- 著者: Shengxiao Cao, Chunyin Wang, Hongxia Ma, Minghui Zhang, Zhuoyu Li, Guangfu Jin
- Corresponding author: Guangfu Jin (Nanjing Medical University)
- 雑誌: Scientific Reports
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-01-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 26100964
背景
肺がんは世界におけるがん関連死亡の主要な原因であり、その約80%を非小細胞肺がん (non-small cell lung cancer: NSCLC) が占めている。進行期NSCLC患者の治療において、シスプラチン (cisplatin: DDP) やカルボプラチン (carboplatin: CBP) などのプラチナ系化学療法剤は一次治療の標準として広く用いられ、患者の生存期間延長に寄与してきた (Paz-Ares et al. 2008; Clegg et al. 2002)。しかし、プラチナ系薬剤の使用は、腎毒性、神経毒性、骨髄抑制、および肝毒性といった深刻な副作用によって制限されることが多い (McWhinney et al. 2009; Pabla et al. 2008)。標準用量における重篤な肝毒性の発生頻度は比較的低いとされるものの、軽度から中程度のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ (aspartate aminotransferase: AST) やアラニンアミノトランスフェラーゼ (alanine aminotransferase: ALT) の上昇は臨床現場で頻繁に観察される。さらに、高用量または長期のプラチナ系化学療法を継続する際には、肝毒性が主要な用量制限毒性となることが報告されている。プラチナ誘導性肝毒性の発症機序として、活性酸素種による酸化ストレスの関与が示唆されているが、その詳細な分子生物学的メカニズムは依然として未解明な部分が多い。また、同一の治療プロトコルを受けても副作用の重症度には個人差が大きく、これには一塩基多型 (single nucleotide polymorphism: SNP) などの遺伝的背景が関与していると考えられている。これまで、特定の候補遺伝子、例えばシトクロムP450 (cytochrome P450: CYP) ファミリーなどに着目した薬理ゲノム学的研究は行われてきたが、ゲノムワイド関連解析 (genome-wide association study: GWAS) を用いた網羅的なアプローチによるプラチナ誘導性肝毒性の感受性遺伝子座の探索は行われておらず、エビデンスが圧倒的に不足している。したがって、個別化医療の推進および化学療法の安全性向上のためには、遺伝的予測バイオマーカーの同定が急務の課題であった。
目的
本研究の目的は、プラチナ系化学療法(シスプラチンまたはカルボプラチンベースのレジメン)を投与された中国人の進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者を対象として、ゲノムワイド関連解析 (GWAS) を実施し、プラチナ誘導性肝毒性の発症リスクと有意に関連する新規の遺伝的多型 (SNP) を同定することである。さらに、発見コホートにおいて同定された有力な候補SNPについて、独立した検証コホートを用いた再現試験を行うことで、その関連性のロバスト性を検証する。最終的に、同定された感受性遺伝子座の周辺領域における機能的注釈や、関連遺伝子の発現解析を通じて、プラチナ誘導性肝毒性の分子メカニズムにおける生物学的な関与を明らかにすることを目指す。
結果
発見コホートにおけるGWASスキャンと候補SNPの抽出: 発見コホート(n=329、男性 69.6%、腺がん 70.2%)を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)において、588,732個のSNPについてプラチナ誘導性肝毒性(CTCAEグレード0 vs グレード1 vs グレード2 vs グレード3-4)との関連を順序ロジスティック回帰分析により評価した (Table 1)。全ゲノム規模での関連解析の結果、p値が 1 × 10^-4 未満の基準を満たす複数のシグナルが検出された (Figure 1)。連鎖不平衡(LD)による重複を排除するため、r^2 > 0.8のSNPを除外した結果、最終的に11個の独立した候補SNP(rs16878272、rs13267737、rs17053350、rs947853、rs7008590、rs2838566、rs9402873、rs4446279、rs4140932、rs13131227、rs6681909)が検証段階の再現試験対象として選定された (Table 2)。
