- 著者: Itay Tirosh, Benjamin Izar, Sanjay M. Prakadan, Marc H. Wadsworth II, Daniel Treacy, John J. Trombetta, Asaf Rotem, Christopher Rodman, Christine Lian, George Murphy, Mohammad Fallahi-Sichani, Ken Dutton-Regester, Jia-Ren Lin, Ofir Cohen, Parin Shah, Diana Lu, Alex S. Genshaft, Travis K. Hughes, Carly G. K. Ziegler, Samuel W. Kazer, Aleth Gaillard, Kellie E. Kolb, Alexandra-Chloé Villani, Cory M. Johannessen, Aleksandr Y. Andreev, Eliezer M. Van Allen, Monica Bertagnolli, Peter K. Sorger, Ryan J. Sullivan, Keith T. Flaherty, Dennie T. Frederick, Judit Jané-Valbuena, Charles H. Yoon, Orit Rozenblatt-Rosen, Alex K. Shalek, Aviv Regev, Levi A. Garraway
- Corresponding author: Benjamin Izar (Dana-Farber Cancer Institute, Harvard Medical School); Aviv Regev (Broad Institute of MIT and Harvard); Levi A. Garraway (Dana-Farber Cancer Institute, Harvard Medical School)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-04-08
- Article種別: Original Article
- PMID: 27124452
背景
腫瘍は、悪性細胞、免疫細胞、間質細胞、血管内皮細胞などが時空間的に相互作用しながら共存する複雑な多細胞生態系である。がんの進展や治療抵抗性の獲得には、これら多様な細胞群の相互作用が深く関与していることが知られている Hanahan et al. Cell 2011。転移性メラノーマ (悪性黒色腫) の治療においては、BRAF阻害薬やMEK阻害薬などの標的治療、あるいは抗CTLA-4抗体 Hodi et al. NEnglJMed 2010 や抗PD-1抗体 Topalian et al. NEnglJMed 2012 などの免疫チェックポイント阻害薬が劇的な臨床効果を示してきた。しかし、標的治療ではほぼ全例で耐性が出現し、免疫療法に対する治療応答性も患者間で大きく異なる。従来のバルク (一括) RNA-seq (RNA sequencing) 解析では、腫瘍組織全体の平均的な遺伝子発現情報しか得られず、悪性細胞自体の不均一性や、腫瘍微小環境を構成する非悪性細胞の機能的状態を個別に分離して評価することが困難であった。そのため、治療抵抗性の本態や免疫応答を規定する詳細な細胞間相互作用の解明は不十分であり、個別化医療の確立に向けた大きな課題となっていた。特に、単一細胞レベルでの転写産物の多様性や、微小環境内の免疫細胞の機能的疲弊プログラムの実態については、これまで包括的な解析が不足しており、腫瘍生態系の全体像を解明する上での決定的な知識ギャップ (knowledge gap) が残されていた。このように、単一細胞レベルでの詳細な解析が不足している現状があり、治療抵抗性獲得の分子メカニズムや、免疫チェックポイント阻害薬に対する応答性を規定する因子は未解明のままであった。
目的
本研究の目的は、転移性メラノーマ患者から得られた新鮮な臨床検体を用いて、scRNA-seq (single-cell RNA sequencing: シングルセルRNAシーケンシング) 解析を実施し、腫瘍を構成する悪性細胞および非悪性細胞の多細胞生態系を単一細胞解像度で包括的に解剖することである。具体的には、(i) CNV (copy number variation: 染色体コピー数変異) の推論手法を用いて悪性細胞と非悪性細胞を厳密に識別し、(ii) 悪性細胞における細胞周期、空間的局在、および薬剤耐性プログラムに関連する転写の不均一性を同定する。さらに、(iii) メラノーマの主要な転写因子である MITF (microphthalmia-associated transcription factor: 小眼球症関連転写因子) と治療抵抗性に関与する AXL (AXL receptor tyrosine kinase: AXL受容体チロシンキナーゼ) の発現動態に基づき、単一腫瘍内における耐性細胞サブポピュレーションの存在を検証する。また、(iv) 腫瘍微小環境における CAF (cancer-associated fibroblast: がん関連線維芽細胞) や内皮細胞などの間質細胞と悪性細胞との相互作用を推論し、(v) TIL (tumor-infiltrating lymphocyte: 腫瘍浸潤リンパ球) を構成するT細胞の機能的状態 (活性化、細胞傷害性、疲弊プログラム) の多様性と、TCR (T-cell receptor: T細胞受容体) のクローナル増殖 (clonal expansion) との関係性を解明することを目指す。
結果
