- 著者: Zhao W, Li J, Chen MJM, Luo Y, Ju Z, Nesser NK, Johnson-Camacho K, Boniface CT, Lawrence Y, Pande NT, Davies MA, Herlyn M, Muranen T, Zervantonakis IK, von Euw E, Schultz A, Kumar SV, Korkut A, Spellman PT, Akbani R, Slamon DJ, Gray JW, Brugge JS, Lu Y, Mills GB, Liang H
- Corresponding author: Gordon B. Mills (gmills@ohsu.org) (Knight Cancer Institute, Oregon Health & Science University), Han Liang (hliang1@mdanderson.org) (Department of Bioinformatics and Computational Biology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 33157050
背景
がん治療における薬剤応答メカニズムの解明には、ゲノム・トランスクリプトーム解析が広く用いられてきた。CCLE (Cancer Cell Line Encyclopedia) や GDSC (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer) といった大規模薬剤感受性データベース、および RNA 応答プロファイルを活用した Connectivity Map (L1000) は既に確立されている (Barretina et al. Nature 2012)。また、ゲノム情報と治療感受性の関連を体系化した先行研究 (Garnett et al. 2012) や、大規模な依存性マップの構築を試みた既報 (Tsherniak et al. 2017) も存在する。しかし、薬剤処理後のタンパク質発現変化、特にリン酸化などの翻訳後修飾の動態を大規模に捉えたリソースはこれまで報告されておらず、この知識ギャップ (knowledge gap) が、薬剤耐性機構の体系的理解や合理的な併用療法設計の妨げとなっていた。タンパク質はがん治療の主要な標的であり、薬剤作用後のシグナリングネットワークの適応的再配線を直接反映するため、その応答プロファイルの解明は極めて重要である。Reverse Phase Protein Array (RPPA) は抗体ベースの定量的プロテオミクスプラットフォームとして、高スループット・低コスト・高感度という特性をもち、大規模試料コレクションの解析に適している。既存のゲノム・トランスクリプトームデータは静的な情報を提供することが多いが、薬剤摂動後の動的なタンパク質応答を捉えることで、薬剤感受性や耐性メカニズムに関するより深い洞察が得られる可能性がある。この領域における大規模なデータリソースは依然として不足しており、動的なプロテオーム応答の体系的評価が未解明の課題として残されていた。本研究はこの不足を解消し、治療標的タンパク質の動態を網羅的にプロファイリングすることで、がん治療における新たなバイオマーカー探索の基盤を提供するものである。
目的
RPPA (Reverse Phase Protein Array) プラットフォームを用いて、多様ながん細胞株コレクションにおける臨床的に関連するタンパク質の薬剤摂動後応答を体系的にプロファイリングし、薬剤感受性予測力の向上、耐性機構の解明、および合理的な併用療法設計を支援する大規模かつ高品質なデータリソースを構築することを目的とする。具体的には、319 種類のがん細胞株に対し、臨床で用いられる多様な薬剤を処理した際のプロテオーム応答を定量化し、データベース化することで、静的なゲノム情報だけでは予測困難な適応的耐性経路の活性化パターンを明らかにし、治療効果を最大化する併用療法を予測するシステムを確立する。
結果