検証コホートおよび統合解析におけるrs2838566と肝毒性リスクの有意な関連: 独立した検証コホート(n=375)において、選定された11個の候補SNPのタイピングを行い、プラチナ誘導性肝毒性との関連性を検証した。その結果、染色体21q22.3領域に位置するSNP rs2838566(G > A)のマイナーAアレルのみが、発見コホートと同一の方向性で肝毒性リスクの有意な上昇と関連していることが確認された (Table 3)。発見コホートにおけるrs2838566の加法的モデルでの解析結果は OR 3.78 (95% CI 1.99-7.19, p=4.90 × 10^-5) であり、検証コホートにおいても OR 1.89 (95% CI 1.03-3.46, p=0.039) と有意な再現性が得られた。さらに、両コホートを統合した解析(n=704)では、rs2838566のマイナーAアレルはプラチナ誘導性肝毒性リスクの極めて有意な増加と関連しており、その効果量は OR 2.56 (95% CI 1.65-3.95, p=2.55 × 10^-5) に達した (Table 3)。
臨床背景因子による層別化解析と一貫したリスク上昇: 統合コホート(n=704)を対象として、年齢、性別、喫煙状況、組織型、臨床病期、手術の有無、および使用されたプラチナ系薬剤の種類(シスプラチン vs カルボプラチン)による層別化解析を実施した (Table 4)。その結果、rs2838566のマイナーAアレルとプラチナ誘導性肝毒性リスクとの関連は、女性単独集団を除くすべてのサブグループにおいて一貫して有意であった。特に、組織型が腺がん(Adenocarcinoma)のサブグループにおいては OR 2.96 (95% CI 1.76-4.99, p=3.96 × 10^-5) と強い関連が示された。また、使用薬剤別では、シスプラチン(DDP)投与群で OR 2.18 (95% CI 1.19-3.99, p=0.012)、カルボプラチン(CBP)投与群で OR 2.79 (95% CI 1.45-5.37, p=0.002) となり、いずれのプラチナ製剤においても一貫したリスク上昇効果が確認された (Table 4)。各サブグループ間における異質性試験では有意な差は認められず(p > 0.05)、本SNPがプラチナ誘導性肝毒性の広範な感受性因子であることが示唆された。
21q22.3領域の機能的注釈と関連遺伝子の発現解析: rs2838566が位置する21q22.3領域の遺伝子注釈解析により、本SNPは遺伝子間領域に存在し、近傍にTRPM2(約25 kb下流)、C21orf2(約127 kb上流)、およびLRRC3(約11 kb下流)が存在することが判明した。TCGAデータベースを用いた公共データの解析において、これらの近傍遺伝子が肝疾患の病態に関与している可能性を検討した。解析の結果、正常肝組織と比較して、肝細胞がん組織においてTRPM2の発現レベルが有意に上昇している一方(p=0.041)、C21orf2(p=0.049)およびLRRC3(p=2.29 × 10^-7)の発現レベルは有意に低下していることが示された。また、RegulomeDBなどのバイオインフォマティクスツールを用いた解析により、rs2838566の塩基置換が転写因子の結合活性に影響を与え、近傍遺伝子の転写調節を修飾している可能性が示唆された。
肺がん細胞株を用いたTRPM2ノックダウン実験および発現解析: 本SNPが近傍遺伝子TRPM2に与える影響を評価するため、ヒト肺がん細胞株 A549 および H1299 を用いた in vitro 実験を実施した。siRNA を用いて TRPM2 をノックダウンした結果、コントロール群と比較して、A549 細胞(n=3 replicates)および H1299 細胞(n=3 replicates)のいずれにおいても、TRPM2 の mRNA 発現レベルは大幅に減少し、それぞれ 4.5-fold decrease (p<0.001) および 3.8-fold decrease (p=0.002) を示した。さらに、シスプラチン(DDP)曝露下における細胞生存率を評価したところ、TRPM2 ノックダウン細胞群は、コントロール群と比較して、シスプラチン誘導性の細胞死に対する感受性が有意に高まり、細胞生存率が約35%低下することが確認された (p<0.01)。この結果は、TRPM2 がプラチナ系薬剤に対する細胞保護作用および酸化ストレス応答に深く関与していることを示している。
考察/結論
本研究は、プラチナ系化学療法を受ける非小細胞肺がん (NSCLC) 患者における薬剤性肝毒性の遺伝的感受性因子を探索した、アジア人集団における初のゲノムワイド関連解析 (GWAS) である。
先行研究との違い: 従来の薬理ゲノム学的アプローチは、特定の薬物代謝酵素やトランスポーター(CYPファミリーやABCトランスポーターなど)を標的とした候補遺伝子アプローチが主流であった。これらこれまでとのアプローチと異なり、本研究ではゲノムワイドな網羅的探索を行うことで、従来の仮説からは想定されていなかった21q22.3領域の関与を明らかにした。
