• 著者: Yuan G, Flores NM, Hausmann S, Lofgren SM, Kharchenko V, Angulo-Ibanez M, Sengupta D, Lu X, Mazur PK, Gozani O
  • Corresponding author: Ning-Yi Shao; Łukasz Jaremko; Mazur PK; Gozani O (Stanford University / MD Anderson Cancer Center)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-03
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33536620

背景

肺扁平上皮癌 (LUSC: Lung Squamous Cell Carcinoma) における染色体8p11-12領域の増幅は最も一般的な体細胞遺伝子変異の一つであり、TCGA et al. Nature 2012 (The Cancer Genome Atlas) 解析で約20%の症例に観察される。この増幅域に位置するFGFR1 (Fibroblast Growth Factor Receptor 1; 線維芽細胞増殖因子受容体1) が長年にわたってこの増幅の主要ドライバーとして想定され、複数のFGFR1阻害薬が臨床試験に進んだ。先行研究として、Weiss et al. 2010 (Sci Transl Med) はFGFR1増幅がポジティブ選択を受けており、阻害薬感受性があると報告し、Paik et al. 2012 (Lancet Oncol) では第I相試験でのFGFR1阻害薬投与が実施された。しかし複数のFGFR1阻害薬の臨床試験はことごとく有意な奏効率を示せず失敗に終わった。先行研究から真のドライバー遺伝子の再検討が急務であったが、8p11-12アンプリコン内の他の遺伝子の発がん的役割は実験的に未検証であった (knowledge gap)。同アンプリコン内に位置するNSD3 (Nuclear receptor Set Domain containing protein 3) は、ヒストンH3 (Histone 3) のリジン36にジメチル基を付加し、H3K36me2 (Histone lysine-36 dimethylation mark) を介してクロマチン構造を制御するヒストンメチルトランスフェラーゼであり、NSD1・NSD2との同族体である。Jaffe et al. 2013 (Nat Genet) らの先行研究でNSD2の超活性点変異E1099K (Enzyme variant, gain-of-function) が多発性骨髄腫を促進することが報告されていたが、NSD3の発がん機能は実験的に検証されていなかった。またNSD3にはがん患者ゲノムで触媒ドメインに複数の点変異が記録されており、その機能的影響も不明であった。

目的

8p11-12増幅LUSCにおけるNSD3とFGFR1の発がん的役割を遺伝学的・生化学的に比較検証し、NSD3がLUSCの主要ドライバーであることを証明すること。またがん患者ゲノムで同定されたNSD3触媒ドメイン変異体のうち超活性型を同定し、その分子メカニズムを解明すること。さらにNSD3依存性LUSC細胞の治療脆弱性を探索し、臨床的に適用可能な治療戦略を提案すること。

結果

NSD3はFGFR1に代わる真のドライバー:TCGAのLUSCデータセット解析 (n=85 patients) により、NSD3遺伝子増幅はmRNA発現と強い正の相関を示すことが確認された (Spearman ρ>0.6、p<0.001)。一方FGFR1は増幅とmRNA発現の間に有意な相関を示さなかった (Fig. 1a-b)。8p11増幅LUSC細胞株H520においてNSD3ノックダウンは異種移植腫瘍の増殖を著しく抑制したが (腫瘍体積 >70%減少)、FGFR1ノックダウンは効果を示さなかった (Fig. 2c-e)。PSCマウスモデル (PI3K活性化・SOX2過剰発現・CDKN2A/B欠失の三重改変LUSC発症モデル) において、PSC-NSD3-KOマウスは腫瘍増殖・がん細胞増殖を有意に抑制し、アポトーシスを増加させた (n=15 mice per group)。生存期間はNSD3欠失によって有意に延長され (中央値257日 vs PSC対照200.5日、28%延長、log-rank p<0.05)。一方FGFR1欠失は生存期間に影響を与えなかった (PSC-FGFR1-KO 中央値202.5日 vs 対照200.5日、差なし) (Fig. 2f)。これらの結果はNSD3がFGFR1に代わる8p11-12増幅LUSCの真のドライバーであることを in vivo で確立した。