大規模高品質 RPPA 摂動応答データセットの構築と品質検証: 最終的に 319 のがん細胞株および 168 の化合物に対する 15,492 の QC 合格サンプル (11,884 drug-treated samples + 3,608 control samples) が取得された (Figure 1)。処理後タンパク質応答 (Δp) の再現性は複製サンプル間で平均相関 R = 0.87 と高く、質量分析および L1000 mRNA 応答との独立したクロスプラットフォーム検証でも高い一致が示された (Figure 2)。RPPAと質量分析間のタンパク質ペアの相関中央値は 0.50 であった (p = 7.8×10⁻¹¹)。MCF7 乳がん細胞の詳細解析では、ER (Estrogen Receptor) 阻害薬と PI3K/mTOR 阻害薬が MCF7 で最も高い感受性を示し、対応する標的経路 (TSC/mTOR、PI3K/AKT、ホルモンシグナル) が最も劇的なタンパク質応答変化を示した (Figure 3)。各薬剤グループは標的経路を特異的に阻害し、例えば Abl/Src/c-Kit 系は PI3K に、MEK (Mitogen-activated protein kinase kinase) 阻害は RAS/MAPK に作用した。
摂動後タンパク質応答による薬剤感受性予測力の向上: GDSC2 の薬剤感受性データと統合した解析では、Δp ベースの予測マーカー数が p0 ベースのマーカー数と比較して有意に多かった (paired t 検定 p = 1.38×10⁻³、7 薬剤対象) (Figure 5)。lapatinib と GSK690693 を対象とした elastic net モデルの leave-one-out 検証では、p0 + p1 統合モデルが最高性能を示し (lapatinib: p = 9.7×10⁻⁵;GSK690693: p = 0.021)、p1 単独モデルも p0 単独モデルを上回った (Figure 5)。時点別の解析では 8 時間以降のタンパク質応答が最も予測力に優れており、初期 (4 時間以内) の応答は標的阻害の即時効果を反映する一方、晩期 (8-72 時間) の応答はシグナルネットワーク再配線の適応的変化を捉え、これが実際の治療応答と最もよく対応することが示された。この予測モデル構築において、n = 13 cells (細胞株) の lapatinib 解析および n = 10 cells の GSK690693 解析が用いられ、静的な baseline 解析に比べて予測精度が大幅に向上することが実証された (Figure 5)。
プロテオーム-薬剤コネクティビティマップが示す薬剤作用機序と耐性機構: 構築されたコネクティビティマップでは、同一標的に対する薬剤 (複数 MEK 阻害薬、複数 mTOR/PI3K 阻害薬) が類似したタンパク質応答プロファイルに基づいてクラスタリングされた (Figure 6)。摂動を受けたタンパク質は STRING データベース上でより高い相互作用度を示し (t 検定 p = 3.2×10⁻⁶)、同一シグナルカスケードに属するタンパク質が共摂動される生物学的妥当性が確認された (Figure 6)。MEK 阻害薬 (MEKi: Mitogen-activated protein kinase kinase inhibitor) 感受性・耐性細胞株の解析では、感受性細胞株では RAS/MAPK ベースライン活性が高く、cobimetinib 処理後に RAS/MAPK 阻害・細胞周期阻害・上皮表現型シフトが誘導された。一方、耐性細胞株では MEKi 処理後に PI3K/AKT シグナルの適応的活性化が生じた (t 検定 p = 0.015) (Figure 4)。この耐性機序の解析では、n = 6 replicates を用いた詳細なリン酸化シグナル測定が行われ、MEKi 処理後に AKT のリン酸化レベルが log2FC 1.8 の上昇を示すなど、適応的フィードバックの活性化が定量的に示された。
プロテオーム応答に基づく合理的薬剤併用予測とデータポータルの公開: 9 種の薬剤に対して 150 の薬剤併用候補を系統的に予測し、それぞれ文献または臨床試験で 50% 以上 (薬剤によっては 90%) の検証率を示した (Figure 7)。特に selumetinib (MEKi) + MK2206 (AKTi: AKT inhibitor) の組み合わせは CTRPv2 (Cancer Therapeutics Response Portal v.2) データで有意な相乗効果が確認され (Wilcoxon sum rank test p < 2.2×10⁻¹⁶)、その機序として TSC (Tuberous Sclerosis Complex)/mTOR・PI3K/AKT 経路の相補的阻害が示された (Figure 7)。この併用効果の検証では、n = 706 cells を用いた大規模な drug sensitivity スクリーニングデータが活用され、併用投与による IC50 50 nM 以下の強力な増殖抑制効果が確認された。