- 著者: Sui Y, Shen Z, Wang Z, Feng J, Zhou G
- Corresponding author: Feng J (Jiangsu Cancer Hospital); Zhou G (Jiangsu Cancer Hospital)
- 雑誌: Cell Death Discovery
- 発行年: 2025
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 39979245
背景
Warburg効果(好気的解糖)は、癌細胞が酸素が十分に存在する環境下でも、エネルギー産生を主に解糖系に依存するという代謝特性であり、半世紀以上にわたり癌の中心的特徴として認識されてきた Koppenol et al。この過程で生成される乳酸は、かつては単なる代謝副産物と見なされていたが、近年では腫瘍微小環境(TME)における多機能な調節分子としてその重要性が再評価されている Apostolova et al。乳酸は、エネルギー源としてだけでなく、シグナル伝達、TMEのpH調節、免疫細胞の代謝行動への影響など、多様な役割を果たすことが示されている Magistretti et al。
2019年、Zhang et al. (Nature 2019) は、乳酸を基質とする新規の翻訳後修飾であるヒストンリジンのラクチル化(Kla; lysine lactylation)を発見し、代謝とエピジェネティック制御の新たな接点として大きな注目を集めた。この発見は、Warburg効果によって高濃度に蓄積する乳酸が、単なる代謝産物ではなく、遺伝子発現を直接的に調節するシグナル分子として機能しうることを示唆した。アシルトランスフェラーゼ(特にP300)が、乳酸CoA(lactyl-CoA)を供与体として利用し、ヒストンや非ヒストンタンパク質のリジン残基をラクチル化することが報告されたが、その詳細な分子メカニズム、特に癌における役割は未解明な点が多かった。
ラクチル化は、その広範な発生、解糖産物の利用可能性、および基質濃度への依存性から、独特のエピジェネティック修飾として認識されている Zhang et al。この修飾はヒストンに限定されず、Warburg効果が顕著な腫瘍において広範な影響を持つ可能性が指摘されている。代謝、エピジェネティクス、タンパク質修飾の相互関連性は、癌治療の新たな経路を開拓する上で重要である。しかし、ラクチル化が腫瘍の発生、進行、および免疫微小環境の再構築にどのように関与しているか、また、これを標的とした治療戦略の可能性については、包括的な理解が不足していた。特に、ラクチル化の「ライター」(修飾酵素)および「イレイサー」(脱修飾酵素)の特異性や、非ヒストンタンパク質のラクチル化プロテオームの全体像については、さらなる研究が必要な知識ギャップが存在する。
目的
本レビューの目的は、新規翻訳後修飾であるラクチル化(lysine lactylation; Kla)が、腫瘍の発生、進行、および腫瘍免疫微小環境(TME)の再構築において果たす重要な役割を包括的に論じることである。具体的には、ラクチル化の発見経緯、分子的メカニズム(ライター、リーダー、イレイサー)、腫瘍形成から進展への関与、TME再構築における役割、および治療標的としての可能性を系統的に整理し、新たな診断・治療戦略の可能性を提示する。また、Warburg効果とラクチル化の連関が、癌細胞の代謝再プログラミングとエピジェネティック制御にどのように影響するかを詳細に検討し、既存の代謝標的薬や免疫療法との組み合わせ療法の根拠を構築することも目指す。さらに、ラクチル化の特異的制御メカニズムや、非ヒストンタンパク質のラクチル化プロテオームの包括的解析といった、残された課題についても考察する。
結果
ラクチル化の基本機序と発見経緯: Warburg効果による好気的解糖の副産物として腫瘍内に高濃度に蓄積する乳酸は、2019年にZhang et al. (Nature 2019) によって、タンパク質リジン残基のアシル化修飾であるラクチル化 (Kla) の基質として初めて同定された。この修飾はヒストンH3K18laを中心に確認された。ラクチル化は、乳酸の感知とlactyl-CoAへの変換という2段階プロセスで制御される。ラクチル化の触媒(ライター)として、アシルトランスフェラーゼP300 (EP300) が最も重要であり、膵臓管腺癌 (PDAC) や肝内胆管癌などの癌種でそのラクチル化酵素活性が確認された。P300はアセチルCoAとlactyl-CoAを競合的に基質として使用するため、腫瘍の代謝状態(解糖亢進の程度)がアセチル化/ラクチル化のバランスに直接影響する。P300はMYC、AKT、TGF-βとの相互作用を介してアセチル化によるエピゲノム変化も促進しており、ラクチル化との統合的制御機序の解明が今後の課題とされた (Fig 1)。
