• 著者: Behan FM, Iorio F, Picco G, Gonçalves E, Beaver CM, Migliardi G, Santos R, Rao Y, Sassi F, Pinnelli M, Ansari R, Harper S, Jackson DA, McRae R, Pooley R, Wilkinson P, van der Meer D, Dow D, Buser-Doepner C, Bertotti A, Trusolino L, Stronach EA, Saez-Rodriguez J, Yusa K, Garnett MJ
  • Corresponding author: Yusa K (Kyoto University / Wellcome Sanger Institute); Garnett MJ (Wellcome Sanger Institute)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-04-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30971826

背景

がん創薬における有望な治療標的の同定は、臨床開発の90%に達する高い失敗率の根本的課題として長年認識されてきた。先行研究 (Project Achilles、Tsherniak et al. Cell 2017) や Project DRIVE (McDonald et al. Cell 2017) ではRNA干渉スクリーンを中心としたがん細胞株の依存性解析が試みられたが、30種以上のがん種を網羅したゲノムスケールCRISPR-Cas9 (CRISPR-associated protein 9) 適応度スクリーンの統合解析は実施されていなかった。既存の創薬標的候補同定法は主として患者腫瘍の変異解析に基づいており、遺伝子変異が実際の細胞適応度依存性につながるかの機能的検証が不十分であった。

コア適応度遺伝子 (生存必須遺伝子) とコンテキスト特異的適応度遺伝子を統計的に識別する方法論的フレームワークが欠如しており、毒性リスクの事前評価が困難であった (知識のギャップ)。これまでの研究では参照コア遺伝子セットの recall 率が28〜51%にとどまっていた (Hart et al. Cell 2015; Mol Cell 2017)。CRISPR-Cas9スクリーンはがん細胞株の機能ゲノミクス解析に革命をもたらしたが、30種以上のがん種を横断した体系的な標的優先順位付け手法は未確立であった。マイクロサテライト不安定性 (MSI: microsatellite instability) はDNA ミスマッチ修復 (MMR: mismatch repair) 経路遺伝子の不活化を本態とするが、MSI腫瘍に対する合成致死標的については先行研究で知見が乏しく、手術・化学療法・免疫療法以外の分子標的戦略が未開拓であった。MSI腫瘍に特異的な合成致死標的が欠如していることは、大腸癌・子宮体癌・卵巣癌など複数のがん種にわたる重要な知識のギャップ (knowledge gap) であった。

目的

30種類のがん種324細胞株を対象としたゲノムスケールCRISPR-Cas9適応度スクリーンを実施し、ADaM (adaptive daisy model: 適応型デイジーモデル) によりコア適応度遺伝子とコンテキスト特異的適応度遺伝子を統計的に区別した上で、ゲノムバイオマーカー・標的tractabilityと統合して628の臨床開発に適した優先治療標的を体系的に同定すること。また最有望候補として、Werner症候群ヘリカーゼ WRN (Werner syndrome ATP-dependent helicase) がMSI腫瘍における合成致死標的であることを独立した in vitro・in vivo 実験系で検証すること。

結果

スクリーン規模と品質確立:最終解析セット324細胞株 (n=324、30がん種、19組織) での941スクリーンにより、標的18,009遺伝子のうち41% (n=7,470遺伝子) が1つ以上の細胞株で適応度効果を示した (Fig. 1b)。その83%が50%未満の細胞株でのみ依存性を示すコンテキスト特異的な挙動を示し、各細胞株で中央値1,459の適応度遺伝子が同定された (n=324 samples)。品質管理では326細胞株が低レベル品質管理を通過し、最終324 samples を確定した。

ADaMによるコア・コンテキスト特異的適応度遺伝子の同定:ADaMによりパンキャンサーコア適応度遺伝子553個を同定した。そのうち399個は既知必須遺伝子、125個はハウスキーピング経路関連、132個 (24%) は新規同定であった (Fig. 1c)。新規パンキャンサーコア適応度遺伝子セットは先行参照セット2種と比較して、必須プロセス関連遺伝子のrecall率が著明に高く (ADaM 67% vs 先行研究28%・51%)、同程度のFDRを維持した。がん種特異的コア適応度遺伝子は中央値866遺伝子/がん種、コンテキスト特異的適応度遺伝子は中央値2,813遺伝子/がん種に上った。血液がん細胞株は最も固有なコア適応度プロファイルを示し、31個の排他的コア適応度遺伝子を有した。

628優先治療標的の体系的同定:優先スコアフレームワーク適用により628の独自優先標的を同定した (パンキャンサー92個 + がん種特異的617個; Fig. 2b)。がん種優先標的の74% (n=457) が1種 (56%) または2種 (18%) のがん種のみで同定され、高度なコンテキスト特異性が確認された。クラスA標的120個 (19%)・クラスB 61個 (10%)・クラスC 117個 (19%) が同定された (Fig. 2c)。tractabilityグループ1 (承認薬・開発中化合物が存在) には40種の優先標的が分類され (ERBB2・CDK4・AKT1・PIK3CB・PIK3CA等)、そのうち3分の1がクラスAバイオマーカーを有した。tractabilityグループ2には277種 (KRAS・USP7・GPX4等)、グループ3には311種が含まれ、転写因子が多く濃縮されていた。