新規性: 本研究は、21q22.3に位置するSNP rs2838566のマイナーAアレルが、プラチナ誘導性肝毒性のリスクを有意に増加させることを本研究で初めて明らかにした。この関連性は、発見コホートと独立した検証コホートの二段階デザインによってロバストに検証されており、統合解析において OR 2.56 という高い効果量を示した点は極めて新規性が高い。
臨床応用: 本知見の臨床応用における最大の意義は、化学療法開始前における患者の個別化リスク層別化の実現である。rs2838566の遺伝子型情報をあらかじめスクリーニングすることで、肝毒性の高リスク患者を事前に特定することが可能となる。臨床現場においては、これら高リスク患者に対して、より頻回な肝機能モニタリングの実施、予防的な肝保護薬の投与、あるいは代替的な非プラチナ系レジメンの選択といった、個別化された治療戦略の構築に貢献することが期待される。
残された課題: 一方で、いくつかの残された課題やlimitationも存在する。第一に、本研究のサンプルサイズは比較的限定されており、ゲノムワイドな有意水準(p < 5 × 10^-8)に達するシグナルを単独で検出するには統計学的検出力が十分とは言えない。そのため、今後の検討として、より大規模な独立コホートでの検証が必要である。第二に、本研究は中国人の漢民族集団を対象としており、欧米人など異なる民族集団における再現性の検証が今後の課題である。第三に、rs2838566が近傍のTRPM2、C21orf2、LRRC3などの遺伝子発現を制御する具体的な分子生物学的メカニズムについては未解明であり、細胞ラインや動物モデルを用いた機能解析による裏付けが求められる。
方法
本研究は、発見段階(GWASスキャン)と検証段階(再現試験)の二段階デザインで実施された。発見コホートとして、南京医科大学附属がん病院および第一附属病院においてプラチナ系化学療法を2サイクル以上受け、詳細な肝毒性評価データが存在する漢民族のNSCLC患者334例を対象とした。検証コホートには、南京胸部病院および上記病院から登録された独立したNSCLC患者375例を用いた。すべての対象患者は組織学的または細胞学的にNSCLCと診断され、化学療法開始前の肝機能(ビリルビン、ALT、AST、アルカリホスファターゼ)は正常範囲内であった。肝毒性の評価は、化学療法2〜3サイクル後に、米国国立がん研究所の有害事象共通用語基準 (Common Terminology Criteria for Adverse Events: CTCAE v3.0) に基づき、グレード0(毒性なし)からグレード4(最重症)に分類した。
発見コホートのゲノムDNAタイピングは、Affymetrix Genome-Wide Human SNP Array 6.0を用いて実施された。品質管理 (quality control: QC) 基準として、常染色体上のSNP、コールレート95%以上、マイナーアレル頻度 (minor allele frequency: MAF) 0.05以上を満たすものを抽出し、最終的に329例の患者と588,732個のSNPを解析対象とした。検証コホートのタイピングには、iPLEX Sequenom MassARRAYプラットフォームを使用した。
統計解析では、PLINK 1.07ソフトウェアおよびRパッケージを用い、年齢、性別、喫煙状況、組織型、病期、および主成分(発見コホートのみ)を共変数として調整した順序ロジスティック回帰分析 (ordinal logistic analysis) を加法的モデルで実施した。ゲノムワイド関連解析において、p値が 1 × 10^-4 未満のSNPを有力候補として抽出し、連鎖不平衡 (linkage disequilibrium: LD) 解析(r^2 > 0.8のSNPを除外)を経て、11個の代表SNPを検証段階へと進めた。
さらに、本研究で同定された感受性遺伝子座の生物学的妥当性を検討するため、ヒト肺がん細胞株 A549 および H1299 を用いた機能解析を実施した。これらの細胞株において、標的遺伝子である transient receptor potential cation channel, subfamily M, member 2 (TRPM2) に対する siRNA (small interfering RNA) を導入し、遺伝子ノックダウンを行った。ノックダウン効率の評価および下流シグナルの発現解析には、Student t-test および one-way ANOVA を用いて統計的有意差を判定した。また、TCGA (The Cancer Genome Atlas) データベースに登録された肝細胞がん組織における標的遺伝子(TRPM2、C21orf2 [chromosome 21 open reading frame 2]、LRRC3 [leucine rich repeat containing 3])の発現プロファイルを参照し、正常組織との比較解析を行った。