- 著者: Diana C. Hargreaves
- Corresponding author: Diana C. Hargreaves (Salk Institute for Biological Studies)
- 雑誌: Nature Genetics
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Commentary
- PMID: 33558759
背景
哺乳類SWI/SNF複合体は、BRG1 (SMARCA4) またはBRM (SMARCA2) をコアATPaseサブユニットとして利用し、ATP加水分解を介してクロマチンを再構成し、遺伝子発現に必要なアクセシビリティを生成する。この複合体は、細胞型特異的な遺伝子発現を決定する上で重要な役割を担っている。これまでの研究では、条件付きノックアウトやノックダウンといった手法を用いて、BRG1がSWI/SNF複合体の標的部位におけるクロマチンアクセシビリティの維持に必要であることが示されてきた (Ho et al. 2011, Miller et al. 2017, King & Klose 2017, Bao et al. 2015)。しかし、これらのシステムにおけるBRG1タンパク質の半減期が約72〜96時間と長いため、BRG1がオープンクロマチンを継続的に生成しているのか、あるいはDNA複製後などの特定の細胞周期段階でのみ必要とされるのかは、依然として未解明な点が多かった。
酵母のSWI2を急性欠失させると、クロマチンアクセシビリティが急速に変化することが報告されていたが (Biggar & Crabtree 1999, Kubik et al. 2019)、その細胞周期依存性は不明であった。クロマチン構造が動的なプロセスによって維持されているのか、それとも安定した静的な状態であるのかという問いは、細胞の遺伝子発現制御の根本的な理解に関わる重要な知識ギャップであった。この動的なクロマチンリモデリングが転写因子結合や遺伝子発現にどのような影響を与えるかについても、詳細な知見が不足していた。本Commentaryは、この長年の問いに直接的に答えたIurlaro et al. (Nature Genetics 2021) とSchick et al. (Nature Genetics 2021) の2つの画期的な研究を解説する。これらの研究は、急性的な薬理学的・遺伝学的手法を用いて、SWI/SNF複合体によるクロマチンリモデリングがオープンクロマチンの維持に継続的に必要であることを初めて直接的に実証した点で、非常に重要な意義を持つ。
目的
本Commentaryの目的は、Iurlaro et al. (Nature Genetics 2021) とSchick et al. (Nature Genetics 2021) の2つの研究が示した、SWI/SNF複合体のBRG1/BRM ATPaseサブユニットの急性阻害または分解が、クロマチンアクセシビリティ、転写因子結合、および遺伝子発現に与える動的な影響について論じることである。これらの研究は、SWI/SNF複合体によるクロマチンリモデリングがオープンクロマチンの維持に継続的に必要であるという新たな知見を提供しており、その結果と含意を詳細に検討する。特に、クロマチン構造が静的な状態ではなく、SWI/SNF複合体による動的なリモデリングによって常に再構築されているという概念の確立に焦点を当てる。また、これらの知見が、転写因子の機能、エピジェネティックな細胞記憶、およびSWI/SNF阻害薬の治療応用といった幅広い生物学的・臨床的文脈において持つ意義についても考察する。
結果
急性BRG1/BRM阻害によるクロマチンアクセシビリティの超急速喪失: Iurlaro et al.は、BRG1およびBRMのATPase阻害薬であるBRM014をマウスESCsに投与し、ATAC-seqによりクロマチンアクセシビリティの変化を計測した。驚くべきことに、これらの変化はBRM014投与後わずか5〜10分以内に観察された。この結果は、SWI/SNF複合体によるクロマチンリモデリングが、オープンクロマチンを維持するために持続的に必要であることを直接的に示すものであった。Schick et al.は、HAP1細胞株においてBRG1分解タグ融合タンパク質 (SMARCA4^dTAG) を作製し、dTAG47処理により2時間でBRG1の約90%分解、6時間で完全分解を達成した。dTAG47処理でも、クロマチンアクセシビリティの変化が6時間以内に出現した。さらに、BRG1とBRMの両者を分解する化学分解薬ACBI1を用いた場合でも、24時間で変化が観察された。これら3つの異なる方法 (BRM014、dTAG47、ACBI1) のすべてにおいて、一貫してクロマチンアクセシビリティの急速な喪失が確認された。これらの結果は、SWI/SNF複合体が特定の細胞周期段階にのみではなく、継続的にオープンクロマチンを生成・維持している動的なプロセスであることを強く示唆している (Fig. 1)。