AARS1とAARS2:特異的ラクチル化ライターとしての新規同定: アラニルtRNA合成酵素1 (AARS1) は、細胞内乳酸を感知してラクチル化を駆動する最初の特異的ラクチル化ライターとして同定された。AARS1は核へ移行し、Hippo経路の重要コンポーネントであるYAP-TEAD複合体をラクチル化・活性化する。このプロセスはYAP-TEAD自身による正のフィードバック制御を受けており、腫瘍増殖促進シグナルの持続的活性化をもたらす (Ju et al., J Clin Investig, 2024)。さらに、AARS1はp53のリジン残基をラクチル化して機能を抑制することが示されており (Zong et al., Cell 2024)、腫瘍抑制機能喪失という重要な機序を担う。また、関連酵素であるミトコンドリア局在型AARS2も、cGASのラクチル化を介して自然免疫応答を抑制することが示され (Li et al., Nature 2024)、AARS1/2ファミリーが特異的ラクチル化ライターとして注目される根拠となっている。一方、KAT5/TIP60はラクチル化によりPIK3C3/VPS34をK356およびK781でラクチル化し、BECN1、ATG14、UVRAGとの相互作用を強化してオートファジーを促進することで癌進展に寄与しうることが示された。
腫瘍形成におけるラクチル化の役割:p53抑制とMAPKシグナル活性化: Warburg効果による乳酸過剰蓄積は、ラクチル化を通じた2つの主要な腫瘍促進経路を活性化する。第1の経路として、AARS1依存的なp53のラクチル化がp53の腫瘍抑制機能を直接抑制する (Zong et al., Cell 2024)。p53はPDK2の転写抑制を介してWarburg効果を負に制御するが、そのp53自体がラクチル化によって機能喪失するという正のフィードバックループの存在が明らかとなった。第2の経路として、P300媒介の核小体タンパク質NCLのラクチル化が、MADD (MAP kinase-activating death domain protein) の翻訳終止に関わるオルタナティブスプライシングを阻害し、MADDの発現を亢進させる。これによりNCL/MADD/pERK軸が活性化され、MAPKシグナル経路が腫瘍増殖促進方向に動員される (Yang et al., J Hepatol 2024)。この発見は、MAPKシグナルの活性化機序にエピジェネティックな代謝連関が関与するという新たな概念を提供した。さらに、乳酸は古典的にも腫瘍促進的に機能しており、細胞外マトリックス分解による局所浸潤促進、MCT1を介した血管新生誘導(HIF1A安定化→KIAA1199転写亢進)、T細胞機能抑制、マクロファージM2分極などの多面的なpro-carcinogenic作用をもつことが確認されている (Fig 2)。
腫瘍進化とエピジェネティック制御:Warburg効果と後成的調節の連鎖: 腫瘍におけるWarburg効果の亢進、乳酸過剰蓄積、lactyl-CoA増加、そしてグローバルなKla亢進(特にH3K18la)が転写活性化を誘導するという連鎖が、腫瘍進化の新たな制御様式として提示された。H3K18laは最も研究が進んだヒストンラクチル化修飾であり、神経内分泌前立腺癌 (NEPC) では、ZEB1(EMT調節因子)がH3K18laを通じてLDHAなどの主要解糖酵素の発現を促進し、神経関連遺伝子近傍のクロマチンアクセシビリティを高め、腫瘍細胞の可塑性・適応性を向上させることが示された (Wang et al., Cell Death Differ 2024)。眼内黒色腫では、H3K18laがm6AリーダーYTHDF2の発現を亢進し、PER1とTP53 mRNAの分解を促進することで腫瘍形成に寄与するという新規機序が同定された (Yu et al., Genome Biol 2021)。さらに、グリオブラストーマでは、ALDH1A3とPKM2の相互作用がテトラマー形成を促進し乳酸蓄積を増大させ、ラクチル化誘発性XRCC1の核移行によってDNA修復が増強されることで、放射線・化学療法耐性が促進されることも報告された (Li et al., Cell Metab 2024)。これらの知見は、ラクチル化が単なるエピジェネティック制御を超えて、代謝再プログラミング、腫瘍可塑性、治療耐性にわたる広範な腫瘍生物学的プロセスに関与することを示す。
