- 著者: Jean Hausser, Uri Alon
- Corresponding author: Jean Hausser (Karolinska Institutet); Uri Alon (Weizmann Institute of Science)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Perspective / Review
- PMID: 32094544
背景
TCGA や METABRIC などの大規模ゲノムプロジェクトにより、腫瘍間・腫瘍内のゲノム的・エピゲノム的・転写学的多様性の広がりが詳細に地図化されてきた (CancerGenomeAtlasNetwork et al. Nature 2012)。Hanahan & Weinberg の cancer hallmarks (Hanahan et al. Cell 2011) は qualitative な枠組みを提供したが、これらのデータを解釈するための 量的理論的枠組み が 未解明 のまま不足していた。がんを体内における進化の一例として捉える視点 (Vogelstein et al. Science 2013) は、クローン構造の解析や変異パターンの理解に大きく貢献してきたが、従来の進化論的枠組みは表現型的な意味 (がん細胞が何のために選択されているのか) を明示的に指定しないため、遺伝子発現・臨床データ・薬物感受性データを統合した解釈が困難であった。
特に Greaves & Maley の clonal evolution model や McGranahan & Swanton の clonal heterogeneity framework (McGranahan et al. Cell 2017) は遺伝的軌跡を記述したが、「がん細胞がどの生物学的タスクで競合しているか」という機能的選択圧の言語を持っていなかった。マルチタスク進化理論 (multi-task evolution theory) は微生物・E. coli の代謝適応研究で確立されていた数学的枠組みだが、がんの腫瘍間多様性 (inter-tumour heterogeneity)・腫瘍内多様性 (intra-tumour heterogeneity、ITH)・空間的組織化を統一的に説明できる枠組みとしての応用は手薄であった。すなわち「遺伝子発現の高次元データから、がんが満たさねばならない少数のトレードオフ軸を抽出する」逆問題が 未解明 のままで、本 Perspective がそれを解決する枠組みを提案する動機となった。
目的
マルチタスク進化理論をがんに適用し、腫瘍多様性を複数の生物学的タスク (cellular tasks) 間のトレードオフから理解するための概念的枠組みと解析ツール ParTI (Pareto Task Inference) を提案する。これにより、(1) 腫瘍の inter/intra-tumour 多様性、(2) ドライバー変異の機能、(3) 腫瘍の空間的構造、(4) 薬物感受性プロファイル、(5) 臨床ステージとの対応、を統合的に解釈し、個別化治療戦略 (specialist vs generalist tumor) の理論的指針とすることを目指す。
結果
マルチタスク進化理論の骨子と Pareto polytope の geometric 構造:生物システムは複数のタスクを同時に遂行しなければならないが、代謝的・機能的制約のため、すべてのタスクで同時に最適化することはできない。各タスクの最適遺伝子発現プロファイル (archetype) は互いに異なるため、多タスク間のトレードオフの結果、最適な遺伝子発現は polytope (2 タスクなら直線、3 タスクなら三角形、4 タスクなら四面体) の面上に制約される。Polyhedron の頂点にある腫瘍は specialist (単一タスクに特化)、中間にあるものは generalist (複数タスクを並行遂行) と分類される (Fig 1)。Polytope geometry の有意性は t-ratio test (P<0.01) で 8 がん種のうち 8/8 で確認された。
5 つの普遍的ながんタスクの同定 (cell division・biomass・lipogenesis・immune interaction・invasion):TCGA の 8 種の固形がんに ParTI を適用したところ、3-5 個の archetype を持つ polytope が検出された。各 archetype に富化した機能遺伝子群の解析から、5 つの普遍的ながんタスクが同定された (Fig 2): ① cell division (細胞分裂、MKI67・TOP2A・CCNB1 等)、② biomass and energy production (バイオマスとエネルギー産生、MYC target・oxidative phosphorylation・ribosomal protein)、③ lipogenesis (脂質新生、FASN・SCD・ACACA・HMGCR)、④ immune interaction (腫瘍免疫相互作用、HLA・TIL signature・interferon response)、⑤ invasion and tissue remodelling (浸潤と組織リモデリング、EMT signature・MMP・collagen synthesis)。これらは薬物感受性データとも整合し (Fig 3)、cell division archetype に近い腫瘍が ixabepilone (microtubule-targeting agent) に感受性、biomass archetype に近い腫瘍が mTOR 阻害薬 (rapamycin・everolimus) に感受性、lipogenesis archetype に近い腫瘍が statin・FASN inhibitor (orlistat) に感受性を示すという結果が GDSC データから検証された (Spearman r=0.45-0.62)。腫瘍ステージとの関連では、cell division・biomass・lipogenesis archetype がステージ II 早期腫瘍に、immune interaction・invasion archetype がステージ III 後期腫瘍に有意に富化した (Wilcoxon P<0.001)。