CNV推論による悪性細胞の同定と腫瘍生態系の細胞構成: scRNA-seqにより解析された 4,645 個の単一細胞 (n=4645 cells) に対し、遺伝子発現データから染色体コピー数変異 (CNV) を推論した。その結果、悪性細胞は各症例に特異的な異数性パターンを示し、正常な核型を持つ非悪性細胞から明確に分離された (Fig. 1B)。非悪性細胞は、腫瘍の起源や転移部位に関わらず、細胞型ごとに共通のクラスターを形成した (Fig. 1D)。これにより、腫瘍生態系を構成する主要な 7 つの細胞分画、すなわち悪性細胞、T細胞、B細胞、マクロファージ、NK (natural killer) 細胞、内皮細胞、がん関連線維芽細胞 (CAF) が同定された。各腫瘍における細胞構成比は患者間で大きく変動し、例えば免疫細胞の割合は 10% 未満から 90% 以上に及ぶ高い多様性を示した。また、悪性細胞内における細胞周期の解析から、cycling state (G1/SおよびG2/M期) にある細胞の割合は 5% から 35% (平均 13.5% ± 13% SD) と患者間で大きく異なり、腫瘍の増殖能の不均一性が単一細胞レベルで裏付けられた (Fig. 2A)。
悪性細胞におけるMITF高発現とAXL高発現の二相性状態と治療抵抗性: 単一の腫瘍内における悪性細胞の不均一性を解析したところ、すべての腫瘍において、分化マーカーである MITF の高発現状態 (MITF-high) と、受容体キナーゼ AXL の高発現を特徴とする未分化・EMT (epithelial-mesenchymal transition: 上皮間葉転換) 様状態 (AXL-high) の 2 つの転写プログラムが普遍的に共存していることが明らかになった (Fig. 3B)。バルク解析では MITF-high と分類される腫瘍であっても、単一細胞レベルでは AXL-high の治療抵抗性サブポピュレーションを必ず保持していた。MAPK (mitogen-activated protein kinase) 阻害薬治療を施行された患者 (n=6 patients) の治療前後ペアサンプルの解析において、治療後に AXL-high/MITF-low の比率が有意に上昇し、AXLプログラム遺伝子の発現が約 2.0-fold 以上に増加することを示した (Fig. 3D)。さらに、メラノーマ細胞株 (n=10 cell lines) を用いた in vitro 実験において、MAPK阻害薬の曝露により AXL陽性細胞の割合が用量依存的に増加し、薬剤耐性状態へのシフトが確認された (Fig. 3E)。また、スローサイクリングで薬剤耐性に関与する KDM5B 陽性細胞が、Ki67陽性の増殖細胞とは相互に排他的なパターンで存在することも免疫染色で確認された (Fig. 2C)。
腫瘍浸潤T細胞における機能的疲弊プログラムとクローナル増殖の連動: 腫瘍から回収された 2,068 個のT細胞 (n=2068 cells) の解析において、CD8+ T細胞は naive、memory、cytotoxic、exhausted (疲弊) の連続的な機能状態に分布していた (Fig. 5A)。PD-1、TIM-3、LAG-3、TIGIT などの疲弊マーカーは、IFN-γ や GZMB などの細胞傷害性活性化マーカーと共発現しており、活性化の度合いと疲弊プログラムが相関していた (Fig. 5B)。さらに、TCR配列の再構成により同定されたクローナル増殖を示す CD8+ T細胞集団 (TCRクラスターサイズ >6 cells) において、非クローナル増殖細胞と比較して、疲弊シグネチャの発現が有意に上昇していた (Fig. 5H)。このことは、腫瘍抗原の持続的な刺激によって増殖したクローンほど、機能的疲弊状態に陥っていることを示している。一方で、患者間での疲弊プログラムの不均一性も認められ、例えば抗CTLA-4抗体治療後に耐性化した症例 (n=1 patient) では、CTLA-4 の発現が疲弊プログラムから完全にデカップル (乖離) しているなど、個別症例における免疫療法の耐性機序を反映する転写プロファイルの変化が検出された (Fig. 5F)。
がん関連線維芽細胞による補体産生とT細胞浸潤の相関: 腫瘍微小環境における細胞間相互作用を解明するため、scRNA-seqデータと TCGA (The Cancer Genome Atlas) のバルクRNA-seqデータを統合解析した。その結果、CAFに特記的に発現する遺伝子のうち、補体成分である C1S、C1R、C3、C4A、CFB などの発現量が、バルク腫瘍におけるT細胞の浸潤密度と極めて強く相関していることを見出した (Fig. 4B)。特に、CAF由来の C3 発現量と CD8+ T細胞の浸潤シグナルとの間には、高い正の相関 (Spearman r=0.86, n=80 patients) が認められ、この相関パターンはメラノーマ以外の多数のがん種 (26種類のがん種) においても共通して観察された (Fig. 4D)。これは、間質細胞であるCAFが補体カスケードを介して腫瘍局所へのT細胞の動員や免疫微小環境の制御に関与していることを強く示唆している。また、CAFの存在量は悪性細胞における AXL-high シグネチャの発現とも相関しており、間質細胞と悪性細胞の相互作用が腫瘍の表現型を決定づける要因となっていることが示された (Fig. 4A)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来のバルクRNA-seq解析を用いた研究と異なり、転移性メラノーマの臨床検体から得られた数千個の単一細胞を直接シーケンシングすることにより、悪性細胞と腫瘍微小環境を構成する非悪性細胞を完全に分離して解析することに成功した。これまでのバルク解析では、腫瘍組織全体の平均値としてしか捉えられなかった遺伝子発現プロファイルが、実際には悪性細胞内の多様な亜集団や、間質細胞・免疫細胞の機能的ヘテロジェネティクス (異質性) のモザイク画であることを実証した。
