Article data

  • 著者: Janne Lehtiö, Taner Arslan, Ioannis Siavelis, Yanbo Pan, Fabio Socciarelli, Olena Berkovska, Husen M. Umer, Georgios Mermelekas, Mohammad Pirmoradian Jönsson, Mats Jönsson, Hans Brunnström, Odd Terje Brustugun, Krishna Pinganksha Purohit, Richard Cunningham, Hassan Foroughi Asl, Sofi Isaksson, Elsa Arbajian, Mattias Aine, Anna Karlsson, Marija Kotevska, Carsten Gram Hansen, Vilde Drageset Haakensen, Åslaug Helland, David Tamborero, Henrik J. Johansson, Rui M. Branca, Maria Planck, Johan Staaf, Lukas M. Orre
  • Corresponding author: Janne Lehtiö; Lukas M. Orre (Department of Oncology and Pathology, Karolinska Institutet/SciLifeLab, Solna, Sweden)
  • 雑誌: Nature cancer
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-11-22
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34870237

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に年間210万例の新規診断があり、切除不能例や転移例では5年生存率がわずか6%と極めて低い。近年、EGFRやALKなどの分子標的薬、および免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) の登場により治療成績は大きく改善されたが、長期奏効が得られる患者は依然として限られており、治療選択の精度を向上させるためのバイオマーカー開発が喫緊の課題である。これまでのゲノム解析やmRNA解析はNSCLCの分子特性を多角的に明らかにしてきたが、実際の薬剤標的であるタンパク質を直接測定するプロテオミクスは、技術的な限界から大規模コホートへの適用が遅れていた。しかし、現代の高分解能質量分析 (MS) 技術は、約14,000種類のタンパク質を定量可能なレベルに達しており、DNAやmRNA解析では得られないタンパク質修飾、代謝回転、複合体形成といった重要な情報を提供できるようになった。

先行する腺癌 (AC) や扁平上皮癌 (SqCC) に特化したプロテオゲノミクス研究は存在したが、全組織型を統合した比較解析は不足しており、NSCLC全体の分子多様性を包括的に理解するには至っていなかった。例えば、Gillette et al. (2020) や Xu et al. (2020) によるACのプロテオゲノミクス研究では、非喫煙者やEGFR変異陽性例に焦点が当てられており、NSCLC全体の多様性を網羅するものではなかった。また、データ非依存型取得質量分析 (DIA-MS) という新しい質量分析アプローチは、臨床利用可能な単一サンプル分類器を構築する可能性を秘めていたが、その応用は未開拓の領域であった。本研究は、これらの知識ギャップを埋め、NSCLCの分子病態のより深い理解と、個別化医療への応用を目指すものである。特に、免疫回避メカニズムや新規治療標的の同定は、ICI治療の奏効予測や新たな治療戦略の開発において重要な課題として残されている。これまでの研究では、タンパク質レベルでの網羅的な解析が手薄であり、その結果、治療標的や免疫回避メカニズムの特定が未解明であった。本研究は、これらの課題を克服し、NSCLCの精密医療に貢献することを目指す。

目的

本研究の目的は、NSCLCの全主要組織型(腺癌、扁平上皮癌、大細胞神経内分泌癌 (LCNEC)、大細胞癌)を含む141例の外科切除組織に対し、データ依存型取得質量分析 (DDA-MS) を用いたプロテオゲノミクス統合解析を実施し、以下の3点を達成することである。(1) 臨床的に意義のあるプロテオームサブタイプを同定し、その分子特性を詳細に解析する。(2) 各サブタイプに特異的な治療標的および免疫回避機序を解明する。(3) DIA-MSに基づく臨床応用可能なNSCLC分類器を開発し、独立したコホートでその有用性を検証すること。これにより、NSCLC患者の層別化と個別化治療の実現に貢献することを目指す。

