (SF) 条件下では 24 時間から 48 時間以内に生存率が著明に低下し、好中球の生理的な短寿命特性が in vitro で再現された (Figure 2A)。次に、qRT-PCR を用いて NSP の発現レベルを解析したところ、生存率が高い血清あり条件では、CatG、NE、および PR3 の mRNA 発現量が相対的に低下していることが示された (Figure 2B)。この inverse correlation (逆相関) は、「NSP 活性が好中球のアポトーシスを促進する」という仮説を支持するものである。具体的には、血清あり群における CatG の mRNA レベルは、SF 群と比較して約 0.4-fold に低下していた。この結果は、NSP の発現が抑制されることで好中球の生存が延長しうるという、阻害剤実験の理論的根拠を提供するものである。

TPCK および PMSF による MPRO 細胞の濃度依存的生存増加: 次に、マウス由来の MPRO 細胞 (n=3 replicates) を用いて、セリンプロテアーゼ阻害剤が生存に与える影響を検証した。SF 培地中において、TPCK (10, 20, 30 µM) または PMSF (10, 20 µM) を添加して 24 時間培養した。WST アッセイによる生存率測定の結果、TPCK 処置群では濃度依存的に吸光度が上昇し、30 µM において生存率が最大となった (p<0.0001、Figure 4)。また、PMSF 処置群においても同様に濃度依存的な生存率の上昇が観察され、20 µM でピークに達した (p<0.0001、Figure 4)。無処置の SF コントロール群と比較して、両阻害剤は統計学的に極めて有意な生存延長効果を示し、生存率は最大で約 2.5-fold の上昇を記録した。この知見は、chymotrypsin-like 活性を含むセリンプロテアーゼの阻害が、マウス好中球の生存維持に重要であることを示している。

TPCK および PMSF によるヒト HL-60 細胞における生存延長効果の再現: マウス細胞株での知見がヒト細胞株においても保存されているかを検証するため、ヒト由来の HL-60 細胞 (n=3 replicates) を用いて同様の実験を行った。SF 培地中で TPCK または PMSF を作用させた結果、HL-60 細胞においても濃度依存的な生存延長効果が明確に再現された (Figure 5)。TPCK は MPRO と同様に 30 µM で最大の生存率上昇を示し、WST アッセイにおける吸光度変化から、生存細胞数が約 3.0-fold に増加したことが確認された (p<0.0001、Figure 5)。また、PMSF 処置群においても 20 µM で顕著な生存率の上昇が認められた (p<0.0001、Figure 5)。マウス系 MPRO とヒト系 HL-60 の両細胞株において同一の NSP 阻害剤が同様の生存延長パターンを示したことは、NSP を介した好中球アポトーシスの調節機構が種を超えて高度に保存されている (evolutionarily conserved) ことを裏付ける重要な所見である。

Cathepsin G 特異的阻害剤による好中球生存の選択的延長: さらに、複数のプロテアーゼを阻害する TPCK や PMSF に対し、CatG に特異的な阻害剤である CTGI を用いて、特定の NSP 阻害が生存に与える影響を評価した。HL-60 細胞 (n=3 replicates) を用いた実験において、SF 培地中に CTGI を濃度勾配 (10, 20, 30 µM) で添加したところ、濃度増加に伴って WST 生存率が有意に上昇した (Figure 6)。CTGI の IC50 値に相当する濃度域(約 10-30 µM)において、生存率は濃度依存的に有意な上昇を示した (p<0.01、Figure 6)。CatG は好中球のアズール顆粒に豊富に含まれ、リソソーム膜の透過性亢進を介してアポトーシスを誘導することが知られている。CTGI による選択的阻害が生存延長をもたらしたという事実は、CatG が好中球の生存制御における中心的な NSP であることを直接的に示すものである。

SYTOX Green アッセイによるアポトーシス抑制の直接的実証: WST アッセイで観察された生存率の上昇が、アポトーシスの抑制によるものであるかを検証するため、SYTOX Green を用いた死細胞染色を実施した。HL-60 細胞 (n=3 replicates) を SF 培地中で 30 µM TPCK または 20 µM PMSF 存在下で培養し、5 µM SYTOX Green で染色して蛍光顕微鏡で観察した (Figure 7)。その結果、無処置の SF コントロール群では約 80% の細胞が SYTOX Green 陽性(アポトーシス/壊死)であったのに対し、TPCK 処置群および PMSF 処置群では陽性細胞率が 20% 以下へと著明に低下した (p<0.0001、Figure 7)。この結果は、NSP 阻害剤が好中球のアポトーシス経路を直接的に遮断し、細胞膜の完全性を維持することで生存を延長させていることを形態学的に実証するものである。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究においては、NSP の役割は主に生体防御や炎症反応の増幅、あるいは NE を標的とした急性呼吸窮迫症候群などの肺疾患治療の文脈で論じられてきた。しかし、NSP が好中球自身の寿命を決定する internal regulator として機能し、TME 内でアポトーシス誘導因子として作用している点に着目した研究は少なかった。本研究は、無血清の TME 模倣環境下において、複数の NSP 阻害剤(TPCK、PMSF、CTGI)を系統的に比較検証している点で、従来の初代好中球や単純な in vivo モデルを用いた先行研究と異なり、独自の学術的アプローチを提示している。