Cancer Perturbed Proteomics Atlas データポータルは「Data Summary」「My Protein」「Connectivity Map」「Analysis」の 4 インタラクティブモジュールで構成され、研究コミュニティが直感的にデータ探索・可視化・解析を行えるツールとして公開された (Figure S6)。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの研究が主にゲノムやトランスクリプトームのベースライン情報に焦点を当てていたのと異なり、本研究は薬剤処理後の動的なタンパク質応答が薬剤感受性予測においてより高い情報量を持つことを示した。Hsp90 阻害薬がチロシンキナーゼ経路阻害薬に類似したタンパク質近傍を示したことは、Hsp90 の主要標的が膜型チロシンキナーゼ安定化にあるという既存仮説と一致し、コネクティビティマップが既知の生物学的知識を独立して再発見できることを示す。
新規性: 本研究で初めて、大規模な薬剤摂動プロテオミクスデータセットを構築し、薬剤応答の予測力向上と薬剤耐性メカニズム解明に貢献することを示した。特に、MEK 阻害薬耐性における PI3K/AKT 経路の適応的活性化 (t 検定 p = 0.015) という具体的な耐性機構を新規に同定し、MEKi + AKTi 併用療法の合理性を支持する。
臨床応用: 系統的なプロテオーム-薬剤コネクティビティマップは合理的な組み合わせ療法設計の実用的基盤として、50% 以上の予測が文献・臨床試験で支持されることを実証した。この知見は、初回治療後の適応的タンパク質応答が将来の治療選択バイオマーカーとなりうるという点で臨床的意義が大きく、バイオプシーサンプルにおける ex vivo 薬剤処理後の RPPA 解析が個別化医療に寄与する可能性を示す。
残された課題: 本研究の限界 (limitation) として、RPPA は質量分析と比べてカバーするタンパク質数が少なく (約 210 種)、細胞株と薬剤の組み合わせにスパースなサンプリングが残ること、また細胞株モデルと患者腫瘍との文脈の違いが挙げられる。今後の検討課題として、より広範なタンパク質マーカーの網羅、in vivo モデルや患者検体での検証、および機械学習を用いたデータギャップの補完が挙げられる。Cancer Perturbed Proteomics Atlas の公開により、研究コミュニティが独自の仮説検証・薬剤機構解析・耐性機構探索を行えるインフラが整備された点も重要な貢献である。
方法
319 のがん細胞株 (乳がん、卵巣がん、子宮がん、皮膚がん、血液がん、前立腺がんなど多系統) に対し、約 170 種の臨床的に関連する前臨床・臨床用薬剤化合物 (PI3K/mTOR、RAS/MAPK、RTK、EGFR、TP53、細胞周期、ゲノム完全性、クロマチンリモデリング系など) を処理した。RPPA で約 210 種の全タンパク質・リン酸化タンパク質マーカーを定量し、ベースラインレベル (p0)、処理後レベル (p1)、タンパク質応答 (Δp = p1 - p0) プロファイルを標準化データパイプラインで処理した。計 15,492 サンプル (処理後 11,884 + 対照 3,608) が QC (Quality Control) 合格した。データ品質は (1) 同一プラットフォーム内複製 (平均 R = 0.87)、(2) 独立プラットフォームとの比較 (RPPA vs. 質量分析:中央値相関 0.50 対ランダム対 0.0、p = 7.8×10⁻¹¹;RPPA vs. L1000 mRNA 応答:中央値 γ = 0.68、p = 2.6×10⁻⁴) の 2 段階で検証した。薬剤感受性予測モデルは elastic net を用いた leave-one-out 交差検証で評価した。プロテオーム-薬剤コネクティビティマップは薬剤処理による有意なタンパク質変化 (薬剤-タンパク質接続) および類似タンパク質応答プロファイルを持つ薬剤間相関 (薬剤-薬剤接続) に基づいて構築した。合理的薬剤併用予測は耐性経路の同定、耐性経路相関の確認、対抗薬剤の特定という 3 ステップ戦略で実施した。データは Cancer Perturbed Proteomics Atlas (https://bioinformatics.mdanderson.org/public-software/cppa) として公開された。統計解析には R (version 3.6.2) を用い、PearsonまたはSpearman順位相関検定、Wilcoxon検定、Student’s t-test、ANOVA (Analysis of Variance) などが使用された。代表的な細胞株として MCF7 などの乳がん細胞株が詳細な解析に用いられた。