WRN-MSI合成致死の多重実証:パンキャンサーANOVA解析でWRN (Werner syndrome ATP-dependent helicase) がMSI状態と最も有意に相関する適応度遺伝子として同定された (クラスA、大腸癌・卵巣癌のがん種解析でも一貫; Fig. 3b)。WRN依存性はMLH1プロモーターメチル化 (FDR=7.72×10^-3) およびMSH6変異 (FDR=3.85×10^-2) と有意に相関した。4種の独立sgRNAを用いたco-competition アッセイでは、大腸・卵巣・子宮体・胃のMSI細胞株 (n=6 samples) でWRN KOが選択的な適応度低下を示し (co-competition スコア<1)、MSS細胞株 (n=7 samples) では差がなかった。これはMSI固有の合成致死の強力な証拠となった。機能救済実験では、野生型または外ヌクレアーゼ欠損型Wrnの発現がWRN KO効果を救済したが、ヘリカーゼ欠損型 (R799CおよびT1052G変異) はほとんど救済せず、WRNヘリカーゼドメインが合成致死の機能的実体であることを同定した。In vivo 検証では、ドキシサイクリン誘導型WRN sgRNA発現HCT116異種移植腫瘍でドキシサイクリン処置が腫瘍体積を有意に抑制し (p=0.006、two-way ANOVA)、KI-67陽性細胞数を著明に減少させた。他のRecQファミリーメンバー (BLM・RECQL・RECQL5) はMSI細胞株との適応度関連を示さず、WRNの特異性が確認された。

Project Score データベースの公開:全スクリーンデータはProject Score (score.depmap.sanger.ac.uk) で公開し、628優先標的の優先スコア・バイオマーカー・tractability分類を参照可能とした。

考察/結論

先行研究との差異と本論文の新規性:先行の Project Achilles・Project DRIVE との比較で、ADaMのコア適応度遺伝子recall率 (67%) が先行研究 (28-51%) を有意に上回ることを数量的に示した点が本論文の主要な方法論的新規性である。先行研究が単一機関・単一がん種・限定的細胞株数にとどまっていたのと異なり、本研究では30がん種・324細胞株という前例のない規模でゲノムスケールCRISPR-Cas9スクリーンを統合した初めての研究であり、汎がん種横断的な標的優先順位付けを初めて可能にした。また、本研究で初めて、コア適応度遺伝子を「毒性リスクが高いためスコア0」として優先リストから除外するという安全性重視の設計思想を創薬スクリーニングに組み込んだ。

WRN-MSI合成致死の意義と差異:WRN-MSI合成致死は本研究と Chan et al. Science 2019 (同号掲載) が同時独立に報告した重要な発見であり、これは先行研究 (Aguilera and García-Muse Annu Rev Genet 2013によるWerner症候群の遺伝子不安定性研究) で予測されていなかった新規合成致死機序である。MMR欠損細胞における homeologous 組換え中間体の蓄積へのWRNヘリカーゼ依存性という発生機序仮説は既存のWRN生物学とも一致し、WRNの生殖系列ヘテロ接合変異による正常組織への毒性が最小化されるという治療ウィンドウが示唆される。

臨床的含意:MSIはあらゆる固形腫瘍の15〜20%に観察されるため、WRN阻害薬の潜在的対象患者数は大きい。MSI腫瘍はPD-1遮断療法 (Le et al. NEJM 2015) にも高い感受性を示すことが知られており、WRN阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬との合理的な併用療法開発が次のステップとして提案される。tractabilityグループ1の40標的にはすでに承認薬・開発化合物が存在し、ERBB2・PIK3CA・KRAS等の既知ドライバー標的で精密医療への直接適用が期待される。

残された課題と将来展望:628優先標的の大部分は機能的実証が未済であり、特にグループ3 (転写因子濃縮) の311標的はPROTAC (proteolysis targeting chimera: タンパク質分解誘導型キメラ) 等の新規治療様式を要する。in vitro 細胞株スクリーンの腫瘍微小環境への汎用性検証、WRN選択的ヘリカーゼ阻害薬の開発と前臨床・臨床評価が残された主要課題である。Project Scoreデータベースはコミュニティへの網羅的リソースとして将来のがん創薬基盤となる。

方法

Wellcome Sanger Instituteのがん細胞株コレクション (Cell Model Passports) から30種のがん種・19組織にわたる324細胞株を選択し、18,009遺伝子を標的とするゲノムスケールsgRNA (single-guide RNA) ライブラリを用いて941回のCRISPR-Cas9適応度スクリーンを実施した。sgRNA計数後、CRISPRcleanRによりコピー数バイアスを補正し、BAGEL (Bayesian Analysis of Gene Essentiality Lethality) によるベイズ因子計算で遺伝子レベルの適応度効果を算出した (FDR 5%)。

コア適応度遺伝子同定に独自のADaMを開発した。ADaMはダイジーモデルを拡張し、各がん種でコア適応度と判定する最小細胞株数を適応的に決定するアルゴリズムである。484のがんドライバーイベント (151 SNV + 333 CNV) およびMSI状態との相関を分散分析 (ANOVA: analysis of variance) で解析した (パンキャンサー n=319 + 13がん種特異的解析)。クラスA標的はp<10^-3 かつ FDR<25% (MSIは5%) かつ Glass’s Δ>1と定義した。目標優先スコア (0-100) は70%をCRISPR-Cas9実験エビデンス (適応度効果・発現・変異状態・経路)、30%をゲノムバイオマーカー関連で算出した (閾値55パンキャンサー/41がん種特異的)。

WRN検証では4種の独立sgRNA (n=4)、co-competition アッセイ (MSI n=6細胞株、HCT116・HCT15・LoVo・OVK18・AN3CA・AGS;MSS n=7細胞株)、野生型・外ヌクレアーゼ欠損・ヘリカーゼ欠損型マウスWrn発現ベクターによる機能救済実験、HCT116 (colorectal adenocarcinoma) 細胞皮下異種移植モデルでのドキシサイクリン誘導型WRN KO in vivo 検証を実施した。統計解析はtwo-way ANOVAを使用し、Storey-Tibshirani法によるFDR補正を実施した。t-testは個別比較に使用した。