H3K27ac状態によるクロマチンアクセシビリティ喪失の感受性階層: クロマチンアクセシビリティの喪失には、部位によって感受性の違いが存在した。急速に応答する部位 (fast-responding sites) は、モノメチル化およびジメチル化ヒストンH3K4 (H3K4me1/me2、エンハンサーマーカー) が豊富であった。一方、緩徐に応答する部位 (slow-responding sites) は、H3K27ac (活性プロモーター・エンハンサーマーカー) も持ち合わせていた。Schick et al.は、スーパーエンハンサーがBRG1単独欠失では影響を受けず、BRG1-KO細胞でのBRM追加分解によって初めてアクセシビリティの喪失を示すことを発見した。この階層 (H3K27ac陰性エンハンサーが最も感受性が高く、H3K27ac陽性エンハンサーがより緩徐に応答し、高レベルのH3K27acを持つスーパーエンハンサーが最も抵抗性を示す) は、活性調節因子の密度や競合する再構成因子の存在が、BRG1喪失の影響を緩衝する役割を果たす可能性を示唆している。
転写因子結合への影響と動態: ChIP-seq解析により、fast-responding部位では、OCT4の結合がBRM014投与後30分以内に完全に喪失することがIurlaro et al.によって示された。対照的に、slow-responding部位に結合するRESTの結合は、最初の2時間では影響を受けず、24時間後に低下した。この結果は、転写因子結合の動態がクロマチンアクセシビリティの喪失速度と密接に相関することを示している。OCT4およびSOX2は、pioneer factorとしてヌクレオソーム上のDNAモチーフに結合する能力を持つことが知られているにもかかわらず、in vivoでの結合維持にはBRG1の持続的な活性が必要であることが示された。fast-responding部位はマウスESCsにおいてOCT4、SOX2、NANOGの結合部位に濃縮しており、slow-responding部位はRESTが濃縮していた。
遺伝子発現との相関および可逆性: 転写変化とクロマチンアクセシビリティの変化は、その方向性と変化速度において高い相関を示した。しかし、HAP1細胞 (dTAG47またはBRM014処理) では、有意な遺伝子発現変化の数がマウスESCsと比較して少なく、細胞種特異的な差異が存在することが示唆された。BRM014の洗い出し実験では、アクセシビリティ、ヌクレオソーム占有、および転写が急速に回復することが確認された。この結果は、クロマチンアクセシビリティが動的な過程として可逆的に制御されており、細胞が発達的および環境的シグナルに迅速に応答し、新たな遺伝子発現パターンを確立できる可能性を示唆している。
考察/結論
本Commentaryが解説するIurlaro et al. (Nature Genetics 2021) とSchick et al. (Nature Genetics 2021) の2つの研究は、SWI/SNF複合体が特定の細胞周期段階にのみではなく、持続的かつ継続的にオープンクロマチンを生成・維持することを、急性薬理学的および遺伝学的手法を用いて初めて直接的に実証した点で画期的である。これは、アクセシブルなクロマチン景観を維持するためには、細胞固有の機構(エピジェネティック修飾の細胞記憶ではなく)が十分であることを示す重要な発見である。
先行研究との違い: これまでの条件付きノックアウトやノックダウン研究では、BRG1欠失の影響が72〜96時間という比較的長い時間をかけて観察されており、BRG1の持続的な必要性を直接的に示す証拠としては不十分であった。本研究の急性介入アプローチは、この時間分解能の課題を解決し、クロマチンリモデリングが極めて動的なプロセスであることを明らかにした点で、これまでの理解と対照的な知見を提供している。
