- 著者: Mazen W. Karaman, Sanna Herrgard, Daniel K. Treiber, Paul Gallant, Corey E. Atteridge, Brian T. Campbell, Kathryn W. Chan, Pietro Ciceri, Mark I. Davis, Philip T. Edeen, Raffaella Faraoni, Mark Floyd, Jeremy P. Hunt, Daniel J. Lockhart, Zdravko V. Milanov, Michael J. Morrison, Todd Pallares, Hanna K. Patel, Stephanie Pritchard, Lynn M. Wodicka, Patrick P. Zarrinkar
- Corresponding author: Patrick P. Zarrinkar (Ambit Biosciences, San Diego, CA)
- 雑誌: Nature Biotechnology
- 発行年: 2008
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 18183025
背景
タンパク質キナーゼはヒトゲノム中に518種が存在する最大のタンパク質ファミリーの一つであり、細胞増殖、分化、アポトーシス、シグナル伝達の中心的役割を担う。がん領域においてキナーゼの変異、増幅、融合が多数同定されたことで、キナーゼ阻害薬は分子標的治療薬の主要クラスとして確立した。imatinib (BCR-ABL/KIT/PDGFR標的)、sorafenib (RAF/VEGFR/PDGFR標的)、dasatinib (BCR-ABL/SRC標的) 等のFDA承認薬が臨床的成功を収めていたが、これらの薬剤がATPポケットの構造的類似性に起因するオフターゲット結合を有することも知られていた (Baselga, Science 2006; Sebolt-Leopold & English, Nature 2006)。しかし、2008年時点では、承認済みキナーゼ阻害薬の「真の」選択性プロファイルをキノームスケールで体系的に評価したデータは存在しなかった。個別の阻害薬について少数のキナーゼパネルを用いた選択性評価が散発的に行われていたに過ぎず (Bain et al., Biochem. J. 2003; Fabian et al. Nat. Biotechnol. 2005)、比較のための標準指標も存在しなかった。
オフターゲット結合は有害な副作用 (心臓毒性等) の原因となる場合もあれば、逆に予期せぬ有益な効果 (imatinibのKIT結合によるGIST治療への適応拡大等) の根拠となる場合もあり、その全貌を解明することは極めて重要であった。しかし、キナーゼ阻害薬の選択性に関する研究は、これまで定性的な評価に留まり、体系的なアプローチが不足していた (Knight & Shokat, Chem. Biol. 2005)。大規模なアッセイパネルの利用可能性が高まる中で、大規模な小分子-キナーゼ相互作用データセットを整理し、客観的に分析するための新しい分析ツールが未確立であった。特に、キナーゼ阻害薬の選択性を定量的に評価し、化合物間の比較を可能にする標準化された指標は存在せず、この知識のギャップを埋めることが喫緊の課題であった。Manning et al. Science 2002 がヒトキノームの包括的なリストを提供した後も、個々の阻害薬のキノーム全体に対する相互作用パターンは未解明な部分が多く、その理解が不足していた。このため、キノーム全体にわたるキナーゼ阻害薬の相互作用パターンを定量的に評価し、選択性を客観的に比較するための標準化された指標を確立することが求められていた。
目的
本研究の目的は、商業的に入手可能またはFDA承認済みのキナーゼ阻害薬38種を、317キナーゼ (ヒトプロテインキノームの55%超をカバー) から成る大規模パネルに対してin vitro競合結合アッセイで定量的に評価し、キノームスケールでの包括的な結合相互作用データセットを確立することである。また、このデータセットに基づき、キナーゼ阻害薬の選択性を客観的に定量化するための新しい指標であるselectivity score (S-score) を提唱することを目指した。さらに、アッセイパネルのサイズが選択性評価の堅牢性に与える影響を定量的に解析し、小規模パネルでは選択性の正確な測定値が得られないことを示すことも目的とした。これにより、キナーゼ阻害薬の作用機序とオフターゲット効果の理解を深め、将来の創薬研究および臨床応用における基盤情報を提供することを目指す。具体的には、S-scoreを用いてFDA承認薬間の選択性の多様性を定量的に示し、既報の少数のキナーゼパネルによる評価では見過ごされてきたオフターゲット結合の全貌を明らかにすることで、より効果的で安全な薬剤開発に貢献することを目指した。
結果
評価規模と一次スクリーニングの精度: 38種の阻害薬と317キナーゼ (287種のヒトキナーゼ、3種の脂質キナーゼ、27種の疾患関連変異体) の12,046組について一次スクリーニングを実施した。その結果、3,175の結合相互作用が同定され、このうち2,993件がKd < 10 µM、764件がKd < 100 nMであった。一次スクリーニングの陽性予測値は0.976 (偽陽性率2.4%) と非常に高かった。さらに、4種の阻害薬 (sorafenib、VX-680/MK-0457、CHIR-258/TKI-258、CHIR-265/RAF-265) の補完スクリーニングでは陰性予測値0.996が確認され、Kd < 1 µMの高親和性結合で一次スクリーニングで見逃されたのはわずか3例のみであった。これらの結果は、KINOMEscanアッセイの堅牢性と高精度を示している (Fig. 1)。