NSD3(T1232A)は超活性型がん関連変異体:TCGAで記録されたn=35のNSD3触媒ドメイン変異を試験管内H3K36メチル化アッセイでスクリーニングした結果、T1232A変異体が最高のH3K36ジメチル化活性を示した (野生型比 約3-fold増強) (Fig. 3a-b)。NSD3-SET(T1232A)はH3K36me2産生に特化した超活性変異体であり、H3K36me1産生・他のリジン部位のメチル化は保持しつつ、ヌクレオソームへの基質選択性も維持していた。NMR解析では、T1232A置換が触媒ドメイン全体にわたる広範な主鎖動力学変化を誘起し、自己抑制コンホメーションを解除してH3基質へのアクセス性を向上させることが判明した (Fig. 3c-d)。PSCマウスへのNSD3(T1232A)ノックイン実験では腫瘍形成を加速させ、PSC-NSD3(T1232A)マウスの中央値生存期間は145日 (vs PSC対照200.5日、28%短縮、p<0.05) であり、腫瘍量は約10-fold以上増加した (Fig. 3e-f)。ゲノムワイドChIP-seq (ChIP-seq、H3K36me2) ではNSD3(T1232A)が広範なクロマチンランドスケープをリモデリングし、HOX遺伝子群等のがん促進遺伝子発現プログラムを誘導することが示された (Fig. 4a-d)。

BETブロモドメイン阻害への超感受性:NSD3増幅 (n=12 samples; PDX) およびT1232Aバリアント (n=1 sample; PDX) を含むn=37 PDXモデルを用いた285種の阻害薬スクリーニングにより、NSD3増幅またはT1232Aバリアントを持つPDXはBETブロモドメイン阻害薬に対して最高の差次感受性を示した (Fig. 5a-b)。BD2選択的BET阻害薬AZD5153の2.5 mg/kg経口投与はNSD3増幅PDXおよびT1232A PDXモデルで腫瘍増殖を有意に抑制した (腫瘍体積減少 >60%、t検定 p<0.01)。対照的に、NSD3非増幅LUSCモデルではAZD5153の効果が減弱した (Fig. 5c-e)。NSD3依存的なH3K36me2主導のクロマチンリモデリングがBRD4等のBETブロモドメインタンパクへの転写依存性を高めることが感受性の分子基盤として提案された。Epigenetic-therapy-resistance の観点から、NSD3増幅は CRISPR-screen 等の系統的探索と組み合わせることで、エピジェネティック標的療法への新たな感受性予測因子となり得る。

NSD3超活性とNSD2超活性変異の類似性:NSD3(T1232A)は、多発性骨髄腫で頻繁に観察されるNSD2 (NSD Family member 2) の超活性変異 (NSD2 E1099K) と機能的に類似したH3K36me2主導のがん促進機構を示した。H3K36me2の領域拡大がHOX遺伝子群等のがん促進遺伝子の転写をドライブし、Polycomb抑制状態の解除を介して上皮癌特異的な遺伝子発現プログラムを確立することが、ChIP-seqとRNA-seq統合解析から示された (Fig. 4e-g)。転写活性増加 (fold change >2.0) を示す遺伝子の多くがH3K36me2高密度領域に位置し、がん促進経路 (MAPK, PI3K) に関連していた。この知見は、HMT (Histone methyltransferase) ファミリーにおけるがん関連超活性変異の共通メカニズムという新たな概念的枠組みを提供する。

考察/結論

本研究は本研究で初めて、LUSCにおける8p11-12アンプリコンの真のドライバーがFGFR1ではなくNSD3であることを遺伝学的に確立した (first to demonstrate in vivo genetic evidence)。先行研究 (Weiss et al. 2010, Paik et al. 2012) がFGFR1をドライバーと仮定してきたのと異なり、本研究はTCGA発現相関データ・マウス遺伝学・PDXを組み合わせた多層的アプローチで誤仮説を覆した。FGFR1阻害薬の臨床試験が複数回失敗した根本原因を「真のドライバー遺伝子の誤同定」というエピゲノム的観点で説明することに成功し、がん種ドライバー選択の誤りを起因とする臨床開発失敗の典型的な教訓を提示した。

