- 著者: Sroka MW, Vakoc CR
- Corresponding author: Vakoc CR (Cold Spring Harbor Laboratory)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-02-03
- Article種別: Commentary
- PMID: 33536596
背景
遺伝子発現の精密な制御はDNAおよびヒストンへの共有結合性エピジェネティック修飾によって担われており、これらの修飾を付加・除去する酵素はがんにおいて過剰発現、変異、または再編成によって頻繁に機能異常をきたすことが知られている。ヒストンH3の36番目のリジン残基 (H3K36) のメチル化は、遺伝子発現調節における重要なエピジェネティック修飾として認識されている。H3K36メチルトランスフェラーゼ (NSD1、NSD2、NSD3、SETD2など) は複数のがん種でがん遺伝子または腫瘍抑制遺伝子として機能することがこれまでの研究で報告されてきたが、特にNSD3の具体的な腫瘍遺伝子としての役割については限られた理解にとどまっていた。例えば、NSD2はリンパ系腫瘍においてt(4;14)転座やホットスポット変異によって活性化されることが知られていたが、NSD3の活性化メカニズムやそのがんにおける寄与は未解明な点が多かった。
本Commentary (News & Views) は、同号のNatureに掲載されたYuan et al. Yuan et al. Nature 2021 (NSD3の肺扁平上皮癌における腫瘍遺伝子機能の実証) とLi et al. (NSD3の正常・変異型構造のcryo-EM解析) の2論文を解説し、その知見を広い文脈に位置付けるものである。これらの研究は、NSD3が肺扁平上皮癌においてH3K36ジメチル化の亢進を介してがん遺伝子として機能することを示し、H3K36メチル化がさまざまな酵素や変異を通じてがん発症の共通エピジェネティック支点となるという概念を提示した。これまでの研究では、個々のエピジェネティック酵素の役割が個別に報告されることが多かったが、H3K36メチル化という共通の軸での理解は不足していた。本稿は、この知識ギャップを埋める上で重要な洞察を提供する。
目的
本Commentaryの目的は、Yuan et al. Yuan et al. Nature 2021とLi et al.の2つの研究成果を統合的に解説し、NSD3が肺扁平上皮癌においてH3K36ジメチル化の亢進を介してがん遺伝子として機能するという知見を強調することである。さらに、H3K36メチル化が多様なエピジェネティック酵素や遺伝子変異を通じてがん発症の共通のエピジェネティック支点となるという、より広範な生物学的文脈にこれらの発見を位置付けることを目指す。これにより、NSD3を標的とした新たな治療戦略開発の可能性と、H3K36メチル化経路全体のがんにおける重要性を明確にすることが意図されている。
結果
NSD3は肺扁平上皮癌におけるエピジェネティックな腫瘍遺伝子である: Yuan et al. Yuan et al. Nature 2021は、マウスモデルとヒト腫瘍検体を用いた研究により、NSD3が肺扁平上皮癌 (lung squamous cell carcinoma; SQCC) のがん遺伝子であることを明確に定義した。ヒト腫瘍では、NSD3遺伝子のコピー数増加 (より一般的であり、約10%の肺SQCCで観察される) またはミスセンス変異 (触媒活性を増大させる変異) によってNSD3が機能亢進的となることが示された。NSD3はヒストンH3の36番目のリジン残基のジメチル化 (H3K36me2) を担う酵素であり、過活性型NSD3を持つ腫瘍ではH3K36me2レベルが顕著に増大していることが確認された。ゲノムプロファイリング解析の結果、がん促進遺伝子のコード領域におけるNSD3によるH3K36me2触媒活性が高い遺伝子発現率につながることが示された。さらに、NSD3のコピー数増加により腫瘍細胞はNSD3触媒活性に「依存 (addicted)」した状態となり、NSD3の欠失はH3K36me2の低下、がん遺伝子発現の低下、細胞増殖の障害、およびマウス腫瘍形成の抑制を引き起こすことが示された (Fig. 1b)。これらの結果は、NSD3が肺SQCCの治療標的となり得ることを強く示唆している。