S-scoreによる選択性の全体像: 新たに導入されたS-score (S(3 µM)) は、lapatinib (EGFR/ERBB2阻害薬) の0.010 (290キナーゼ中3キナーゼと結合) からstaurosporineの0.87 (253キナーゼと結合) まで広範囲に分布した。staurosporineを除外すると、他の化合物は連続的な選択性分布を示した (Fig. 2a)。FDA承認の7種の小分子阻害薬間でS-scoreは0.010 (lapatinib) から0.57 (sunitinib) と50倍以上の変動幅があり、キナーゼ阻害薬の選択性が多様であることを初めて定量的に示した。例えば、gefitinib (Iressa) のS(3 µM)は0.014であり、比較的高い選択性を示した。
高親和性結合での選択性プロファイル: Kd < 100 nMの高親和性結合を考慮したS(100 nM)では、sunitinibとdasatinibが特に高値を示した (それぞれ0.18、0.16)。これは、これら2剤が測定した290キナーゼの15〜18%と高親和性で結合することを意味する (Fig. 2b)。一方、gefitinib (0.007)、lapatinib (0.010)、erlotinib (0.014)、imatinib (0.031)、sorafenib (0.048) は全てS(100 nM) < 0.05と、sunitinib・dasatinibと比較して3倍以上低い値であり、相対的に高選択性であることが示された。
キナーゼ種別 (Tyr vs. Ser/Thr) の選択性比較: sunitinibはtyrosineキナーゼとserine-threonineキナーゼの両者に広く結合した (STK(3 µM) = 0.64、SSTK(3 µM) = 0.55)。dasatinibはtyrosineキナーゼへの顕著な偏りを示し、STK(3 µM) = 0.55に対してSSTK(3 µM) = 0.19であった。高親和性 (100 nM) でこの差はさらに拡大し、dasatinibのSTK(100 nM) = 0.47 vs. SSTK(100 nM) = 0.048と約10倍の差を示した (Fig. 2d)。Aurora kinase阻害薬として開発されたVX-680/MK-0457のSTK(3 µM) = 0.65、SSTK(3 µM) = 0.27、同じくMLN-8054 (STK(3 µM) = 0.38、SSTK(3 µM) = 0.043) でもserine/threonineキナーゼ阻害薬がtyrosineキナーゼに広く結合する傾向が観察された。sorafenibはRAFのserine/threonineキナーゼ阻害薬として開発されたにもかかわらず、SSTK(3 µM) = 0.11に対してSTK(3 µM) = 0.38と顕著なtyrosineキナーゼへの親和性を示し、腎細胞癌・肝細胞癌でのVEGFR等への治療効果と整合した。
パネルサイズと選択性スコアの信頼性: パネルサイズを20〜288キナーゼ (290キナーゼ全体から変異体27種除く) でランダム変化させた解析 (各サイズ500パターン、合計134,500スコア計算) では、サンプリング数の減少に伴い変動係数が系統的に増大した (Fig. 3)。小規模パネル (例: n=20〜50キナーゼ) では同一化合物に対するS-scoreが大きくばらつき、選択性の正確な順位付けが不可能となった。これは、特定の化合物の結合標的がキナーゼ空間に均一分布しておらず、パネル組成によってスコアが大きく変化するためである。この結果は、限られたアッセイパネルでは選択性の堅牢な測定値が得られないことを明確に示している。
臨床応用に直結した新規オフターゲット結合の発見: imatinibがABL1・KIT・PDGFRに加えてDDR1 (Discoidin Domain Receptor 1) およびDDR2に強い親和性で結合することが定量的に示された。これらのキナーゼへの効果がimatinibの特定の臨床的作用の説明となり得ることが示唆された。Aurora kinase阻害薬VX-680/MK-0457がABL1(T315I) 変異キナーゼに強い親和性を示したことは、大規模パネルスクリーニング後に発見されたものであり、imatinib耐性慢性骨髄性白血病患者への臨床適用 (Giles et al., Blood 2007) につながった。sorafenibはRAF以外にもVEGFR・PDGFR・FLT3・KIT等の複数チロシンキナーゼに広く結合し、腎細胞癌・肝細胞癌での多標的阻害による抗腫瘍効果の分子的根拠が定量的に裏付けられた (Escudier et al., N. Engl. J. Med. 2007; Wilhelm et al., Cancer Res. 2004)。これらの発見は、大規模なキナーゼプロファイリングが予期せぬ臨床的応用につながる可能性を示している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は2008年時点で世界最大規模のキナーゼ阻害薬選択性プロファイリングデータを提供したリソース研究であり、S-scoreという標準化された定量指標を初めて導入した点に独自の貢献がある。先行研究では少数のキナーゼパネルを使った個別評価に留まり、化合物間の客観的比較が困難であったが、本研究はそれを解決した。これまで報告されてきた定性的な選択性評価と異なり、本研究で示されたキナーゼ阻害薬の多様な選択性プロファイルは、定量的な比較を可能にした点で新規性が高い。
