- 著者: Vishruth Girish, Anuja A. Lakhani, Sophia L. Thompson, Steven Sheltzer (他多数)
- Corresponding author: Jason M. Sheltzer (Yale School of Medicine, New Haven, CT, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-06-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 37410869
背景
染色体の数的異常 (異数性、aneuploidy) はほぼすべての固形がんに認められ、がんの最も普遍的な遺伝的特徴の一つである。特定の染色体ゲインは多くのがん種で繰り返し認められる (例:1q、8q、20qゲイン) が、これらのゲインが実際にがん細胞の増殖・生存に必須であるか (oncogene-like addiction)、あるいは単なる「乗客」変異として存在するかは未解明であった。異数性を実験的に除去してがん細胞への影響を調べる技術的手段がなかったことが、この問いに答える上での最大の障壁であった。これまでの研究では、がん遺伝子依存性 (oncogene addiction) の概念が確立され、特定の遺伝子を標的とすることでがんの退縮を誘導できることが示されてきたが (Weinstein etol. Science 2002)、染色体レベルの異数性に対する同様の依存性については不明であった。また、特定の染色体ゲインを持つがんにのみ有効な治療法 (染色体ゲイン特異的脆弱性) の開発も不足していた。異数性が腫瘍形成を促進するのか、あるいは抑制するのかについては、依然としてcontroversialな議論が続いており (Vasudevan et al. Nat Rev Cancer 2021)、その機能的意義を直接的に検証する実験的手法が求められていた。
目的
新規染色体工学ツール「ReDACT (Restoring Disomy in Aneuploid Cells using CRISPR Targeting) 」を開発し、がん細胞から特定のトリソミー染色体 (1qゲイン) を正確に除去することで、1qトリソミーの悪性形質維持への寄与を実験的に証明すること。さらに1qトリソミーに依存したがん細胞の特異的治療脆弱性を同定すること。
結果
1qトリソミーは悪性増殖に必須である: ReDACTにより1qダイソミーに変換したA2058およびA2780細胞では、トリソミー細胞と比較して異種移植腫瘍サイズが平均25倍低下した (p<0.005) (Fig. 2E)。足場非依存性コロニー形成 (軟寒天培養) でもダイソミー細胞の形成コロニー数は80%超減少した (p<0.005) (Fig. 2D)。これは1qゲインがin vivo/in vitroの悪性形質維持に不可欠なoncogene-like addictionを示す。非悪性MCF10A細胞では、HRAS G12Vによる悪性形質転換が1qトリソミーの存在に依存しており、1qダイソミー細胞では腫瘍形成能が著しく損なわれた (Fig. 2H)。A2058細胞における7pまたは8qトリソミーの除去では、腫瘍増殖の低下は認められたものの、1qトリソミー除去と比較してその効果は軽度であった (約2倍の腫瘍サイズ低下 vs. 30倍低下) (Fig. 3D)。
MDM4-p53経路が主要なメカニズムである: 1q染色体上に位置するMDM4 (MDM4 oncogene, E3 ubiquitin protein ligase) (p53のネガティブレギュレーター) がトリソミー細胞で2倍に過剰発現し、p53タンパク質を抑制していることが示された。ダイソミー変換後にp53活性が回復し、アポトーシス遺伝子発現が上昇した (Fig. 5A, B)。MDM4の外因性過剰発現はReDACTによる増殖抑制をレスキューし、逆にMDM4ノックダウンはトリソミー細胞の増殖を著しく阻害した (Fig. 5I, N)。TCGAデータ (n=10,967例) およびMSK-IMPACT (n=49,351例) の解析から、1qゲインとTP53変異ははっきりした相互排他的パターンを示した (オッズ比 (OR) 0.42, P<0.001) (Fig. 5D)。これは1qゲインとTP53変異が同様のp53経路抑制効果を持ち、両方存在する場合は選択的劣位となることを示し、MDM4メカニズムを強力に支持する。
UCK2過剰発現による治療脆弱性が発見された: 1,176薬剤スクリーニングにより、ヌクレオシドアナログ (3-deazauridine、fludarabineを含む複数のCTP/UTP類似体) に対してトリソミー細胞が著しく高感受性 (>10倍) を示すことが判明した (Fig. 6D)。1q上のUCK2 (uridine-cytidine kinase 2) が3コピー存在することで酵素活性が増大し、ヌクレオシドアナログのリン酸化 (毒性活性化) が亢進することがメカニズムとして示された。UCK2発現量と3-deazauridine感受性は強い正の相関を示し (Pearson r=0.82)、この治療脆弱性が1qゲイン特異的であることを確認した (Fig. 6B, F)。MCF10A細胞を用いた競争アッセイでは、3-deazauridine 500 nM処理により、1qトリソミー細胞の割合が9日間で75%から4%に減少した (p<0.005) (Fig. 6F)。