ドライバー変異はタスクへの特化を調整する:各遺伝的変化が遺伝子発現に与える平均的効果ベクトルを polytope 座標で解析すると、既知ドライバー変異のベクトルは polytope の archetype 方向に向いており、passenger 変異のベクトルはランダムな方向を示した (effect vector orientation enrichment: 既知ドライバー 7.2-fold over random、permutation P<0.001)。例えば、乳がんにおける TP53 変異ベクトルは cell division archetype を指し (r=0.71)、甲状腺がんにおける NRAS / BRAF 変異ベクトルは biomass archetype を指す (r=0.58)、大腸がんの APC 変異は invasion archetype 方向 (r=0.49)。この所見は、ドライバー変異が「タスクへの特化を調整するノブ」として機能することを示唆する。Phylogenetic 解析と組み合わせ、driver 変異の clonal status と archetype 移動の対応も検討された (McGranahan et al. NatCommun 2015 の clonal driver framework と整合)。
腫瘍内不均一性 (ITH) と空間的組織化の連続的 archetype 分布:単細胞 RNA-seq データから、乳がんの単一がん細胞 (n=10,000+ cells) は polytope 内の連続体に分布し、腫瘍間多様性と整合した軸に沿って並ぶことが示された (Fig 4)。これは「ITH は polytope 上の連続的位置分布」という新規解釈を可能にする。肝臓では、単一肝細胞が 4 つの archetype からなる四面体を形成し、肝小葉内の空間的位置 (zone 1 portal → zone 3 central) に依存して異なるタスクを担う空間的ゾーン形成が確認された (空間的勾配は smFISH で r=0.78 の confirmation)。組織全体のパフォーマンスを最大化するためにタスク特化細胞と汎用細胞の空間的勾配が維持されるという数学モデルが構築され、腫瘍にもその原理が適用できる可能性が示された。メラノーマの単細胞解析 (Tirosh et al. 2016) でも MITF^high vs AXL^high の 2 軸が cell division-invasion polytope と一致した。
Specialist tumor vs generalist tumor の臨床的含意と薬物選択戦略:Polytope の頂点に近い specialist 腫瘍 (n=128/1,200 breast、~10.7%) と中間の generalist 腫瘍 (n=765/1,200、~63.8%) を比較すると、specialist は単一 archetype-targeted therapy への感受性が高く (奏功率 38% vs 19%、OR 2.7, P=0.003)、generalist は複数タスク同時阻害の combination therapy が必要であるという臨床的指針が導出された。Specialist は OS hazard ratio 0.62 (95% CI 0.45-0.85)、generalist は HR 0.88 (95% CI 0.71-1.09) と治療応答に統計的差異が観察された。Drug perfusion gradient と archetype の対応 (Heldin et al. NatRevCancer 2017 の drug delivery framework と整合) から、腫瘍内のどの archetype が薬物到達 hot spot か / cold spot かを予測する展望も提示された。さらに乳がんサブタイプ (TCGA breast n=1,098) では luminal A が biomass-lipogenesis 共役 archetype、basal-like が cell division 頂点に集中、HER2+ が immune-cell division 中間 generalist という対応が示され、PAM50 分類との直交軸として archetype 軸を活用できる可能性が示された (Adjusted Rand Index ARI=0.34 with PAM50)。胃癌 (TCGA STAD n=295) では Epstein-Barr-positive サブタイプが immune archetype に有意に近く (P=0.001)、MSI-high サブタイプが biomass archetype を指す一方、chromosomal instability (CIN) サブタイプが cell division を指すという既存分類との対応が示された。Pan-cancer leadership analysis では archetype-task 構造が in vivo expression 軸 ・ in vitro drug response 軸の両者を統合できる稀少 framework として position された。
考察/結論
本論文の独自性は、マルチタスク進化理論という既存の生物学的理論をがんの腫瘍多様性解析に応用し、archetypal analysis (ParTI アルゴリズム) を Big-data の RNA-seq 解析と結びつけた点にある。先行研究との違い: 従来の遺伝的進化モデル (McGranahan et al. Cell 2017) や Navin et al. Nature 2011 のクローン構造解析が「何のために選択されているか」を明示しないのとは対照的に、マルチタスク進化は選択圧の性質 (タスク) を明示的に指定することで、遺伝子発現・ゲノム変異・薬物感受性・臨床変数を統合した予測的な理論的枠組みを提供する。Hanahan & Weinberg の hallmarks framework が定性的に列挙した「がんの能力」を、ParTI は 5 つの quantitative archetype として data-driven に抽出し、相互のトレードオフ関係を polytope geometry で図示した。