新規性: 本研究で初めて、FDA承認薬間で50倍以上の選択性変動があることを定量的に示した。また、S-scoreの導入により、キナーゼ阻害薬の選択性を客観的に比較・評価する新しい枠組みを確立した。さらに、アッセイパネルのサイズが選択性評価の堅牢性に与える影響を定量的に解析し、小規模パネルでは選択性の正確な測定値が得られないことを明確に示した点も新規性である。
臨床応用: 臨床的観点からは、高選択性阻害薬と低選択性阻害薬の両者に治療的価値があることを実証した点が重要である。BCR-ABL単一oncokinase駆動の慢性骨髄性白血病では高選択性が有利であるが、血管新生阻害等の多標的効果が必要な固形腫瘍ではsunitinibやsorafenibのような低選択性阻害薬が有効となる。この概念は後の多標的阻害薬の開発・適応拡大の論理的根拠を提供した。本知見は、特定の疾患における最適なキナーゼ阻害薬の選択や、新たな治療標的の探索といった臨床応用に直結する。特に、imatinibのDDR1/DDR2結合やVX-680/MK-0457のABL1(T315I)変異キナーゼへの結合の発見は、既存薬の新たな臨床的有用性を示唆するものであり、bench-to-bedside研究の重要性を強調する。
残された課題: 今後の検討課題として、本データはin vitro競合結合アッセイに基づくものであり、細胞内での活性化状態、タンパク質複合体形成、細胞透過性、代謝安定性が実際の細胞内活性との乖離を生む可能性がある点が挙げられる。また、本研究で使用されたアッセイはATP結合部位指向性であり、MEK阻害薬CI-1040のような一部の非ATP競合化合物は検出できるものの、アロステリック相互作用を体系的には評価できない。加えて、ヒトキノームの残り約45%はカバーされておらず、active/inactive conformational stateによる選択性の相違も評価されていない。これらのlimitationを克服し、より生理学的に関連性の高い細胞ベースのアッセイや、キノーム全体をカバーする網羅的なプロファイリング、アロステリック阻害薬の評価手法の開発が今後の研究で求められる。
方法
本研究では、KINOMEscan (Ambit Biosciences社の技術) 技術に基づくin vitro競合結合アッセイを実施した。このアッセイは、ビオチン化アフィニティーリガンドをストレプトアビジンコーティング磁気ビーズ上に固定し、T7ファージ融合タンパクとして産生したキナーゼとの競合結合を評価するものである (Fabian et al., Nat. Biotechnol. 2005)。評価対象化合物は38種のキナーゼ阻害薬であり、これらを287種のヒトタンパク質キナーゼ、3種の脂質キナーゼ、27種の疾患関連変異体を含む合計317キナーゼのパネルに対してスクリーニングした。これらのキナーゼは主にHEK293T細胞で発現させ、T7ファージ融合タンパク質として精製された。
全組み合わせ (合計12,046組) について、一次スクリーニングは10 µMの単一濃度で実施した。一次スクリーニングで結合が確認された相互作用については、Kd (解離定数) を11段階3倍希釈系列で定量した。Kd測定は、25°Cで1時間インキュベート後、未結合タンパク質を洗浄除去し、非ビオチン化アフィニティーリガンドによる競合溶出を行い、溶出液中のキナーゼ濃度を定量的PCRで測定することで実施した。この競合結合アッセイはATP結合部位指向性であり、非ATP競合阻害薬の一部も検出可能であった。
選択性スコア (S-score) は、S(3 µM) = (Kd < 3 µMの結合キナーゼ数) / (全評価キナーゼ数290、変異体は除く) として定義した。さらに、S(100 nM) = (Kd < 100 nMの結合キナーゼ数) / (全評価キナーゼ数290) や、S((Kd off-target)/(Kd primary target) < 10) といったバリアントも算出し、多角的に選択性を評価した。後者のスコアでは、各化合物の主要標的 (primary target) と比較して10倍以内の親和性で結合するオフターゲットの数を評価した。
選択性スコアの信頼性評価のため、20〜288キナーゼの部分パネル (各サイズで500個のランダムパネル) を使って選択性スコアの変動を解析した。この解析では、各パネルサイズにおけるS(3 µM)の変動係数を算出し、パネルサイズと選択性評価の堅牢性の関係を定量的に評価した。この統計解析には、Pearson相関係数を用いてパネルサイズとS-scoreの変動性との関係を評価した。また、tyrosineキナーゼ (77種) とserine-threonineキナーゼ (210種) それぞれについて、STK (tyrosine kinase selectivity score) およびSSTK (serine-threonine kinase selectivity score) の別個のスコアも算出し、キナーゼの種類による選択性の偏りを評価した。データ収集、処理、分析にはカスタムソフトウェアツールが使用された。