結果

6つのプロテオームサブタイプの同定: コンセンサスクラスタリングにより、NSCLCの6つのプロテオームサブタイプが同定された。これらのサブタイプは、組織型、遺伝子変異、免疫浸潤、増殖性、予後において明確な差異を示した (Fig. 1c)。例えば、サブタイプ1は腺癌優位 (100%) でEGFR変異が濃縮され、非喫煙者に多く、Ki67低発現(増殖性低)を特徴とした。このサブタイプは無再発生存期間が良好であった。一方、サブタイプ4はSTK11、KEAP1、SMARCA4変異が濃縮され、全ての免疫細胞シグネチャーが最低レベル(免疫cold)であり、代謝シグナルが高く、無再発生存期間が不良であった。サブタイプ5はLCNEC主体 (64%) で、RB1、E2F1、MYC変異が特徴的であり、増殖性が最も高く、BCL2およびCDK2が高発現であった。951のCDRPs (cancer- and driver-related proteins) のうち291が少なくとも1つのサンプルでアウトライアー発現を示し、85%のサンプルで1つ以上の癌遺伝子がアウトライアー高発現であった (Fig. 1e)。

免疫ランドスケープと治療予測: 免疫浸潤分析により、サブタイプ2はT細胞およびIFNシグナルが高く、サブタイプ3はB細胞および三次リンパ組織 (TLS) が高く、サブタイプ4は全ての免疫細胞シグナルが最低(免疫cold)であることが明確に示された (Fig. 2a)。TMBとAPMの散布図では、サブタイプ2が高TMBかつ高APMの象限に最も濃縮されており、ネオアンチゲン産生と提示の両方が高いことが示唆された (Fig. 2b)。PD-L1 (CD274) はサブタイプ2で最も高発現しており (MSおよびIHCで相関を確認)、CXCL9もサブタイプ2で最高レベルであった。CXCL9は多癌種ICIメタ解析において奏効予測因子として報告されており、これらの結果からサブタイプ2がPD-1/PD-L1阻害薬の最適応答集団である可能性が示唆された。サブタイプ3ではIHCによりTLSが確認され、固形成長優位のサブタイプ2とは異なる腫瘍成長パターンが示された。

非標準ペプチド (NCP) と腫瘍ネオアンチゲン負荷: 6フレーム翻訳全ゲノム検索により651のNCPsが同定された(クラス特異的FDR < 1%)。105のNCPを合成ペプチドで検証した結果、真のFDRは約35%と推定された。癌精巣抗原 (CTA) と同様に、NCPはサブタイプ4および6(免疫cold)で高発現していた (Fig. 3a,c)。NCPはTMBとは相関せず、グローバルな低メチル化と有意に相関した (Fig. 3f)。サブタイプ2はTMBが最高であったが、サブタイプ4-6は複合的ネオアンチゲン (CTA+NCP) が高いという非対称な腫瘍ネオアンチゲン負荷 (TNB) パターンが示された (Fig. 3i)。免疫cold腫瘍で高TNBが共存するという逆説的な現象は、高免疫原性の癌細胞が免疫プレッシャーにより排除され、低免疫浸潤が生じる免疫編集の結果であると解釈された。

STK11-HNF1A-FGL1-LAG-3軸の解明: FGL1タンパク質とmRNAに対して最も強い負の相関を示すタンパク質はSTK11であった(タンパク質レベルのみで、mRNAレベルでは相関が低く、転写後制御が示唆された) (Fig. 5a)。サブタイプ4ではSTK11変異とFGL1高発現が有意に共存していた (Fig. 5b)。FGL1と最も高い相関を示した転写因子はHNF1Aであり、CPS1 (ミトコンドリア尿素サイクル酵素) もFGL1と強く共発現し、両者は通常肝臓のみに発現する。AMPK活性化薬 (A-769662) 処置により、HepG2細胞およびSTK11変異NSCLC細胞株 (NCI-H1944, NCI-H1395) においてHNF1AおよびFGL1レベルが有意に低下した (p<0.05) (Fig. 6c,d,e)。STK11野生型再発現実験でもFGL1およびHNF1Aの低下が確認された (Fig. 6f)。GDSC細胞株データでは、FGL1/CPS1高発現NSCLC細胞株はドセタキセルおよびmTOR阻害薬に高感受性を示した。FGL1はLAG-3の高親和性リガンドであり、STK11変異がHNF1A活性化とFGL1産生を誘導し、LAG-3を介したT細胞抑制という免疫回避経路を実証した (Fig. 6g)。サブタイプ6ではB7-H4が特異的なIR (inhibitory receptor) リガンドとして同定された (Fig. 4a)。