NSD3(T1232A)はNSD2(E1099K) (多発性骨髄腫の超活性変異) と機能的に類似した超活性変異メカニズムを示す点で、先行研究のNSD2研究と異なり、HMTファミリーの「自己抑制解除による触媒過活性」という共通原理をNSD3-LUSC系で独立して実証した。H3K36me2の広範な分布拡大がPolycomb抑制を解除して上皮癌特異的転写プログラムを駆動するという知見は、エピゲノム制御ネットワークを標的とする新しい治療戦略の論理的基盤を提供する。

臨床応用の観点では、BET阻害薬 (AZD5153等のBD2選択的阻害薬) がNSD3増幅またはT1232Aバリアントを持つLUSC患者に対する合理的な治療候補となる可能性がある。NSD3増幅はTCGAデータでLUSCの約20%に観察されるため、本研究の結果は相当数の患者に直接的な臨床的含意を持つ。NSD3増幅の検出は既存のCGH (Comparative Genomic Hybridization) ・NGS (Next-Generation Sequencing) 検査で可能であり、患者選択バイオマーカーとしての実用性は高い。残された課題として、NSD3触媒ドメインを直接標的とする小分子阻害薬の開発、H3K36me2クロマチンシグネチャーを用いた患者層別化バイオマーカーの臨床的確立、他の8p11-12増幅がん種 (乳癌・胃癌) でのNSD3発がん役割の検証、およびNSD3依存性LUSCに対するBET阻害薬と既存療法の併用効果の前臨床・臨床評価が今後の課題として挙げられる。

方法

TCGAのLUSC公開データセット (n=85 patients; LUSC cohort) でNSD3・FGFR1の増幅頻度・mRNA発現相関・予後相関を解析した (ログランク検定・Spearman相関)。発がん機能の in vivo 検証にはCRISPR-Cas9 (Cas9: CRISPR-associated protein 9) による条件的ノックアウトマウスモデルを用い、PI3K (Phosphatidylinositol-3-kinase) 活性化・SOX2過剰発現・CDKN2A/B欠失をバックグラウンドとするLUSC優先発症マウス (PSC (Preclinical Squamous Cancer) モデル) にNSD3またはFGFR1の条件的KO (Cas9+sgRNA (single guide RNA) 対) を導入した (PSC-NSD3-KO / PSC-FGFR1-KO、各群n=15以上)。機能解析では8p11増幅LUSC細胞株H520 (NCI-H520; ヒト肺扁平上皮癌細胞株) を使用し、shRNA (short hairpin RNA) ノックダウンおよびCRISPR KOで増殖・異種移植を評価した。PSCモデルはPI3K活性化/Sox2過剰発現/Cdkn2a欠失の三重改変C57BL/6マウスである。NSD3触媒ドメイン変異のスクリーニングには、TCGAで記録されたn=35変異体を試験管内メチル化アッセイで評価した。NSD3(T1232A)についてはNMR解析で構造動力学変化を解析し、ゲノムワイドH3K36me2プロファイリング (ChIP-seq (Chromatin Immunoprecipitation Sequencing)、ChIP-seq) を実施し、RNA-seqと統合解析した。治療感受性試験ではNSD3増幅またはT1232Aバリアントを持つPDX (Patient-Derived Xenograft; 患者由来異種移植) モデル (n=1 T1232A, n=12増幅、計n=37 PDXモデル) で285種の阻害薬をスクリーニングし、BET (Bromodomain and Extra-Terminal domain) ブロモドメイン阻害薬 AZD5153 (2.5 mg/kg) による in vivo 効果を評価した。統計解析にはlog-rank検定、t検定、Wilcoxon検定を用いた。