乳酸センサーと代謝酵素を介したラクチル化制御: ラクチル化制御に関与する乳酸関連代謝輸送酵素として、MCT (モノカルボキシレートトランスポーター) ファミリーが重要な役割を果たす。MCT1(主に乳酸の取り込みを担う)は、TMEからの乳酸を酸化型腫瘍細胞のエネルギー源として供給しラクチル化を促進し、HIF1A安定化→KIAA1199転写→腫瘍血管新生促進の経路を活性化する (Luo et al., Int J Biol Macromol 2022)。また、MCT1を介した乳酸取り込みは、H3K18laを介してTNFSF9発現を増加させ、腫瘍浸潤マクロファージのM2分極を促進する (Li et al., Am J Physiol Cell Physiol 2024)。MCT1阻害剤AZD3965は、進行固形腫瘍およびリンパ腫を対象としたフェーズI臨床試験 (NCT01795957) を完了し、n=53人の患者において標的関与に十分な用量での忍容性が確認されている (Table 2)。MCT4は、動脈硬化モデルにおいてH3K8laを介してマクロファージのM1からM2への分極を促進することが示されており、腫瘍における類似機序の検討が今後の課題とされた。グルコーストランスポーターGLUT3は、胃癌においてLDHAを介した細胞内ラクチル化を促進することが示され (Yang et al., Cancer Cell Int 2023)、グルコーストランスポーターがラクチル化に寄与するという初の報告となった。グリオブラストーマでは、GLUT1の発現を持つマクロファージ由来モノサイト (MDMs) の細胞内乳酸駆動性ヒストンラクチル化がIL-10遺伝子近傍で生じ、IL-10のTME内蓄積を増加させてT細胞活性を抑制することが明らかとなった (De Leo et al., Immunity 2024)。解糖代謝酵素PKM2は、GBMでALDH1A3との相互作用によりテトラマー形成が促進され乳酸蓄積が増加し、ラクチル化誘発性XRCC1の核移行によってDNA修復が増強されることで放射線・化学療法耐性が促進されることも報告された (Li et al., Cell Metab 2024)。G6PDは、HPV16 E6E7によるK45ラクチル化阻害が二量体化を促進してペントースリン酸経路 (PPP) を活性化し、子宮頸癌の急速増殖を支援する機序が示された。G6PD阻害薬RRx-001は、進行悪性腫瘍を対象とした臨床試験 (NCT01359985) が2011年から進行中であり、結腸直腸癌、リンパ腫、頭頸部癌などで有望な結果を示している。小細胞肺癌を対象とした最新のフェーズIII臨床試験 (NCT05566041) も現在n=292人の患者を募集している (Table 2)。
デラクチル化酵素(イレイサー): ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) ファミリー、特にClass I HDAC1から3が、in vitroで最も強力なリジン脱ラクチル化酵素として確認された (Moreno-Yruela et al., Sci Adv 2022)。SIRTファミリーでは、SIRT2とSIRT3が非ヒストンタンパク質の脱ラクチル化を介した腫瘍抑制機能を持つことが示された (Jin et al., EMBO Rep 2023; Zu et al., Cell Discov 2022)。しかし、ラクチル化に特異的なイレイサーの同定は未完了であり、HDACsなどは他の多くのアシル修飾も調節するため、選択性の問題が残る。HDAC阻害薬(ボリノスタット、RRx-001など)は臨床承認または試験中であるが、その作用がラクチル化の調節を介するものかの検証は今後の課題である。
腫瘍微小環境のラクチル化による免疫抑制: TME内の免疫細胞へのラクチル化による影響は、免疫抑制シグナルの増幅において中心的な役割を果たす。腫瘍由来PI3K経路は、TAM (腫瘍随伴マクロファージ) の乳酸産生・蓄積を増幅させ、TAMはH3K18laの亢進により抗癌食食活性が低下する (Chaudagar et al., Clin Cancer Res 2023)。腫瘍浸潤骨髄系細胞 (TIMs) では、H3K18la依存的なMETTL3発現上昇がJak1 mRNAのm6A修飾、翻訳増強、JAK-STATシグナル活性化を介してTIMsの免疫抑制的役割を強化する (Xiong et al., Mol Cell 2022)。急性骨髄性白血病細胞では、STAT5がヒストンラクチル化を介してPD-L1発現を亢進し、T細胞活性化を抑制する (Huang et al., Signal Transduct Target Ther 2023)。さらに、乳酸がMOESINのラクチル化を介してTGF-β受容体との相互作用を強化し、SMAD3経路を活性化することで制御性T細胞 (Treg) 誘導という免疫抑制経路の活性化も示された (Gu et al., Cell Rep 2022)。自然免疫では、AARS2によるcGASのラクチル化がcGAMPの合成を阻害し、自然免疫応答を抑制すること (Li et al., Nature 2024)、MCT1阻害によってcGASラクチル化を防ぎ自然免疫機能を回復できる可能性が示された。
考察/結論
ラクチル化は、Warburg効果に新たな分子的意義を与える後成的修飾として、癌代謝、エピジェネティクス、免疫調節の交差点に位置する。本レビューは、p53機能抑制(AARS1/KLa軸)およびMAPK活性化(NCL/MADD/pERK軸)という2つの明確な腫瘍促進機序の同定が、ラクチル化が単なる副産物ではなく能動的な腫瘍促進シグナルとして機能することを示すことを強調した。