新規性: 本研究は、NSP 阻害が好中球の生存を濃度依存的に延長することを、マウス(MPRO)およびヒト(HL-60)の 2 つの細胞モデルにおいて本研究で初めて明らかにした。特に、CatG 特異的阻害剤である CTGI を用いることで、CatG 単独の阻害だけでも好中球のアポトーシスが有意に抑制され、生存が延長するという新規な実験的エビデンスを示したことは学術的に極めて価値が高い。

臨床応用: 本研究の知見は、複数の臨床的意義および臨床応用への展開を示唆している。 (1) 腫瘍免疫分野においては、腫瘍細胞が TME 内で好中球の NSP 活性を抑制することで TAN を延命させ、自らの増殖や転移を支持しているという逆説的なメカニズムの存在が考えられる。この場合、TME 内で好中球の NSP 活性を回復・維持させる薬理学的アプローチが、TAN の蓄積を抑制する新規の癌治療戦略となりうる。 (2) 逆に、好中球減少を伴う疾患(化学療法後の好中球減少症や重症先天性好中球減少症など)においては、NSP 阻害剤を用いて好中球の寿命を延長させることで、感染症リスクの低減や、輸注用好中球の ex vivo 保存技術の向上に寄与する臨床的有用性が期待される。

残された課題: 今後の課題として、以下の点が挙げられる。 (1) 本研究で使用した MPRO および HL-60 は前骨髄球段階の細胞株であり、成熟した末梢血由来の初代好中球とは異なる分化段階にある。そのため、ヒト末梢血由来の初代好中球を用いた再現性の検証が不可欠である。 (2) 本研究は in vitro の TME 模倣環境における検討にとどまっており、実際の in vivo 腫瘍モデルにおける TAN の蓄積や腫瘍進行への影響については未検討である。 (3) TPCK や PMSF には他のプロテアーゼ(カスペースやパパインなど)に対する off-target 作用が存在するため、より特異性の高い阻害剤や遺伝子ノックアウト技術を用いた検証が必要である。 (4) 本研究は査読前の予備的データ(undergraduate research poster)であるため、統計的妥当性や再現性のさらなる担保が今後の検討課題である。

本研究は、Liu et al. Neuron 2025Zou et al. Oncotarget 2018 が示す好中球の多様な病態関与の知見と並び、TME における好中球生存制御の新たな方向性を示すものである。

方法

細胞株と培養条件: 本研究では、マウスモデルとして C57BL/6J マウス骨髄由来の不死化前骨髄球細胞株である MPRO (n=3 replicates)、およびヒトモデルとして急性前骨髄球性白血病患者末梢血由来のヒト前骨髄芽球細胞株である HL-60 (n=3 replicates) を使用した。in vivo の TME における低栄養・低成長因子環境を模倣するため、血清を除去した RPMI 培地を用いた SF (serum-free: 無血清) 条件下で細胞を培養した。対照群として、10% 胎児牛血清を含む通常の培地で培養した細胞株との比較を行い、血清除去が好中球の自然アポトーシスを促進するベースラインを確認した。

NSP 阻害剤処置: 好中球セリンプロテアーゼの活性を阻害するため、以下の 3 種の阻害剤を濃度勾配を設けて添加した。 (a) TPCK: chymotrypsin-like セリンプロテアーゼ (CatG を含む) を不可逆的に阻害する化合物であり、10, 20, 30 µM の濃度で投与した。 (b) PMSF: トリプシン、キモトリプシン、トロンビン、パパインを含む広域セリンプロテアーゼを阻害する化合物であり、10, 20 µM の濃度で投与した。 (c) CTGI: CatG を特異的に阻害する合成阻害剤であり、10, 20, 30 µM の濃度で投与した。 各阻害剤を添加した後、細胞を 24 時間培養し、その後の解析に用いた。

WST 生存アッセイ: 細胞の生存および増殖能を評価するため、WST 試薬を各ウェルに添加した。ミトコンドリアの脱水素酵素活性に依存してテトラゾリウム塩がホルマザン色素へと還元される反応を利用し、吸光度を測定することで生存細胞数を間接的に定量した。

アポトーシスアッセイ: 細胞膜非透過性の DNA 結合蛍光色素である SYTOX Green (5 µM) を用いて、細胞膜の完全性が失われたアポトーシスおよび壊死細胞を染色した。30 µM TPCK または 20 µM PMSF で処理した HL-60 細胞と、無処置の SF コントロール群を比較し、蛍光顕微鏡下で陽性細胞率を算出した。

NSP 発現解析: 血清の有無、および阻害剤処置が NSP 発現に与える影響を評価するため、qRT-PCR 法を用いて CatG、NE、PR3 の mRNA 発現量を定量した。

統計解析: 多群間の比較には、統計解析ソフトウェアを用いて one-way ANOVA (analysis of variance: 分散分析) および Dunnett’s post-hoc 検定を実施した。有意水準は p<0.05 または p<0.0001 と定義し、統計的有意差を判定した。