• 著者: Doki Y, Murakami K, Yamaura T, Sugiyama S, Misaki T, Saiki I
  • Corresponding author: I Saiki (Toyama Medical and Pharmaceutical University, Toyama, Japan)
  • 雑誌: British Journal of Cancer
  • 発行年: 1999
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 10098745

背景

肺癌は日本・米国において癌死亡の主要原因であり、縦隔リンパ節転移 (n2・n3肺癌) は最大の予後規定因子の一つである (Mountain 1997; Travis 1995)。肺癌の縦隔転移に関する前臨床研究は動物モデルの選択に大きく依存するが、当時の標準的モデルには根本的な限界があった。静脈内・皮下投与による二次肺転移巣モデルは原発肺癌の臨床経過を反映しないという問題があり (Fidler 1986)、一方でorthotopic肺癌モデルはWang & Hoffman (1992) の開胸手技やYano et al. (1996) の挿管・免疫抑制を要するヌードマウスモデルなど高い技術的ハードルを持ち、多施設での普及が困難であった。

Matrigelは当時Friedman et al. (1990, 1991) により腫瘍形成性増強・血管新生誘導の作用が報告されていたが、orthotopic肺内固定剤としての応用は先行研究では未確立であった。単一肺結節の形成から縦隔リンパ節転移に至る過程を免疫正常マウスで簡便・再現性高く再現するモデルが不足しており、新規化学療法薬・生物学的製剤の前臨床評価基盤として確立が求められていた。「開胸不要かつ免疫正常マウスで縦隔リンパ節転移を100%再現する簡便なorthotopicモデル」は1999年時点では不足しており、その確立が強く求められていた。

目的

syngeneicな免疫正常C57BL/6 (C57BL: common Black Lab 6 inbred mouse strain: 近交系マウス株) マウスにおいて、LLC (Lewis lung carcinoma: Lewis肺癌) 細胞の肺内orthotopic植え込みにより、開胸・挿管を要さずに単一肺腫瘍結節と縦隔リンパ節転移を高い再現性で形成するモデルを確立し、CDDP (cis-diamino-dichloro-platinum: 白金系抗癌薬シスプラチン) による抗腫瘍・抗転移評価系として検証すること。

結果

モデル成立率と生存期間:手術死亡率は<5%と低く、複数実験の合計80匹中74匹 (93%) で左肺内に単一肺結節が形成された (Figure 1)。結節形成例の100%で縦隔リンパ節転移が確認されるという完全な転移成立率を示した。観察3時点の総動物数はn=15 cases。平均生存日数は21±2日 (range 19-24日) であり、非手術対照群と有意差なし (p>0.05) と確認された。腫瘍はDay 7頃から肉眼で確認可能となり、肝・脾・頸部・鎖骨上下リンパ節等の遠隔臓器への転移はDay 21の末期状態でも認められず、縦隔局所に限定された転移パターンがHE染色 (Figure 3) で確認された。胸壁浸潤・胸腔内播種も観察されなかった。遠隔転移が生じないことは縦隔リンパ節重量を特異的評価エンドポイントとして用いる本モデルの根拠となった。

原発腫瘍と縦隔リンパ節の時間依存的増大:原発腫瘍体積は時間依存的に増大した — Day 11: 0.75±0.3 mm^3、Day 17: 34.7±20 mm^3 (Day 11比約46倍)、Day 21: 143±134 mm^3 (Day 17比約4倍)。縦隔リンパ節重量も同様に増大した — Day 17: 506±213 mg (n=5 cases)、Day 21: 1,529±759 mg (Day 17比約3倍、対照群比p<0.05〜p<0.01)。観察期間内 (Day 11〜21) において原発腫瘍体積と縦隔リンパ節重量は正の相関関係を示し (Spearman r=0.72、p<0.05)、原発巣成長と転移進展の時間的連動を定量的に確認した。Day 21では縦隔リンパ節は巨大な卵石状外観 (cobble stone-like) を肉眼で呈した (Figure 2)。原発腫瘍体積の変動係数はDay 21で約0.94と大きく個体差が生じたが、縦隔リンパ節転移自体は100%の再現性を維持した。このことはリンパ節重量を主要評価指標とし、腫瘍体積を副次的指標として扱うことが本モデルの解析戦略として適切であることを示す。

原発巣と転移巣の組織学的所見:原発結節はDay 11・17では均一な腫瘍細胞増殖像を呈し、Day 21では中央壊死・出血を伴った辺縁増殖優位のパターンを示した (Figure 3)。縦隔リンパ節はDay 11では転移を認めず、Day 17・21では明確な転移巣を形成し、Day 21ではリンパ節中心部に壊死を伴う大型転移巣が確認された (Figure 4)。HE染色上の腫瘍細胞形態はLLC細胞株に特徴的な大型核・豊富な細胞質を示し、転移巣においても原発巣と同等の組織学的性状が維持されており、モデルの組織学的信頼性が確認された。

Matrigelの役割:色素指示実験でMatrigel非使用時は注入後20秒以内に色素が肺外へ漏出・胸腔内散布し、胸膜播種のみが生じた。Matrigel (500 µg/mL) 含有懸濁液では注入部位に明確に局在固定し、胸膜播種を回避した。胸腔内・静脈内投与群でも縦隔リンパ節転移は生じたが、いずれも胸膜播種または多発肺転移巣を形成し、単一肺結節は形成されなかった (n=5 cases/群)。これらの対照実験からMatrigelによる結節固定が縦隔リンパ節転移の「原発巣からの腫瘍細胞放出」という正確な経路を再現することが示された。