DIA-MS分類器の開発と検証: DDA-MSコホート141例を用いてSVMおよびk-TSP分類器を開発した。SVMは平均精度94% (モンテカルロ交差検証100回)、k-TSPはDIA-MSベースで平均精度87%を達成した (Fig. 7b)。独立検証コホート208例 (DIA-MS) でSVM分類器を適用し、6つのサブタイプを再現することに成功した。EGFR変異症例のサブタイプ1分類は19例中13例であり (Fisher p=6.8×10⁻⁵)、FGL1/CPS1をDIA-MSで定量できた9例のうち8例がサブタイプ4に分類された (Fig. 8f)。TCGA LUAD (n=510) mRNAデータセットにSVMを再訓練し、4つの腺癌サブタイプを再現した(サブタイプ1が最良生存、サブタイプ4が最悪生存傾向) (Extended Data Fig. 9b)。後期生検84例中61例が解析基準を満たし、58例が成功裏に分類された。組織型との一致率も高く、小細胞肺癌 (SCLC) やatypical SqCCなどの不一致例はKRT5/Napsinレベルで説明可能であった (Fig. 8i,j)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、高分解能質量分析に基づくプロテオゲノミクス解析により、NSCLCを6つの明確な分子サブタイプに分類し、それぞれのサブタイプが持つ独自の分子特性、免疫ランドスケープ、および治療標的を示した点で、これまでのゲノムやトランスクリプトーム解析とは対照的である。特に、免疫cold腫瘍における高TNB (腫瘍ネオアンチゲン負荷) の存在や、STK11不活性化がFGL1を介したLAG-3依存性免疫回避を駆動するという新規メカニズムの解明は、これまで報告されていない知見である。

新規性: 本研究で初めて、NSCLCの全主要組織型を対象とした大規模プロテオゲノミクス解析により、6つのプロテオームサブタイプを新規に同定した。さらに、免疫coldサブタイプ(サブタイプ4および6)において、SNV変異由来のネオアンチゲンとは異なる、内因性レトロウイルス要素やイントロン/遺伝子間領域由来の非標準ペプチド (NCP) が高発現していることを示した。これらのNCPはTMBとは相関せず、グローバルな低メチル化と関連しており、エピジェネティックな脱抑制がその発現に寄与している可能性が示唆された。また、STK11不活性化がHNF1A活性化とFGL1発現を誘導し、LAG-3を介したT細胞抑制を引き起こすという、新たな免疫回避経路を実証したことは、本研究の重要な新規性である。

臨床応用: 本研究で同定されたプロテオームサブタイプは、NSCLC患者の層別化と個別化治療戦略の策定に臨床的意義を持つ。例えば、PD-L1およびCXCL9高発現、T細胞浸潤、高TMBを特徴とするサブタイプ2は、PD-1/PD-L1阻害薬への良好な奏効が期待される。一方、STK11不活性化とFGL1高発現を特徴とするサブタイプ4は、LAG-3阻害薬や、FGL1を標的とする新規免疫チェックポイント阻害薬の候補となる。さらに、STK11不活性化がmTORシグナル経路の脱制御を引き起こすことから、LAG-3/FGL1阻害薬とmTOR阻害薬の併用療法がサブタイプ4の患者に有効である可能性が示唆される。DIA-MSに基づく分類器の開発は、早期および後期NSCLCの臨床現場における迅速かつ正確な分子サブタイプ診断を可能にし、個別化医療の実現に大きく貢献する。

