• 著者: Caitlin L. Grzeskowiak, Samrat T. Kundu, Xiulei Mo, Andrei A. Ivanov, Oksana Zagorodna, Hengyu Lu, Richard H. Chapple, Yiu Huen Tsang, Daniela Moreno, Maribel Mosqueda, Karina Eterovic, Jared J. Fradette, Sumreen Ahmad, Fengju Chen, Zechen Chong, Ken Chen, Chad J. Creighton, Haian Fu, Gordon B. Mills, Don L. Gibbons, Kenneth L. Scott
  • Corresponding author: Don L. Gibbons (MD Anderson Cancer Center, Houston, TX)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30013058

背景

肺癌は米国における癌死亡の主要因であり、その主因は転移性疾患の発症であるSiegel et al. CA Cancer J Clin 2016。非小細胞肺癌 (NSCLC) の約30%にKRAS変異 (G12C、G12D、G12Vなど) が認められ、これは最多のドライバー変異であるImielinski et al. Cell 2012。EGFR変異に対するエルロチニブやEML4-ALK融合に対するクリゾチニブのような選択的阻害薬が存在するEGFRおよびALK駆動型肺癌とは対照的にPaez et al. Science 2004、KRAS変異に対する直接標的薬は長年存在しなかった(ソトラシブは2021年承認)。KRAS変異肺癌において転移が予後を規定する主要因子であることは明らかであったが、KRAS変異単独では転移能の差異を説明できず、転移を促進する協調遺伝子 (co-driver) の同定が求められていたSkoulidis et al. CancerDiscov 2015。これらの先行研究により、KRAS変異肺癌の治療戦略の開発には、転移を促進する新たな治療標的の同定が不可欠であることが示唆されていた。

TCGAをはじめとする癌ゲノミクスデータセットは多数の遺伝的異常のカタログを提供していたがCancer et al. Nature 2014、これらの中からドライバー変異とパッセンジャー変異を区別するには機能的スクリーニングが不可欠であった。特に、転移という複雑な生物学的プロセスをin vitroスクリーニングで再現することは困難であり、in vivo機能スクリーニングが最も適切なアプローチと考えられた。しかし、大規模なin vivoスクリーニングは技術的・コスト的に課題が多く、効率的な手法の開発が不足していた。このため、KRAS変異肺癌における転移の分子メカニズムは依然として未解明な部分が多く、新たな治療標的の発見が喫緊の課題として残されていた。本研究では、この知識ギャップを埋めるため、ハイスループットなin vivoスクリーニングシステムを開発し、KRAS変異肺癌の転移を促進する新規ドライバー遺伝子の同定を目指した。これにより、転移性KRAS変異肺癌の治療戦略に新たな道を開くことが期待される。

目的

本研究の目的は、まずクロスピーシーズ統合解析によって選定したKRAS変異肺癌関連遺伝子217個について、マウスin vivoスクリーニングを行い転移促進遺伝子を同定することである。次に、同定された最有力候補であるGATAD2B (GATA zinc finger domain containing 2B) の分子機序と臨床的意義を詳細に解明することを目指した。具体的には、GATAD2BがKRAS変異肺癌の腫瘍増殖と転移にどのように寄与するか、またその作用がどのような分子経路を介しているのかを明らかにすることを目的とした。特に、GATAD2Bがクロマチンリモデリング複合体であるNuRD (Nucleosome Remodeling and Deacetylating) 複合体の一員であることから、そのクロマチンリモデリング活性がKRAS変異肺癌の病態にどのように影響するかを解明することに焦点を当てた。さらに、GATAD2Bの発現が肺癌患者の予後と相関するかを検証し、新たな治療標的としての可能性を探ることも目的とした。

結果

in vivoスクリーニングによる転移促進遺伝子28個の同定: 217ORFのうち、皮下腫瘍でのみ富化されたORFは21種 (19遺伝子) であった。肺転移巣で2匹以上のマウスに富化されたORFは28種であり、189ORF (89%) は転移巣に検出されなかった (Fig. 2a)。転移富化ORFにはGNASやMYCなどの既知転移促進遺伝子が含まれ、スクリーニングの妥当性が確認された。7種のORFが皮下腫瘍と転移巣の両方に富化され、増殖と転移の両活性を持つことが示唆された。このスクリーニングでは、合計N=120 miceが使用され、各プールコホートでN=10 miceが評価された。