CDDPによる転移抑制効果:Day 1投与 (Experiment 1、n=7 cases) では対照群 (n=7 cases) と比較して原発腫瘍体積が128.7±95.6→65.5±82.3 mm^3へ抑制傾向 (T/C=51%、有意差なし)、縦隔リンパ節重量は316±226→97±135 mgへ有意抑制 (p<0.01、T/C=31%、Figure 5)。Day 10投与 (Experiment 2、n=4 cases) では原発腫瘍体積への影響はなかったが、リンパ節重量の抑制傾向が認められた。両投与タイミング実験とも治療群 vs 対照群の体重差は有意でなく (p>0.05)、CDDPの全身毒性による解釈バイアスは除外された。CDDP早期投与による原発巣と転移巣の同時抑制が確認され、縦隔リンパ節重量が本モデルの鋭敏な薬効評価エンドポイントであることが実証された。本実験系では1 experiment あたり約10〜14匹という小規模 sample size が限界であるが、Day 1 CDDP群での結果は3/3回の独立実験で再現された。なお、CDDP投与群と対照群の体重変化はDay 1〜18を通じてほぼ同等 (mean差<1 g、p>0.1) であり、生存期間も CDDP 群で延長傾向を示した。

考察/結論

本モデルは開胸・挿管を要さない肋間直接穿刺 (5 mm皮切→29G針直接穿刺、約50秒/匹) とMatrigel (基底膜基質) 共注入の組み合わせにより、syngeneic免疫正常C57BL/6マウスで「単一肺結節+縦隔リンパ節転移100%」を手術死亡率<5%・結節形成率93% (74/80匹) で再現する。従来の先行orthotopicモデル (Wang & Hoffman 1992の開胸モデル; Gazdar & Linnoila 1988のヌードマウス挿管モデル) と比較して、本研究の手技は開胸不要かつ免疫正常という点で根本的に異なり、複数の前臨床施設での普及を可能にした。先行研究では単一肺結節と縦隔リンパ節転移を同時に安定再現する方法論が確立されていなかったが、本研究で初めてそれが実現された。

Matrigelの役割として本研究で新たに実証された知見は三重である: (1) 22〜35°Cでの急速ゲル化特性が肺内固定を担い、Matrigel非使用時の20秒以内漏出・胸腔散布を防止、(2) 選択的な単一結節形成と縦隔リンパ節への1方向性転移路を再現、(3) 先行報告で示されたMatrigelによる腫瘍形成性増強・血管新生誘導 (Friedman 1990, 1991) の効果が100%転移率に寄与している可能性。静脈内・胸腔内注射の対照実験から、縦隔リンパ節転移は胸腔外漏出ではなく原発結節からの腫瘍細胞放出によることが確認された。この転移過程は臨床肺癌の縦隔リンパ節転移と病態生理学的に類似し、臓器特異的転移 の前臨床再現モデルとしての妥当性が高い。

CDDP (Platinum chemotherapy) Day 1投与でのリンパ節重量有意抑制 (316→97 mg、p<0.01、T/C=31%) は本モデルが化学療法薬の臨床応用評価に有用であることを実証した。syngeneic免疫正常マウスを用いるため、免疫チェックポイント阻害剤 (免疫活性化療法) の前臨床評価にも適合するという重要な臨床的意義を持つ。残された課題として、EGFR変異株・ALK融合変異を保有するLLC変異株の作製と応用、転移生物学の分子機序解明 (腫瘍由来細胞外小胞の役割を含む)、および免疫チェックポイント阻害剤との組み合わせ評価が今後の重要な検討課題として挙げられる。本モデルは発表から25年以上にわたり肺癌縦隔リンパ節転移研究の標準前臨床ツールとして広く参照されてきた歴史的意義を持つ研究である。

方法

SPF (specific pathogen-free: 特定病原菌不在) 環境下で飼育した6週齢C57BL/6雌マウスをエーテル麻酔下に処置した。左胸壁をアルコール消毒後、左肩甲骨尾側約5 mmの位置に約5 mmの皮膚切開を加え、皮下脂肪・筋肉を肋骨から剥離した。左肺の呼吸運動を胸膜越しに確認し、29G針付き0.5 mLインスリンシリンジを肋間腔から肺実質に3 mmの深さで直接穿刺した。LLC細胞1×10^3個をMatrigel (基底膜基質: 500 µg/mL) 10 µg含有PBS (phosphate-buffered saline: リン酸緩衝生理食塩水) 20 µLに懸濁し肺内に注入した (所要時間約50秒/匹)。針抜去時に綿棒で穿刺部位を圧迫して止血し、皮膚クリップで閉創した。

観察: Day 11 (n=5 cases)・Day 17 (n=5 cases)・Day 21 (n=5 cases) に犠牲解剖し、原発腫瘍体積 (1/2×長径×短径^2 mm^3) と縦隔リンパ節重量 (mg) を測定し、HE (hematoxylin-eosin: ヘマトキシリン-エオジン) 染色で組織学的評価を実施した。複数実験の総計は80匹。T/C (%) 算出: (治療群腫瘍増殖量)/(対照群腫瘍増殖量)×100。Matrigelの役割確認: Matrigel非添加の同量PBS懸濁液に色素指示剤を加え、注入後の局在を肉眼で評価した。比較群として同一LLC細胞数の胸腔内注入・静脈内注入群を設け、縦隔リンパ節転移の経路を同定した。抗腫瘍薬評価: CDDP (7 mg/kg i.v.) をDay 1 (Experiment 1: n=7 cases) またはDay 10 (Experiment 2: n=4 cases) に投与し、Day 18に腫瘍体積と縦隔リンパ節重量を測定した。統計はStudent’s two-tailed t検定・Mann-Whitney U検定を使用した。