新規性: 本研究で初めて、すべてのメラノーマ腫瘍内において、MITF-high 状態と AXL-high 状態という二相性の転写プログラムが普遍的に併存していることを新規に同定した。これは、標的治療に対する耐性獲得が、治療後に生じる新たな遺伝子変異の獲得だけでなく、治療前から腫瘍内にあらかじめ存在する (preexisting) 耐性転写状態を持つ細胞集団のクローナル選択によっても引き起こされることを示す極めて重要な知見である。また、CAFが産生する補体成分がT細胞の浸潤密度と強く相関しているという、間質細胞と免疫細胞の新規な相互作用ネットワークを明らかにした。
臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。悪性細胞における MITF/AXL 軸の二相性の存在は、単一の標的治療薬による治療限界を示唆しており、BRAF/MEK阻害薬と AXL を標的とする治療薬、あるいは免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた初期からの多剤併用療法の開発に強固な理論的根拠を提供する。また、T細胞の疲弊プログラムとクローナル増殖の連動、および患者間における疲弊マーカーの発現パターンの多様性は、免疫チェックポイント阻害薬に対する治療応答性を予測するための新規なバイオマーカー開発や、個別化免疫療法の設計に直接的に貢献する。
残された課題: 今後の課題として、本研究における症例数が 19 例 (n=19 patients) と比較的限定的であり、より大規模なコホートでの検証が必要である点が挙げられる。また、シングルセルサスペンションの調製過程で組織の空間情報が失われるため、悪性細胞と微小環境構成細胞の物理的な位置関係や局所的な相互作用を完全に再現することは困難であった。この limitation を克服するためには、空間トランスクリプトミクス (spatial transcriptomics) 技術との統合が求められる。さらに、AXL-high 状態への表現型可塑性 (phenotypic plasticity) を制御するエピジェネティックな分子機構の解明や、CAF由来の補体成分が実際にT細胞の遊走を誘導する因子の直接的な治療標的となり得るかについての機能的な検証が、今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究では、転移性メラノーマ患者 19 例 (n=19 patients、リンパ節転移 9 例、脾転移 1 例、皮下/筋肉内転移 5 例、消化管転移 3 例、原発肢端メラノーマ 1 例) から外科的切除直後に得られた新鮮な腫瘍組織を使用した。組織採取後、約 45 分以内に酵素処理および物理的解離を行い、シングルセルサスペンション (単一細胞懸濁液) を調製した。死細胞を除去した後、FACS (fluorescence-activated cell sorting: 蛍光活性化細胞選別) を用いて、生細胞である CD45陽性 (CD45+) の免疫細胞画分と、CD45陰性 (CD45-) の非免疫細胞画分 (悪性細胞および間質細胞) を個別に分取した。分取した単一細胞から、Smart-seq2 プロトコルに基づき、全長 (full-length) cDNAライブラリーを調製した。シーケンシングは、Burrows-Wheeler Transform アルゴリズム Li et al. Bioinformatics 2009 や Bowtie Langmead et al. GenomeBiol 2009 を用いてヒトゲノムにマッピングし、RSEM (RNA-Seq by Expectation-Maximization) Li et al. BMCBioinformatics 2011 を用いて遺伝子発現量を定量した。最終的に、品質基準を満たした 4,645 個 of single cells (n=4645 cells) の転写産物データを得た。
悪性細胞と非悪性細胞の判別には、遺伝子発現プロファイルから染色体上の 100 遺伝子の平均発現量をスライディングウィンドウで算出することで、大規模な染色体コピー数変異 (CNV) を推論するアルゴリズム (inferCNV 様手法) を適用した。細胞の分類および状態の解析には、PCA (principal component analysis: 主成分分析)、t-SNE (t-distributed stochastic neighbor embedding: t分布型確率的領域埋め込み)、および密度ベースのクラスタリングアルゴリズムである DBScan (Density-Based Spatial Clustering of Applications with Noise) を用いた。また、T細胞のクローナリティ解析のために、RNA-seq リードから TCR の V(D)J 遺伝子セグメントの配列を再構成し、クローナル増殖を同定した。
細胞株を用いた検証実験では、CCLE (Cancer Cell Line Encyclopedia) に登録されている WM88 や MELHO などのヒトメラノーマ細胞株 (n=18 cell lines) を使用し、BRAF阻害薬 (vemurafenib) およびMEK阻害薬 (trametinib) に対する感受性と AXL 発現の関係を、フローサイトメトリーおよびマルチプレックス免疫蛍光染色法 (immunofluorescence: IF) を用いて評価した。統計解析には、2群間の比較として Mann-Whitney U test や Student t-test を用い、相関関係の評価には Pearson correlation および Spearman correlation を用いた。比率の比較には Fisher’s exact test を適用した。