染色体再獲得による選択圧が確認された: 1qダイソミーA2058細胞をヌードマウス (n=82匹) に移植した結果、82個の異種移植片のうち65個 (79%) で1q染色体の再獲得が認められた (Fig. 4A)。これは、失われた1q異数性を回復させる強い選択圧が存在することを示唆する。再獲得された1qトリソミーを持つ細胞は、1qダイソミー細胞と比較して足場非依存性増殖能が回復した (Fig. 4C)。HCT116 8qダイソミー細胞の異種移植では、8qトリソミーの再獲得は認められなかったが、7/13 (54%) の腫瘍でKRAS G13Dアレルを含む12番染色体トリソミーの新規獲得が観察され、これにより増殖能が回復した (Fig. 4G, H)。
考察/結論
本研究は、ReDACTという新規染色体工学ツールを開発し、特定の染色体ゲインが単なる「乗客」変異ではなく、oncogeneと同様にがん細胞が「依存」する必須の異常であることを実験的に初めて証明した。この方法論的革新は、これまで不可能であった染色体数変化の因果的役割の解析を可能にし、異数性研究の新たなパラダイムを開いた。
先行研究との違い: これまでの研究では異数性ががん細胞にとって有害か有利かという議論がcontroversialであったが (Vasudevan et al. Nat Rev Cancer 2021)、本研究は少なくとも1qゲインについては、悪性形質維持に必須であり、選択的有利に働くことを実験的に解決した点で、先行研究と異なる。また、Vogelstein et al. Science 2013やMcGranahan et al. SciTranslMed 2015ががんゲノムにおけるコピー数異常のパターンを記述したのに対し、本研究はこれらの異常の機能的意義と依存性を直接的に操作して示した。
新規性: 本研究で初めて、1qトリソミーが悪性増殖に必須であることを示し、そのメカニズムとしてMDM4の過剰発現によるp53シグナル伝達の抑制を同定した。さらに、1qゲインを持つ癌細胞がUCK2の過剰発現を介して特定のヌクレオチドアナログ(RX-3117、3-デアザウリジン)に対して選択的な感受性を示すという新規の治療脆弱性を発見した。これはこれまで報告されていない知見である。また、1qトリソミーが悪性形質転換を直接的に促進することも初めて実証された。
臨床応用: MDM4-p53軸という既知経路を通じた作用機序は、現在臨床開発中のMDM4阻害剤と1qゲイン腫瘍の組み合わせ治療の合理的根拠を提供する。UCK2-ヌクレオシドアナログ感受性は、1qゲインを持つ腫瘍 (乳がん、卵巣がん、肝細胞がんで頻度高) に対する新たな精密医療戦略として有望である。RX-3117はすでに臨床試験中であり、本研究の知見は1qゲインをバイオマーカーとして患者選択に用いることで、臨床応用への道を拓く可能性がある。これにより、患者層別化に基づいた個別化医療の実現が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、現在のデータは主に細胞株およびマウス異種移植モデルに基づいており、患者腫瘍での有効性とin vivo毒性プロファイルの検証が必要である。また、他の繰り返し染色体ゲイン (8q、20q等) への同様のaddiction機構の一般性、免疫療法との組み合わせ効果、および1qゲイン定量化バイオマーカーとしての臨床的実装が残された課題である。さらに、異数性細胞における薬剤耐性獲得メカニズムの解明も今後の重要な研究方向性である。
方法
ReDACT技術の開発:染色体1qにCRISPR-Cas9を用いてセントロメア機能に必要な配列を欠失させ、余剰の第3コピーを細胞分裂時に選択的に除去する手法を開発した。この技術により1q3コピー (トリソミー) から2コピー (ダイソミー) への変換を達成した。ReDACT-NS (Negative Selection)、ReDACT-TR (Telomere Replacement)、ReDACT-CO (CRISPR Only) の3つのアプローチを開発し、ヒト細胞株から特定の異数性染色体を除去した。
モデル系:黒色腫 (A2058)、胃がん (AGS)、卵巣がん (A2780) の3種類のがん細胞株 (いずれも1qゲインを保有) においてReDACTを適用し、1qダイソミー体細胞クローンを作成した。in vitroの増殖、足場非依存性増殖、in vivoの異種移植モデルでの腫瘍形成能を比較評価した。非悪性乳腺上皮細胞株MCF10Aを用いて、HRAS G12V発現による悪性形質転換に対する1qトリソミーの影響も評価した。異種移植モデルでは、ヌードマウス (n=82) に細胞を皮下注射し、腫瘍体積を測定した。
メカニズム解析:RNAシークエンシング、プロテオミクス、フォスフォプロテオミクス、ChIP-seqによりトリソミー・ダイソミー間の分子的差異を解析した。1qゲインとTP53変異の相互排他性をTCGAおよびMSK-IMPACT患者データで解析した (n=75,000例以上)。p53機能欠損を予測する分類アルゴリズムを用いて、1qゲインとp53シグナル伝達抑制の関連を評価した。遺伝子発現解析にはedgeRパッケージ (Robinson et al. Bioinformatics 2010) およびclusterProfilerパッケージ (Wu et al. Innovation(Camb) 2021) を用いた。統計解析にはPearson相関係数およびカイ二乗検定を適用した。
治療脆弱性の同定:1,176種の薬剤を用いたハイスループットスクリーニングをトリソミー・ダイソミー間で実施し、差次的感受性薬剤を同定した。UCK2 (uridine-cytidine kinase 2) 遺伝子の発現とヌクレオシドアナログ感受性の関連を、CRISPRノックアウトおよび過剰発現実験、NCI-60細胞株パネルデータを用いて検証した。