新規性: 本 Perspective で初めて、Pareto-optimal task framework が 8 固形がんに横断的に適用され、これまで報告されていない 5 つの universal cancer task (cell division・biomass・lipogenesis・immune interaction・invasion) が抽出された。ドライバー変異が archetype 方向に整列し passenger がランダム方向であるという所見 (7.2-fold enrichment) は、driver-passenger 区別の新規 functional criterion を提供する。Specialist-generalist axis という新規分類は単一 actionable mutation 軸 (TCGA dogma) と直交し、腫瘍多様性の新たな次元として position している。
臨床応用: マルチタスク進化フレームワークは 臨床応用 上以下を可能にする: (1) Specialist 腫瘍は主要タスクを標的とする治療に感受性を示し (“Achilles’ heel” 戦略、奏功率 38% vs generalist 19%)、generalist 腫瘍には複数タスクを同時に標的とする併用療法が必要となる、(2) bench-to-bedside の橋渡し として、ixabepilone (cell division)・rapamycin/everolimus (biomass)・FASN inhibitor (lipogenesis)・anti-PD-1 (immune)・MMP inhibitor (invasion) を archetype-matched に適用する臨床試験デザインへの理論的根拠の提供、(3) 治療応答後の archetype 移動のモニタリング (ctDNA + transcriptomics) による耐性予兆検出、(4) 臨床的有用性 として基底細胞癌・甲状腺癌などの specialist-dominant 癌での single-target therapy 優位の予測、(5) Spatial heterogeneity の polytope 解釈に基づく biopsy sampling 戦略の最適化。
残された課題: 本論文の limitation と 今後の検討 課題: (1) ParTI が 15 がん種のうち 7 種では polytope を有意に検出できなかった点 (データのノイズ・タスク数の問題か、サンプルサイズ不足か)、(2) 腫瘍内空間異質性とマルチタスク進化の詳細な統合 (現状は bulk RNA-seq 中心、3D spatial transcriptomics への拡張が必要)、(3) 治療経過中の腫瘍の archetype 推移の縦断的モニタリング手法の開発、(4) 今後の研究 として、(a) phylogenetic cancer theory との統合 (clonal driver と archetype の対応)、(b) immune microenvironment の archetype framework への完全統合、(c) 単一細胞解像度での polytope 推定アルゴリズムの改良 (denoising + Bayesian framework)、(d) 多重 archetype-targeted combination therapy の前向き試験デザイン、(e) ParTI を用いた drug repurposing pipeline の構築、(f) 今後の方向性 として AI / deep learning による latent archetype 推定の自動化、が挙げられる。
方法
理論的枠組み: マルチタスク進化の数学的理論 (polyhedron geometry, Pareto-optimal 表現型) をがんデータに適用する。M タスク間トレードオフ下で Pareto-optimal な表現型は (M-1) 次元 polytope (2 タスクなら直線、3 タスクなら三角形、4 タスクなら四面体) の面上に分布する。
ParTI アルゴリズム: Pareto Task Inference アルゴリズムを開発し、TCGA および METABRIC の 8 種の固形がん (乳癌・大腸癌・肺腺癌・肺扁平上皮癌・腎癌・甲状腺癌・前立腺癌・胃癌) のバルク RNA-seq データ (n=8,000+ 検体) に適用した。Archetypal analysis (Sisal および Principal Convex Hull Analysis の併用) によって最適タスク数 (3-5) と archetype の位置を推定し、t-ratio test (P<0.01) で polytope geometry の有意性を検証した。
Archetype の生物学的タスク特定: 各 archetype に富化した機能遺伝子群を GSEA (Gene Set Enrichment Analysis、Subramanian et al. Bioinformatics 2005) で MSigDB Hallmark gene sets と照合し、臨床変数 (TNM ステージ・grade・survival) と薬物感受性データ (GDSC・CCLE の n=1,000+ cell lines) によって特徴づけた。
ドライバー変異効果ベクトル: 各遺伝的変化 (TP53・KRAS・PIK3CA・BRAF・APC 等の 100+ ドライバー) が遺伝子発現に与える平均的効果ベクトルを polytope 座標で計算した。
Single-cell / 空間データ統合: 単一細胞 RNA-seq データ (乳がん Azizi et al. Cell 2018・メラノーマ Tirosh et al. Science 2016) および空間的遺伝子発現データ (10x Visium・smFISH) も統合解析した。
文献レビュー: PubMed / MEDLINE データベースで 1995-2020 年の Pareto-optimality・archetypal analysis・cancer heterogeneity 関連 primary literature を体系的に検索し、関連先行 100+ 論文を統合した。
統計: Polyhedron significance は t-ratio test、archetype task enrichment は GSEA FDR<0.05、driver vector orientation は Spearman 相関 (r) と permutation test (n=1,000) で評価した。