NSD3の構造解析とがん関連変異による活性化機序: Li et al.は、cryo-EM解析を用いてNSD3の正常型およびがん関連変異型がヌクレオソームに結合した状態の構造を原子レベルで解明した。この研究の主要な成果の一つは、NSDタンパク質が遊離ヒストンではなくヌクレオソーム上のH3K36を優先的にメチル化するという長年の謎を解明した点である。彼らは、基質非存在下ではNSD3自身のループが基質結合部位を閉鎖する自己阻害構造が存在することを発見した。ヌクレオソーム表面との接触や部分的に解離したDNAがこのループを変位させることで、ヒストンH3テールがNSD3の触媒部位にアクセス可能となるメカニズムが示された。さらに、がん関連ミスセンス変異はヒストンとの新規水素結合形成を介して触媒活性を増大させることが原子レベルで示された。この構造情報は、NSD3阻害薬の構造ガイデッド開発の基盤を提供する。また、NSD2とNSD3の触媒ドメインが類似した原子構造を持つことも確認され、両酵素が細胞内でH3K36メチル化を同様に増加させるミスセンス変異を持つことが示された。
H3K36メチル化のがん生物学における「エピジェネティック支点」としての意義: 本Commentaryは、NSD2 (リンパ系腫瘍でt(4;14)再編成またはホットスポット変異により活性化) とNSD3 (肺扁平上皮癌でコピー数増加または変異により活性化) の間に顕著な類似性が存在することを強調した。両酵素はH3K36me2の増大という共通の分子経路を介してがんを促進する。少なくとも4種のH3K36メチルトランスフェラーゼ (NSD2、NSD3は腫瘍遺伝子、SETD2は腫瘍抑制遺伝子、NSD1は文脈依存的) と、H3K36メチル化を阻害するヒストン変異 (H3.3 K36Mなど) が、互いに異なる腫瘍型でがん発症のドライバーとなることが示された。このことから、H3K36メチル化の程度が「過多でも過少でも腫瘍を生じる」という「エピジェネティック支点」の概念が提示された (Fig. 1a)。各変異が特定の腫瘍細胞系譜に限定的であるという細胞系譜特異性は、H3K36メチル化が正常細胞のアイデンティティ維持に生理的役割を持つことを示唆している。
考察/結論
本Commentaryは、Yuan et al. Yuan et al. Nature 2021とLi et al.の知見を統合し、NSD3を肺扁平上皮癌のエピジェネティックドライバーとして明確に位置付けた。これまで個別に研究されてきたエピジェネティック酵素の役割に対し、本稿はH3K36メチル化が多様な変異機序によりがん発症の収束点 (epigenetic fulcrum) となるという統一的概念を提示した点で新規性が高い。NSD2 (リンパ系腫瘍) とNSD3 (肺SQCC) の機能的類似性の指摘は、類縁する分子間での交差耐性や協調標的化の戦略的可能性を示唆する。
臨床的含意として、Li et al.によるcryo-EM構造に基づくNSD3阻害薬の構造ガイデッド開発が初めて現実的な選択肢となった。NSD1の共有結合阻害薬が前年に報告されたことも、NSDタンパク質選択的阻害の実現可能性を示す。NSD3に「依存 (addicted)」した肺SQCC細胞では、NSD3阻害がH3K36me2低下とがん遺伝子発現抑制という治療的機序を持つと考えられる。一方、全てのH3K36メチルトランスフェラーゼを一括阻害すると、腫瘍抑制遺伝子であるSETD2などの機能も阻害してしまうリスクがあるため、NSD2・NSD3選択的阻害によるH3K36メチル化の正常化 (リンパ系・肺SQCCそれぞれで) というアプローチの重要性が強調された。
残された課題として、NSD2とNSD3の標的遺伝子の重複と差異のさらなる解明が挙げられる。また、H3K36me2の正常細胞における発達・分化制御機能と、腫瘍における役割の区別も重要である。最後に、NSD2/NSD3阻害薬の選択性、in vivoでの有効性、および安全性に関する臨床前検証が今後の研究方向性として不可欠である。
方法
本稿は、Yuan et al. Yuan et al. Nature 2021とLi et al.の2つの原著論文の知見を解説・統合するCommentaryであるため、具体的な実験方法の記述は該当しない。原著論文では、Yuan et al.がマウスモデルとヒト腫瘍検体を用いたin vivoおよびin vitro実験により、NSD3の肺扁平上皮癌における腫瘍遺伝子としての機能、遺伝子コピー数増加やミスセンス変異による活性化、H3K36ジメチル化の亢進、およびがん関連遺伝子発現への影響を解析した。具体的には、ゲノムプロファイリング技術を用いてH3K36me2のゲノムワイドな分布と遺伝子発現との相関を評価し、NSD3欠失による細胞増殖障害とマウス腫瘍形成抑制を観察した。一方、Li et al.はcryo-電子顕微鏡 (cryo-EM) を用いて、NSD3の正常型およびがん関連変異型がヌクレオソームに結合した状態の原子分解能構造を解析した。この構造解析により、NSD3がヌクレオソーム上のH3K36を特異的にメチル化するメカニズムや、がん関連ミスセンス変異が触媒活性を増大させる構造的基盤が解明された。また、NSD2とNSD3の触媒ドメインの類似性も比較検討された。本Commentaryはこれらの原著論文のデータと解釈に基づき、H3K36メチル化ががんのエピジェネティックな駆動因子として機能するメカニズムと、その臨床的意義について考察している。