GATAD2B高発現と患者予後不良の相関: KRAS変異 (n=75 patients) vs. 野生型 (n=437 patients) 肺腺癌患者のコピー数解析で、GATAD2Bの増幅・コピー数増加がKRAS変異群に有意に多く認められた (chi-square 46.1108、3DF、p < 0.00001) (Fig. 2c)。GATAD2B発現もKRAS変異群で高い傾向があった (n=517 patients、Wilcoxon rank-sum、p < 0.0350) (Fig. 2d)。1,145例の肺癌患者の生存解析では、GATAD2B高発現が有意に予後不良と相関し (HR = 1.49、p < 2.6 × 10^-6)、特に肺腺癌サブグループでその相関は顕著であった (HR = 1.78、p < 4.1 × 10^-6) (Fig. 2e)。一方、KRAS変異がほとんど認められない扁平上皮癌ではGATAD2Bと予後の相関は見られなかった (HR = 1)。

GATAD2BはKRAS G12D依存的に腫瘍増殖と転移を促進: HBECiKRAS G12D細胞 (n=3 replicates) でGATAD2Bを安定発現させた場合、KRAS G12D誘導なし (off-dox) ではGFPコントロールと差がなかったが、KRAS G12D誘導 (on-dox) でMatrigel浸潤アッセイにおいて有意な浸潤亢進を示した (p < 0.01、2 way-ANOVA) (Fig. 3c)。in vivoでは、GFP発現HBECiKRAS G12D細胞 (N=10 mice) はdox存在下で小型の腫瘍 (平均約200 mm3) を形成して停止したが、GATAD2B発現細胞 (N=8 mice) はdox存在下で積極的に増大する腫瘍を形成した (Fig. 3d)。Doxを除去してKRAS G12D発現を抑制すると腫瘍は退縮し、再投与で再増殖することが確認された (KRAS G12D依存性の実証)。GATAD2B発現腫瘍を持つマウスの剖検では5匹中4匹でリンパ節等への遠隔転移が確認された (Supplementary Fig. 4f)。

KRAS G12D変異NSCLC細胞でのGATAD2B依存的コロニー形成: KRAS変異株 (H23, A549, CALU1 cells, n=3 replicates) ではGATAD2BのshRNA (sh-3、sh-5の2種) によってコロニー形成が有意に抑制されたのに対し、KRAS野生型株 (H1437, H1568 cells, n=3 replicates) では差がなかった (Fig. 3g)。これによりGATAD2BはKRAS変異依存的なoncogene driverとして機能することが確認された。GATAD2Bのノックダウンは、KRAS変異細胞株において平均で約50%のコロニー形成抑制を示した。

LSL-KRAS G12D GEMモデルでの腫瘍増殖促進: 50,000ウイルス粒子のGFP-Creを投与したマウス (N=10 mice) では12ヶ月後まで弱いluciferase陽性に留まったのに対し、同量のGATAD2B-Creを投与したマウス (N=10 mice) では投与後約6ヶ月で顕著なluciferase陽性腫瘍が形成された (Fig. 4g)。これによりGATAD2Bが原発肺腫瘍の発生を加速することが実証された。GATAD2B-Cre投与群では、LuciferaseシグナルがGFP-Cre群と比較して約10倍 (10-fold) 増加した。

GATAD2BとMYCの直接相互作用とMYC経路超活性化: OncoPPiスクリーニング (BRETn法、83遺伝子ライブラリー) でGATAD2B-MYC相互作用が最強のシグナルを示した (FOCAUC > 8、p < 0.001) (Fig. 5a)。GST pulldownでこの相互作用を確認した (Fig. 5b)。MYCレポーターアッセイではGATAD2Bの共発現によりE-box依存性luciferase活性が10倍 (10-fold) 上昇し (p < 0.001)、変異E-boxでは上昇しなかった (Fig. 5c)。HBECiKRAS G12D ; GATAD2B腫瘍では、GFP腫瘍と比較して複数のMYCターゲットタンパク (hallmark MYC targets) の発現が有意に上昇し (MSigDB、p < 5.88 × 10^-12、FDR q < 7.35 × 10^-11)、MYCシグナルの超活性化が示された (Fig. 5d)。MYCのshRNAノックダウンはGATAD2B依存的腫瘍増殖を有意に抑制した (Mann-Whitney U、p < 0.0057) (Fig. 5f)。この結果は、MYCがGATAD2BによるKRAS駆動型腫瘍増殖に必須であることを強く示唆している。

考察/結論

本研究は、217遺伝的異常のin vivo機能スクリーニングというユニークなアプローチでKRAS変異肺癌の転移ドライバー28遺伝子を同定した点で方法論的に画期的な研究である。従来のin vitroスクリーニングでは再現困難な転移という生物学的プロセスをin vivoで評価した点、DNAバーコード技術 (HiTMMoB) によって大規模なプール化スクリーニングを可能にした点が独自性の核心である。