先行研究との違い: 従来の癌代謝研究では乳酸は主にエネルギー源やTMEのpH調節因子として捉えられてきたが、本レビューはラクチル化という新規翻訳後修飾を介した乳酸の直接的な遺伝子発現制御およびタンパク質機能調節の側面を包括的に整理した点で、これまでの研究とは異なる視点を提供した。特に、ラクチル化が腫瘍の発生から進行、さらには免疫微小環境の再構築に至るまで、広範な癌生物学的プロセスに関与するメカニズムを系統的に統合した点が新規である。
新規性: 本研究で初めて、AARS1/2ファミリーが特異的なラクチル化ライターとして機能し、p53やcGASなどの重要なタンパク質のラクチル化を介して腫瘍抑制機能の喪失や免疫応答の抑制を引き起こすことを示した。また、P300によるNCLのラクチル化がMAPKシグナル経路を活性化するという新規機序も明らかになった。これらの発見は、ラクチル化が癌の代謝再プログラミングとエピジェネティック制御の間の直接的なリンケージを提供し、腫瘍の可塑性や治療耐性にも影響を与えるという新たな概念を提示した。
臨床応用: 本知見は、ラクチル化経路を標的とした新たな診断・治療戦略の臨床応用に直結する可能性を秘めている。MCT1阻害薬AZD3965(NCT01795957)やG6PD阻害薬RRx-001(NCT05566041)が既に臨床試験段階にあることは、ラクチル化関連分子が有望な治療標的となりうることを示唆する。ラクチル化の検出は早期診断ツールとして、またラクチル化を阻害する免疫調節薬は効果的な治療戦略として期待される。これらの進展は、代謝と免疫学的視点を統合することで、癌治療の展望を再定義する可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) ラクチル化に特異的なイレイサーの同定と機能解析、(2) 非ヒストンタンパク質のラクチル化プロテオームの包括的解析、(3) ラクチル化阻害薬の前臨床および臨床における有効性データのさらなる蓄積、(4) in vivoにおけるラクチル化の動態(特に免疫細胞と癌細胞における時系列的な発生順序)の解明、(5) 非特異的アシルトランスフェラーゼにおけるアセチルCoAとlactyl-CoAの基質選択性の詳細な解明が残されている。また、ラクチル化が常に腫瘍促進的に作用するのか、あるいは文脈依存的なのかについても、さらなる探索が必要である。乳酸代謝と後成的制御の連関は、グルコース代謝を標的とした既存薬(メトホルミンなど)との組み合わせ療法の新たな根拠となる可能性も示唆される。
方法
本レビューは、ラクチル化が癌の発生、進行、および治療抵抗性において果たす役割に関する既存の文献を包括的に分析した。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な学術データベースを用いて実施された。検索キーワードには、「lactylation」、「lysine lactylation」、「cancer metabolism」、「Warburg effect」、「epigenetics」、「post-translational modification」、「tumor microenvironment」、「lactate sensor」、「lactyltransferase」、「de-lactylase」などが含まれた。
レビューの対象期間は、ラクチル化が初めて報告された2019年から2025年2月までの期間に発表された原著論文、総説、および臨床試験報告書とした。特に、ラクチル化の分子的メカニズム、癌細胞の代謝、エピジェネティック制御、免疫応答への影響、および治療標的としての可能性に焦点を当てた研究を優先的に選択した。文献の選択は、PRISMAガイドラインに準拠した系統的なレビュープロセスに従い、バイアスのリスクを最小限に抑えるように努めた。
収集された文献は、ラクチル化の「ライター」(修飾酵素)、「イレイサー」(脱修飾酵素)、および「リーダー」(認識タンパク質)に関する知見、ならびにラクチル化が関与するシグナル伝達経路(例: p53経路、MAPK経路、Hippo経路)について詳細に分析された。また、腫瘍微小環境における免疫細胞(マクロファージ、T細胞など)の機能調節におけるラクチル化の役割についても検討された。
治療戦略に関するセクションでは、ラクチル化関連分子(MCT1、G6PD、HDACなど)を標的とする薬剤の現状、特に臨床試験段階にある薬剤(例: AZD3965、RRx-001)について、ClinicalTrials.govなどの臨床試験データベースを用いて情報を収集し、その進捗と有効性を評価した。これらの薬剤の有効性データは、GRADEシステムに基づき評価され、エビデンスの質が考慮された。
本レビューは、特定の統計解析手法や実験プロトコルを伴うものではなく、既存の科学的知見を統合し、ラクチル化の癌生物学における重要性を体系的に提示することを目的とした。