新規性: OCT4やSOX2がpioneer factorとしてヌクレオソームに結合する能力を持つにもかかわらず、in vivoでの結合維持にはBRG1の持続的な活性が必要であるという知見は、これらの転写因子の機能に関する従来の理解を修正するものであり、新規な発見である。これは、細胞内在的なメカニズムが、遺伝的に継承されるエピジェネティックな修飾という細胞記憶ではなく、アクセシブルなクロマチン環境を確立するのに十分であることを示唆している。
臨床応用: SWI/SNF複合体のサブユニット (ARID1A、SMARCB1、PBRM1など) は、多くのがんで頻繁に変異しており、BRG1/BRMのATPase活性阻害薬 (BRM014など) および分解薬 (ACBI1など) が治療薬として開発中である。本研究で示されたクロマチンアクセシビリティの急速な変化がエンハンサーや転写因子結合と連動するという知見は、SWI/SNF阻害薬の作用機序と治療ウィンドウの理解に重要な臨床的意義を持つ。これにより、これらの薬剤の最適な投与戦略や、治療効果を予測するバイオマーカーの開発に貢献する可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、SWI/SNF複合体のサブユニット組成が部位特異的なクロマチン感受性にどのように影響するか、および細胞分化過程におけるSWI/SNFサブユニットの切り替え (Lessard et al. 2007, Staahl et al. 2013) が、アクセシビリティ景観を急速に変化させるメカニズムの解明が必要である。また、時間分解能の高いアプローチを用いたさらなる実験により、クロマチンリモデリング、転写因子結合、および転写の間のメカニズム的関係を解き明かすことが今後の研究の方向性として挙げられる。
方法
本論文はCommentaryであるため、著者自身による実験的な「方法」セクションは存在しない。本Commentaryは、Iurlaro et al. (Nature Genetics 2021) とSchick et al. (Nature Genetics 2021) の2つの研究で用いられた実験手法と結果を解説している。
Iurlaro et al.は、主にマウス胚性幹細胞 (ESCs) を用いて、BRG1およびBRMのATPase活性を阻害する薬剤であるBRM014を投与し、その後のクロマチンアクセシビリティの変化をATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin with high-throughput sequencing) によって評価した。BRM014は、BRG1またはBRMのATPase活性を特異的に阻害することが知られている (Papillon et al. 2018)。また、転写因子結合の変化を評価するためにChIP-seq (chromatin immunoprecipitation coupled with high-throughput sequencing) も実施された。
一方、Schick et al.は、遺伝学的なアプローチを採用し、HAP1細胞株においてBRG1分解タグ (dTAG) 融合タンパク質 (SMARCA4^dTAG) を発現するように細胞を操作した (Nabet et al. 2018)。このdTAGシステムを用いることで、dTAG47処理によりBRG1タンパク質を迅速かつ特異的に分解することが可能となった。彼らは、dTAG47処理によるBRG1分解後のクロマチンアクセシビリティの変化をATAC-seqで評価した。さらに、BRM014およびBRG1とBRMの両方を分解する化学分解薬ACBI1 (Farnaby et al. 2019) を用いた実験結果とも比較検討を行った。
両研究ともに、クロマチンアクセシビリティの変化の速度論を詳細に解析し、急性的なSWI/SNF複合体機能阻害が、エピジェネティックな特徴、転写因子結合、および遺伝子発現に与える影響を評価した。特に、アクセシビリティの喪失が速い部位 (fast-responding sites) と遅い部位 (slow-responding sites) を区別し、それぞれの部位におけるヒストン修飾 (H3K4me1/me2、H3K27ac) や転写因子 (OCT4、SOX2、NANOG、REST) の結合プロファイルを比較した。これらの手法により、SWI/SNF複合体の継続的なクロマチンリモデリングの必要性が、時間分解能の高いアプローチで直接的に検証された。