先行研究との違い: 先行研究がKRASシグナル下流の直接的なシグナル分子 (RAF-MEK-ERK、PI3K-AKT等) に注目していたのに対し、本研究はクロマチンリモデリングを介した間接的な転写制御という新軸を提示した点で、これまでのKRAS駆動型肺癌の転移メカニズムに関する理解を大きく拡張するものである。GATAD2BがNuRD複合体の一員としてMYCと直接相互作用し、その転写活性を亢進させるという知見は、従来のKRASシグナル経路の理解とは対照的である。

新規性: 本研究で初めて、GATAD2Bという、がん研究において注目されていなかったクロマチンリモデリング因子 (NuRD複合体サブユニット) が、KRAS変異との相乗作用でc-MYC経路を超活性化し、腫瘍増殖と転移の双方を促進するという新規な役割を同定した。GATAD2BとMYCの直接的な物理的相互作用はこれまで報告されておらず、本研究がそのメカニズムの一端を明らかにした。

臨床応用: 本知見は、KRAS変異肺癌患者におけるGATAD2B高発現が予後不良リスク因子 (HR=1.78) として識別されることを示しており、臨床応用への可能性を秘めている。NuRD複合体阻害薬やMYC経路阻害薬と、KRAS G12C阻害薬 (ソトラシブ等) との組み合わせが将来の治療戦略として検討に値する。GATAD2Bのバイオマーカーとしての活用や、新規治療標的としての開発が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、KRAS G12C阻害薬との組み合わせでのGATAD2B標的化効果の評価、GATAD2Bタンパク発現の患者組織での前向き検証、NuRD複合体の他のサブユニットとの相互作用の詳細機序解明、および免疫腫瘍微小環境とGATAD2B-MYC軸との関係が挙げられる。また、GATAD2Bコピー数増幅を層別化因子とした前向きバイオマーカー試験が実施されていない点も、臨床実装への残された重要なギャップである。GATAD2Bが関与する詳細なエピジェネティックなメカニズムの解明も今後の重要な研究方向性である。

方法

スクリーニングライブラリーの構築: KrasLA1/+ ; p53R172H ΔG/+ マウスの自然発生肺腺癌および転移巣のトランスクリプトーム比較(615遺伝子、p < 0.01)と、非転移性393P細胞および高転移性344SQ細胞の比較(1,220遺伝子)を交差解析した。さらに、TCGAの体細胞コピー数増幅データ(154検体の肺腺癌で5%以上の腫瘍で1.5倍以上の増幅)と重ね合わせ、220遺伝子を抽出した。これにDing et al. Nature 2008らの623遺伝子のソマティック変異データベースを統合し、最終的に251候補遺伝子を絞り込んだ。このうち、225個のオープンリーディングフレーム (ORF) クローンが利用可能であり、これらをスクリーニングライブラリーとして用いた。各ORFには24ヌクレオチドのDNAバーコードを付与し、HiTMMoB (High-Throughput Mutagenesis and Molecular Barcoding) 戦略によりレンチウイルスベクターを構築した。

in vivoスクリーニング: 構築したバーコード付きレンチウイルスベクターを非転移性マウス肺癌細胞 (393P cells) に個別導入した後、平均20遺伝子/プールでプール化した。これらの細胞を同系免疫正常マウス (129 Sv mice、N=10 mice/プール、合計N=120 mice) の側腹部に皮下注射し、6〜8週後に皮下腫瘍および肺転移巣を採取した。採取した組織からゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンシング (NGS) によりバーコードリード数を定量した。プール内の各ORFバーコードのリード数を入力細胞 (injected cells)、皮下腫瘍、および肺転移巣間で比較し、富化したORFを同定した。統計解析には、各バーコードのリード数をNGSアンプリコンあたりの総バーコードリード数に対する比率として比較した。

GATAD2Bの機能解析: GATAD2Bの機能解析には、KRAS G12D誘導性不死化ヒト気管支上皮細胞 (HBECiKRAS G12D cells) モデルと、LSL-KRAS G12D ; LSL-Luciferaseマウスに対するレンチウイルスintubationモデルを使用した。HBECiKRAS G12D細胞では、ドキシサイクリン (Dox) 誘導によるKRAS G12D発現の有無でGATAD2Bの機能的影響を評価した。OncoPPi (Oncogenic Protein-Protein Interaction) スクリーニング (BRETn (Bioluminescence Resonance Energy Transfer) 技術、83種の肺癌関連遺伝子ライブラリー) でGATAD2Bタンパク相互作用因子を探索し、MYCとの結合をGST pulldownで確認した。MYCレポーターアッセイ (E-box含有Luciferaseコンストラクト) でGATAD2BによるMYC転写活性化を評価した。また、TCGAデータを用いてGATAD2B発現と患者生存の相関をログランク検定により解析した。細胞増殖アッセイにはCellTiter-Glo®を使用し、統計解析には二群間比較にt検定、多群間比較に2-way ANOVAを用いた。