残された課題: 今後の検討課題として、NCPが実際に免疫応答を誘導するメカニズムの詳細な解明、およびこれらの高免疫原性ネオアンチゲンが免疫細胞浸潤を阻害する免疫回避メカニズムをどのように駆動するのかをさらに深く理解する必要がある。また、FGL1やB7-H4などの分泌型免疫チェックポイントリガンドが、全身性の免疫抑制にどのように寄与するのか、その影響を評価することも重要である。本研究で開発されたDIA-MS分類器のさらなる最適化と、より大規模な前向き臨床試験での検証も残された課題である。さらに、MSベースの分類のサンプリングとサンプル調製は最適化されておらず、DIAベースの分類方法のさらなる改善が期待される。

方法

発見コホートのプロテオゲノミクス解析: NSCLC外科切除標本141例(早期I-II期が87%を占め、腺癌55%、扁平上皮癌25%、大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) 12%、大細胞癌8%に加え、小細胞肺癌 (SCLC) 2例を含む)を対象とした。アイソバリック標識と高分解能等電点フォーカスLC-MS (DDA) を用いて、13,975タンパク質を定量した(遺伝子中心検索、FDR < 1%)。補完データとして、370遺伝子パネルシーケンス、ゲノムワイドメチル化、mRNAデータを取得した。

プロテオームサブタイプ同定: コンセンサスクラスタリング (Wilkerson et al. Bioinformatics 2010) とNMF (非負値行列因子分解) を併用し、6つのプロテオームサブタイプを同定した。これらのサブタイプと、TCGA (The Cancer Genome Atlas) のmRNA分類 (Cancer et al. Nature 2014; TCGA et al. Nature 2012) および既報のプロテオームサブタイプとの対応関係を評価した。

免疫ランドスケープ解析: 既報の免疫シグネチャー (Charoentong et al. Cell Rep 2017) をMSデータに適用し、浸潤細胞サブポピュレーションを推定した。ESTIMATE法 (Yoshihara et al. NatCommun 2013) を用いて腫瘍純度、間質、免疫細胞の混入度を評価した。腫瘍変異負荷 (TMB) と抗原提示機構 (APM) スコアの散布図を作成し、ネオアンチゲン提示能を評価した。三次リンパ組織 (TLS) の存在は免疫組織化学 (IHC) で確認した。

非標準ペプチド (NCP) 解析: 6フレーム翻訳全ゲノムデータベース検索によりNCPを同定した(クラス特異的FDR < 1%)。105種類のNCPを合成ペプチドスペクトルと比較し、真のFDRを約35%と推定した。

STK11-FGL1機序解析: FGL1と相関するタンパク質および転写因子 (HNF1A) を同定した。HepG2細胞株およびSTK11変異NSCLC細胞株 (NCI-H1944, NCI-H1395) を用いて、AMPK活性化薬 (A-769662; 250 μM, 24・48時間) の効果をウェスタンブロット (WB) で評価した。STK11野生型 (wt) 再発現レスキュー実験により、FGL1およびHNF1Aの発現変化を確認した。TCGAパンキャンサーデータ (Weinstein et al. NatGenet 2013) およびGDSC (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer) 細胞株データを用いて、FGL1/CPS1共発現と薬剤感受性の関連を評価した。

分類器開発と検証: サポートベクターマシン (SVM) とk-TSP (k-Top Scoring Pairs) の2種類の分類器を開発した。SVM分類器はモンテカルロ交差検証 (100回) により平均精度94%を達成した。DIA-MS (6,717タンパク質; 中央値3,967 IDs/サンプル) で再解析し、k-TSP分類器を構築した(平均精度87%)。独立検証コホート208例 (DIA-MS) および後期NSCLC生検84例 (label-free DIA-MS) に分類器を適用し、その臨床的有用性を検証した。さらに、TCGA LUAD (n=510) データセットでSVMを再訓練し、4つの腺癌サブタイプを検証した。Gillette et al. (TMT) およびXu et al. (label-free) のデータセットでも交差検証を行った。統計解析にはR (v.3.6.2以上) を用い、Kruskal-Wallis検定やWilcoxon rank-sum検定、Fisher’s exact testなどを適用した。